【書評】アンパンマンが問いかけるもの:やなせたかし著『ボクと、正義と、アンパンマン』

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日本人なら誰でも知っている「アンパンマン」。主役のアンパンマンをはじめ、バイキンマンやドキンちゃんなどのキャラクターは、いつの時代も子どもたちに大人気だ。生みの親のやなせたかしさんは、何を願って描いてきたのか。誕生から50年、やなせさんのエッセイからひもとく。

日本が生んだヒーローはたくさんいるが、なかでも「アンパンマン」を知らない人はいないだろう。あの顔を見ると、何歳になっても思わず「そうだ、恐れないで みーんなのために~」と、アニメのテーマソングが頭の中を流れる。

とはいえ、年を取るにつれてアンパンマンとの接点は減っていた──そう、子どもが生まれるまでは。

まだ1桁の年齢の子どもが3人いると、家の中にはアンパンマンの絵本、アンパンマンのおもちゃ、アンパンマンのDVD、アンパンマンのぬいぐるみ、アンパンマンの洋服……と、気が付けば数えきれないほどのアンパンマングッズが溢(あふ)れるようになっていた。

ママ友やパパ友のなかには、「子どもが初めてしゃべった言葉は『アンパン』だった」と嘆く人もいる。「ママ」や「パパ」を期待していたが、アンパンマンのパワーに負けたそうだ。すごい。

アンパンマンに込めた思い

今から50年前、1973年にアンパンマンシリーズの絵本第一作『あんぱんまん』は出版された。まだ名前はひらがな表記だし、顔つきも今とはちょっと違う。それでも、マントを背負って空を飛び、おなかが空いた人に自分の顔(アンパン)を差し出して助け、敵をやっつけるというアンパンマンのストーリーは同じだ。

以来、累計部数は8000万部を越え、アニメ「それいけ!アンパンマン」は30年以上放送が続き、映画もコンスタントに新作が上映されている。大げさではなく、“アンパンマンなくして、日本の子育てなし”なのだ。

本書はそんなヒーローを生み出した著者、やなせたかしさんによるエッセイ。約30年前に書かれたものだが、2022年、やなせさんの没後10年を前に新装復刊された。

アンパンマンに込められた思い、子どもたちに対する考え方、少年時代の記憶、そして人生の哲学。

大人はひとつの自分の郷愁の中に子どもをおきたがる。かわいらしく純真であどけない、その色の中に子どもをぬりこめてしまおうとするのです。でも、子どもにとってそれは時には迷惑ではありませんか。

やなせさんの言葉に、自分の子育てが重なる。「子どもだから」という枕ことばで、子どもの何かを封印してしまっているのかもしれない。

だから、ボクは子どもに対する時は大人に対する時よりも、もっと一生けんめいにひとつの人格として認めることにしています。

そう書くやなせさんは、自分が伝えたい思いをアンパンマンの中に込めているという。それは善と悪だったり、人を喜ばせるということだったり、冒険を恐れないことだったりする。

本書を読むと、慣れ親しんだアンパンマンの世界がちょっと違って見えてくる。

テーマソングが突き刺さる

やなせさんが歌詞を書いたアンパンマンのテーマソング『アンパンマンのマーチ』もまた、日本人ならきっと多くの人が口ずさめるのではないか。

かわいいアンパンマンのアニメーションのイメージや覚えやすいメロディもあり、子ども向けの楽しい歌かと歌詞を追っていくと、「なんのために生まれて なにをして生きるのか」の言葉に突き当たる。

大人でも即答できないこの問いを、2、3歳の子どもにやなせさんは投げ掛けたのだ。本書でも繰り返し、子どもを子ども扱いせず、考えてほしいことをしっかり伝えるべきだと書かれている。

やなせさんがこの世を去って10年が経った2023年、子どもたちが生きる世界は、ますます刺激や暴力に近づいている。

テレビをつければ爆弾で破壊された建物が映り、子どもの亡きがらを抱えた母親が泣きながらインタビューに答える。ゲームやアニメの世界では、人の死はさらに日常茶飯事になり、大きな音や光が目に飛び込んでくる。

そんな環境のなかで、子どもたちは物事をどう捉え、何を考えていくのだろう。

やなせさんは書く。

殺しあいの場面がない、アンパンマンには徹底的にやっつける場面がないので、読者を満足させるということでは、生ぬるくて、刺激がなさすぎるかもしれません。でも刺激があるということが必ずしもいいことではありません。激突ばかりでは神経がマヒします。(中略)
(アンパンマンは)傷つくことを恐れず、微笑しながら冒険にたちむかっていきます。しかし決して自分からしかけることはありません。
宿敵バイキンマンにさえ優しくする事があるくらいです。

アンパンマンはいつでも、「愛と勇気を友達に」して冒険に飛び出していく。そこには、大きくなってから、楽しくもあるけれどもタフで過酷で、時にちょっと意地悪な社会を生きていくために、伝えたいメッセージがたくさん詰まっているのだ。

アンパンマンは決して、子どもが喜ぶ夢見るおとぎ話ではない。

「なんのために生まれて なにをして生きるのか」
自由に空を飛び回るアンパンマンを通して、やなせさんは、今もそう問い掛け続けている。

「アンパーンチ!」と叫びながら夢中になってアニメを見ている子どもの背中を見ながら、「まだもう少し、その世界にいてね」と話しかけたくなる。大人の世界に駆け込んでこなくていいんだよ、と。

『ボクと、正義と、アンパンマン』

PHP研究所
発売日:2022年1月31日
四六判:224ページ
価格:1628円(税込み)
ISBN978-4-569-85151-8

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