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映画『泣く子はいねぇが』:主演・仲野太賀と佐藤快磨監督の奇跡的な共振

Cinema

ユネスコ無形文化遺産に登録された来訪神「ナマハゲ」の地元、秋田県男鹿市を舞台にした映画『泣く子はいねぇが』。娘の誕生を喜びながらも大人になることから逃げる若い父親が、過去の過ちと向き合い、成長していく姿を描く。これが商業映画デビューとなる佐藤快磨監督と主演の仲野太賀が、この作品の撮影を通じて得られた稀有な喜びを語る。

『泣く子はいねぇが』で、商業映画に初めて挑む佐藤快磨(たくま)監督。2014年、長編1作目の『ガンバレとかうるせぇ』を自主制作し、「ぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2014」で映画ファン賞と観客賞を受賞した期待の若手だ。同作は第19回釜山国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされるなど、国内外のさまざまな映画祭で高く評価されてきた。

15年に文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2015」に選ばれ、仲野太賀(たいが)と岸井ゆきの主演で短編映画『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』(16)を監督した後、是枝裕和率いる製作会社「分福」に持ち込んだ作品が、この『泣く子はいねぇが』だ。その脚本に惚れ込んだ是枝監督のサポートのもと、5年越しで完成させ、ついに商業デビューを果たす。

妻ことね(吉岡里帆・左)との間に娘を授かるも、大人になり切れずにいる夫たすく(仲野太賀) ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
妻ことね(吉岡里帆・左)との間に娘を授かるも、大人になり切れずにいる夫たすく(仲野太賀) ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会

本作は今年9月にスペインで行われた第68回 サン・セバスティアン国際映画祭のコンペティション部門に正式出品され、最優秀撮影賞に輝いた(撮影監督は月永雄太)。11月に開催された第21回東京フィルメックスコンペティション部門にも正式出品されるなど、デビュー作にして快進撃を続ける。

妻子と別れ、東京でくすぶった生活を送るたすくと、幼なじみで親友の志波(寛 一 郎・右) ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
妻子と別れ、東京でくすぶった生活を送るたすくと、幼なじみで親友の志波(寛 一 郎・右) ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会

舞台は、伝統行事「ナマハゲ」で有名な秋田県男鹿市。たすく(仲野太賀)は、ことね(吉岡里帆)と20代半ばで結婚し、親になる覚悟を持てないまま一児の父になった。娘が生まれて間もない大晦日の夜、ナマハゲに参加するたすくは、妻に早く帰ると約束しながら、酒を断り切れずに泥酔してしまう。挙句の果てに、神聖なナマハゲの面をつけたまま、全裸で男鹿の街を走り抜けるという醜態が、全国ネットのテレビにさらされる。妻に愛想をつかされ、地元から逃げるように上京したたすく。それから2年が経ち、東京でくすぶった生活を送ることに耐え切れなくなった頃、親友からことねの近況を聞かされ、ようやく自らの愚行と正面から向き合い始める。しかし地元に戻る決意をしたたすくを待っていた現実は、それほど甘くなかった……。

男鹿の伝統行事ナマハゲに参加するたすく。若者が都会に出て後継者不足に悩まされる地方の現実が映し出される ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
男鹿の伝統行事ナマハゲに参加するたすく。若者が都会に出て後継者不足に悩まされる地方の現実が映し出される ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会

主演の仲野太賀は、2006年に13歳で「太賀」の芸名で芸能界デビューして以来、映画やテレビドラマで縦横無尽の活躍を見せる実力派。『南瓜とマヨネーズ』(17)、『海を駆ける』、『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(18)といった数々の劇映画のほか、『今日から俺は!!』や『この恋あたためますか』といった人気ドラマに立て続けに出演し、コミカルな役柄からシリアスな役柄まで幅広くこなせる確かな演技力は、若手俳優の中でも群を抜いている。

