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台湾映画『私たちの青春、台湾』:普遍的価値とナショナリズムの間でもがく若者たちを描く

Cinema 国際・海外

台湾の市民運動に身を投じた若者たちをテーマにしたドキュメンタリー映画『私たちの青春、台湾』(原題:『我們的青春,在台灣』)が10月31日(土)から日本で公開される。若者たちが社会の変革を目指して運動に身を投じ、「自由」や「民主」「人権」といった普遍的価値とナショナリズムとの間でもがき苦しむ姿を描いた内容であり、観た者に深い感動を与える作品だ。

傅榆(フー・ユー) FU Yue

ドキュメンタリー映画作家。1982年、台北生まれ。父はマレーシア華僑、母はインドネシア華僑。2008年、国立台南芸術大学音像記録研究所を卒業。『我在台湾、我正青春』(ショート版)で台湾新北市ドキュメンタリー映画賞一等賞、『藍緑対話実験室』で中国FIRST青年電影展最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞。16年、短編ドキュメンタリー映画『完美墜地』で香港華語ドキュメンタリー映画祭短編部門グランプリを受賞。18年、『私たちの青春、台湾』が金馬奨と台北映画祭にて最優秀ドキュメンタリー映画賞に輝いた。

監督が「影の主役」

『私たちの青春、台湾』は、2016年に台湾で上映され、大きな反響を呼び、2018年の台湾の映画賞「金馬奨」で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。台湾の学生運動のリーダーだった陳為廷(チェン・ウェイティン)と、台湾の運動に共感を寄せる中国人留学生の蔡博芸(ツァイ・ボーイー)の2人を主役として、台湾、中国、香港の市民運動が「共闘」できるかどうかを探ることを目指し、2011年から2016年にかけて、台湾の若手新進ドキュメンタリー監督の傅榆(フー・ユー)がカメラを回し、ナレーターも務めた。

ひまわり運動のリーダー、陳為廷 © 7th Day Film All rights reserved
ひまわり運動のリーダー、陳為廷 © 7th Day Film All rights reserved

私が最も注目したのは、実は、陳為廷と蔡博芸の主役2人ではなかった。2人に魅力がない、ということではまったくない。2014年に台湾で起きた「ひまわり運動」(中国とのサービス貿易協定に反対)で学生リーダーとして彗星の如く現れて名をあげた陳為廷はアクティブなパワーで仲間たちを魅了した稀有な若者である。中国から台灣に留学し、 ブロガーとして活躍していた蔡博芸も台湾を通して中国を変えようという強い意欲にあふれている。

しかし、私は、フィルムが進むにつれ、もう1人の影の主役ともいえる傅榆の存在に惹きつけられていった。日本上映を前に、台湾とのオンラインインタビューを行った時は、すでに8社目の取材となっており、傅榆もいささか疲れた様子であった。私は長々と質問を重ねないほうがいいと考え、単刀直入に「あれから、何が起きたのですか」と尋ねた。

映画賞のあいさつが波紋

あれから、とは2018年の金馬奨の授賞式のことである。90秒間という短い傅榆の受賞あいさつが、金馬奨できっと長く語り継がれる歴史的な発言になったからだ。質問への彼女の答えは、こうだった。

「あれから、たくさんのことが起きました。各方面で、大勢に迷惑をかけてしまって、いろいろな人を傷つけました。なかでも蔡博芸には、いちばん迷惑をかけた。彼女の身の安全の問題になったから……。とても苦しくつらいことでした。私が所属する会社にも迷惑をかけました。会社も中国とのプロジェクトがあったからです」

中国からの留学生でひまわり運動に参加した蔡博芸 © 7th Day Film All rights reserved
中国からの留学生でひまわり運動に参加した蔡博芸 © 7th Day Film All rights reserved

