ニッポンドットコムおすすめ映画

日イラン合作映画『ホテルニュームーン』:筒井武文監督とイラン人プロデューサーが語る国際共同製作の舞台裏

Cinema 国際交流

イランの国民的スターと期待の若手女優が、永瀬正敏や『おしん』の小林綾子と競演。テヘランに暮らす母と娘の複雑な愛憎関係を、美しい映像と音楽でスリリングに綴った日イラン合作映画『ホテルニュームーン』が日本で公開を迎えた。本作のメガホンを取った筒井武文監督と、日本語が堪能なイラン人プロデューサー、ショーレ・ゴルパリアン氏が、文化の違いや撮影の舞台裏をざっくばらんに語る。

テヘランで大学に通うモナとその母ヌシン。父はモナが生まれる前に亡くなり、母は教師をしながら一人娘を大切に育ててきた。厳しい門限を課し、交友関係にも目を光らせる過保護な母に、モナは少しうんざりしている。そんなある日、モナは母がホテルで見知らぬ日本人男性と密会しているのを目撃してしまう。それをきっかけに、自身の出生をめぐる母の話に疑念を抱き始めるモナ。男は誰なのか。ヌシンの過去に何があったのか。母と娘の間に小さなほころびが生じ、やがて亀裂が広がっていく……。

美しき母娘の葛藤を描く『ホテルニュームーン』 © Small Talk Inc.
美しき母娘の葛藤を描く『ホテルニュームーン』 © Small Talk Inc.

監督は筒井武文。1982年に長編第1作『レディメイド』を監督し、その後は助監督や編集担当として数々の作品に携わる傍ら、映画美学校や東京芸大などで教鞭をとる。最近の監督作に綾野剛主演の『孤独な惑星』(10)がある。

プロデューサーはイラン人のショーレ・ゴルパリアン氏。大学卒業後、79年に初来日し、82年よりイラン大使館で大使秘書として勤務。その後、さまざまな映像作品を双方向に紹介しながら、これまでに12本の合作映画を手掛けてきた。

芸大のグローバルセンターで働いていたゴルパリアン氏と筒井監督は、知り合ってから長く、互いに気心が知れた間柄だ。一緒にイランやフランス、モンゴルなどを訪れ、各地でワークショップに参加しながら親交を深めてきた。彼女を通じ、イランは筒井監督にとって何度も訪れるなじみの国になった。

筒井武文監督とプロデューサーのショーレ・ゴルパリアン氏
筒井武文監督とプロデューサーのショーレ・ゴルパリアン氏

筒井 初めてイランに行ったときに「ここで撮りたい」と思ったんです。そのときは単なる願望だけですよ。そうしたらショーレさんが、「あら、撮れるわよー」って。

――ショーレさんは、なぜ「筒井監督なら撮れる」と思われたんですか?

ショーレ それは筒井さんに「撮りたい!」という強い気持ちがあったから。日本からするとイランは遠いんだけど、イランにしてみれば日本は文化的にもすごく身近な国なんです。イラン人は黄金時代の日本映画や朝ドラ(NHK朝の連続テレビ小説)もたくさん観ているから。日本人のコミュニケーションの取り方や家族の絆、伝統的な習慣や価値観も、イラン人と共通してることが多いんですよ。

撮影現場で「生活する」イラン人

――実際にイランで映画を撮られた感想は?

筒井 日本で撮るよりも楽なんじゃないかなと思いましたよ。イランには映画を撮ることを心から楽しんでいる人たちが集まっている。映画を撮ることと、人生を楽しむことは同じだって考えている感じがするんです。彼らは参加した以上、自分の意見も出すし、お互いによりよくしていこうと考える。日本では、仕事だから真面目にやらなきゃというのが強くて。

イランでの撮影風景 © Small Talk Inc.
イランでの撮影風景 © Small Talk Inc.

