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サリー楓に密着、ドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』:真の「多様性のある社会」に求められる視点とは

Cinema ジェンダー・性

生まれながらの性別と自分が認識する性別が異なるトランスジェンダーであることを公表し、それにまつわる情報や意見を発信するサリー楓。建築家のキャリアもスタートさせ、多様性がますます重視されるこれからの社会のオピニオンリーダーとして期待される一人だ。映画『息子のままで、女子になる』は、まだ社会人になる前の、カミングアウトして間もない彼女を追ったドキュメンタリー。男性であることへの違和感を父に告げ、女性として人前に出て、なりたい自分になっていく姿が収められている。劇場公開を前に、本人に話を聞いた。

サリー楓 Sari Kaede

1993年京都生まれ、福岡育ち。ファッションモデルとしての活動やブランディング事業を展開する傍ら、トランスジェンダーの当事者としてLGBTに関する講演を行う。大学から大学院を通じて建築を専攻し、国内外の建築事務所でのインターンシップを経て、現在は大手設計事務所に就職。建築のデザインやコンサルティング、ブランディングを手掛ける。パンテーンの広告「#PrideHair」に起用、「AbemaTV」にコメンテーターとして出演など、メディアへの登場も多数。

『息子のままで、女子になる』はトランスジェンダーのサリー楓に密着したドキュメンタリー映画。撮影開始から今回の劇場公開までに、すでに3年近くの月日が流れているが、その間に数々のメディアに登場し、ヘアケアブランドの広告に起用されるなど、トランスジェンダーの新しいアイコン的存在として活躍の場を広げている。SNSでの発信を機に、インドの民族衣装からとったサリー楓を名乗るようになった。

就職活動は女子で

建築専攻で大学院に入って1年目の2017年9月、インドに行った。建築デザイン演習の国際共同プログラム「AIAC国際建築デザインスタジオ2017」の作品展が同国のハイデラバードで開かれたためだ。楓はコンペティションのファイナリストに選ばれていた。インド滞在が終わりに近付き、土産店に立ち寄ったときのことを振り返る。

「すごく気に入ったサリーを見つけました。きれいだなあ、これを着て似合うように、私もきれいになりたいと思ったんです」

女性ホルモンを投与し、女性として生きようと決意はしていたが、まだ見た目が追いつかず、悩んでいた時期だった。

「日本に帰ってからもずっとそのサリーを眺めながら、いつかこれを着ようって思い、メイクやダイエットを頑張ったんです。そろそろ着てもいいかなと思えた頃、カメラマンに撮影してもらいました。それがすごくうれしくて、名前もサリーにしようと」

ドキュメンタリーのインタビューに答えるサリー楓 ©2021「息子のままで、女子になる」
ドキュメンタリーのインタビューに答えるサリー楓 ©2021「息子のままで、女子になる」

やがて大学の研究室や、インターン先の会社でも、女性の姿で通うことに違和感がなくなった。ちょうどその頃、就職活動に入ろうとしていた。建築家になる夢を実現するため、設計事務所に志願する。誰もが「無難」であることに徹する採用試験だが、トランスジェンダーであることを隠さずに臨むことを決意した。

「就職でライフステージが変われば、関係性がすべて変わるじゃないですか。男性のまま就職したら、変えるタイミングを逃すことになるから、絶対に後悔すると思って。受けた会社では、ジェンダーのことが論点にならなくて、そこに居心地のよさを感じることができました」

国内最大のLGBTQ求人サイトを運営するソーシャルベンチャー「JobRainbow」のパンフレット制作に監修で参加 ©2021「息子のままで、女子になる」
国内最大のLGBTQ求人サイトを運営するソーシャルベンチャー「JobRainbow」のパンフレット制作に監修で参加 ©2021「息子のままで、女子になる」

大手の日建設計から内定を得て、前途が大きく開けたが、実はその少し前から、楓の日常は劇的に変わり始めていた。2018年に入り、LGBTサイトにインタビューが掲載されたのを皮切りに、メディアの取材や出演、講演の依頼が相次ぎ、自分の経験や意見を発信する機会が次々と訪れたのだ。

「LGBTであることを明らかにした上で就職活動した人はいないかと、情報を探したけど見つからなかったことがありました。私自身は大学に通って、カミングアウトして、就職活動して…、全部手探りでやってきた。それがすごくつらかったから、次の世代の人たちが少しでも不安な気持ちを味わわなくていいように、ちゃんと記録に残しておきたいと思ったんです」

