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映像作家・柿本ケンサク、リモート撮影で地球の果てへ:コロナ渦で短編映画プロジェクト『+81FILM』に挑んだ理由

Cinema 音楽

何気なくテレビを見ていて、あれ、カッコいいぞと思ったコマーシャル映像をいくつか挙げてみてほしい。その中にはおそらく、柿本ケンサクの作品が含まれているはずだ。そんな今の日本を代表する映像作家が、新型コロナウイルスの感染拡大で海外撮影がストップする中、世界の仲間とリモートで共同監督し、短編映画を作り上げた。

柿本 ケンサク KAKIMOTO Kensaku

1982年、香川県生まれ。映像作家、写真家。コマーシャルやミュージックビデオを中心に、多くの作品を手掛け、国際的なフェスティバルで数々の賞を受賞。2005年に『COLORS』、『スリーピングフラワー』で長編映画の監督デビュー。その後もコンスタントに制作を続け、窪塚洋介主演の『UGLY』(11)、ドキュメンタリー『LIGHT UP NIPPON』(12)などの作品を発表。16年には写真展『TRANSLATOR』を開催。21年には『恋する寄生虫』が公開予定。

柿本ケンサクは、これまでコマーシャルやミュージックビデオを中心に数々の作品を手掛けてきた映像作家だ。

一般の人々が目にする機会の多いコマーシャルフィルムで言えば、ビデオゲーム「ワールドサッカー ウイニングイレブン」(メッシらが出演)のグローバル版や、任天堂の「スーパーマリオ ラン」、トヨタの「C-HR」、パナソニックのワイヤレスイヤホン「S50W」(YOSHIが出演)、ソフトバンク「5G」(八村塁が出演)など、いずれもビートの効いた音楽をバックに躍動する映像が特徴的で、多くの人々の記憶に強烈なインパクトを残しているに違いない。

楽曲を元に映像を作り出すミュージックビデオは、広い意味では広告と同じプロモーションという目的を持ちながら、アーティストとのコラボレーションという要素がより大きくなる。ここでも坂本龍一桑田圭祐、Mr. children、RADWIMPSなど、一流ミュージシャンたちから指名され、楽曲の世界観を映像化してきた。

こうしたプロフェッショナルたちの高い要求に応える仕事と並行して、柿本は長年にわたり、自身のアーティスティックな表現を追求し続けている。これまでは、個性的な有名俳優を起用しながら商業ベースに乗らないインディペンデントな映像作品を制作して注目を集めてきたが、いよいよ大手が配給するメジャー映画の監督デビューが近づいている。

それが2021年公開予定の『恋する寄生虫』。三秋縋(みあき・すがる)の人気小説を、林遣都・小松菜奈のダブル主演で実写映画化する注目作だ。2月の後半に始まった撮影は、新型コロナウイルスの感染がじわじわと拡大する中で敢行され、緊急事態宣言(4月7日)が出される直前に終えたという。

リモート撮影はコロナ以前からの目標

それ以降は、あらゆる撮影スケジュールが止まり、海外に行く予定もすべてキャンセルとなった。そんなとき、引く手あまたの売れっ子クリエイターは何をするのか。柿本ケンサク本人に、オンラインで話を聞いた。

「去年までは年に3分の1、多いときは半分、撮影の仕事のため海外に行っていました。日本のクライアントが多いですが、現地のクライアントの場合もありました。実は今年の頭にアメリカのアーティストビザを取得していました。向こうでの活動を増やす計画を立てていて、人脈を広げるためにも挑戦しようと思ったからです。現地のプロダクションと契約して、合作で映像作品を作る企画を売り込もうとしていた矢先でした」

柿本はコロナ禍で撮影がストップした状況を、普段はなかなか取り組めずにいたことを進める好機と捉えた。自身が経営に携わる会社で3年ほど前からリモートでの編集を視野に入れた準備をしていたという。もちろん現在のような状況を想定していたわけではない。

「単純に、僕が世界中のどこにいても、リアルタイムで編集ができて、チェックできる態勢を構築したかったからです。でも今までは現実問題として技術が追いついていなかった。それが新型コロナウイルスの影響がきっかけとなり、世界中が急速に技術開発に乗り出したので、ちょうどよいタイミングでそのシステムが整い、かなりのところまでリモートで編集できる状況になりました」

目標にしていた編集システムを手に入れた柿本は、早速これを駆使して、依頼を受けていたオーストラリアのアーティストのミュージックビデオを作り上げた。日本にいながら完全リモートで演出し、現地のクルーによる撮影をリアルタイムで率いることが実現できたのだ。

