映画『愛のまなざしを』:仲村トオルが魅了され続ける鬼才・万田邦敏の世界
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『ビー・バップ・ハイスクール』の不良高校生役でデビューし、続く『あぶない刑事』シリーズの新米刑事役で人気俳優の座を早々と手中にした仲村トオル。その後も途切れることなくドラマや映画に出演し続け、36年になる。
その仲村を主演に迎え、4年ぶりの新作『愛のまなざしを』を世に送り出すのが万田邦敏。寡作だが独特の方法論で鬼才の呼び名をほしいままにする映画作家だ。仲村にとって、メインキャストとして万田作品に出演するのは、『UNloved』(2001)と『接吻』(08)に続いて3作目になる。
万田ワールドに抱いた違和感の新鮮さ
2人の出会いを生んだ『UNloved』は万田監督の長編デビュー作。2000年前後は、30代に入った仲村にとって、若手の人気スターから本格俳優への転換期に当たる。海外の映画にも積極的に挑戦し始めていた。
仲村トオル 1999年に初めて香港映画に出た後に『UNloved』のお話をいただきましたが、予定されていた韓国映画のクランクインが3カ月延びてポッカリ空いた期間でした。同じ時期にNHKの時代劇の話も来て、この3カ月、この両方をやったらすごくいいバランスじゃないかなって思ったんです。2つの撮影を掛け持ちしようと積極的に思ったことはほとんどないんですが、このときはそんな風に思えました。
脚本の打ち合わせで初めて会った仲村の印象を万田監督はこう振り返る。
万田 邦敏 まずとても落ち着いていらっしゃる方だなと。そして何より格好よかった。いかにも役者然とした感じではなくて、無精ひげを生やして、素に近いままで来てくださって、すぐにこの人となら一緒にやっていけるなという印象を持ちました。それまでの仲村さんのイメージだと、怖い人が来るのかなあ(笑)っていうのがありましたからね。会ってみたら全然違った。
鮮烈な記憶として残っているのが、仲村が持っていた台本にたくさんの付箋が貼られていたことだった。
万田 こんなに質問されるのかと思って。でも、僕がこういう作品を作りたいと説明したら、「分かりました」と言ってそのまま帰られた。結局、その付箋の箇所については一つも質問されませんでした。
仲村 普段は付箋を貼ったりはしないんです。そのときは特別でした。当時の僕からすると、セリフに違和感のある語尾とか言葉選びがあって、すごく面白かった。台本(ほん)読みに入って、そういうセリフを、映画を観る人になるべく違和感を抱かせないように読む、というチャレンジを自分ではしたつもりだったんです。そうしたら監督に「仲村さんの読み方は私の狙いから一番遠い」と言われてしまって。「不自然なセリフを不自然に語ることによって不自然さを克服したい」みたいなことをおっしゃって。ああ、この映画はそういう方向に行くんだ、と納得したので、何も訊きませんでした。
リハーサルでも、万田監督が俳優に出す演技の注文に驚かされることになる。例えば、「左足から歩き始めて3歩目で止まって、右側から振り返ってください、顎はもう少し引いて…」という風に、監督は俳優の動きを細かく具体的に指示していくのだという。
仲村 それが当時の僕にはとても新鮮で、自分の新しい可能性を感じられたような気がしたんですよね。監督に委ねよう、そんな気持ちになった記憶があります。20代前半には「俺は操り人形じゃねえよ」なんて意識でいた時期もありましたけど、万田組ではむしろよく動く操り人形になってやろうと。実際に完成した作品を観たら、今まで見たことのない自分がスクリーンにいました。自分の考えとか感情、生理的なものを削ぎ落すとこうなるのか、という驚きがあった。演じ方も、自分を客観的に見た印象も、すべてが新しかった。
万田 当時はそういう演出をしていましたね。今はまた全然違うんですけど。『UNloved』を見返すと、まあちょっとやりすぎているなという部分がなくもないですね(笑)。そこが映画として評価されたところはありますが。