若手監督の出演オファーも積極的に受ける仲野にとって、今回は佐藤監督と2度目のタッグとなる。数年前の出会いについてこう振り返った。

仲野 『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』の脚本を読んだときに、「これ面白い!」と素直に思いました。シリアスな物語の軸がちゃんとありながらも、人間のおかしみとか、滑稽さが感じられる。世間が決めた人間の平均点にちょっと足りない人をいとおしく描ける人だなあと思って。それを30分の中でやれる人っていうのは、なかなかいないんですよね。短い作品でしたが、躍動している感じがあって、この監督がいかに稀有な存在なのか、出会った瞬間に分かりました。

佐藤 短編に出てもらったとき、太賀くんに歩み寄ってもらい、導いてもらったのが、すごく幸せな体験でした。主人公には自分を投影している部分がかなりありますが、そのキャラクターを太賀くんに体現してもらえた感触が残っています。その時すでにナマハゲをモチーフにした物語の着想があったので、次も太賀くんにお願いしたいなと思っていました。

「なまはげ存続の会」会長の夏井(柳葉敏郎・左)は不祥事を起こしたたすくに、現実の厳しさを突き付ける ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
「なまはげ存続の会」会長の夏井(柳葉敏郎・左)は不祥事を起こしたたすくに、現実の厳しさを突き付ける ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会

ナマハゲを通して何が見えるか

5年前から企画していた物語は、監督が生まれ育った秋田県で撮りたいという思いに端を発している。

佐藤 秋田市で撮った『ガンバレとかうるせぇ』で、釜山国際映画祭に招待されました。自分だけ自主映画で自信がなかったんですが、映画祭のスタッフから「君にしか撮れないものが写っている。胸を張ってほしい」と言われた。それ以来、自分にしか撮れないものを意識するようになりました。

秋田の中でも男鹿市を舞台にした理由には、若年人口の流出する不安を背景に希望を描きたい、そして地元の名物ナマハゲの独特のビジュアルを映画に登場させたいという思いがあったからだという。佐藤監督がナマハゲという行事に見たのは、父が子どもを守る役割を果たしながら、そうすることで父もまた親として成長する側面だった。こうして成熟しきれていない男性が、どのように父性を獲得していくかがテーマとして浮かび上がってきた。

佐藤 20代後半に入って、同級生が次々と結婚して父親になっていく中で、自分はそうなる姿を思い描くことができずに悶々としていました。そういう自分が父性をめぐる物語を撮ったときに、何か新しいものができるんじゃないかと思った。映画の中にそれを探してみたい、その過程がこの映画に写っていればいいなと思いました。

佐藤が抱く、自分にしか撮ることができない映画を、という意識は、脚本を読んだ仲野の自分にしか演じることができない役柄を、という思いへと共振していく。

仲野 素晴らしい脚本だなと思いました。僕自身も20代に入ってから、なんでもっと大人らしく振る舞えないんだろうと、自分が思い描いていた大人像とのズレを感じて、すごくモヤモヤした時期がありました。今もあります。たぶん、10代の頃の気持ちが、今も自分の中ですごく大きく、図太く横たわっているからではないかと。この脚本を読んだときに主人公のたすく自身もきっとそうだと確信しました。大人になりきれないまま父親になってしまい、世間や妻からの期待に応えられなかった。それって誰にでもある感覚だなと思うし、とても共感できた。この脚本なら、20代である僕の等身大を発揮できる、これは僕にしかできないと思いました。

世界の是枝をうならせた佐藤監督の力量

監督と主演俳優の「共振」は、脚本段階から始まって、撮影現場にもそのまま引き継がれた。

佐藤 自主映画の頃から、演出ってなんだろうと思ってきました。すごくあいまいなもので、監督によって、演出方法や役者さんへの向き合い方が違いますよね。方法論のようなものがないといけないんだろうなあとは思いつつ、でもやっぱり、ここはこの動き、この感情はこうですって決めたときのお芝居よりも、揺れているときのほうがいいと感じるんです。僕のそういうあいまいな演出って、役者さんをイライラさせてしまうこともあると思うんですけど、太賀くんは、100パーセント理解して、しかもちゃんと向き合ってぶつかってきてくれた。

たすくの兄・悠馬(山中崇・左)と母・せつ子(余貴美子・中央) ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
たすくの兄・悠馬(山中崇・左)と母・せつ子(余貴美子・中央) ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会