ショーレ イランの撮影現場では、みんなでお茶を飲んだり、話をして笑ったり、お互いに悩みを相談したりしながら、もちろん仕事もちゃんとやる。それに対して、日本の現場はみんな機械的な雰囲気がします。優秀だけど、生活している感じがしないの。

筒井 日本の場合は、「脚本という設計図通りに作るのがいいことだ」みたいな価値観があるんだけど、イランの場合は「脚本なんて別に捨ててもいい。もっといいものを現場で探そう!」という感じなんですよ。実際の現場で、動きながらセリフを直していくんです。だから良くも悪くも、翌日どうなるか分からないところもあって(笑)。

ショーレ それは人生と同じ! 明日どうなるかなんて分からない!

筒井 イラン映画は、日本と同じ規模の予算でも、撮影期間が2、3倍もある。それが普通なので、現場で試行錯誤しながら作れるんですよ。

ショーレ デビューしたばかりの監督でも、撮影期間は50日間くらいありますね。今回、私たちは日本パートも撮る必要があったので、イランでは40日間しか撮影できないと言ったら、イラン側のプロデューサーがすごく驚いたんですよ。最低でも2カ月は撮影すると思っていたから。

筒井 日本ではへたすると10日で撮りますからね。それに比べたら40日でも長いけど、いろんなトラブルがあって、最終的には時間が足りなくなりましたけどね(笑)。

大女優マーナズ・アフシャルと新進女優ラレ・マルズバン

イランの国民的女優マーナズ・アフシャル © Small Talk Inc.
イランの国民的女優マーナズ・アフシャル © Small Talk Inc.

ショーレ 母親役のマーナズ・アフシャルは大女優なんですよ。

――日本で言うとどれくらいの位置付けの女優さんですか?

筒井 年齢は40代前半だけど、格としては吉永小百合さんクラス。「彼女が出るなら出資する」と言ってくれた企業もありましたからね。

ショーレ マーナズさんはもちろん素晴らしいけれど、娘役、ラレ・マルズバンのピュアな演技を筒井さんはすごく気に入ったんです。ただ、それをラレに伝えるのに苦労しましたね。大女優マーナズさんの前では、ほめづらかったからね。

主演のラレ・マルズバンは演劇出身。筒井監督がオーディションで選んだ © Small Talk Inc.
主演のラレ・マルズバンは演劇出身。筒井監督がオーディションで選んだ © Small Talk Inc.

筒井 もちろん、芝居をしているときはいい意味で張り合うんですよ。でも終わってからが大変(笑)。だから計算していた部分と、成り行きでそうなった部分と両方あって、それをなんとか編集でうまく切り取った感じですね。

――小林綾子さんの起用にあたっては、イラン側からの強い要望もあったとか。

筒井 イランでは「おしん」はものすごく人気があって、小林さんに出演していただいたのです。小林さんの演技はニュアンスに濃淡があって、反射神経もよく、素晴らしかった。子供を失った悲しみも見事に出してくれました。

イランで抜群の知名度を誇る小林綾子が、永瀬正敏演じる田中の妻を演じる © Small Talk Inc.
イランで抜群の知名度を誇る小林綾子が、永瀬正敏演じる田中の妻を演じる © Small Talk Inc.

――永瀬正敏さんについてはいかがですか?

筒井 永瀬さんは即興性を重視している役者さんという印象があるかもしれませんが、実は役柄をイメージして厳密に作り上げていく役者さんです。イランの役者のスタイルとは正反対で、その違いが出せたのはよかったですね。

ショーレ 結果として、日本人とイラン人の性格の違いも出ているんです。日本人はこうと決めたらその通りに、イラン人はその時に合わせて動く。日本の男性が内面に何か秘めた感じが、イラン人が抱くイメージにぴったりだったと思います。

ヌシンの秘められた過去の扉を開く日本人・田中を永瀬正敏が好演 © Small Talk Inc.
ヌシンの秘められた過去の扉を開く日本人・田中を永瀬正敏が好演 © Small Talk Inc.

