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日本発のNetflix映画『彼女』:疾走する女性たちの旅路の果てに何が見えるか、名匠・廣木隆一が問う

Cinema

日本で製作されたNetflix映画が2021年に続々と登場する。その第一弾となる『彼女』が4月15日から全世界で配信を開始。40年にわたって女性たちの生(なま)の姿を撮り続けてきた廣木隆一監督のカメラの前で、ダブル主演を務める水原希子とさとうほなみが身も心も解き放つ。初夏の美しい風景を駆け抜ける彼女たち、その揺れ動く心を繊細に描いた廣木監督に話を聞いた。

廣木 隆一 HIROKI Ryuichi

1954年生まれ。助監督としてさまざまな作品に参加したのち、1982年に監督デビュー。2003年『ヴァイブレータ』は40カ国以上の国際映画祭で受賞。他、『余命一ヶ月の花嫁』(06)、『軽蔑』(11)、『RIVER』(12)、『きいろいゾウ』(13)、『さよなら歌舞伎町』、『ストロボ・エッジ』(15)、『オオカミ少女と黒王子』、『夏美のホタル』(16)、『PとJK』、『ナミヤ雑貨店の奇跡』『彼女の人生は間違いじゃない』(17)、『伊藤くん A to E』、『ママレード・ボーイ』、『ここは退屈迎えに来て』(18)など、幅広いジャンルの作品を数多く生み出している。Netflix作品は2016年のオリジナルシリーズ「火花」での総監督以来、2度目。

コロナ禍を追い風に動画のストリーミング配信が好調だが、世界最大級のNetflix(ネットフリックス)はここ数年、オリジナル映画の製作にも力を入れている。潤沢な製作費で一流のキャストとスタッフを集め、いまやハリウッドのメジャースタジオをしのぐ存在となった。4月26日に授賞式が行われる今年度の米アカデミー賞では、Netflixの16作品が各部門合わせて38のノミネートを受けている。

Netflixは今後、日本発のオリジナル映画も充実させていく方針だといい、2021年の先陣を切ったのが4月15日から全世界で配信されている『彼女』(英語タイトル『Ride or Die』)だ。監督は廣木隆一。1982年にピンク映画でデビューして以来、ほぼ40年にわたり休むことなく、さまざまな切り口で人間の生き様を描いてきたベテランだ。青春モノやラブストーリーから時代劇、官能ドラマまで、幅広いジャンルの作品は70本以上に及び、特に女性の描き方には定評がある。

『彼女』 レイ(水原希子)と七恵(さとうほなみ)
『彼女』のレイ(水原希子、左)と七恵(さとうほなみ)

「僕はもともと、ピンク映画時代から岡崎京子など女性漫画家が描く女性像に大きな影響を受けてきました。ピンク映画というのは男目線のジャンルでしたが、僕ら何人かが女性目線にひっくり返して撮るようになった。男が女性に対して勝手に抱いた妄想ではなく、女性のリアルな心情を映し出そうとしたんです。僕はそれ以来ずっと、女性にこだわって撮ってきました」

移りゆく心ごと描いたロードムービー

今回の『彼女』も、中村珍の漫画が原作だ。2007年から2012年にかけて月刊漫画誌に連載され、約1500ページが単行本3巻にまとめられた『羣青』(ぐんじょう)。ドメスティック・バイオレンスに苦しむ女性が、自分に好意を寄せる元同級生に夫を殺害させた後、2人で行くあてのない逃避行に旅立つ物語だ。一部の熱狂的な支持を集めた壮絶な愛憎劇に、監督も連載当時から興味を持っていたという。

夫から暴力を振るわれる七恵
夫から暴力を振るわれる七恵

「いろんなジャンルを撮りますねと言われるんですけど、自分の中でそんな意識はなくて、毎回違うことにチャレンジしたいと思っているだけなんです。原作の漫画に引かれたのは、女性たちがストレートに感情をぶつけ合うところ。僕にはよく分からない部分もありますから、そこはチャレンジでした。今回は、2人の女性の心情の動いていくさまを、ロードムービーとして、日記のように、ドキュメンタリーっぽく描こうと考えました」

撮影については、Netflix製作だからといって、これまでの映画と変わるところは特になかったというが、特筆すべきは最初のシーンからラストまで、脚本の順序で撮っていく「順撮り」で行われたことだろう。出演者のスケジュールや撮影日数、予算を考えると、通常はなかなか採用されない方法だ。

「自分が理想としている撮影スタイルでやらせてもらえたのは大きかった。今回は特にロードムービーなので、場面が進展するとともに、登場人物の気持ちの移り変わりが少しずつ見えてくるのがいいと思っていました。その通り、撮影が進むにつれて、2人の関係性がどんどん変わっていくのが分かりましたね」