いったい、何が起きたのか。

本当ならば、最も誇らしい場になるはずだった。2018年、金馬奨の最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、傅榆は表彰のため舞台に上がり、マイクを握った。最初からどこか落ち着かず、涙を目にため、感動に押しつぶされそうな様子だった。マイクを受け取ると、関係者へ一通りお礼を述べたあと、「この舞台に立てたら、どうしても言いたかったことがある」と語り出した。

「私のこの映画は政治を語るだけのものだと思われているけれども、実は、青春についてたくさん語っています。青春は美しいものです。でも、過ちを犯しやすいのも青春です。人は、間違った期待を、他人の上に投影してしまいます。この種の過ちは、人が人に対して起こすだけではなく、国家が国家に対して起こすものです。本当に、私は、いつか、私たちの国家が真の独立した個体として見てもらえることを希望しています。これが、台湾人として生まれた私にとって最大の願いです」

最後は半ば絶叫していた。湧き上がった歓声で司会の声がかき消されそうになるほど、会場は盛り上がった。

中国の猛反発で祝賀会をボイコット

ところが、事態は思わぬ方向に動き始める。この日、台北の会場には多くの中国の映画人たちが招かれていた。彼らはその後、壇上にあがって台湾を中国の一部とする発言を連発し、祝賀会も集団ボイコットした。翌年以降、中国映画は金馬奨のノミネートに応募しなくなった。台湾、香港、中国、東南アジアの中国語(華文)映画をカバーする最も権威ある映画賞は、様変わりしたのだ。

傅楡の発言は、少なくとも現在の台湾社会において最大公約数の発言であり、その場が金馬奨でなければ、なんら問題はなかっただろう。しかし、これが金馬奨であるがゆえに、この90秒のあいさつの破壊力は大きかった。

この映画が台湾独立を鼓舞する内容かというと、そうではない。むしろ、傅榆は台湾独立を訴えて「非台湾人」を排除しようとするナショナリズムに抵抗していた。この映画のテーマは「台湾、中国、 香港の 市民運動の連帯」である。政治体制の違いを乗り越えて、共通の価値観を求めて人々が共闘できないか、という傅楡の願いが込められていた。撮影チームは中国へ渡り、香港では民主化運動に取り組む黄之峰(ジョシュア・ウォン)や周庭(アグネス・チョウ)らも取材した。

それゆえに、傅榆の発言がすべてを覆い尽くすほどの大騒ぎになったことは、傅榆にとってはあまりにも残念なことだったのではないだろうか。

「本省人でも外省人でもない」

傅楡のバックグラウンドとこの作品は深くつながっている。父親はマレーシアで育った華僑で、留学で台湾にやってきたいわゆる「僑生」だ。母親も9歳から台湾で育ったインドネシア出身の華僑。台湾は「僑生」の集まりで知り合い、結婚し、傅楡をもうけた。家庭では中国語(北京語)環境で育ち、両親とも熱心な国民党支持。学校では台湾語ができないことで孤立感を味わった。傅楡が成長するなかで民主化が動き出し、中台の和解を是とする両親とは異なり、台湾の独自路線を支持する考えを持つようになる。

映画『私たちの青春、台湾』より © 7th Day Film All rights reserved
映画『私たちの青春、台湾』より © 7th Day Film All rights reserved

台湾では1990年代から「民主化」と「台湾化」が平行して進んだ。それが李登輝の掲げた改革の狙いでもあった。民主化は普遍的理念に基づくものだが、台湾化は台湾と中国を区別するナショナリズムにつながりやすい。しかし、本省人以外を排除するようなナショナリズムには賛同できない傅楡は、その矛盾した思いを、自分の創作にぶつけ、結実したのが本作だった。

大学でドキュメンタリーを学び、「台湾・香港・中国」の共通項を探ろうとするテーマを選んだことについて、傅楡はこう語る。

「作品のテーマは、私のバックグラウンドと確かに関係があります。台湾生まれですが、本省人や外省人や客家人、原住民などの分類に私は入らない。学校では、台湾語ができないことでいじめられました。自分は外省人か、本省人か全くわからず、創作のなかで自分の存在を確かめようとしていたところで、主人公の2人と出会ったのです」

