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映画『WHOLE/ホール』:ハーフに対する偏見を越え、新しい時代に向けて開かれた物語

Cinema

日本人と外国人の間に生まれた人々が増えるにしたがって、芸能界やスポーツ界で華々しく活躍するハーフのスターたちが目立つようになってきた。しかしハーフと呼ばれる人々のほとんどは、特別に抜きんでた才能があるわけでもなく、普通に暮らしながら、好奇の目や偏見、そしてアイデンティティの葛藤に苦しんでいる。映画『WHOLE/ホール』はそんな人々の悩みを二人の青年に投影した物語。監督、脚本、主演の3人に話を聞いた。

ルーツが異なる両親から生まれた人を指して「ハーフ」と呼ぶのは、多くの人が知っているように日本だけで通じる用法だ。女性アイドルグループ「ゴールデン・ハーフ」がデビューした1970年には、日本語として定着していたか、少なくともしつつあったのだろう。つまり、すでに50年は使われ続けている。

元の英語の意味は「半分」だから、人を指すには適切ではないという指摘もあり、「ダブル」や「ミックス」といった呼び方を推奨する人々もいる。しかしハーフの人々が受けてきた差別的な扱いや偏見、そして彼らが抱えてきたアイデンティティの葛藤は、単純に呼称の問題で片付けられるものでないのは言うまでもない。

何気ない一言が相手を傷つける可能性に気付かせる映画『WHOLE/ホール』 ©078
何気ない一言が相手を傷つける可能性に気付かせる映画『WHOLE/ホール』 ©078

問題は、その呼称で一括りにし、特別に扱うことだ。それは視線や態度、掛ける言葉に表れる。片方の親が外国出身だが生まれも育ちも日本という人にとって、「完全な日本人」でないように扱われるのは屈辱に違いない。しかしその気持ちは、なかなか当人たち以外には理解されてこなかった。そしてまた、一口にハーフといっても、当然ながら背景は人によってさまざまだ。そんなことすら忘れてしまったかのように、配慮に欠けた言動が日々どこかで繰り返されている。

対照的なハーフの青年二人の出会い

映画『WHOLE/ホール』は、こうした日本で生まれ育ったハーフが世間に対して抱く違和感や、アイデンティティをめぐる苦悩をテーマに描いた作品だ。タイトルにはハーフ(半)でもダブル(二)でもない、「一個」で「全体」を成す象徴的な言葉が選ばれた。

監督の川添ビイラル。大阪ビジュアルアーツ専門学校放送映画学科での卒業制作『波と共に』(16)が、なら国際映画祭NARA-waveと第38回ぴあフィルムフェスティバルに入選、第69回カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナーに選出される
監督の川添ビイラル。大阪ビジュアルアーツ専門学校放送映画学科での卒業制作『波と共に』(16)が、なら国際映画祭NARA-waveと第38回ぴあフィルムフェスティバルに入選、第69回カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナーに選出される

監督は、インド生まれのパキスタン人の父と日本人の母を持つ川添ビイラル。弟の川添ウスマンが脚本を書き、主人公の一人を演じている。

ウスマン演じる誠は、母親と二人で団地に暮らし、建設作業員として働いている。ある夜、入ったラーメン店で、年配の男性から「外人」呼ばわりされるが、軽くいなして気にも留めない様子だ。それをカウンターの並びで見ていたのが、同じくハーフの春樹。アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ日本で育ったサンディー海が演じる、もう一人の主人公だ。

春樹(右)が誠と出会うラーメン店。酔った客が執拗に話しかけてくる ©078
春樹(右)が誠と出会うラーメン店。酔った客が執拗に話しかけてくる ©078

誠が店に入ってくる前、春樹もこの男性客に話し掛けられ、嫌な思いを味わっていたのだが、まったく平気な顔をしている誠が不思議でならない。裕福な家に生まれた春樹は、海外の大学に進学したが中退し、日本に帰国したばかりだった。「ハーフ」と呼ばれることを嫌い、「ダブル」と訂正するような繊細で内気なタイプ。久しぶりに会った母や旧友の態度にも違和感を抱く。一方、仲間と屈託なく冗談を言い合う誠も、人知れず悩みを抱えていた。家庭環境も性格も異なる二人だが、互いの立場を思いやり、次第に心を通わせていく。

見せ過ぎない、開かれた物語

物語は、春樹が意を決して取ったある行動によって、誠にとっても、春樹自身にとっても、世界が新しい広がりをもって見えてくるところで終わる。エンディングは非常に魅力的だが、同時に二人の旅をもっと見たい気にもさせられる。上映時間は44分、短編と長編の中間だ。

―続きが見たいという感想も多いと思いますが、続編を撮るとか、長編にして撮るという考えはないのですか。

川添ビイラル 何度か言われたことがあって、それはうれしいんですけれども、やっぱりその先は皆さんに想像していただいて、春樹と誠がどうなるのか考えていただくのがいいと思います。

