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映画『食の安全を守る人々 未来の子どもたちのために』:日本の食にあふれる「危険」を考える

Cinema

私たちの食卓に並んでいる食材の安全性は、いつも気になっていながら、ついつい忘れてしまいがちな問題だ。きっと誰かが考えてくれているはず……そんな思いでいた自分の甘さが叩き直されるような、食の安全を問いかける衝撃的なドキュメンタリーが上映される。

食の安全のために闘い続ける人々

ちょっと思い出してみてもらいたい —— 昨晩の主食に何を食べたか。

ご飯、うどん、パスタ、ピザ……などなど、色々と挙がると思うが、大半の人の主食の原材料は、米や小麦ではないだろうか。

では次に、おかずには何があったか。鮭、牛肉、鶏肉などの他に、人参やとうもろこし、玉ねぎなどはなかっただろうか。

お箸やスプーン、フォークで運ばれたこれらの食材は、口の中へと放り込まれた後、歯で噛み砕かれ、唾液と混ぜ合わさり、食道から胃、腸へと流れ、体内に栄養分として取り込まれていく。我々の体を作る食材の安全は、我々の健康に直結している。

映画『食の安全を守る人々〜未来の子どもたちのために』は、そんな我々の健康に大きな影響を持つ「食」の安全について警鐘を鳴らし、安心して食べることのできる食材を追い求めようと、闘い続けている人々のドキュメンタリーだ。

本作は主人公の山田正彦さんがプロデューサーを、原村政樹さんが監督を務める。2人は種子法の廃止と種苗法の改正をテーマとするドキュメンタリー映画『タネは誰のもの』(2020年公開)からタッグを組み、日本の農業や食品の危機を訴え続けている。

「No, Noバイエル!」「No, Noモンサント!」「ラウンドアップは販売中止!」「遺伝子組み替え押し付けやめて!」

映画の冒頭、2019年5月18日に東京で行われた、「反モンサント・バイエル世界同時アクション」に集まった人々の抗議デモが映し出される。

ラウンドアップとは、アメリカの企業・モンサント(現・バイエル)が開発した除草剤(農薬)だが、その主成分の「グリホサート」は体内に蓄積され、発がん性などが疑われるようになった商品だ。

多くの国が、グリホサートの禁止や規制を決めるなか、モンサントは有害性を認めないだけでなく、ラウンドアップに耐性を持つ遺伝子組み換え作物(大豆、とうもろこしなど)の種まで作り出し、セットで世界中に販売し続けている。日本では、同商品のテレビCMが放送され、ホームセンターやドラッグストアなどで簡単に手に入るほど広く流通している。

世界に逆行する日本?

「なぜ世界の流れに日本は逆行するのか?」

映画の主人公は、このような疑問を持つ元農水相の山田正彦さんだ。

山田正彦さんは長崎県五島市出身。議員になる前から、日本の食肉生産や有機農業に興味を持ち、急速に進むグローバル化により、日本の食の安全が脅かされていることに強い危機感を抱いてきた。彼は、なぜグリホサートが危険なのか、どのように人体に影響を及ぼすのかなどを検証すべくアメリカや韓国に飛んだ。

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山田正彦元農水相がグリホサートによる健康被害についてアメリカで取材(右=ゼン・ハニーカットさん) ©心土不二

カリフォルニアに暮らすゼン・ハニーカットさんは3人の子供を持つ母親で、グリホサートを使用した除草剤や遺伝子組み換え作物に反対している。彼女の子供たちは、ひどい湿疹やアレルギーに悩み、自閉症と診断された。食べていた遺伝子組み換え食品に含まれていたグリホサートが原因だとわかり、有機食品に切り替えたところ、症状は改善された。この経験をもとに、彼女は声を上げ、全米で遺伝子組み換え食品から子供を守る運動を展開している最中だ。

同じく、カリフォルニアで末期がんを患うドゥウェイン・ジョンソンさんは、ラウンドアップ被害者だ。彼は、学校の校庭整備の仕事に就き、ラウンドアップを数十回散布したことが原因でがんになったと、モンサント社を訴え、2018年に2億9000万ドルの賠償金が支払われた。裁判では、グリホサートががんを引き起こす疑いについて初めて審理され、ラウンドアップが末期がんの「実質的」な原因だと結論付けられたことで世界から注目された。

