
【書評】隠されていた官民癒着:日向咲嗣著『「黒塗り公文書」の闇を暴く』
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92%が塗りつぶされた“公開”文書
黒塗り公文書と言えば、「モリカケ」「桜を見る会」など、国政で大きく騒がれたことがあった。だが、いまや地方自治の現場でも日常的に作成され、当たり前のように市民に提示されるようになっている。
2018年のことだが、著者の自宅に約1400枚の公文書が入った段ボール箱が届いた。いったいどのくらいインクをぶちまけたのかと思うほど大量の真っ黒な紙ばかりで、実に全体の92%が塗りつぶされていた。これは、関西地方のある都市の再開発地区の新図書館について、著者が3カ月前に地元の教育委員会に情報の開示を申し出たのに対する“回答”だった。この図書館はA社が指定管理者となって運営する公共図書館だ。
そもそも公文書は「すべて公開」が大原則だが、(1)個人情報(2)企業秘密(3)意思形成過程の情報(4)事業の公正な遂行を妨げるもの―などは開示しなくていい例外とされている。市側は、情報公開条例で開示しなくてもいいとされている例外規定を総動員して、文書を黒塗りにしていたのだ。
こうした黒塗り文書に対して、さらなる情報公開を求めて審査請求できる制度がある。審査会の委員は弁護士など民間の有識者が何人か入っているので、行政側に忖度(そんたく)せず、さらなる公開が認められる傾向がある。しかし、審査請求が出来るのは市内在住・在勤者に限定している市区町村と、誰でもできるとしている所が全国でみると半々。著者のケースだと、「市内在住・在勤者」に限定している市だったので、市外に住む著者は前へ進むことが出来なくなった。
公募の1年以上前に行われた1社だけのプレゼン
この図書館問題について、以前から情報交換していた市内の市民団体が審査請求を行い、新たに開示された文書があった。それによると、新図書館の指定管理者を5人の選定委員で選ぶ際、1人の委員が突出してA社に甘く、またライバル会社に辛い点数を付けていた。選定委員の評価に不正な採点が行われた疑惑が浮上したのである。
ミステリーじみた展開だが、著者のパソコンに内部告発と思われる差出人不明のメールが届く。市が新図書館の指定管理者を公募する1年以上前に、A社だけが呼ばれて市長にプレゼンテーションを行っていたという。その会議録などもあった。この場に駅前の再開発を担当する部署と、図書館を管轄する市教委のスタッフまで同席していたことがわかってくる……。
これは確信犯ではないか。こんな文書は、黒塗りなしでは到底開示できないはずである。
市民のために整備されるはずのコモン(公共物)が、ロクに市民の意見を聞かずに、首長と民間事業者、行政という三者だけで計画され、その決定プロセスをちゃんと市民には知らせないという異様な事態を、一目瞭然で表しているのが「黒塗り公文書」である。
問題になる公文書を作らない風潮
実は黒塗り公文書よりも、さらにたちが悪く深刻な問題が起きている。公開すべき記録がないという「不存在」の問題だ。この不存在にはいろいろなパターンがある。(1)本当にない(2)あるけど、ないことにした(3)保存年限が過ぎたので廃棄した(4)問題になるのが分かっていたから作成しなかった-などだ。
特に昨今目立つのが(4)。役所内では、首長の意向を忖度して記録を残さないことが常態化している、と著者は嘆く。
自分たちが批判されかねない情報を出したくなければ、日頃から、できるだけ文書を作成しないようにするのが役人にとっていちばん手っ取り早い処世術だろう。
本書を読み終えて、筆者は1時間のドキュメンタリー番組でも見たような満足感に浸った。よく調べた著者の行動力や探求心には感服した。
国や自治体の情報公開制度は、現場の裁量でいくらでも開示拒否できる“抜け道”が用意されている。情報公開が適正に運用されるかどうかは、開示請求の対象となった担当課職員の情報公開制度に関する理解の深さと良識にかかっているのである。