『UNloved』はカンヌ国際映画祭の「批評家週間」部門に出品され、2つの賞を受賞した。出演後、仲村は延期されていた韓国映画『ロスト・メモリーズ』(2002)の撮影に入る。万田作品とはまったく違うSFアクション映画だ。
仲村 その現場で監督に何度か言われたのは、「その表現では韓国では小さい。韓国の観客には伝わらない」ということでした。それまで自分なりに積んできた経験はあっても、ここでは通用しないと言われたらそれまでなんだな、と素直に受け入れられる自分がいましたね。それはその前に、万田監督に言われたまま動いてみようとやってみたら面白いものができた、という経験があったからこそだったと思います。
仲村はこの作品で、韓国のアカデミー賞に当たる大鐘賞の助演男優賞を、外国人として初めて受賞した。
仲村 俳優を始めて15年くらいになり、今のままではいけない、変わらないといけないんじゃないかと思っていた時期に『UNloved』に出て、その後の20年にすごくいい影響があったなと思います。
その後、再び万田監督と本格的にタッグを組むのは、数々の賞に輝いた『接吻』(08)。これも『UNloved』や今回の『愛のまなざしを』と同様、監督が妻・万田珠実との共同脚本によって描いた男女の愛の物語だ。脚本は、仲村がこの役を演じることを想定して書かれた、いわゆる「当て書き」だっという。
仲村 『接吻』のシナリオを最初に読んだとき、冒頭から一度も宙に浮かない重々しい緊張感が、ガリガリと地面を削るように続き、ラストシーンに向かっていくような印象がありました。本当にこのまま映画にできたらすごい映画になるだろうなと思って、完成した作品を観たら期待していた通りでした。しかもディテールでは想像を超えていて、大好きな作品になりました。
脚本を立体化させる監督と俳優の共同作業
この『接吻』を気に入り、『愛のまなざしを』の企画を立てたのが杉野希妃だ。プロデューサーとなり、自ら仲村トオルの相手役を務めている。
『愛のまなざしを』で仲村が演じたのは、数年前に妻・薫(中村ゆり)を失った精神科医の貴志。義理の両親を家に呼び寄せて同居し、一人息子・祐樹(藤原大祐)の面倒を見てもらっている。喪失感を振り払おうとするが、立ち直れずに精神安定剤を常用する貴志。仕事に没頭するあまり、息子の心が離れていることにも気付かない。そんなとき、患者としてクリニックを訪れた綾子(杉野希妃)が、親身に話を聞いてくれる貴志に思いを寄せ、急速に接近する。祐樹のことを心配した薫の弟・茂(斎藤工)は、綾子の隠された姿を知ってしまう…。
仲村 脚本を読んだときは、自分の役が主人公というよりは、すごく変わった女性の話だという風に読んだ記憶があります。いよいよ主役だというような意識はなかったですね。今回も『接吻』のように、何とも言えない緊張感がラストまで続く物語で、これもすごい映画になる予感がしました。
共演した杉野については、取材の場に居合わせた本人を見ながら、こう語る。
仲村 正直なところ撮影前に考えたのは、企画を立ち上げたプロデューサーが主演女優で、その方とこういう関係の相手役を演じるというのは、単純にやりやすい、やりにくいで言ったら…どうなんだろうなと(笑)。現場でプロデューサー的な発言や立ち居振る舞いはするのかなとか、どれくらいの距離感で接すればいいかなとか、ちょっとは考えたりもしたんですけど、現場に入ったら全然そういう感じじゃなくて。少なくとも僕の角度からはもう「綾子」にしか見えず、まったくの杞憂でした。
貴志という、精神科医でありながら自身も心に闇を抱える人物を、仲村が非常に抑制されたトーンで演じているのが印象的だ。
万田 脚本の段階から、綾子のキャラクターが強烈なのに比べ、貴志はあまり前にグイグイ出てくるタイプではなかったというのもありますね。
仲村 それは僕の「UNloved後遺症」の一つかもしれません(笑)。これまでの経験から、万田組ではセリフの抑揚はなるべくないほうがいいとか、声のトーンも低いほうがいいとか、そういうことは頭にありました。当時、『UNloved』を観て、僕のセリフの言い方を「丸太で人を殴り続けるような棒読み」と批評を書いてくれた人がいて(笑)、万田監督の演出通りだったので、最高のほめ言葉だと思いましたから。それと、心の病を扱う職業の人は、きっと刺激的な音を出さないしゃべり方をするだろうなと。聴いている人の心がザワつかない声、悲観的にも楽観的にもならないような響き。そのあたりは少し意識していたような気はしますけど、ほとんど監督の演出のままやったつもりです。
