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映画『海辺の彼女たち』 藤元明緒監督:逃亡した技能実習生の姿を通して描く「生きぬく意志」

Cinema

長編デビュー作『僕の帰る場所』で、世界の注目を集めた若き才能、藤元明緒監督。それから4年後に放つ第2作は、外国人技能実習生の「失踪」を題材に、逃亡先での「その後」を、揺れ動く女性たちの心情とともに繊細なタッチで描く。少人数で綿密に練り上げる新しい映画制作のあり方を模索する藤元監督に、新作に込めた思いを聞いた。

藤元 明緒 FUJIMOTO Akio

1988年生まれ、大阪府出身。ビジュアルアーツ専門学校大阪で映像制作を学ぶ。日本に住むあるミャンマー人家族の物語を描いた長編初監督作『僕の帰る場所』(18/日本=ミャンマー)が、第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門2冠など受賞を重ね、33の国際映画祭で上映される。長編2本目となる『海辺の彼女たち』(20/日本=ベトナム)が、国際的な登竜門として知られる第68回サンセバスチャン国際映画祭の新人監督部門に選出された。現在、アジアを中心に劇映画やドキュメンタリーなどの制作活動を行っている。

映画『海辺の彼女たち』は、技能実習生として日本へやってきたベトナム人女性の物語。フォン、アン、ニューの3人がある日の未明、実習先の寮から脱走する場面で始まる。3人は暗い道をひたすら歩いて早朝の地下鉄駅にたどり着き、港からフェリーに乗り込んで、北国の海辺の町へと向かう。そこにはブローカーが手はずを整えて待っており、3人には仕事と寝泊まりする場所が用意されていた。

北国の漁港で下働きをする3人。ホアン・フォン(中央)、フィン・トゥエ・アン(左)、クィン・ニュー(右)©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
北国の漁港で下働きをする3人。ホアン・フォン(中央)、フィン・トゥエ・アン(左)、クィン・ニュー(右)©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

それぞれに架空の名義で作られた銀行口座のキャッシュカードが渡される。母国の家族に送金するためになくてはならないものだ。パスポートと在留カードを実習先の会社に預けたまま逃げてきたため、もはや日本で身分を明かして行動することはできない。だが彼女たちの目的は、働いて稼いだ金を家族に送ること。雪深い最果ての漁港は、身を隠してそれを続けるには最適の地だった。しかし、もし体に異変が生じてしまったら? 身分証のない彼女たちは、病院で診てもらうことができるのだろうか? 働き続けるために、やがて究極の選択を迫られる…。

3人の逃亡を手引きするベトナム人ブローカー。彼女たちの味方なのか、それとも? ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
3人の逃亡を手引きするベトナム人ブローカー。彼女たちの味方なのか、それとも? ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

「アジアの未来」2冠から4年後のさらなる飛躍

未知の土地で前途の見えない冒険へと一歩踏み出す、その数日間の心の揺れ動くさまをきめ細やかな演出で描き出したのが、33歳の若手、藤元明緒監督だ。長編デビュー作『僕の帰る場所』では、日本にやってきて難民申請が認められないミャンマー人一家を描き、2017年の東京国際映画祭「アジアの未来」部門で作品賞と国際交流基金アジアセンター特別賞の2冠を受賞した。

この前作は、キャスティングに特色があった。実際に日本で暮らす演技未経験のミャンマー人を起用したのだ。父親役以外の3人は実の母子で、まるで本物の家族が暮らすアパートの一室にドキュメンタリーのカメラが入り込んだかのような効果をもたらした。それから数年を経て臨んだ第2作では、リアリティを追求しつつも、もう少しフィクションならではのことをやろう、というのが企画段階からの方針だったという。

「今回の3人には女優と女優志望の人をキャスティングしました。前作は、作られた場所に一般人を入れて撮るという方法でしたが、今回は役者がリアルな場所に飛び込んでいくところが真逆ですね。漁港や病院など、本物の場所を使わせてもらっています」

3人の女優は、ハノイとホーチミンでオーディションを行い、約100人の中から選んだ。実際に技能実習生だった人などもいたが、あえて日本に行ったことのない3人に決めた。3人とも撮影のために初めてパスポートを取ったそうだ。彼女たちを現地の日本語学校に3カ月間通わせ、仕事をしに日本に行く気持ちを作ってもらった。

現実の女優たちもまた、初めての日本で不安を抱えていたはずだ ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
現実の女優たちもまた、初めての日本で不安を抱えていたはずだ ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

「到着したのは、いろいろあって撮影開始のわずか数日前でした。彼女たちには、初めて見る日本で、限りなくリアルな場所を体感しながら演じてもらうことができました」

もう1つ、本作が前作と大きく異なるのは、「ワンシーン・ワンカット」にこだわった点だ。前作は複数のカメラを用い、いくつものショットをつないで1つの場面を構成したが、今回は1つのカメラでカットを入れずに1つの場面を撮る方法を選んだ。これはプロの役者でないとなかなかうまくいかないことだ。さらには、事前に自分たちで演じた「ビデオコンテ」を作っておき、それを俳優たちに見せて動きを指示したという。

「今回、女優さんを使ってやってみたかったのは、シーンの中でセリフのタイミングや動きのリズムを大事にするためです。一般の人にはない、女優の肉体だからこそのリズム感があって、登場人物の感情をより感じてもらえる表現になる。シーンによっては、大枠だけ決めて、自由に動いてもらうなど、前作でよかった手法も取り入れていますが、ほとんどは1シーンの尺(時間)を計りながら撮ったんです。だから練習とテストに時間をかけ、納得いくまでテイクを重ねました」