――イランの役者さんはもっと即興で演じる要素が多いということですね?

筒井 そうですね。イランでは、登場人物がどこで考え込み、どこではしゃぎ、どこで沈むのか、その時々の感情を現場で発見していく。役者さんが考えてきてくれたことの中にもたくさん発見があったし、リハーサル中にシナリオ自体も変わるんです。撮影の30分前に新しいセリフが上がってくることもあるんですが、それでもちゃんと役者さんがこなしてくれた。

ショーレ きっと筒井さんが今回の合作映画で経験したかったのは、まさにそういうことだったんじゃないかな。イランで映画を撮影するときは、現場で即興的に撮ることができるし、役者さんもそれに対応する。急にセリフを変えても、役者さんがやってくれるのは、日本ではなかなか味わえないことかもしれないですからね。

イランでご法度のラブシーン

――スタッフの違いについてはいかがでしたか?

筒井 大変だったのは、カメラマンのジミーさん(柳島克己)だよね。イランと日本の撮影方法はまったく異なりますから。一番の違いは、日本はテストで正解を決めたら、動かさない。微調整はありますが。イランは役者の動きやセリフがその都度変わるから、当然ライティングもテイクごとに大きく変わってくる。結果としては、イランのチームのフレキシブルな持ち味と、ジミーさんの厳密さがミックスして、いい感じに仕上がったんじゃないかな。

モナと同じ大学に通うボーイフレンドのサハンド(アリ・シャドマン)。2人はカナダへの留学を画策している © Small Talk Inc.
モナと同じ大学に通うボーイフレンドのサハンド(アリ・シャドマン)。2人はカナダへの留学を画策している © Small Talk Inc.

――文化の違いで苦労したことはありますか?

ショーレ イランではいわゆる“できちゃった婚”はダメなんですよ。イランの観客は、男女がホテルに一緒に泊まるという時点で、「あの2人は仮結婚(※1)してたんだな」と思うわけですよ。だからそういうところはちょっと脚本を変えたけど、別に筒井さんは初めからラブシーンが撮りたかったわけではないでしょう?

筒井 そりゃあ、撮れたら撮りたかったけれども……。

ショーレ へー、そうなんだ! でもやっぱりイランの愛の表現が慎ましいからこそ、海外からイラン映画は特別に見えるんじゃないかな。

筒井 文化的、宗教的な制約がある中で皆さん工夫して撮っているので、制約があること自体は、別に悪いことではないと思っています。「恋愛描写や宗教的、政治的な問題を入れると、脚本が検閲を通らない」ということはあらかじめ聞かされていたので、そのあたりはギリギリの線でやりましたね。

イランの3世代の女性たちを描く

――映画の中では世代間の価値観の違いも浮き彫りになりますが、イランではこの数十年で女性の生き方が大きく変わってきたということですか?

筒井 若者の行くカフェはすごくおしゃれでモダンなんですよ。スカーフもギリギリまで下ろしていたりして。そういうところも、この映画の中でできるだけ表現したかったんです。とはいえ、それを描くのはなかなか難しいところではあるのですが……。

母とともに祖母の家を訪れ、祖母のケアをするモナ © Small Talk Inc.
母とともに祖母の家を訪れ、祖母のケアをするモナ © Small Talk Inc.

ショーレ この映画のよさは、イランの3世代の女性を描いているところです。祖母たちは目で怒りを表している世代。母親の世代は今の日本の2、30年前の価値観に近い。一方、娘の世代はいくら制約が厳しくても、カフェにも行くし、タバコも吸うし、友達と遊び、ボーイフレンドもいる。海外に留学もしたい普通の若者なんですね。こんな風にイランの3世代の女性を描いた映画はこれまでになかったはずです。

――海外の情報にも瞬時にアクセスできるようになって、若い女性たちは「母のような生き方はしたくない」と感じているわけですね?