「海外でも、都市部であればリモートで撮影ができるのは分かっていました。それが地球上のあらゆる場所でも可能になるかどうかが課題でした」

地の果てと日本をつなぐ

こうして直感で頭に浮かんだのは、かつて撮影で訪れ、思い出に残っているチリとモンゴルだった。まずは4月末、安否確認を兼ねて、チリの知り合いのプロデューサーに連絡を取ってみた。

「以前は実際に足を運んで、現地のスタッフと一緒に映像を作ってきたようなことが、新型コロナウイルスの影響でまったくできなくなってしまった。みんなのことが心配だったし、世界中で仕事がストップしている状況で、何かできることがないかと考えました。いわゆる『ご縁』ってあるじゃないですか。その場に行けなくなったら、縁も終わってしまうなんて悲しいですよね? これを機にその縁を確かめてみようと」

思いついた企画を電話で話すと、ぜひやりたいと即答が返ってきたという。

「今は先が見えなく不安だけど、こういう時だからこそ、映像に関わる人たちが映像を通じて一つになり、作品を作って、前を向いていこう、と言ってくれて。離れていながらもこうして縁を再確認できたことがうれしかったです」

監督候補の提案は、現地のプロデューサーに依頼した。提出された「トリートメント」という映像の設計図を検討して監督とカメラマンを選定し、現地でプロジェクトを動かしてもらう。自身がリモートで監督をすることもできたが、今回は現地の監督との共作にしたかったという。オリジナルのストーリーは柿本によるものだが、実際に現地にいる監督と話し合いながら、リアリティを加味してアイディアを固めていった。

柿本が選んだ場所は、ボリビアとの国境に近いチリのアタカマ砂漠。標高数千メートルにある過酷な環境の高地だ。近くに天文台があることからも、いかに人里離れた場所であるかが分かる。

「以前に2度訪れたことがあって、すごく思い出のある土地です。地球の裏側の電波が届くのかどうかすら分からないような場所やコロナ渦という状況でも、ちゃんとつながって作品を作れるんだということを、映像を通じて表現しようという狙いがありました」

こうして『+81FILM』のプロジェクトを始動させ、同じように縁のあったモンゴルへと広げていく。さらに地球を一周するようなイメージで、イギリスのロンドンへとつなげていった。自分の実体験をベースにして「日本編」のストーリーも書いてあるという。しかし現実的に予算の問題もあり、まずはなるべく早い段階で3本を世に出したいという思いを優先させた。実現できるなら、あと2、3カ国を加えて1本にまとめたいとも考えている。

+81FILM

Gravity

チリ編「グラビティ」(9分43秒) 監督:ガブリエル・ディアス 音楽:細野晴臣

明け方の暗い空の下、一台の車が荒野を疾走している。後部座席には苦しそうに咳をする幼い子どもとその母親。運転席の父親は、息子を病院へ連れていくため、石ころだらけの荒れ地にハンドルを取られぬよう必死にアクセルを踏み続ける。一瞬目を離したすきに、車は数十頭の家畜の群れに突っ込んでしまう。間一髪で無事だった夫婦の目に飛び込んできたのは――。

Snowdrop Flower

モンゴル編「スノードロップ・フラワー」(15分6秒) 監督:バット・アムグラン 音楽:半野喜弘

草原に暮らす兄弟の話。町に出かけた両親が帰ってきた翌朝、母親が病に倒れ、激しく咳き込んでいる。息子はスノードロップ(待雪草)の花を食べた山羊のスープを食べれば治るという言い伝えを信じて、馬に乗って草原へと出かけていく。

Silence

ロンドン編「サイレンス」(14分8秒)監督:T・J・オーグラディー・ペイトン 音楽:大橋トリオ

労働者階級や移民の家庭が多い郊外に住む少年が主人公。命令口調で男性的な考え方を押し付ける父親に嫌気がさし、気晴らしに秘密の廃墟で壁にグラフィティを描いている。ある日、そこでバレエを踊る女性に出会う。その姿に一瞬で魅了され、周りに嘲笑されながら自分も踊り始める。

見えないものを形に

3本に共通しているのは、生死の分かれ目となるような、あるいはその後の人生を決定づけるような運命の一瞬があるということだ。

「普段から目に見えない世界や真理をどのように理解したらいいのか、と考えながら映像表現しています。人間が存在している中で、さまざまな不条理がある。その見えないものを、何とか形にして届けようと。今回のコロナウイルスについても、完全に外出を自粛していた人が、たまたま一瞬だけ配達に来た人と接触して感染してしまったというのをニュースで知りました。世の中には計算できないことが渦巻いていて、目に見えない力が働いている。それはまさに不条理と言うしかなく、僕らはそれに囲まれて生きているんだなと」