七恵の実家に立ち寄る2人
七恵の実家に立ち寄る2人

主人公2人は、家族から愛されて育ったからこそ同性愛者であることを打ち明けられずにいるレイを水原希子が、貧しく過酷な家庭環境から玉の輿に乗るも、夫の暴力に苦しむ七恵をさとうほなみが演じる。原作にある性描写を実写化するため、それを受け入れるのがキャスティングの条件となったが、これに「俳優魂」で応えた2人が、ともに俳優専業でないのが面白い。水原はモデル出身、さとうはバンド「ゲスの極み乙女。」のドラムス担当、「ほな・いこか」の名で知られるミュージシャンだ。

「日本には俳優さんが男女とも少ないと思うんですよ。気が付けば同じようなキャスティングの映画ばかりで、もっといろんな人がいっぱい出てきてほしいという気はしています。この2人は俳優として、これからの可能性はめちゃめちゃあるんじゃないですか。水原さんはいろんな表情をもっていて、少女みたいなときもあれば、年相応の大人の感じもあって、その表情の豊富さが映画に向いている気がします。さとうさんは、映画や芝居に対する姿勢に俳優らしさがあって、登場人物の感情を自分でちゃんと考えられる人ですね」

逃避行の果てに見える風景

この2人が互いの心を探り合い、胸の内を語り、笑い、泣き叫び、罵り合う。身も心もむき出しにしてその瞬間を生きる姿をカメラが追っていく。その合間に、それぞれの生い立ち、10年前のある日から高校生時代へとさかのぼる2人の関係、その後のパートナーとの暮らしを点描しながら、2人が決定的な再会を果たし、後戻りできない旅路の果てへと突き進むまでが、線でつながっていく。過去から逃れ、深夜の都会を離れて真昼の郊外へ、夜明けの地方都市から高原を抜け、海辺の町へ。疾走する2人を追いかける映像が美しい。

「カメラの位置や移動は事前にロケハンで大まかに決めておきますが、どこをアップにするか、正面からか横顔かといった細かいところは、撮影現場でリハーサルをしてから、役者の芝居に合わせて決めていくんです。今回はすごいアップかすごい引きかで、中間サイズがそんなにない。風景の中の彼女たちを引きで撮り、顔に寄って感情をとらえる、というのにこだわりました。ドキュメンタリーのような臨場感が、2人のちょっとした表情で出せればいいかなって」

こうした印象的なカメラワークから、本作で監督の撮りたかったものが何だったのかが見えてくるような気がする。それは小難しいテーマなど不要の、現在の日本の風景であり、その中で生きる女性たちの姿だ。Netflixの全世界配信を念頭に置いたところもあったに違いない。廣木監督がこの作品で試みた、女性二人の物語という新しい「チャレンジ」がそこに感じられる。私たちが現実に生きる風景の中で、レイと七恵という女性像が鮮烈に立ち上がり、時代を駆け抜けていく。その姿を世界のあちこちで同時代の人々が見つめ、「彼女」たちが探し求めた自己の解放に、静かな共感がじんわりと響く。そんな広がりを想像させる映画だ。

「映画はやはり時代を映すものだと思っています。いまの日本の風景を誇張せずに、自然に見せられたらいいと思って撮りました。それと、日本の現実を反映しているのが女性たちの生き方だと思うので、それがうまく出ていればいいかなと。場面が閉鎖的な屋内から開放感のある野外になったり、彼女たちがストレートに出す感情にも強弱があったりして、揺れ動く感じがいいと思います。それをロードムービーにして描きました。2人がどんどん変わっていく姿と、行き着く先に何があるかを見てほしいです」

インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

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作品情報

  • 監督:廣木 隆一
  • 出演:水原 希子 さとう ほなみ 
    新納 慎也 田中 俊介 鳥丸 せつこ 南 沙良 植村 友結 / 鈴木 杏 田中 哲司 / 真木 よう子
  • エグゼクティブ・プロデューサー:坂本 和隆(Netflix コンテンツ・アクイジション部門ディレクター)
  • プロデューサー:梅川 治男
  • 原作:中村 珍「羣青」(小学館IKKIコミックス)
  • 脚本:吉川 菜美
  • テーマ曲:細野 晴臣
  • 音楽:森山 公稀(odol)
  • 企画・制作プロダクション:ステューディオスリー

Netflixにて全世界同時独占配信中
【Netflix作品ページ】https://www.netflix.com/彼女

予告編

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