ニッポンドットコムおすすめ映画

アフリカの紛争地域で多発するレイプの背景にスマホ? 映画『ムクウェゲ 「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』

Cinema

ルワンダと国境を接するコンゴ民主共和国の東部ブカブ。この地にレイプの被害女性が1日に何人も訪れる病院がある。デニ・ムクウェゲ医師はここで、20年以上にわたり5万人を超える女性たちを無料で治療してきた。本作は、2018年にノーベル平和賞を受賞した医師を現地に訪ね、大量の被害を生む背景に迫った日本発のドキュメンタリー。立山芽以子監督に話を聞いた。

立山 芽以子 TATEYAMA Meiko

1973年、長野県生まれ。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。専攻は国際政治。97年 TBS入社。政治部で官邸、防衛省などを担当。社会部では国土交通省担当のほか、2011年東日本大震災の際は原発事故の報道を担当する。news23では9年にわたりディレクターなどを務め、現在は外信部デスク。主なドキュメンタリー作品に「棄民~ドミニカ移民の50年」(06)、「モザンビーク・農村開発の光と影」(13)、「綾瀬はるか戦争を聞く~地図から消された秘密の島」(16)など。

「紛争鉱物」とは何か

地球の反対側で何が起きているか。スマートフォンのおかげで、私たちは手軽に情報を手に入れられるようになった。しかしそのスマホを作る原材料をめぐって紛争が続き、いまこの瞬間にも多くの人が命を落としているかもしれないという「肝心なこと」を知らなかったりもする。

アフリカのコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)とその周辺では、スマホやパソコンに使われる金属の原材料を産出する鉱山が武装勢力の資金源となり、紛争を長期化させる要因となっている。その鉱物は、タンタル(Tantalum)、タングステン(Tungsten)、錫(すず、Tin)、金(Gold)の4種で、頭文字を取って「3TG」あるいは「紛争鉱物」と呼ばれる。

コンゴ民主共和国の女性たち ©TBSテレビ
コンゴ民主共和国の女性たち ©TBSテレビ

武装勢力は鉱山と周辺の村を暴力によって支配下に置くのだという。相手が男性であれば、脅して労働力あるいは兵力として組み入れ、応じなければ殺す。そしてその妻や恋人、母、姉妹、娘をレイプする。レイプは身体だけでなく、心にも一生消えない傷を負わせる残忍な行為だ。この紛争下では、これを組織的な性暴力として用いて、家族やコミュニティを分断し、住民を恐怖で支配する。

コンゴでは、20年以上にわたって数え切れない女性たちがレイプの被害を受けてきた。米国公衆衛生ジャーナル誌によると、最もひどかった2006年から07年にかけて年間40万人以上の女性が犠牲になったという。「女性にとって世界最悪の場所」と呼ばれる惨状には、こうした背景があったのだ。

レイプ被害者の救済に立ち上がった医師

この実態を広く世界に知らしめたのが、コンゴ東部のブカブに生まれた婦人科医デニ・ムクウェゲ氏だ。隣国のブルンジやフランスで学んだ後、1999年、地元にパンジ病院を設立し、訪れるレイプ被害者に無償で治療を行ってきた。

デニ・ムクウェゲ医師 ©TBSテレビ
デニ・ムクウェゲ医師 ©TBSテレビ

被害女性たちの身体に刻まれた残忍な行為の痕跡を、その目で何万と見てきたからこそ、ここでのレイプが欲望を満たすためではなく、人々に究極のトラウマを与えるためだという重要な指摘につながった。彼は施療の傍ら、国際社会に向けてコンゴにおける組織的な性暴力の現状を訴える活動を続け、2018年にノーベル平和賞を受賞した。

受賞の2年前、ムクウェゲ医師は日本にも来ていた。立山芽以子監督は、その時の取材で初めて会い、こうして彼の映画を作ることになった。それまで報道番組のディレクターとして何度もアフリカの取材をし、アンテナを張ってきたつもりでいたが、ムクウェゲ氏については知らなかったそうだ。

