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映画『僕が跳びはねる理由』:自閉症者の豊かな内面世界へ、音と映像で旅する

Cinema

自閉症者の内面を本人の言葉で分かりやすく綴った『自閉症の僕が跳びはねる理由』は、日本発で34カ国以上(2021年3月現在)で翻訳出版されている世界的なベストセラーだ。その映画化となる本作は、イギリス人の監督が世界各地の自閉症の若者の日常を紹介しながら、その知られざる豊かなイメージの世界を再現する試み。原作のエッセンスに家族の証言を織り交ぜ、圧倒的な映像と音が知覚の新しい扉を開く。

自閉症は、生まれつきの脳機能障害で、少し前には広汎性発達障害などとも呼ばれた。米国精神医学会の用語に従って、現在では自閉症スペクトラム(ASD)と呼ぶことが主流になりつつある。スペクトラムとは、光をプリズムで分解した色の配列を表す「光のスペクトル」を例にすると分かりやすいが、さまざまな症状を連続体として包括的にとらえた用語だ。

おそらく誰もが、自閉症と考えられる人々の姿をどこかで見たことがあるはずだ。それで彼らに共通する特徴をなんとなく知っている。視線を合わせない。謎めいた独り言を繰り返す。たえまなく体を揺らす。おびえて耳をふさぐ。突然大きな声を出し、手を叩く。地団駄を踏み、跳びはねる…。

本作のプロデューサー、ジェレミー・ディアとスティーヴィー・リーの息子ジョスが出演 ©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
本作のプロデューサー、ジェレミー・ディアとスティーヴィー・リーの息子ジョスが出演 ©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

これらの行為は、意味もなく行われているわけではないのだという。すべてに理由があったのだ。それを誰にでも理解できるような文章で伝えたのが、東田直樹という少年(当時)だった。重度の自閉症で人と会話することができない東田は、文字盤の指差しで意思を伝えることや、パソコンで文章を書くことを習得し、13歳のときに『自閉症の僕が跳びはねる理由』というエッセイを執筆した。

同書は2007年に出版されて大きな反響を呼んだ。言葉、対人関係、感覚、記憶、関心、行動など、自閉症の人の「普通と違う」さまざまな側面について、58項目の質問に答える形で、明快な説明が記されている。自閉症の子をもつ親にとって、どれほど強い助けになったか知れず、一般の読者にとっては、驚くべき発見の連続というほかない。

読者の中には、自閉症の息子を育てるデイヴィッド・ミッチェルがいた。日本人を妻にもつイギリスのベストセラー作家だ。ミッチェルは、世界中の自閉症の子の親たちにこの本を届けるため、妻ケイコ・ヨシダとの共同作業で英訳本『The Reason I Jump』を13年に刊行した。英語版はたちまちベストセラーとなり、世界34カ国以上(21年3月現在)での出版につながった。ミッチェルと東田の交流は、NHKのドキュメンタリーにも取り上げられた。

そして今回、このベストセラーをもとに映画『僕が跳びはねる理由』がイギリスで作られた。映画化を企画したプロデューサー夫妻には、自閉症の息子ジョスがいる。ジョスはシャボン玉とブランコ、そしてトランポリンが大好きだ。彼がなぜ飽くこともなくジャンプし続けるか、東田直樹の言葉が代わりに説明してくれる。カメラはイギリスから、インド、アメリカ、シエラレオネへと飛び、合わせて5人の若者たちと、その家族の日常を追っていく。

インドのアムリット ©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
インドのアムリット ©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

インド・ニューデリーの郊外ノイダに住むアムリットは、言葉を発さず、表情の変化も少ない、物静かな少女に見える。ただ、ひとたび紙に向かうと、抑えた感情をほとばしらせるように鉛筆と筆を走らせ、独特かつ繊細な絵画の才能を発揮する。それは彼女が見た世界を言葉に代わって伝える方法なのだ。

米バージニア州アーリントンのベンとエマは親友同士だ。ベンは常に言葉にならない声を発し、集中力を長く持続できないが、文字盤を使って意思を伝えることを学んだ。エマは「サイモン」(70年代の円盤型記憶ゲーム)で電子音を鳴らし、関係のない言葉を口走りながらも、同時に文字盤やキーボードを使って理路整然としたフレーズで語る。二人の内面には、外からうかがい知れない豊かな感情と知性があるのが分かる。

固い友情で結ばれたベン(上)とエマ ©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
固い友情で結ばれたベン(上)とエマ ©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

アフリカのシエラレオネでは、自閉症の人に対する知識に乏しく、いまだ「悪魔にとりつかれた」といった偏見が根強い。ジェスティナは、笑顔を絶やさないほがらかな少女だが、空気や景色、音に敏感に反応し、感情を表すのに全身を激しく動かすため、絶えず好奇の視線にさらされる。しかしこうした異質な存在は、周囲を動かす原動力ともなり得る。両親は積極的にメディアに登場して啓蒙活動に取り組み、障害のある子どものための学校を設立する事業を成し遂げた。

シエラレオネのジェスティナ ©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
シエラレオネのジェスティナ ©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

これらのシーンをナビゲートする形で、幼い頃の東田らしき少年のイメージ映像が差し込まれ、彼が著書の中で一人称を用いて読者に呼びかけた言葉がナレーションに用いられている。原作者の東田はこうして「語り手」に徹し、スクリーンには一切登場しないが、そんな独特のスタイルこそがこの映画に多角的な視野と創造性をもたらしている。

これはまた、時に抑制が効かなくなる子どもの扱いに悩み、世間の冷たい仕打ちに耐え、その一方で確実に存在する温かい支援に励まされながら、子に深い愛情を注ぎ、夫婦の絆を深めていった人々の、勇気と感動の物語でもある。

監督のジェリー・ロスは、この作品以前にも自閉症の世界に親しんできた。映画化にあたり、東田直樹と直接会って話を聞いたほか、数々の文献や専門家のアドバイザリー・グループとともにリサーチを積み重ねたという。それをもとに、自閉症の人々が視線の対象にどう焦点を合わせるか、光や風や音をどう感じるか、映像と音響を通じて、彼らが知覚する世界を可能な限り再現していく。その世界により深く没入するには、映画館で鑑賞することを特におすすめしたい作品だ。そして、映画を見終わって劇場から外の世界へ一歩踏み出すときの感覚を、長く記憶に留めておいてほしい。

©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

作品情報

  • 監督:ジェリー・ロスウェル
  • 製作:ジェレミー・ディア、スティーヴィー・リー、アル・モロウ
  • 原作:東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』(エスコアール、角川文庫、角川つばさ文庫)
  • 翻訳原作:『The Reason I Jump』(翻訳原作:デイヴィッド・ミッチェル、ケイコ・ヨシダ)
  • 撮影:ルーベン・ウッディン・デカンプス
  • 編集:デイヴィッド・シャラップ
  • 音楽:ナニータ・デサイー
  • 製作年:2020年
  • 製作国:イギリス
  • 配給:KADOKAWA
  • 上映時間:82分
  • 公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/bokutobi/
  • 4月2日(金)角川シネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国順次公開

予告編

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