その思いは、作品から十分に伝わってくる。金馬奨の受賞あいさつで伝えたかったのも、国家も、人間も、お互いの違いを受け入れ、多様性を尊重しあえる社会を作ってほしい、という問題提起だった。しかし、結果的に、作品は「台独(台湾独立)映画」、傅楡は「台独監督」と中国のSNSではレッテルを貼られた。ナショナリズムから距離を取ろうとして、結局、ナショナリズムに絡め取られたことは、不本意なことだったに違いない。

「もともと、受賞したらあの内容を言おうと思っていました。人前では緊張してうまく喋れないタイプだから、自分で何を話すかは決めていました。別の映画賞で用意したあいさつでしたが、その時は受賞できなかったから、今回こそ言わなくちゃと思ったのですが、あんな問題になるとは想像つきませんでした。誰とも相談はしていなかった。だって、授賞式のコメントを他人と相談するなんて変でしょ?だからあんなことになってしまったのだけれど」

傅楡は自分が間違ったことを言ったとは今も考えていない。だが、間違って読み解かれてしまったことの責任は受け止めている。それを若さゆえの「失敗」というのかもしれないが、授賞式前の彼女はまだ青春の中にあり、授賞式の手痛い経験をもって、青春を終えたとも言えるだろう。

ナショナリズムと普遍的価値の矛盾

2012年の反メディア闘争から2014年のひまわり運動の頃までは、映画に登場する3人の歩みは一致していた。「民主」「自由」「人権」という普遍的価値への希求において、台湾、香港、中国の間にも矛盾はなかった。

だが、ひまわり運動で次第に「反中的言論」が広がっていくに従って、中国人の蔡博芸は表情を曇らせた。陳為廷は逆にスターとなり、国会進出への道を歩み始めるが、スキャンダルで失墜する。蔡博芸も留学先の大学の学生会長を目指すが、中国人が学生のトップに立つことを望まない人々がルールを変えて彼女を排除しようとする。3人はいずれも「大人の世界」に跳ね返された形となり、ある意味で、共通の地点に戻ったのである。

蔡博芸(左)と陳為廷 © 7th Day Film All rights reserved
蔡博芸(左)と陳為廷 © 7th Day Film All rights reserved

エンティングは円満ではなかったかもしれないが、この作品は私たちに多くのことを教えてくれる。若者たちの一途な思いは、時に社会を動かす強大なパワーを発揮するが、時に社会の壁の前で無残に阻まれる。だが、渦中にいる若者たちはそんな未来を予想しながら闘っているわけではない。だからこそ我々も彼らの姿に感動を覚えるのである。

台湾を舞台とするそんな若者たちの成功と挫折を描いた本作は、この種の市民運動を描いた多くの作品にありがちな「勝利」や「ひたむきさ」を持ち上げる美談的な物語で終わっていないがゆえに、「青春」の美しさと儚(はかな)さをはらんだリアルな傑作になっているのである。

© 7th Day Film All rights reserved
© 7th Day Film All rights reserved

作品情報

  • 監督:傅楡(フー・ユー)
  • 出演:陳為廷(チェン・ウェイティン)、蔡博芸(ツァイ・ボーイー)、林飛帆(リン・フェイファン)
  • 製作:七日印象電影有限公司 7th Day Film
  • プロデューサー:洪廷儀(ホン・ティンイー)
  • 後援:台北経済文化代表処台湾文化センター
  • 配給:太秦
  • 製作国(地域):台湾
  • 製作年:2017年
  • 上映時間:116分
  • 公式サイト:http://ouryouthintw.com/
  • 10月31日(土)よりポレポレ東中野他全国順次公開

予告編

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