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切削加工技術生かし航空宇宙分野に参入―由紀精密 : 家業のネジ屋を再生、目指すは製造業コングロマリット

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伝統工芸と同じように、繊細で高度な日本の製造技術もいま消失の危機に瀕している。その状況を打開しようと業界に新風を吹き込み、注目を集めているリーダーがいる。「由紀精密」と「由紀ホールディングス」の代表取締役を務める大坪正人さん(48)だ。3代目として家業を立て直した経験をもとに、同じ境遇にある中小製造業を束ねて支援するその壮大な取り組みとは──。

沈みかけた町工場で光っていた精密加工技術

高い技術力で世界から認められる日本のものづくり。その基盤を支える中小製造業が窮地に追い込まれている。成長の時代が終わり厳しい経営環境が続く中で、経営者が高齢化し、後継者不足が深刻化。廃業する工場も後を絶たない。

由紀精密もそんな一社だった。代表を務める大坪正人さんの祖父が1950年に神奈川県茅ケ崎市でネジの加工の小さな町工場を創業。金属の切削加工が得意で、80年ごろからは公衆電話の金属部品を主に量産していた。ところが父の代になると、携帯電話の普及とともに需要が激減。光ファイバーのコネクタに転じたが、2001年のITバブル崩壊の追い討ちが加わり、経営はギリギリまで傾いた。

創業のころの工場内の様子(由紀精密提供)
創業のころの工場内の様子(由紀精密提供)

その状況を知り、大坪さんが由紀精密に入ったのは06年。製造業に欠かせない金型の最速製造で脚光を浴びていたインクス(現SOLIZE)に東京大学大学院から入社し、6年が過ぎたころだった。

「インクスの急成長を肌で感じる一方で、家業はどんどん廃れていく。そのままにしておくわけにいかないと思い、やる気満々に、小さな町工場の立て直しぐらいすぐになんとかなるだろうと楽観的な気持ちで戻りました。しかし、実際はとても大変でした」

当時、年間売り上げの数倍もの借金を抱えていた由紀精密は、どれだけ製品を納めても返済に回さなくてはならず、手元に何も残らない状態。大坪さんは、新規の取引先を開拓するため、寝る間も惜しみ必死にもがく日々だった。

©IKAZAKI Shinobu
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©IKAZAKI Shinobu
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「まず自社の強みを知るところから始め、それから『開発部』を立ち上げました。あとはひたすら営業の日々でした」

自社の分析のため、地道に既存の顧客へのアンケート調査やヒアリングを重ねた。その結果明らかになったのは、「品質に対する信頼性が高い」ということ。例えば、由紀精密では髪の毛の細さの10分の1ほど、つまりミクロン単位の精度での精密な切削加工が可能で、そうした高い技術力が家業を根底で支えてきたことがわかった。

一方、開発部は、部品を受注生産するだけでなく、図面を引き設計するところから引き受け、顧客のニーズに応じたり提案したりするためのもので、立ち上げにはこれまでの経験が大いに役立った。というのも、大学や大学院で機械工学を学んだ大坪さんは、素人では難しい機械設計の知識を持っていたからだ。加えて、前職では入社1年目にして任された新規開発のプロジェクトを最後まで見届けたため、開発のノウハウも身についていた。

現在の開発部の様子(由紀精密提供)
現在の開発部の様子(由紀精密提供)

苦しくても挑戦した航空宇宙分野への進出でV字回復

同社が長年蓄積してきた精密切削加工の“コア技術”と、開発から手掛ける “提案型ものづくり” の新体勢を武器に、会社の存続をかけて大坪さん自らが仕事を取りに行った。引き合いがあれば、営業先一社一社を分析してプレゼン資料を作り、受注して売り上げを確保した。その一方で、希望をつなぐため、安定した品質などがより求められる航空宇宙分野への進出を目標とした。

「当時の仕事は電気業界向けの部品生産がほとんどで、航空宇宙業界への参入は夢のまた夢でした。ですが、そうした特殊部品には、安全性確保のために高い品質が求められ、私たちの技術が活きると確信を持っていました」

大きな事業転換に、社員は右往左往しながらも奮闘。どんなに難しい注文にも応え、さらに、由紀精密を知ってもらうための情報発信も怠らなかった。そして08年、大きな転機が訪れる。技術力が一目でわかる複雑な加工サンプルを手に出展した航空宇宙分野の国際展示会がきっかけとなり、その後長く続く宇宙航空研究開発機構(JAXA)との取引が始まる。

2008年の航空宇宙分野の国際展示会に出展したニッケル合金の加工サンプル(由紀精密提供)
2008年の航空宇宙分野の国際展示会に出展したニッケル合金の加工サンプル(由紀精密提供)

快進撃はまだまだ続く。航空宇宙産業の品質管理に対応するためJIS Q 9100を取得してしばらくすると、まずは大手メーカーから航空機器部品の製造の仕事が舞い込んだ。次に、小型衛星の開発を手がけるスタートアップの「アクセルスペース」からの依頼で、超小型衛星の構造部品を1機分丸ごと製造。さらに、宇宙ベンチャーの「アストロスケール」が開発する宇宙ごみ除去衛星の設計や製造サポートにも携わった。そうした実績から、航空機部品や衛星部品の開発や製造で多くの企業から声がかかるようになった。