こうしたことを日々考えながら、長年にわたって映像作品をいくつも構想してきたが、形になったものはごくわずかだという。つまり、クライアントから依頼を受け、そこに提案を加えながら作っていくのを「1を2にする」作業だとすると、「0を1にする」のが、いかにむずかしいかということだ。

「商品を売るにはどうするか、人物をどうやってきれいに見せるか、そういう拠りどころがいくつもあるのが広告の表現です。そうではなくて、ゼロから作り上げるには、自分が何をテーマにしているか、自問自答して格闘しなければいけない。自分が何を考えて、どうそこに介在するか、その覚悟が必要とされるんです」

離れているからこそ信じ合う

今回は、困難な状況に挑むという課題があったからこそ、「0から1」を作り上げる力が生まれたという。リモートでの撮影という新しい方法もまた、その推進力になったようだ。それは単に技術的なことではない。

「今までは自分が現地で指示を出してディレクションできたことが、この状況ではできなくなった。そうしたときに、もちろん技術の進歩も必要ですが、相手をどれだけ信じられるかというのも大事です。その場にいない僕が、カメラマンにこんな画(え)がほしい、と言っても無理なことです。具体的な指示よりも、こちらの意図をカメラマンがどう汲んで撮ってくれるか。彼らを信じて、信じた彼らがどういう答えを返してくれるか。リモートはそういう信頼関係の上でしか成り立たない。自分が思っていることを整理できていないと、作品の世界を追求できません。明確なビジョンがないと伝わらないし、現地の状況を把握する上で、自分がよりプロフェッショナルでなくてはならない。そこがすごくチャレンジングなことでしたが、信じ切ることができました」

プロジェクトの進行は常に手探りだったというが、今までの経験をつぎ込み、また一歩成長できたと実感している。

「相手とのやり取りにもリスペクトを込めて、一つ一つのプロセスを大切に踏んでいけたかなと思っています。以前は、日本人である僕が海外のコマーシャルを演出するときは、自分が経験していないことを果たして形にできるのだろうかというジレンマがありました。でも今回、人として大事に思っていること、それさえちゃんと持っていれば、言語が違っても通じ合える。お互いを信じ合い、リスペクトし合えれば、ちゃんと形になると思えました」

これまで世界中を旅して、各地で撮影を率い、その作品で国際的な賞をいくつも受賞してきた柿本だが、自身のプロジェクトを世界に向けて発信できたという手応えを感じるのは、今回が初めてだという。

「元々やりたかったことではありますが、なかなか実現はできなかった。それがこういう状況でも、ちゃんと人とつながることができて、同じ方向を向いて、一つの作品を一緒に作ることができたのは僕にとって大きな糧となりました。同業者の方々にも、海外の離れた場所でも作品の制作ができるということを伝えたいです。そのための技術やプロセスの公開は惜しみません」

プロジェクト『+81FILM』の短編3本は現在、公式サイトとYouTubeチャンネルにて、全世界に無料配信されている。こうした形態で作品を発表した理由はただ一つ。できるだけ多くの人に観て感じてもらいたいからだ。

「今回のコロナウイルスで苦しい経験をしてきた人がたくさんいると思います。救いを感じられないような状況の中にも、何か大きな縁に引き寄せられているように実感することがあります。僕も、収束後を見据えて企画を立てるなどして過ごしてきましたが、その合間に、自分は何者なのか、映像作家としていま何をやるのか、限られた時間をどう使うのか、ふと考えることがありました。人によって、生まれてきて死ぬまでの時間は違いますけど、その中でどうやって命を使っていくのか、考えるきっかけになるような作品となればうれしいです」

取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
バナー画像:(左上から時計回りに)T・J・オーグラディー・ペイトン、柿本ケンサク、大橋トリオ、ガブリエル・ディアス、半野喜弘、バット・アムグラン、細野晴臣

作品情報

  • 監督:柿本 ケンサク、ガブリエル・ディアス、バット・アムグラン、T・J・オーグラディー・ペイトン
  • 脚本:柿本 ケンサク
  • 音楽:細野 晴臣、半野 喜弘、大橋 トリオ
  • プロデューサー:中村 友香
  • 公式サイト:http://plus81film.com/
  • YouTubeチャンネル:Plus81 Film

予告編

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