お茶の水女子大でトランスジェンダーをテーマに講演をする ©2021「息子のままで、女子になる」
お茶の水女子大でトランスジェンダーをテーマに講演をする ©2021「息子のままで、女子になる」

さらには、トランスジェンダーのビューティーコンテストとして世界最大級の「ミスインターナショナルクイーン」日本大会にもエントリーを決めた。これに合わせて持ち上がったのが、ドキュメンタリー映画の話だった。企画したのは、コンテストに出場する楓のコーチ役でもあるスティーブン・ヘインズ。世界のビューティーコンテストでディレクターを務める「ビューティー界のカリスマ」だ。

ミスインターナショナルクイーン2019日本大会に出場 ©2021「息子のままで、女子になる」
ミスインターナショナルクイーン2019日本大会に出場 ©2021「息子のままで、女子になる」

カメラの前で親と話す

こうして2018年9月、『息子のままで、女子になる』の撮影が始まった。監督は、ミュージシャン・三宅洋平の参院選出馬に密着した『選挙フェス!』で知られる杉岡太樹。

エグゼクティブプロデューサーのスティーブン・ヘインズと杉岡太樹監督(右、©Shinichiro Oroku)
エグゼクティブプロデューサーのスティーブン・ヘインズと杉岡太樹監督(右、©Shinichiro Oroku)

「監督からはたくさん質問されましたけど、使われなかった部分の方がずっと多いですね。やっぱりカメラを向けられると、ついカッコつけちゃうんですよ。結局、映画に使われているのは、自分が装っていないシーンで、そういうところが集まってできたドキュメンタリーという感じがします。完成後に初めて観て、こんなところまで撮られてたのか...って(笑)」

特に戸惑ったのは、自分がトランスジェンダーであることについて、両親に面と向かって話す場面だ。楓は高校卒業後に関西の大学に通うため家を出て以来、あまり頻繁には会っていない。これまでカミングアウトという形で話したことはなく、SNSでの発信を親に見つけられてしまったのが先だったという。

撮影からおよそ3年が経過し、27歳になった楓。社会人になって自信を高めたようすがうかがえる
撮影からおよそ3年が経過し、27歳になった楓。社会人になって自信を高めたようすがうかがえる

「あいまいにしていたんですけど、親もだんだん気付いてきて。長文のメールで説明はしたんですが、この話を直接するのは、お互い何となく避けてきたんですよ。そのことを監督に話したら、『じゃ、それ撮ろうよ』と、カメラの前で初めて話すことになってしまって」

スクリーンに大写しにされる父の苦悩の表情は、見ている側までつらくなってくるほどだ。それに向き合う楓も、何とも複雑な表情をしている。「気まずい雰囲気」などと言うと軽く聞こえてしまうが、伝わってくるのは、おそらく人が一生のうちでめったに味わうことのないレベルの気まずさだ。ドキュメンタリーカメラの残酷さを示す緊張の場面になっている。

親に久々の電話をかけ映画の出演を依頼する楓 ©2021「息子のままで、女子になる」
親に久々の電話をかけ映画の出演を依頼する楓 ©2021「息子のままで、女子になる」

「渋々でしたよー(笑)。親をドキュメンタリーに出すなんて、私は嫌だったんです。でも監督には『親子関係も撮らないと、伝えたいことが伝わらないのでは?』と言われて、映画に出てもらえるか頼んでみました。答えは絶対ノーだと思っていたのに、『エッ、出るの!?』って。出るってことはカミングアウトを受け入れてくれるのかなと、少し期待もあったんですが…」

楓の告白に対して、父は否定も肯定もせず、「男性か女性かは関係ない。息子であることに変わりはない」と言い切った。ジェンダーについて初めて話す機会で、大きな成果を期待していたわけではないが、やはり理解し合えなかったという悔しさ、歯がゆさが残ったという。

「結論が出ないモヤモヤがそのまま表れていたかな。理解の途中のまま終わったというか。でも父が、カメラの前だからといって、態度を取り繕って『応援してます』とか言わずに、ちゃんと自分が思っていることを自分の言葉で話してくれたことには感動したんです」

真の多様性を考える

この話し合いの場面を序盤のヤマ場として、カメラは楓の日常に密着しながら、さまざまな角度で人物に切り込んでいく。コンテストに向けた稽古と本番の舞台、LGBTをめぐる講演やアドバイザリー活動…。父を前にしたときのぎこちない態度とは打って変わってはつらつとしている。それでも杉岡監督は父と子の関係にこだわり、再度父にインタビューを試みている。