チタンの3D造形+切削加工で製造した小惑星探査機「はやぶさ2」小型回収カプセルの姿勢制御装置(由紀精密提供)
チタンの3D造形+切削加工で製造した小惑星探査機「はやぶさ2」小型回収カプセルの姿勢制御装置(由紀精密提供)

2液性液体ロケットエンジンのインジェクター自社サンプル(由紀精密提供)
2液性液体ロケットエンジンのインジェクター自社サンプル(由紀精密提供)

立て直しは、10年近くかけてやっとよくなってきた。由紀精密は、従来から手がけてきた電気機器部品と、新規開拓した航空・宇宙機器の部品を主軸にV字回復。大坪さんが由紀精密に入社して以来、5年間で取引先数は5倍、売上高は平均年10%のペースで伸びていき、2015年にはパリに子会社を設立するまでになった。また、もっとも高い技術が必要とされるトゥールビヨン機構を搭載した複雑機械式腕時計や、その音質が高く評価され複数の雑誌の表紙も飾った高級アナログプレーヤー「AP-0」や「AP-01」を自社開発して大きな話題になった。

トゥールビヨン機構を搭載した複雑機械式腕時計(由紀精密提供)
トゥールビヨン機構を搭載した複雑機械式腕時計(由紀精密提供)

アナログプレーヤー「AP-0」(由紀精密提供)
アナログプレーヤー「AP-0」(由紀精密提供)

一方で大坪さんは、町工場の音と映像をサンプリングする音楽プロジェクト「INDUSTRIAL JP」を共同でプロデュースし、2017年に世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ」でブロンズ、「グッドデザイン賞」で金賞を受賞。ものづくりの魅力やおもしろさを伝えることにも力を注いでいる。

技術力のある企業を守り発展させる“グループ経営”という形

「これまでやってきて、町工場の経営ってやっぱり厳しい面が多いなと思います。いろいろな機能が足りていないのです」(大坪さん)

しかし、“足りていない”機能を補うことさえできれば、再生する企業がけっこうあるのではないかと、大坪さんは自身の経験から思うようになった。

中小製造業はスペシャリストを豊富に抱えることが難しく、多くは企業として最低限の機能しか携えられずにいる。これこそが中小企業に足りていないもので、その問題を解消するために大坪さんが描いたのが、「由紀ホールディングス」の構想だった。

「あまりにも規模が違いますが、フランスのコングロマリットLVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループがモデルです。例えばブルガリやセリーヌもグループ傘下ブランドですが、グループが前面に出てきていないので、同じグループであることはあまり知られていませんよね。ブランドの伝統を尊重しながら本社のインフラを使ってバックアップするその手法でなら、高い技術力で素晴らしいモノを作っているにもかかわらず、経営面で苦戦しているものづくり企業を立ち直らせることができるのではないかと思いました」

2017年、大坪さんは実際に由紀ホールディングスを設立した。問題の機能面は、ホールディングスで事業戦略や資金調達から、企画広報、人材採用、システム、IT、製品・技術開発に至るまで幅広く備えて、そのインフラをグループ各社が活用できるように整備。そして、専門分野で高い技術を持つ中小製造業を迎え入れていった。

「機能性材料に関する技術や、工作機械や金型の技術、それに精密加工も含まれますが、日本には優れた製造技術がたくさんあります。それらは普段の暮らしのなかで直接目にすることは少ないけれど、ものづくりには欠かせない重要な技術です。ホールディングスを立ち上げたのには、そんな優れた日本の技術を失いたくないという思いもありました」

由紀精密を含めグループ企業全体の売り上げは93億円(2022年度)を上回る。“中小製造業の廃業による技術の消失”という大きな課題を解決する突破口になるのではないかと期待されるなか、大坪さんは次の展開として“世界”を見据えている。

由紀精密 大坪正人代表取締役 ©IKAZAKI Shinobu
由紀精密 大坪正人代表取締役 ©IKAZAKI Shinobu

「人口が減少する日本では縮小しているマーケットも、世界を見れば拡大しています。そのため、日本で需要が減ってしまった技術でも海外でならそのまま活きることがありますし、応用すればいっそう役立つものになるはずです」

だから、日本の技術を世界にもっとアピールし展開していくべきだと大坪さんは力を込める。

「たとえば、外国製のシールを剥がす時に台紙ごと取れてしまったり、加工された表面だけが剥がれてしまったりすることがありますよね。日本製のシールがきれいに剥がせるのは、実はシールを切り抜く加工機や刃物の精度や技術が優れているからなのです。もし、不況で工場が潰れてその加工技術が失われたら、世界中のシールがうまく剥がれなくなるかもしれません。小さなことですが、世界を幸せにできるそういった技術が日本にはたくさんあります。そんな技術を、由紀ホールディングスの取り組みを通して継承し、世界に通用するまでに育てていきたいと思っています」

【企業データ】

株式会社由紀精密

住所 : 神奈川県茅ケ崎市円蔵370

代表者 : 大坪正人代表取締役

事業内容 : 航空宇宙関連や医療機器関連部品、電機電子機器部品の試作や量産など

資本金 : 3500万円

従業員数:37人(パートタイムを含む)

Website: https://www.yukiseimitsu.co.jp

取材・文:杉原由花、POWER NEWS編集部
バナー写真撮影 : 伊ケ崎忍

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