【書評】台湾観光の「最後の聖地」屏東を徹底解剖する:一青妙・山脇りこ・大洞敦史著『旅する台湾 屏東』

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日本人とも歴史的に深い縁がありながら、情報が「空白」だった台湾・最南端、屏東。「国境の南」と台湾で呼ばれる地の多様な魅力をたっぷり紹介する1冊が、3人の作家によって刊行された。

われわれは、通常、台湾に入る時は、桃園空港から台北に向かうか、台北の松山空港を使う。短い日程ならば台湾北部しか訪れない。少しゆとりを持って、南部の高雄や台南を訪れることもあるだろう。台湾高鉄(新幹線)があるので、比較的便利に、台中、嘉義、台南、高雄の中南部を訪れることもできるようになった。高雄からさらに南に行く人は多くはないだろう。しかし、そこに屏東という場所があり、実は、台湾観光で注目を集めていることを日本人はあまり知らない。

そんな日本における屏東をめぐる情報の空白を埋めてくれる1冊が刊行された。それが本書「旅する台湾 屏東」である。

本書の特徴は、歴史・文化・食の3分野において、それぞれ専門的な知識を有する3人の作家が分担して執筆を行っているところにある。本書は、ガイド本ではあるがガイド本ではなく、旅エッセイではあるが旅エッセイでもない。その中間のような本である。歴史や人物を担当する作家の一青妙、食を担当する料理家の山脇りこ、文化を担当する作家・大洞敦史の3人が、それぞれ執筆に当たっている。

3人の視点やアプローチはもちろん異なっているが、共通するのは屏東という地の魅力を日本の読者に伝えたいという熱量である。

私自身、20年前ぐらいから屏東を訪れてきたが、イメージは先住民のパイワン族が多く暮らし、特産は玉ねぎやフルーツ、それから台湾で歴史的ヒットになった映画「海角七号」の舞台となったことぐらいだ。本書を読んで、屏東にはまだこれほどたくさんの魅力、活力がある場所だったのかと思い知らされた。すでに台湾情報がかなり詳しく行き渡った日本において、屏東は「最後の聖地」かもしれない。

本書について、編集部によるまえがきで、屏東は「最も台湾らしい場所」と述べている。それは屏東における多様な民族構成と関係している。

台湾の特色はしばしば「多様性」と強調される。それは、台湾がもとよりオーストロネシア系などの先住民が暮らしていた島に、漢人が移民し、その漢人も、福建系、客家系、そして戦後に国民党と共に渡ってきた中国各地からの外省人と呼ばれる人々が重なり、一種、民族・族群の見本市のような場所になっているからである。

ただ、実際のところ、例えば先住民は台湾東部の花蓮や台東に多く、客家は北部の桃園・新竹、福建系は南部の台南や高雄、外省人は台北などに集中している。それが屏東は歴史的な理由から、先住民、客家、福建系、外省人がそれぞれ一定数少ない割合で暮らしており、屏東に行くと、それらの多様性が一目瞭然に体験できる利点がある。

「屏東好味道(屏東は美味しい)」という言葉が台湾にあるように、多数の料理書の著書がある料理家・山脇りこがそうした屏東の味、素材、先鋭的な料理の数々を丁寧に取り上げている。

そんな屏東の魅力に台湾の人々も気づき始めて、すでに台湾では何年も前から屏東観光はブームになっており、ホテルなども予約がシーズンはなかなか取りづらくなっている。

本書で意外なところは、日本とのゆかりが深いところだ。日本時代に屏東は南部開発の拠点になり、軍事基地や捕虜収容所もあった。また、明治政府による初の海外派兵「台湾出兵」(1874年)の現場となったのは、本書でも紹介される名勝地・四重渓温泉からほど近い石門である。

そんな屏東で暮らしている魅力的な日本人たちが、人物描写では定評のある作家・一青妙による細やかなインタビューによって紹介されているのも見どころである。

屏東の各地を旅するようにして文化の豊かさを描き出す台南在住の作家・大洞敦史は「文化という資源が無尽蔵に眠るこの一大鉱床で、海・山・アート・客家という4つの鉱脈」を訪ねて歩いた。災害も多く、過疎化も深刻である屏東の各地においてそれでも文化を残し発展させようとする人々のエネルギーを感じさせる。

日本人が知らない、そして知るべき屏東という地。その魅力を伝える日本で初めての本であろう。詳細な参考情報や地図がついているのも親切。ガイドブックと旅エッセイの両方を兼ね備えたこの本を片手に屏東を訪れたくなる、そんな一冊だ。

『旅する台湾 屏東 あなたが知らない人・食・文化に出会う場所』

『旅する台湾 屏東 あなたが知らない人・食・文化に出会う場所』

ウエッジ
発行日:2023年11月20日
四六判:287ページ
価格:2090円(税込み)
ISBN:978-4-86310-272-9

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