仲野 今回は本当にいろいろ意見交換やディスカッションができましたね。互いに補い合っていた感じです。いざ本番で芝居するとなったときに、監督からの演出があるんですけど、言葉選びがとても抽象的なんですね。でもそれはそうだなと思うんです。すぐ言葉にできるのなら簡単ですし。抽象的な監督の表現を、自分なりに咀嚼(そしゃく)して具体的なものにする。そのやりとりが心地よかった。監督と俳優のやりとりとしては、これ以上ないくらい健全で真っ当な伝達だったという気がしますね。

2人の話を聞いて、「企画」としてこの映画に関わり、サン・セバスティアン国際映画祭の会見に登場した是枝裕和監督の言葉を思い出す。是枝は佐藤について「一見頼りないけど、頑固で強い信念がある。これは映画監督にとって必要な資質」と評し、「太賀と吉岡のセリフを超えた芝居を見て、力のある監督なんだなとあらためて感じた」と絶賛していた。

たすくに愛想を尽かす妻ことねを吉岡里帆が好演 ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
たすくに愛想を尽かす妻ことねを吉岡里帆が好演 ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会

是枝は自身の役割について、「最後の最後で背中を押しただけ」と話したが、佐藤はその幸運を噛みしめている。

佐藤 自主映画の監督が商業映画デビューするにはいろんな形があると思うんですけど、僕は是枝さんに背中を押していただき、オリジナルの脚本で撮れたのは本当に幸運でした。是枝さんがいなければ、こういう映画は撮れていなかったと思います。特に何かをしてもらったというより、そこにいて見守ってくれたという感じです。

仲野 新人監督がこれだけ時間をかけて丁寧に作品を作れる環境に恵まれたのは、本当に奇跡的なこと。脚本と監督を絶対的に信じるスタッフやキャストがいて、さらにそれを完璧に支えてくださった地元の方々がいた。みんなが同じ方向を向いていたからこそ完成した作品だと思います。

息子を深い愛情で見守る母せつ子 ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
息子を深い愛情で見守る母せつ子 ©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会

佐藤 そうですね。男鹿に通ってこういう映画を残せたことに意味があると思います。ナマハゲの担い手が不足する現状が変わるわけではないですが、これまでもずっと、いろんなことがありながらもナマハゲが続いてきたわけだし、これからも残ってほしいという願いがありますからね。ナマハゲも含めて、親から受け継いだものを子供に託したい、そういう思いが込められた映画になったと思います。

最後に、是枝が「ここに至る映画であるならば応援してみたい、参加してみたいと思った」というラストシーンについて、仲野がこう語った。佐藤監督のストーリーテリングの力、そしてこの映画の魅力が凝縮したエンディングであることは間違いない。

仲野 僕は脚本を読んだときに、まずとんでもないラストシーンだなあと思って、このラストシーンがやりたくてやりたくて、オファーを受けさせてもらったんですよね。たすくが目の前にした現実は、それまでの人生とすごく矛盾している瞬間だったはずなんですよ。それがナマハゲというシチュエーションの中で、奇跡的に共存していた。悲しみでもあり、喜びでもある。それを成立させていたのが、ナマハゲという一見荒々しいけど親と子の絆を浮き彫りにさせる行事なんですね。それが見事に合致していて、すごく美しい掛け算だなあと思いました。

インタビュー撮影=花井 智子(仲野太賀 ヘアメイク:高橋 将氣/スタイリスト:石井 大)
取材・文=渡邊 玲子

©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会

作品情報

  • 監督・脚本・編集:佐藤 快磨
  • 企画:是枝 裕和
  • エグゼクティブプロデューサー:河村 光庸
  • 主題歌:折坂 悠太「春」(Less+ Project.)
  • 出演:仲野 太賀、吉岡 里帆、寛 一 郎、山中 崇、余 貴美子、柳葉 敏郎
  • 配給:バンダイナムコアーツ/スターサンズ
  • 製作国:日本
  • 製作年:2020年
  • 上映時間:108分
  • 公式サイト:https://nakukohainega.com/
  • 11月20日(金)新宿ピカデリー他全国ロードショー

予告編

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