見知らぬ土地にやってきた不安を慰め合うニュー(左)とアン ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
見知らぬ土地にやってきた不安を慰め合うニュー(左)とアン ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

技能実習生の失踪は「身近な話題」

前作同様、脚本も自身で手掛けた藤元監督。2作とも、日本で暮らすアジアの人々が直面する苦難を題材にしているが、特に社会的なテーマを意識しているわけではないという。

「例えばニュース記事を読んで、これ映画っぽいネタだなと思うことはあるんですが、それを映画化しようとまでは思えない。自分から遠い話題は扱えないんです。妻がミャンマー出身で労働相談員の仕事をしているんですが、彼女と結婚していなかったら、全然違う映画を撮っていたでしょうね。妻と日頃から話していること、身の回りで起きたこと、共感したこと、モヤモヤしたこと、イラッとしたこと…、そういうものを拾っていくんです」

2018年、外国人技能実習生の「失踪」が前年に7000人以上にのぼったと法務省が発表し、彼らを取り巻く劣悪な労働環境が徐々に明らかになっていった。藤元監督はこれを自分の遠くで起きていることだとは感じなかったのだ。

「モヤモヤを感じることがたまっていく中で、映画にしたいと思える一番のモチベーションは、見ることができないものを見たい、という思いですね。技能実習生の件でいえば、失踪したその後を追いかけられないわけで、そこを物語にして噛みくだいて、みんなで考えてみることができないかなと」

初めて触れる雪にはしゃぐアン(左)とニュー ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
初めて触れる雪にはしゃぐアン(左)とニュー ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

プロデューサー、カメラマンと3人で話し合って企画が固まると、リサーチには8カ月をかけたという。取材先は、主に逃亡した技能実習生の面倒を見る寺や教会などのシェルターだ。彼らがどうやって脱走するか、ブローカーがどのように介入し、新たな仕事先をあっせんするか、等々を聞き出していった。その結果として生まれたのがリアリズムにあふれる物語だ。暗く、悲しい中にも、人の生きぬく意志が強くにじみ出る。

「僕はあまり事細かにこういう描写をしたいと思うタイプではなく、こうじゃないかなという問いを投げかけてみて、そこから出てきたものをもらう感じなんです。ビデオコンテは想定に過ぎなくて、シーンの解釈を俳優たちと話すと、違う反応も出てくるので、それも取り入れながら進めていきました」

彼女たちの揺れ動く心情そのもののような、はかなさをたたえた美しい映像とともに、非常に繊細な音響にも心を奪われる。音楽はほんの一瞬、車のエンジンをかけるときにカーステレオから流れるだけで、ほかには一切使われない。

「登場人物の耳にその場で聞こえている以外の音を入れると、また別の視点が入ってしまう。この音はそもそもどこから、誰に聞こえているんだろうと考えたときに、脚本の段階から音楽を入れないことを決めました。暗いシーンが続くから、構成上ここでホッとするシーンを入れてみようとかも、考えないようにしています。作り手や観客の都合に引っ張られてしまうのではなく、あくまでこの3人の彼女たちがその場で何を思っているか、それを僕らがどう見つめるかが大事なんじゃないかと」

©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

こうして、最小限の演出で鮮烈な印象を心に刻みつける場面の連なりが、胸を締め付けるラストシーンへとつながっていく。全編を通じて抑えた表現を貫きながら、その裏には藤元監督の強い思いが込められているようだ。

「技能実習生を取り巻く現状を告発しようとかいう意図はないんです。ただ、怒りというか、自分の中でモヤモヤした感情がたまっていて。表現の中に、そういうフラストレーションを完全には抑えていないと思います。個人の願いがあるのに、それが通用しない世界。願いを受け入れない労働社会の理屈。そこに対して強い疑問を感じます。そんな世界でどう生きるか、彼女たちの覚悟や生き様を見せて、多くの人と共有したいです」

寂しい雪道をひとり歩き続けるフォン ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
寂しい雪道をひとり歩き続けるフォン ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

監督は物語の終盤40分に驚くべき小さな旅を用意している。運命を共にしてきた仲間の制止を振り切り、自分ひとりの意志で行動に踏み切るフォンをカメラがひたすら追う。見知らぬ土地を歩き抜け、新しい世界に触れ、やがてその長い1日が終わる。まだ若い彼女が、これからの人生で何度も振り返るであろう1日の終わり…。その余韻は観客の心を静かに打ち、長く震わせ続けるだろう。

インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

作品情報

  • 脚本・監督・編集:藤元 明緒
  • 出演:ホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニュー 他
  • 撮影監督:岸 建太朗 / 音響:弥栄 裕樹 / 録音:keefar / フォーカス:小菅 雄貴 / 助監督・制作:島田 雄史 / 演出補:香月 綾 / DIT:田中 健太 / カラリスト:星子 駿光 / アソシエイトプロデューサー:キタガワ ユウキ / プロデューサー:渡邉 一孝、ジョシュ・レビィ、ヌエン・ル・ハン
  • 共同制作会社:ever rolling films
  • 企画・製作・配給:株式会社E.x.N
  • 製作年:2020年
  • 製作国:日本=ベトナム
  • 上映時間:88分
  • 公式サイト:https://umikano.com/
  • 5月1日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開

予告編

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