【書評】「二つの台湾」が「一つの台湾」になった日:陳耀昌著、下村作次郎訳「フォルモサの涙 獅頭社戦役」

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1874年、琉球民殺害をきっかけに台湾へ明治日本が攻め入った「台湾出兵」。日本は台湾から撤兵したものの、漢人と先住民族(原住民族)との間で崩れた力関係のバランスは元には戻らず、清朝政府の全面介入を招くことになる。その転換点となった戦役「獅頭社戦役」を描き出した歴史小説の大著が日本で出版となった。

本書「フォルモサの涙 獅頭社戦役」はすでに日本語に翻訳・刊行されている著者・陳耀昌氏の「フォルモサに咲く花(原題:傀儡花)」に続く作品で、日本統治前の台湾を取り上げる「花シリーズ3部作」の第2部に当たる。

この小説では、1875年の清朝による「開山撫番」政策の下、台湾南部・屏東の原住民(先住民)と清朝政府軍による戦争、その影響を大きく受けた原住民と漢人の関係が、フィクションである細やかな人間関係を加えて生き生きと描かれている。開山撫番とは、それまでは沿岸部の漢人居住地域のみ統治の対象とした清朝が、山岳地域を含めた台湾の全土を統治対象とみなす政策を指す。

その「開山撫番」政策のなかで起きた「獅頭社戦役」は、もともと台湾でも注目度は低かった。しかし、著者はその歴史が台湾史の転換点にあたると喝破した。過去に「中国史」的な観点から忘れられていた先住民族の支配に対する漢人政権の支配が、この「獅頭社戦役」で確定したからだ。

さらに、巷間(こうかん)思われているような楽勝ではなく、清朝がパイワン族らの勢力にさんざん手を焼いた激戦の末の勝利であった。その戦闘の激しさは、物語後半で「彼らは退却を知らない番人を心の中で罵った。清国兵は、自由自在に変化する番人への攻撃を続けるしかなかった」と語られる通りである。

本書の前半では、牡丹社事件をきっかけに3000人規模の軍隊を派遣し、現地に駐留する日本軍と先住民族、漢人の間のコミュニケーションも描かれているところが面白い。

日本軍は、台湾の各先住民族から「帰順」を獲得しようとした。当然、先住民族は日本語が話せない。通訳となったのは、平地に暮らし、先住民族とも交流がある漢人たちだ。本書のなかで、が、のちに戦場になった大亀文の先住民族地区の頭目の息子と、日本軍の横田という軍人が宴席を設けることになる。日本軍は、大亀文の人々にも帰順を求めていた。それは、当時の日本軍が「文明の輝きによって次々と先住民族たちが自分たちの軍の威光に従った」という軍派遣の成果としたかった。しかし、誇り高い先住民族たちが「帰順」に帰順に応じるか、という疑問があった。

筆者は、この疑問について「物語」として、見事な解決を提示している。日本の軍人が「告諭」を先住民族の人々に読み上げるとき、当然「帰順」を求める内容になっている。これを漢人の通訳は「日本人は大亀文と友好で平和な関係を希望している」と訳して先住民族に聞かせる。一方、先住民族が「友好的で平和な関係を我々も望む」と答えると「帰順したい」と訳して日本人に聞かせる。日本人、漢人、先住民族の三角関係が、このように維持されていたことは十分にあり得る想定であり、想像力をこらせる小説だからこそ可能な「推理」になっている。

いずれにせよ、歴史に埋もれていた「獅頭社戦役」へ脚光を当てたこと自体が本作の価値とも言えるだろう。

この「獅頭社戦役」の意味をさらに詳しく知るには、台湾の「近代の幕開け」ともいえる外国勢力との接触から説き起こさないとならない。1867年に「ローバー号事件」が起きた。座礁した米国船の乗組員が先住民族に殺害され、清朝が軍を派遣することになる。次に1871年に琉球船が座礁し、今度は54名が殺害されることになる。これが「牡丹社事件」と呼ばれる。どちらの発生場所も、台湾最南端でバシー海峡に面した恒春半島。当時台湾で「瑯嶠」と呼ばれた地域だ。

日本は清朝政府に抗議したが、恒春半島の先住民族地区が清朝の統治が及んでいないと説明。日本側は台湾の西半分以外はどの国の領土ともなっていない無主の地だと判断し、日本領有を視野に、3000人規模の軍を派遣することになる。これが台湾出兵であり、明治政府にとっても最初の海外派兵となった。

日本軍は現地の先住民族と戦闘を続け、恒春半島の駐留の構えを見せるが、清朝も大軍を派遣し、日本を威嚇する。そこで明治政府は清朝側と事態収拾のための協定を締結し、台湾領有をあきらめて見舞金を得ることで日本に軍を戻した。

日本はその過程で、琉球に清朝の主権が及ばないことを確認したとして、のちの琉球の併合に邁進することになる。これまでは歴史学で、その日本のメリットばかりが強調されていたが、著者は、台湾の「後山」と呼ばれる先住民地域が、それまでの「統治の及ばない化外(けがい)の地」から、「台湾」として統合されるようになったと指摘する。こうした歴史の「発見」が、小説の底流には流れている。

著者はこのように語っている。
「台湾史小説を書く目標は二つ。台湾のために歴史を残し、台湾を歴史に残す」

本書の主軸は、日本の台湾出兵を収束させるために派遣された清朝軍と、パイワンの人々との戦いだ。メンツのために清軍が戦いに走り、共に多数の犠牲者を生む過程を追うものだ。そしてこの間、「化外の地」とされた先住民族が住む山にまで清朝の手が及ぶようになる。本書は、台湾史上の大きな転換点のなか、生き生きと躍動する先住民族、漢人、清朝の兵士たちの活劇である。

『フォルモサの涙 獅頭社戦役』

『フォルモサの涙 獅頭社戦役』

陳耀昌(著)下村作次郎(訳)
発行:東方書店
発行日:2023年6月19日
A5判352ページ
価格:2400円+税
ISBN:978-4-497-22314-2

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