【書評】令和になって最も売れている青春エンタメ小説:宮島未奈著『成瀬は都を駆け抜ける』
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京大理学部に合格した成瀬
滋賀県大津市で育った成瀬は、地元の名門膳所(ぜぜ)高校に進み、難なく京大理学部に合格した。「どうして京大なのか」と問われた成瀬は、「自宅から通える大学だからだ」と当然のように返答する(ちなみに作者は京大文学部を卒業し、大津市在住)。
坪井さくらは京大文学部に合格したが、落ち込んでいた。そもそも恋心を抱いていた男子が受験するというので受験勉強を頑張ったが、彼は志望校を変更し、東大に進学してしまった。失意で臨んだ入学式の日に、さくらは祖母の形見の着物を着た成瀬あかりと出会う。入学式後のガイダンス会場では、最前列に「びわ湖観光大使」のたすきをかけた、白い帽子と白い衣装に着替えた成瀬が陣取っていた。成瀬が坪井に提案した失恋の解決策とは。
梅谷誠は銀閣寺(京都市)に近い北白川で生まれ育ち、京大農学部に合格。どこかのサークルに入ろうとキャンパスをうろつくうち、京都を舞台にした小説で知られる森見登美彦(もりみとみひこ)の研究を名目とする達磨(だるま)研究会に入る。会長から森見作品に登場するヒロインに似た女性を探して来いと無理難題を命じられ、梅谷は学内で行き会った成瀬に声をかける。
立命館大学2回生の女子大生「ぼきののか」は、簿記検定1級合格を目指す様子をネットに挙げるユーチューバーだ。たまたま「学問の神様」北野天満宮での合格祈願を生配信している際に、たすき姿の成瀬と知り合う。ネットで受けまくる成瀬に引き気味の「ののか」だったが、ある時、2級に合格したとネット上で嘘の報告をしたことで大炎上。成瀬に励まされ、改めて一緒に2級合格を目指すことになる。
本作では、京都で知り合った仲間の目線で成瀬の奇想天外なキャラクターが描かれていく。過去作同様に、周囲は奇異な目で見ていたものの、次第に成瀬の明るさと物おじしないまっすぐな行動力にひかれ、やがてそれぞれが自分に自信を持つようになり、豊かな個性を発揮し始めるのだ。脇役たちの成長ぶりもこの作品の魅力である。
成瀬は「京都を極める!」と宣言
せっかく京大に合格したのだから、成瀬は「京都を極める!」と宣言する。達磨研究会の会長からもらった京都の観光ガイドに掲載された100カ所の名所旧跡を1年間で制覇することが新たな目標となった。
何事にも一生懸命な成瀬は「極める!」が口癖で、過去作品では幼馴染の親友・島崎みゆきと漫才コンビを組んでM-1グランプリを目指し、高校時代にはかるた班に入り、滋賀県代表として百人一首の全国大会にも出場。前作では、大津を全国区の知名度にするという使命感から「びわ湖観光大使」に就任してみせた。
過去作に登場した友人たちが、完結編で再登場するのもファンにとっては嬉しい限りだ。
母親の美貴子は、滋賀のローカル局で夕方に放送されている「ぐるりんワイド」の取材を受けることになった。同番組で、あかりを紹介するという。美貴子は取材に備えて、彼女が小学校6年生の時に課題で書いた「自分史」を読み始めるが、他の子供と違うあかりの言動をとがめた当時の担任との個人面談の嫌な記憶がよみがえる。破天荒な娘について「そういう子なので」と答えた母親の愛情と、あかりの感謝の言葉には泣かされる。
むろん、成瀬と一番仲良しの島崎も登場する。彼女は東京の大学に進学し、家族ともども引っ越して行ったが、成瀬との温かい交流は続いている。大学生活の1年目が終わる春休み、成瀬は大津市民病院に入院し、手紙を書いて島崎を呼び寄せた。成瀬が彼女にお願いしたこととは。フィナーレは京都から琵琶湖疎水を観光船でたどる小さな旅で締めくくられる。そこには成瀬とともに泣き笑いしたお馴染(なじ)みの顔ぶれが──。
この先、成瀬はどういう大人に成長していくのか。見守って来たファンにとっては気になるところだが、作者は「ひとまずこれで完結」とインタビューに答えている。「でももしかしたら、何年か経ってまた成瀬の物語を書きたくなる瞬間が来るかもしれません」(『波』2025年12月号)とも語っているから、また彼女に出会える日が来るかもしれない。