立山芽以子監督
立山芽以子監督

「2016年の来日時に、友人のアフリカ研究者が紹介してくれたのがきっかけでした。日本ではほとんど知られていなくて、会社に企画書を出しても『誰これ、やる意味あるの?』みたいな反応で…。『将来きっと有名になりますから!』と大見得を切って正解でした。結果論ではありますが、2年後にノーベル平和賞を獲って、ホレ見たことかと(笑)」

目の前にしたムクウェゲ氏は、見上げるような巨躯(きょく)の持ち主でありながら威圧感はなく、包み込むような優しさにあふれていたという。

©TBSテレビ
©TBSテレビ

「大人(たいじん)という言葉がふさわしいような、大らかで立派な方でした。ヨーロッパではすでに著名だったのに、“偉い人”の感じは少しも出さない。自分の話はほとんどせず、常に女性たちとコンゴの話が中心でした。仕事への熱意、そして訴える力に中途半端なものがまったくないんです」

この力に引き込まれるように、立山監督は2年後、コンゴのパンジ病院にムクウェゲ医師を訪ねていくことになる。

レイプ加害者の衝撃告白

映画は、この現地での取材を中心に、資源に恵まれた緑豊かな土地が、どうして「女性にとって世界最悪の場所」になってしまったか、背景を分かりやすく解明していく。ムクウェゲ医師が告発する組織的な性暴力の構図が、被害者と加害者両方の証言から裏付けられる。

「現地で直接取材して、1つ1つの話に心を動かされました。ムクウェゲ先生の講演や著作を通じて頭で知っていたのとは違う理解につながりましたね。1人1人に物語があるんです。女性たちには、つらい出来事を中心に語ってもらいましたが、彼女たちがその後どういう人生を送っているのか、どうやって助け合って生きているのかも分かり、非常に貴重な体験でした」

パンジ病院内の施設で自立のためにカゴ作りを学ぶ被害女性たち ©TBSテレビ
パンジ病院内の施設で自立のためにカゴ作りを学ぶ被害女性たち ©TBSテレビ

加害者の男性2人にも話を聞いている。ある日突然、村に武装勢力がやってきて、兵士にさせられた経緯や、その後自分自身が殺人やレイプに関わったことなど、衝撃の経験を淡々と告白していく。

「女性たちがレイプされるの見せられ、男性たちは仲間になるか死ぬかの選択を迫られる。欲望を満たしたいのでも、お金がほしいのでもないんです。好きで武装勢力の一員になったわけではなく、そのせいで村にいられなくなり、家族と離れて暮らす。学校にも通えなかった。この取材で浮かび上がったのは、彼らもある意味では、この悲劇の犠牲者だということなんです」

「武装勢力」と一口に言っても、多種多様なグループが乱立している。研究者によると、国連のPKO部隊、コンゴの軍や警察関係者の中にも加担している者がいて、単純に反政府勢力とは言えないところがある。

「誰が悪いと名指しできない複雑さが、この国の問題を難しくしています。さらに言えば、コンゴの国内だけで完結しているのではなくて、隣のルワンダから越境してくる勢力も多い。そういうところに、解決があまり進まない理由の一つがあるのかなと感じますね」

立ち直って生きる女性たちの姿が感動的だ ©TBSテレビ
立ち直って生きる女性たちの姿が感動的だ ©TBSテレビ

ムクウェゲ氏も、有力な政治家の中に武装勢力の出身者がいて、問題の表面化を恐れ、加害者を放免する傾向が続いていると指摘する。だからこそ国際社会の関与を強く求め続けるのだ。その活動は、米国で2010年に成立した金融規制改革法(ドッド=フランク法)に「紛争鉱物」の規制が盛り込まれるなど、少しずつ効果を発揮してはいる。それでもまだ、国際社会が見て見ぬふりを続けるのはなぜだろう。