ショーレ 母親の世代から女性も外に働きに出てはいるんですが、デジタルが普及したことでいろいろな情報を手に入れられますよね。日本人はイランに対して保守的なイメージを持っているかもしれないけど、イランでも若者はYouTubeを見ていることが、この映画を見ると分かるでしょう。

「コロナ前」最後の合作映画の一つに

――新型コロナウイルスは今後の合作映画にどのような影響があると感じていますか?

筒井 コロナが収まらない限り、海外で映画は撮れないでしょうね。

ショーレ イラン国内では映画の撮影は再開していますが、海外との合作は、行ったり来たりが大変で、まだできないと思います。映画の表現はやっぱりこれから変わるでしょうね。今がまさに過渡期で、コロナの状況によっては今後、映画の撮り方も変わるかもしれません。

筒井 対面でのコミュニケーションが価値を持っていた時代から、これまで社会問題化されていた「引きこもり」が推奨される時代になっていく可能性だってある。コロナ以降、街ですれ違う人に対して、みんなが警戒心を抱いている。これ実は、昔からSF映画の中で表現されていた「宇宙人が人間社会を乗っ取って、知らないうちに周りが宇宙人だけになっている」といった状況に近いわけですよ。「じゃあ、そもそも人間って何なの?」という根源的なことが、コロナによって問い直されていると思います。

自身の出生の秘密を探るべく、田中を問い詰めるモナ © Small Talk Inc.
自身の出生の秘密を探るべく、田中を問い詰めるモナ © Small Talk Inc.

ショーレ このまま私たちがずっとコロナに合わせなきゃいけなくなるかもしれない。これが最後の合作になったりして……(笑)。

筒井 1年前に撮り終えていなかったら、完成しなかったでしょうね。

――最後に、監督自身がご覧になって、どんな映画に仕上がったか聞かせてください。

筒井 自分でも「こんな映画になったのか」と驚いています。抑えられていた人間の感情が、飛び出して、ぶつかって、進んで、また少しずつ元に戻っていく。ごく基本的なところだけでドラマが成立するんだということを、あらためて実感できたんです。プロットが不安だと、つい仕掛けをいろいろ考えるじゃないですか。この作品にも最低限の仕掛けはあるんだけど、それよりむしろ「今日の撮影でできることは何だろう?」と日々探り、こういう状況ならどういうリアクションになるのかと、イランのスタッフ、キャストと模索したわけです。そうしたら俳優たちが、見ている側の胸を詰まらすような素晴らしい反応をしてくれた。その積み重ねの結果として、自分の想像を超える世界が描けたんだと思います。

撮影=花井 智子
聞き手・文=渡邊 玲子

© Small Talk Inc.
© Small Talk Inc.

作品情報

  • 監督:筒井 武文
  • 脚本:ナグメ・サミニ、川崎 純
  • 撮影:柳島 克己
  • 出演:ラレ・マルズバン、マーナズ・アフシャル、永瀬 正敏、アリ・シャドマン、小林 綾子、ナシム・アダビ、マルヤム・ブーバニ
  • 配給:コピアポア・フィルム
  • 製作国:日本・イラン
  • 製作年:2019年
  • 上映時間:93分
  • 公式サイト:hotelnewmoon2020.com
  • 9月18日(金)よりアップリンク吉祥寺、他にて全国順次公開 

予告編

(※1) ^ イランでは結婚前の男女がホテルの同室に宿泊することはできません。チェックイン時に夫婦であることを証明する必要があります。ただし正式に結婚届を出す前に、イスラム式「仮結婚」(一時結婚)をして、聖職者に証明書を出してもらう場合もあります。イスラム法の下で夫婦である場合は同じ部屋に宿泊することができます。〈ショーレ・ゴルパリアン氏の解説より〉

映画 イラン 国際交流 国際