川添ウスマン 脚本は2年くらいかけて書いたのですが、最初は長編を考えていました。ビイラルに見せたら、長編よりも短編の方が見やすいし、このストーリーだったら、見せ過ぎず、観客に考えてもらう方がいいと言われて、半分くらいにカットしました。

脚本・主演の川添ウスマン。2019年にフォトグラファー、ムービーカメラマンとしてデビュー。ハリウッド映画『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』の現場等に参加しつつ、自身のプロジェクトをプロデュースし、撮影を手掛ける
脚本・主演の川添ウスマン。2019年にフォトグラファー、ムービーカメラマンとしてデビュー。ハリウッド映画『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』の現場等に参加しつつ、自身のプロジェクトをプロデュースし、撮影を手掛ける

ビイラル 本当はもっと短い想定だったんですけど、もう少し春樹と誠を描かなきゃいけないと思ったので、その分長くしました。一般の方々が抱くハーフのイメージとは違うものを、しっかり作りたいという思いがあったので。

ウスマン カメラマンの武井(俊幸)さんがドキュメンタリースタイルで撮る方なので、長尺のシーンもあって、最終的に中編という長さに落ち着きました。結果としてこれがちょうどよかったなと思います。

春樹は旧知の仁美(伊吹葵)に日本社会への憤りをぶつけるが、彼女の言葉で独りよがりな自分に気付かされる  ©078
春樹は旧知の仁美(伊吹葵)に日本社会への憤りをぶつけるが、彼女の言葉で独りよがりな自分に気付かされる ©078

性格や背景を越えて共感し合う関係

―サンディー海さんを春樹役に起用したのは?

ウスマン 外国人タレントのエージェンシーのホームページで、海くんの写真を見てコイツやって思って。検索してみたら、駅の人混みの中をボーッとさまよい歩く動画を見つけて、それを見た瞬間にもう1回コイツや、絶対この人にやってもらいたいと思って、SNSで共通の友人につなげてもらったんです。

サンディー海 ある日突然、共通の知り合いを通じて、ウスマンから電話がかかってきまして。家族と旅行中でバラ園にいたんですけど、バラのいい香りで気分もよくなって(笑)。これはもうやるしかないなと。その後、東京で会って話したんです。

主演のサンディー海。日本で生まれ育ち、米シアトルのコーニッシュ大学で演劇を学び帰国。『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(大根仁監督、2017)で映画俳優デビュー。マッケンジー・シェパード監督の短編映画『Butterfly』(19)に主演、NHK大河ドラマ「いだてん」(19)、『花と雨』(土屋貴史監督、20)に出演
主演のサンディー海。日本で生まれ育ち、米シアトルのコーニッシュ大学で演劇を学び帰国。『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(大根仁監督、2017)で映画俳優デビュー。マッケンジー・シェパード監督の短編映画『Butterfly』(19)に主演、NHK大河ドラマ「いだてん」(19)、『花と雨』(土屋貴史監督、20)に出演

―脚本を読んで、どう思いましたか。

 共感する部分はいっぱいありました。日本語うまいですね、どこから来たんですかとか、そんな感じで話しかけられることは結構あるので。自分は、そういうときにディフェンス・メカニズムが働いて、何か面白いことを言って笑いに変えて返すタイプなんですけど。

―では、本来はむしろ誠に近いタイプなんですね?

 そうなんですよ。「ハンバーガーとかよく食べるんでしょ?」なんて言われると、「いやあ、そうなんスよ、好きなんスよ、俺ー」という感じで返しちゃう。いや、本当は違和感ありますよ。だから心のどこかで感じていた小さな部分を大きくして、春樹の役に仕立てていった感じですね。

工事現場の仲間と冗談を言い合う誠(右端)。しかし彼らには打ち明けられない悩みを抱えていた ©078
工事現場の仲間と冗談を言い合う誠(右端)。しかし彼らには打ち明けられない悩みを抱えていた ©078

ウスマン 僕は逆に、一時期は春樹のようだった。インターナショナルスクールに通っていたので、外の世界とはあまり接点がなかったんですね。その後、高校を出て、工事現場で働いたときに、外国人扱いをされて嫌な思いをしたことがありました。その最初の1年間は、春樹みたいだった。3年くらい働くうちに、徐々に誠っぽくなっていったんです。

 自分も名古屋のインターナショナルスクールに通っていた頃は感じなかったけど、東京に来てからですね。電車の中でジロジロ見られたり、いきなり「英語の練習をさせて」と声を掛けられたり…。悪気がないのは分かるので、そこまで嫌な思いはしていませんけど。

