【書評】原発再稼働の前に考えておくべきこと:水野倫之・山崎淑行著『徹底解説 エネルギー危機と原発回帰』

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福島第一原発で処理水の海洋放出が始まったことから、世間の関心は改めて廃炉と今後の原子力政策に向けられることだろう。政府はすでに「原発回帰」を打ち出している。本書は、原発問題の現状と課題をわかりやすく解説しており、一般読者にとって格好の手引書となる。

「原発回帰」に舵を切った背景

著者は、長年にわたって原発問題を取材してきたNHKの解説委員(水野倫之氏)とニュースデスク(山崎淑行氏)である。「はじめに」で本書の立場は原発反対でも推進でもないと断った上で、原発事故の教訓を今後に活かすべく、「火力発電や再生可能エネルギーも含めて日本のエネルギーはどうあるべきか」を読者に考えてもらうために、その材料を提供するものとしている。

岸田政権は、昨年12月、原発利用の縮小という従来の方針を大転換し、「原発回帰」に舵を切った。背景には、ウクライナ戦争と円安によるエネルギー価格の高騰や電力需給の逼迫(ひっぱく)という事情があるが、はたして安全対策等、数々の課題解決に向けて議論を尽くした末の「原発回帰」であったのか。

本書の内容は、①廃炉作業の今後の問題②政府が打ち出した「次世代革新炉」とは何か③原子力政策の根幹をなす「核燃料サイクル」の行き詰まり④廃炉で取り出したデブリと、使用済み核燃料を含む「核のごみ」の「最終処分場」をどうするのか⑤原子力業界の閉鎖的な体質、さらには⑥原発に替わる再生可能エネルギーの開発状況など、それぞれ具体的な事例を挙げて解説していく。

目標達成には27基の再稼働が必要

その詳細は本書に譲るとして、ポイントだけ紹介しておく。岸田政権は、2030年に原子力発電で全電源の約2割を賄うとする目標を掲げている。だが、「現在再稼働は10基にとどまるが目標達成のためには少なくとも27基の再稼働が必要」であるという。

再稼働させれば、当然、各原発から使用済み核燃料が出る。「核燃料サイクル」の方針に従えば、これを青森県の「中間貯蔵施設」と位置付けられた「再処理工場」に送り出すことになるが、その施設はいまだ完成していない。再処理工場に送れなければ、原発にある保管プールは使用済み核燃料で満杯になり、原発の稼働自体ができなくなる。しかも、青森以外に中間貯蔵施設の建設のめどは立っていない。

そもそもが、青森の再処理工場が完成し、使用済み核燃料からプルトニウムを取り出せたとしても、そのプルトニウムを利用した増殖炉の実用化はまったく見通せていないのだ。「核燃料サイクル」は、現状のままでは「破綻することは目に見えている」と記す。さらには核廃棄物の最終処分場も確保されていない。

では、再生可能エネルギーで日本の電力が賄えるのか。かつて日本は太陽光や風力発電の技術では世界の最先端を進んでいたが、いまでは中国、欧米よりはるかに立ち遅れている。それはなぜなのか。その解説には愕然(がくぜん)とさせられるだろう。

使用済み核燃料は「資産」か「負債」か

そして、最終章に加えられたジャーナリストの池上彰氏を交えての「鼎談」を読めば、原発問題への理解はより深まるはずだ。この章が本書の肝である。気になる発言のいくつかを紹介しておこう。NHK解説委員の水野氏は、政府の「原発回帰」についてこう語る。

廃炉の方法とか、原子力政策をどう変えていくかとか、再生可能エネルギーの将来像とか……、私は10年もすればある程度の道筋は示されるだろうと思っていたんですが、ずっとあいまいにされてきました。みんなの記憶がだんだん薄れていたところにエネルギー危機があったものだから、一気に回帰しましょうと言い出した印象が強いです。

同ニュースデスクの山崎氏は、

原子力業界が果たして変われているのか、ということを大変心配しています。福島の事故のあと、規制当局は経済産業省から独立し、厳しい規制基準をつくりました。非常用発電機などのバックアップの装置も多重に用意しました。しかし、使うのは人間であり、組織です。最高レベルの安全が求められる原発は特別です。業界が変わらなければ必ず次も同じことが起こります。

池上氏はこう語る。

核燃料サイクルで新しい燃料棒がつくれますと言っているうちは、使用済み核燃料が「資産」になるわけですよね。ところが、核燃料サイクルをやめますと言ったとたん、使用済み核燃料はごみになって、国は莫大な「負債」を抱えることになる。

「核燃料サイクルの政策をどうしたらいいか」という山崎氏の質問に対して、池上氏はこう答えている。

日本はごみを再処理もできなければ埋めることもできない。だとしたら、せめてこれ以上増やさないということを考えなければいけない(略)そして、この先も示された課題が何も解決されないのであれば、未来に大きな負債を残すことになるわけです。やはり断念も含め、どこかで決断しないといけないですね。

本書で浮き彫りにされるのは、その時の政権が課題を先延ばしにしたまま、なし崩し的に原子力政策を推進してきた現実である。

『徹底解説 エネルギー危機と原発回帰』

『徹底解説 エネルギー危機と原発回帰』

NHK出版
発行日:2023年7月10日
新書版:235ページ
価格:1023円(税込み)
ISBN:978-4-14-088702-8

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