「危険なら別のものを使うことを考えた方がいいと思います」「見た目をよくするために、子供たちの周りにまくなんて間違っています。私たちが進むべき道ではありません」

勝訴して賠償金を得ても、健康は二度と取り戻せない。ジョンソンさんの言葉が、画面いっぱいに切実に響き渡る。

次世代に向けた取り組み

日本の医師は、農薬は神経伝達物質を阻害するため、大人には無害な量でも、影響を受けやすい子供の脳神経には、有害であると指摘する。フランスの汚染物質研究者は、農薬産業は、農薬の有効成分として表示していない「毒物」を隠している可能性があることを報告している。

日本で規制がかけられないなら、自分の身は自分で守るしかない。

映画の後半、山田正彦さんは、次の世代に向けて新たな取り組みが始まっている韓国に飛んだ。韓国は小学校から高校まで、学校給食を無償化し、農薬の影響を受けないオーガニック食材に置き換えている。食生活の大切さを教え、幼い頃から食に対する興味を高める食育にも国を挙げて取り組んでいる。

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韓国の小学校で普及するオーガニック給食 ©心土不二

子供たちの健康を心配する母親たちの要求が社会を動かし、各市町村がオーガニック食材を無償で学校給食に提供する条例が制定されたことが大きく関与しているという。妊産婦に有機食材を広める政策も打ち出された。

有機食材は、どうしてもコスト高になる。純粋な市場競争では苦しくなるが、韓国のように、公的セクターでまとまった利用促進に取り組めば、結果はついてくる。今では、韓国の農家のうち、20軒に1軒が有機栽培に取り組むようになり、その数は年々増え、有機食材は市民にとって身近なものとなってきた。好循環の見本だ。

給食の取り組みも遅れる日本

一方、日本ではどうだろうか。山田さんは独自の研究で有機稲作の技術を確立した稲葉光國さん(1944-2020年)を訪ねた。稲葉さんは各地で有機稲作の指導を行い、その結果、千葉県いすみ市の全学校の給食には、地元産の有機米が使われるようになった。心配なのは米だけではない。学校給食に使われるパン食の原材料となる小麦は、90%近くを輸入に頼っているため、グリホサートが検出されるパンを子供たちが口にしている現実があるという。

韓国より少し遅いが、2020年9月、全国の学校給食の有機化を目指す市民団体の全国集会が開かれた。世田谷区のお母さんたちの署名活動から動き始めたそうだ。いすみ市の例はまだまだ限定的だが、誰でも当たり前に有機米が作れるようになれば、子供たちが安全な食材を口にする機会も増えるに違いない。日本の学校給食でも有機食材が定番になる日が来ることを期待したい。

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有機稲作の技術を国内外に広めた稲葉光國(みつくに)さん ©心土不二

昨年から続いている新型コロナの影響で、健康への関心が高くなり、家で食事を作る人が増えたと聞く。食事を作るには、食材を選ぶことから始まる。選ぶ基準は、安さや生産地、鮮度、見た目など、人それぞれだが、いま一度、手にしようとしている食材がどのように育てられてきたかを想像してもらいたい。

食べることは人間にとって大きな楽しみであり、幸せな時間を与えてくれる。自分の、そして次の世代の命を守るためにも、身の回りに危険なものがあるかどうかを見極め、安全なものを自らの意志で選択できる社会に変わってほしい。

オーストラリアやフランス、ドイツを始め、多くの国が、グリホサートを主成分とするラウンドアップの使用や販売を禁止する流れなのに、日本政府がなぜ、未だにラウンドアップに門戸を大きく開いているのか、私の頭は疑問でいっぱいになった。私のもう一つの故郷である台湾も日本と同じく、ラウンドアップを大量に輸入し、農薬として散布している。日本も台湾も共通点は安全保障を米国に頼っていることだ。

だが、いくら対米関係が大事だとはいっても、国民の生命、健康以上に大事なものはないというのは、はっきりしている。仮に禁止すべき理由がないのであれば、政府は責任を持ってその根拠を示し、討論する場があってもいいのではないだろうか。今回のコロナ禍のなかで健康の大切さを私たちは学んだはずである。

この映画を通して、ラウンドアップや遺伝子組み換え作物の危険性を考える議論が広がることを、心から願って止まない。

©心土不二
©心土不二

作品情報

  • 監督・撮影・編集:原村 政樹
  • プロデューサー:山田 正彦
  • 語り:杉本 彩
  • 企画:制作:一般社団法人心土不二
  • 配給:きろくびと
  • 製作年:2021年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:103分
  • 公式サイト:https://kiroku-bito.com/shoku-anzen/
  • 7月2日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺にて公開

予告編

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