万田 そのあたりはものすごく自然にやっていただけたなと思うんですよ。作りすぎず、作らなすぎず。前の2作に比べると、『愛のまなざしを』には、僕が20年前に最初の打ち合わせで感じた素に近い仲村さんが一番出ていると思いました。それを出したいなとずっと願っていたので、今回やっと僕が感じる仲村さんの一番いいところが出せたなと思っているんです。
心の専門家であるはずの精神科医が、自己と他者の心の闇が織りなす心理劇に自らはまり込んでいく。ほぼ1対1の対話で展開する物語だけに、1つの画面にはほとんど2人か3人しか現れない。誰も自分のことを多く語らず、相手の考えていることが分からないまま、探り合う。しかし理解しようとすればするほど、闇が深いことに気付くのだ。万田監督は、そうした登場人物の重なり合いを画面の中に置き、さまざまな角度から見せていく。
万田 演出の上では、人が大勢出てくるよりは楽な部分もあるんですが、その分、画面の密度を上げていかないと、ただしゃべっている、ただ向かい合っているだけになってしまう。どういう風に人を動かして、どういう風に撮っていこうかなっていうのは、いろいろ考えたし、考えるのは楽しいことでしたね。
仲村 いま斎藤工くんと公園で話すシーンを思い出していたんですけど、手足の動き、そこでしゃがみ込む、そこで立ち上がる、座る、肩をつかむ、本当にすべて監督に言われた通りにやった記憶がありますね。最後に立ち去るときの歩き方まで全部ですね。
万田 そうやって実際に役者さんに動いてもらうと、その動きからさらに、こっちが考えていなかったような動きのきっかけが見えてくる。じゃあ、今度はこういう風にやるとどうなんだろう、こうやってもらえますか、ああ、これは面白いな…、そんな感じで動きを拾っていきながら撮影しました。
仲村 『UNloved』以降に感じるようになったことですけど、言われた通りに動いてみると、新しい感情が芽生えるみたいなことがよくあって、なぜ動くのか、意味が分からないままやってみると、ああそういうことかって、感じる瞬間がよくあったんです。だからこそ、自分ならこうやるけどな、みたいな感情が出そうになるのをグッと抑え込んで、言われた通りにやってみる。それも発見があって、すごく楽しいことなんです。
万田 脚本に書かれている感情の流れだけではなくて、例えばセリフをしゃべってもらうと、体が無意識に動きたがっているのが見えるんですね。つまり感情が動いている、って思うんです。だからその動きを拡大して、そこにどういう感情が出てくるか見てみたくなる。それが映画の流れの中で間違っていない感情なら、じゃあ、これでやってみようと。そうやって新しいものをどんどん見つけながら撮っていきました。これは『UNloved』の時にはなかったことです。あの時は事前にガチガチに決めて撮影に臨んだんですけど、今回はそれはやめて、役者さんの動きを見て、その中から何が発見できるのか探したかった。役者さんと一緒に探していく、それをいま仲村さんに楽しかったと言っていただけたのは、僕としてもすごくうれしいです。
撮影:花井 智子
<仲村トオル>ヘアメイク:飯面 裕士(HAPP’S.)スタイリスト;中川原 寛(CaNN)
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:仲村トオル 杉野希妃 斎藤工 中村ゆり 藤原大祐 万田祐介 松林うらら ベンガル 森口瑤子 片桐はいり
- 監督:万田 邦敏
- 脚本:万田 珠実 万田 邦敏
- 撮影:山田 達也
- 照明:玉川 直人
- 音響:弥栄 裕樹
- 美術:北地 那奈
- 音楽:長嶌 寛幸
- 編集:小出 豊
- 配給:イオンエンターテイメント 朝日新聞社 和エンタテインメント
- 製作年:2020年
- 製作国:日本
- 上映時間:102分
- 公式サイト:aimana-movie.com
- 2021年11月12日(金)より全国公開!