ビイラル ウスマンと海は、この映画を通じて知り合って仲良くなったんですけど、もう10年前から友達だったみたいな感じで。こっちは真剣に時間を気にしながらやっているのに、撮影中もふざけ合って(笑)…。でもそれだから、映画ではまったく違うタイプの役を演じていながら、どこか共感している、そういう雰囲気が出せたのかな。ハーフ同士だと、初めて会っても、どこか共感できるところがあるんですよね。絶対に仲良くなれるわけではないかもしれないですけど、必ず似た経験をしてきている。誠と春樹も全然性格は違っても、そういう風に共感し合えたんです。

何もかも対照的な誠と春樹 ©078
何もかも対照的な誠と春樹 ©078

―「ハーフ」と言われると抵抗して「ダブルだ」と訂正する春樹は、誠のように「日本人だ」と言い切ることができないがゆえに、殻に閉じこもってしまいますね。

 個人的には、「ハーフ」であることが自分のアイデンティティになっているところがあるので、反発はないですが、気持ちは分かります。自分が知っている中では、子どもがハーフと呼ばれるのを嫌う親が多いですね。一人ひとりバックグラウンドが違いますから、それぞれが自分の意志で選べばいいと思います。たとえ差別されたことがなくても、自分は何者なんだろう、自分のアイデンティティって何なんだろうと、誰もが考えることだと思うので。

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ウスマン いろいろな考えを持っている人がいるということを理解するのが大事です。どれが正しいということではなくて、人それぞれ、使ってほしい呼び方があるというのは知っていてほしいですね。

ビイラル ステレオタイプにはまった見方をされるのは、ハーフに限らず、すべてのマイノリティの方々が経験すると思いますけど、ラベルを越えて一人の人として相手を見るということが大切ですよね。それがこの映画の大きなメッセージの一つなのかなと思います。

新しい状況の始まりに向けて

―この映画の撮影は4年前だったそうですが、そこからハーフを取り巻く日本の状況にも変化が見られるのではないですか。

ウスマン 確かに以前より注目を浴びてはいますけど、大きな変化はないと思います。八村塁さんや大坂なおみさんが考えを発信してくれるのは大事で、こういう苦労をしている人たちがいるというのを、より多くの日本人が理解してくれるようになったとは思うんですけど、なかなか状況が変わるところまでは来ていない。いい方向に向かっているとは思いますが、もう少し時間が必要だとは思います。

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 でもこういうことって、日本だけの問題ではないという気もします。僕はシアトルに2年住んだことがあるんですけど、向こうは向こうで、「日本ってこうなんでしょ? まだ忍者っているの?」(笑)とか聞かれたりして、ステレオタイプが根付いているのは、どこも同じだなというのは感じました。

―映画はこれまで、大阪アジアン映画祭や、ニューヨークの日本映画祭「Japan Cuts」などで上映されてきました。観客の反応はどうでしたか。

ウスマン ニューヨークで上映した後に、質疑応答があって、たくさんの方々から質問を受けました。そこは日本と違うなと思いました。この作品を作ってくれてありがとうというコメントが多くて、すごく印象に残っています。

ビイラル 日本人ではない南米系のハーフの方だと思うんですけど、お母さんと一緒に観に来ていて、映画を観たおかげで、母と娘で初めてこういう話題で会話ができたというんです。感謝されて、うれしかった記憶があります。

 大阪アジアン映画祭では、上映後、双子の姉妹の方々が来られて、ハーフではない日本人でしたが、自分たちもジロジロ見られることがあって、アイデンティティについて考えることも多いので、すごく共感したと言ってもらえました。

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ビイラル 最初はそこまで意識していませんでしたが、これはハーフだけの話ではないよね、という発見がありました。だから、これが答えだ、というのは出したくないんです。ハーフに限らず、アイデンティティの悩みは人それぞれで、答えもそれぞれ違うと思うんですよ。まずは先入観を持たずに映画を観て、自然に感じてほしいですね。

ウスマン この映画でみんなの考え方を変えたいというのではなくて、観た人がハーフの友達と会話のきっかけにできるようになればいいかなと。日本に生まれて、違和感をまったく抱かずに育った外国人の方もいますし、いろんな人がいるんだということを思いながら観ていただければうれしいです。

 見た目ですぐ判断できるハーフもいれば、そうでないハーフもいる。日本人の両親から生まれたとしても、一人ひとりバックグラウンドも経験も違いますよね。「一人ひとり違う」という人に対する見方が、普通になるといいですね。この映画を観て、新しい考え方、新しい会話、新しい状況が生まれてくればいいなと思っています。

インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

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作品情報

  • 出演:サンディー 海 川添 ウスマン 伊吹 葵 菊池 明明 尾崎 紅 中山 佳祐 松田 顕生
  • 監督・編集:川添 ビイラル
  • 脚本:川添 ウスマン
  • プロデュース:川添 ウスマン/川添 ビイラル
  • 撮影・照明:武井 俊幸
  • 録音:松野 泉
  • 配給宣伝:アルミード
  • 製作年:2019年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:44分
  • 公式サイト:https://www.whole-movie.com/
  • 10月15日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかにて公開中

予告編

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