柄本佑、高橋伴明監督と語る:在宅医療の光と影に迫る映画『痛くない死に方』に主演
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「超」のつく高齢化社会となった日本。すぐ先に控えているのは「多死社会」だ。もはやほとんどの人に、自分あるいは肉親の死がそう遠くない現実として迫っている。病院のベッドで管につながれて延命治療を受けるのではなく、住み慣れたわが家で、できれば家族に見守られながら「平穏な死」を迎えられるとしたら、それは理想的に違いない。そう希望する人が6割に達するという。しかし8割以上が病院で亡くなるのが現実だ。
通院がむずかしい、入院し続けても改善が見込めない、家で最期を迎えたい……といった場合に、在宅医の訪問を受け、診察や薬の投与、痛みの緩和処置などをしてもらうことができるのだが、在宅医療という選択肢は、まだそれほど浸透していない。加えて、在宅医にもさまざまな人がいて、患者や家族の苦しみに向き合ってもらえない場合も、不幸なことに当然あるだろう。
そんな「悪い例」を取り上げた本が『痛い在宅医』だ。そこで語られる末期がんの男性は、在宅医療を選んだものの、苦しみながら息を引き取り、看取った娘もまたその責任を感じて苦しんだ。著者は長年にわたって在宅医療にたずさわる長尾和宏医師。父を平穏死させられなかったことを悔やむ女性との対話を通じて、担当医の対応の問題を明らかにしながら、在宅医療のあるべき姿を示していく。
これを映画化する企画を持ち込まれたのが、高橋伴明監督。ピンク映画でキャリアをスタートし、一般映画では1982年の『TATTOO<刺青>あり』からほぼ40年、20本を超える作品を監督してきた大ベテランだ。
高橋伴明 65歳を過ぎた頃から、自分はどうやって死ぬのかよく考えるようになって、いろいろ調べるうちに在宅医について知ったんです。周囲にも管だらけの姿で死んだ人間がいますから、そういうのは絶対にイヤだなとは思っていました。そんなときに渡されたのがこの本、ダメな在宅医の話。これだけでも話にはできるけど、やりたい話じゃないなと思って。そこから展開する話を、長尾先生のほかの本からも拾ってきて一つにすれば、お客さんが沈んだ気分のままで帰らずに済むのかなと。
こうして高橋監督は、ベストセラーになった『痛くない死に方』をはじめとする長尾医師の著書から、在宅医療に対する考え方なども盛り込みながら、若い医師の成長物語に仕立て、同名の映画の脚本を書き上げた。
物語は、長尾医師をモデルとするクリニックの院長に教えを乞う若い在宅医・河田が主人公で、柄本佑が演じる。14歳のときに撮影した『美しい夏キリシマ』(公開は2003年)に主演で銀幕デビューを飾って以来、20年間で出演した映画はおよそ70本にのぼる、若手きってのキャリアを誇る俳優だ。高橋監督も、「生まれついての役者」と太鼓判を押す。
2人の最初の出会いは15年ほど前、柄本がまだ10代だった頃にさかのぼるが、初めての仕事はそこから10年経った『赤い玉、』(15年、奥田瑛二主演)でようやく実現したという。
柄本佑 ちょうど監督の『火火』(04年)を観て、ものすごく感銘を受けていたんですよ。お会いしたときにも、監督の映画に出たいなあと思って。そのあと、実は1度か2度、お話をいただいたことがあるんですが、タイミングが合わなかった。それから何年かして、監督が奥田さん主演で撮ることになって呼んでくださった。とってもいい現場で、楽しかったんですが、たった2シーン、1日で終わっちゃった(笑)。いよいよ伴明組だと思ったのに、正直な話、不完全燃焼。そこまで長かったですからね。今回こうしてお声をかけてくれそうだと聞いて、題材が何かも知らない段階から、何が何でもやりたい、お願いしますと。
義父・奥田瑛二と師弟役で共演
名前の出た奥田も、本作に出演している。柄本演じる河田が在宅医の師と仰ぐ長野、つまり原作における長尾医師の役だ。実生活で義理の父子である2人が、師弟の間柄を演じることになった。
柄本 僕は奥田さんの監督作(『今日子と修一の場合』、13年)にも出ているし、家族の中では一番、自然にやれる相手だと思います。どこかでやはり先輩と後輩、師匠と弟子みたいな関係性はあるので、その感じは自然に出ていたかもしれませんね。
高橋 彼らのプライベートでの関係について、意識することはまったくなかったですよ。俳優さん同士、1対1ですから。それは常に、誰が来ても同じだと思います。たとえ(実父の)柄本明が来てもね。ただまあ、ちょっとおかしかったのは、2人が一緒のシーンで、奥田がNGを連発したときがあって。そのときに佑の顔を見てたんだけど、どこか冷ややかな感じで(笑)、あれは見てて面白かったね。