はるな愛(左)は2009年のミスインターナショナルクイーン優勝者。楓にこれからを生きるアドバイスを送った。西村宏堂(中央)はLGBTのメイクアップアーティスト。楓にスティーブンを紹介する。西原さつき(右)は男性の女性化を支援する「乙女塾」創立者。楓にメイクなどを教える ©2021「息子のままで、女子になる」
はるな愛(左)は2009年のミスインターナショナルクイーン優勝者。楓にこれからを生きるアドバイスを送った。西村宏堂(中央)はLGBTのメイクアップアーティスト。楓にスティーブンを紹介する。西原さつき(右)は男性の女性化を支援する「乙女塾」創立者。楓にメイクなどを教える ©2021「息子のままで、女子になる」

『息子のままで…』というタイトルになったのも、その思いが反映されているわけだが、楓には抵抗があったようだ。

「最初は正直、とても嫌でした(笑)。ミスリードなんじゃないかと。私が自分のことを息子だと思っているみたいな。でもしばらくして、映画を観た人には分かってもらえるかもと考えるようになりました。今はそんなに嫌いなタイトルではありません。父も私も、同じ方向を向いていないだけで、誰も間違ってはいない。お互いに自分が正しいと思うことを言っていて、意見が食い違っているだけなのかなって。それってすごく世の中を反映していると思うんです」

トランスジェンダーとして発信するようになってから、「理解してます」と声を掛けられながら、言葉だけではないか、という印象を抱いたこともあったという。そんな中で、生粋の九州男児として生まれ育ってきた父が、堂々とカメラの前に姿をさらし、自分らしさを曲げず、分からないことは分からないと言ったことについては、誇らしさも感じている。

「LGBTに対して理解していないことが許されない社会になってきている感じがあって、それにも違和感があるんですよ。理解できない対象も含めて“多様性”だと思うんです。LGBTについてよく分かっていない人は、多様性の内側に入っていなくて、不寛容な人のように扱われてしまう。でもそういう人たちも多様性のある社会の一員であって、父もそうだと思います」

プライドパレードに声援を送る ©2021「息子のままで、女子になる」
プライドパレードに声援を送る ©2021「息子のままで、女子になる」

監督のさまざまな問いかけに対し、女性ホルモンの投与を決意するまで、見た目や性別、戸籍についての考えなど、包み隠さずに答える楓。その一方で、自身の過去や恋愛、性についての話題を向けられると、どうもはぐらかしがちだ。

「男子時代について話したくない、記憶を消したい、そういうのは本能的にありますね。私の人生はカミングアウトしてから始まったところがある。女々しいといじめられたとか、つらかった幼少期について、発信するつもりはありません。そういうのを乗り越えてカミングアウトしたというのは感動できる要素だとは思うんですけど、別に感動してもらうことが私の目的ではないので。性的指向についても、キャッチーで興味は引くかもしれないけど、それを発信する理由もありません」

©2021「息子のままで、女子になる」
©2021「息子のままで、女子になる」

人前に出て自身を語ることに、強い目的意識がある。この映画を観た反応として一番うれしいのは、同じような悩みを抱える人が、私だけじゃないんだ、こうすればいいんだ、と勇気を持ってくれることだという。

「親にカミングアウトしたときに、ジェンダーを変えて、大学を卒業できるのか、就職できるのかと心配されました。これからカミングアウトする人も同じことを言われると思うんですよ。その先例がすでにあれば、先行きが想像しやすいじゃないですか。カミングアウトする人だけじゃなく、される人も当事者だと思うんです。親や学校の先生、会社の上司など、カミングアウトされた側にとっても、この映画は重要な理解の手がかりになるんじゃないでしょうか」

インタビュー撮影=花井 智子 ヘアー&メイク=TAYA
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

©2021「息子のままで、女子になる」
©2021「息子のままで、女子になる」

作品情報

  • 制作・監督・撮影・編集:杉岡 太樹
  • エグゼクティブプロデューサー:Steven Haynes
  • 出演:サリー楓 Steven Haynes 西村 宏堂 JobRainbow 小林 博人 西原 さつき / はるな 愛
  • 配給:mirrorball works 配給協力:大福
  • 音楽:tickles、yutaka hirasaka、Lil’Yukichi、Takahiro Kozuka、Ally Mobbs、ruka ohta
  • 製作年:2021年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:106分
  • 公式サイト:www.youdecide.jp/
  • 2021年6月19日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

予告編

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