「ある研究者は、国際社会にとってコンゴが無秩序であった方が好都合だからだと指摘しています。つまりまともな政権ができて、先進国に近い労働条件で鉱物が採掘され、資源が厳格に管理されるようになれば、自分たちがいま得ている利益は得られなくなりますよね。スマホなどの単価はもっともっと上がってしまう可能性もあるでしょう」

「つながり」を感じるドキュメンタリー

このドキュメンタリーでは、こうした政治の力学にまで深くは立ち入らない。ムクウェゲ医師のスタンス自体がそうなのだと監督は話す。

「自分は医者だからという意識が強くあって、目の前で傷ついている人を助けるのが仕事だと。政治の評論をするのは自分の仕事じゃない、そこが明快なんだと思います」

ノーベル平和賞の受賞スピーチでは、「私は、この星で最も豊かな国のひとつから来ました。しかし、私の国の人々は、世界で最も貧しいのです」と、印象的な言葉で世界経済の矛盾を突いた。彼から発せられるメッセージは、大づかみだからこそ力強く、人々の心を打つのだろう。

立山監督は、「無関心は共犯と同じ」というムクウェゲ氏の強い言葉を引きながら、そのメッセージがどうやって小さなアクションへとつながっていくかを見せていく。その一例が、来日講演を聞いて触発され、紛争鉱物に関する教材を作ったNGOのメンバーだ。その意思が、今度は教材で学んだ高校生たちへと受け継がれていく。

©TBSテレビ
©TBSテレビ

映画には、ムクウェゲ氏が来日時に日本に向けて発したメッセージもたっぷりと収められている。全編を通じて伝わってくるのは、アフリカで起きていることを日本人にも身近に感じられるようにという配慮だ。この「世界とのつながり」を意識した視点は、国際政治を学んだ大学時代から、記者の道を選び、長年にわたってテレビの報道番組で仕事をする間、立山監督が一貫して持ち続けてきたもののようだ。

「作品を作る上でいつも心掛けているのは、他人事じゃないというところ。世界のどこかで大変なことが起きているのを見せて、『あの人たち大変だね、かわいそうだね』と思ってもらえても、結局は『日本人でよかった』で終わってしまったら何にもならない。自分たちもそこにつながっていることを感じてもらえないと」

その考えには、ムクウェゲ氏のコミュニケーションの取り方と、相通じるものがありそうだ。彼もまた、日本に来てスマホや原爆の話をしながら、コンゴとのつながりを糸口に、母国の惨状に何とか目を向けてもらおうと努めていた。

「これは伝記映画ではありません。ムクウェゲさんにはガイド役を演じてもらっていると思うんですよ。彼の存在を通していろんなことが分かる。その言葉と行動を通じて、アフリカの実態を知り、女性たちの被害を知り、国際社会の理不尽さを知る。コンゴと日本とのつながりを知る。そういうガイドなんだと」

被害女性たちの心のケアにも力を注ぐ ©TBSテレビ
被害女性たちの心のケアにも力を注ぐ ©TBSテレビ

「ムクウェゲさんのお話を聞くと、自分も何かしなきゃいけないという気持ちになるんです。こうやって映画にまでできたのも、やはりムクウェゲさんの熱意とか、仕事への姿勢、生き方に、強く訴える力があったからでしょう。この映画を観た人が、誰かに話したり、自分の仕事に反映させたりしてくれたらいいですね。それで世の中がほんのちょっとずつでも変わっていくような、そういうきっかけになればいいなと思います」

取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

©TBSテレビ
©TBSテレビ

作品情報

  • 語り:常盤 貴子
  • 監督:立山 芽以子
  • 製作年:2021年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:75分
  • 製作著作:TBSテレビ
  • 配給:アーク・フィルムズ
  • 公式サイト:http://mukwege-movie.arc-films.co.jp/
  • 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中

予告編

映画 女性 資源 スマートフォン アフリカ ドキュメンタリー 紛争 暴力 ルワンダ 鉱山 性的被害 鉱物 コンゴ