柄本 ハハハ。単純に長いセリフだったからで、僕がいたからとかは関係ないんですけど、なんかね、ヒヤヒヤしましたよ。心の中で「頑張れー」って。奥田さんの長ゼリフの間に、ちょこちょこ僕のセリフもあるんですよ。せっかく奥田さんがいい流れで言えたのに、今度は僕がそこを失敗するわけにいかないじゃないですか。いろいろとスリリングでした(笑)。
作品や現場にあふれる「高橋伴明らしさ」
この映画には、奥田のほかに、高橋監督と同世代の盟友がもう2人登場する。1人はピンク映画時代から数々の作品で起用してきた下元史朗。もう1人は下元と同じく監督の一般映画第1作『TATTOO<刺青>あり』に主演し、音楽を担当したことも多い宇崎竜童。ともに末期がん患者を演じたが、その対照的な役どころがそのまま物語の両輪として効いている。
下元演じる大貫は、長尾医師の原作から着想を得た人物だが、宇崎演じる全共闘世代の本多については、監督自身が歩んできた人生を投影させた部分が少なくないようだ。
高橋 彼は学生運動に身を投じて、就職がむずかしい中で、職人の道を選び、やがて親方になり、仲間の親方衆と付き合い、若い人たちを育ててきたような人物。やっぱり、自分を重ねたところはありますね。そんな人が、延命するだけの治療にアンチを示してみせる姿を描こうと。まあ、そこについてはまだね、自分が経験したわけではないけれど、あんな風に死ねたらいいなとは思っていますよ。どう死ぬかっていうのと、どう生きるかっていうのは、同じだと思うんだよね。
一方の柄本。監督と俳優という立場の違いからか、物語や人物に対してやや距離を置いた印象を受ける。今回、若い医師の成長物語を生き、人の臨終に居合わせる場面を疑似体験したとはいえ、彼の心の琴線に触れたのは、あくまで撮影現場での仕事そのものだったようだ。
柄本 僕は普段からそうなんですけど、演じる役柄と自分には接点があまりないので、そこへの共感とか影響とかはないんです。その代わり、現場から学ぶものはたくさんあると思っています。今回も、伴明さんが監督されている姿を見ることで、すごく勉強になりました。そういえば、監督がインターンシップで現場に来ていた(京都造形芸術大学の)学生さんたちに、スタッフがセッティングしている間に、このシーンのテーマは何だ、とか問題を出して、授業をやっちゃうんですよ(笑)。学生さんたちが登場人物の心理とかを必死に考えて、深読みした答えを出してくるんですが、正解は「このシーンのテーマは奥さんがいなくなったってことだろ。むずかしく考えるな!」って(笑)。そんなときは僕も、伴明ゼミの一学生になったような気分を味わえました(笑)。
人生は失敗から学ぶ
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)での教授経験もあり、学生たちと接してきた高橋監督の作品には、本人が特に意識はしなくても、現代を生きる若者たちへのメッセージが何かしら込められているはずだ。それが、若い在宅医・河田に自分の生き様を示し、人生のヒントを与える長野や本多の姿に託されている。
高橋 誰の人生にも必ず失敗はあるじゃないですか。その失敗をきちんと振り返って改め、バネにして成長していくっていうのが、正しい生き方だと思っているので、それを感じてもらえたらいいですね。いまの人たちは、失敗したり、はぐれ者になったりするのを恐れている。でも失敗を恐れずに生きないと、つまらない人生になってしまうんじゃないかな。自分なんかも数えきれないほど失敗していますから。でも、どん底のままというのじゃイヤだよね。常に何か光を見出すようであってほしい。
柄本 監督の映画には、いつもどこか希望で終わるというイメージがありますね。たとえ大事な人を失くしたとしても、結局、人は生きていかなきゃいけないので、そこから大きな希望に向かっていくんだ、という印象がすごくあります。今回の撮影では、やり切ったというか、味をしめちゃったというか、ちょっと物足りなさすら感じていて……(笑)。また早く伴明組の現場に戻りたいなあという気持ちでいっぱいですね。
インタビュー撮影:花井 智子
スタイリスト(柄本佑):林 道雄 ヘアメイク(同):廣瀬 瑠美
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:柄本 佑 坂井 真紀 余 貴美子 大谷 直子 宇崎 竜童 奥田 瑛二
- 監督・脚本:高橋 伴明
- 原作・医療監修:長尾 和宏
- 制作:G・カンパニー
- 配給・宣伝:渋谷プロダクション
- 製作:「痛くない死に方」製作委員会
- 製作国:日本
- 製作年:2021年
- 上映時間:112分
- 公式サイト:http://itakunaishinikata.com/
- 2021年2月20日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開