【書評】世界的シンガーが誕生するまでを描く:原作Ado、小松成美著『ビバリウム Adoと私』
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「ボーカロイド」に出会い夢中になる
本書は、本人のインタビューを基に、彼女の生い立ちから歌手デビュー、世界に進出するまでの道のりを、作家の小松成美氏がまとめたもの。自伝的小説という体裁ではあるが、ほぼ実話であろう。
両親は不仲で(後に離婚)、中学時代には引きこもりで不登校だった彼女が、唯一、夢中になれたのが音楽だった。「私って何なんだろう」「どうすれば、自分を好きになれるんだろう」と自分自身に問いかける苦悩の10代が、赤裸々につづられる。
「Ado」という名前の由来は何か。なぜ、彼女は覆面でデビューし、今も姿を見せないのか。次々に大ヒットした自身の楽曲について、周囲の反応について、本人はどう考えているか。彼女は自身のすべてを正直にさらけ出す。本書は、タレント本とは一線を画す、ファンのみならず、彼女の楽曲を耳にしたことのある人なら、誰もが興味を持てる作品に仕上がっている。
もう少しだけ内容に触れてみる。小学生時代、内気な彼女は友人のパソコンで動画サイト「ニコニコ動画」に投稿された「ボーカロイド(ボカロ)」というジャンルの音楽(ボカロ曲)に出会い、夢中になる。ボカロとは、メロディーと歌詞をパソコンに打ち込むと人工の歌声でキャラクターが歌ってくれる合成技術のこと。
10歳になるとネットの世界でボカロ曲に合わせた「歌い手になりたい」と願うようになる。彼女は振り返る。「私は歌うのは好きだけど、かわいくもないし、ダンスなんてできないし、陰気で内気だし、ステージに立って歌うなんて無理だと思っていた」と。
クローゼットが唯一の居場所
中学時代、自宅のクローゼットに自分だけの居場所を作り、「ニコニコ動画」に自身で歌ったボカロ曲を投稿する日々。それが「Ado」の原点だ。不登校のまま卒業し、母親の薦めで音楽を専門的に学べる養成所に通いながら、通信制の高校に通う。
独特の歌声はなかなか周囲には認めてもらえなかった。しかし、投稿した動画の再生回数が10万回を超えるようになった頃、2019年8月、今の芸能事務所の社長の目にとまり、連絡をもらったところからプロの「歌い手」としての道を自ら切り開いていく。
20年10月、「うっせぇわ」で衝撃的なデビューを果たしたものの、歌詞内容に賛否両論の声が上がる。彼女自身、「普段から、こうやって、『うっせぇわ』って言うんですか」とマスコミから興味本位の質問をぶつけられる度、「どんなことがあっても、私生活では言わないと思います」と答えるが、「怒りの感情が湧き起こるきっかけや、世間に爪痕を残すぞっていう反骨精神の表現などは、この数年の私の心情とすっかりシンクロする部分だった」と本音を語る。
「自分だけのビバリウムを求めていた」
一発屋で終わらず次々にヒット曲を出し続け、一躍彼女の評価を高めたのが2022年8月、劇場版アニメ「ONE PIECE FILM RED」の劇中歌を歌ったことだ。主題歌の「新時代」がアップルミュージックのグローバルチャートで日本人初の世界1位を記録し、海外進出の窓が開かれた。
本書を読めば、真摯(しんし)に歌と向き合う彼女の素顔に触れることができる。彼女はエンタメ業界の大人に操られて「Ado」を演じているのではない。歌唱方法やライブの演出など、いつも自身で考え抜き、大人の意見に決して妥協しない。悪戦苦闘しながら楽曲が生み出されていくプロセスも読みどころのひとつである。
最後に、タイトルの『ビバリウム』とは、「生き物が安心して過ごせるような環境を再現した、小さな箱庭」であるという。彼女は「子どもの頃からずっと、ストレスなく呼吸できる、自分だけのビバリウムを求めていた」と告白する。しかし世界から注目される歌姫となった今、「このまま進んでしまったら、心と名前が完全に別物になってしまう気がした」「立ち止まりたくなってしまいました」と。だからこそ、飾らない言葉で自らの思いを小説の形で伝えたかったのだろう。
そして出版と同時に配信された新曲『ビバリウム』のミュージックビデオでは、アニメのアイコンではなく本人と思われる実物の横顔をほんの少しだけ垣間見せている。彼女はきっと、ファンに喜んでもらうための新たな展開を視野に描いていると思う。
