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映画『メイド・イン・バングラデシュ』:働いて強くなる女性たちへの賛歌

Cinema

1974年から世界の埋もれた名作を発掘し上映してきたミニシアターの草分け、東京の岩波ホールが2022年7月29日をもって閉館する。そのラスト2番目の公開作品が『メイド・イン・バングラデシュ』。衣料品の大量生産を請け負い「世界の縫製工場」と呼ばれる国で、組合結成に奮闘する実在の女性をモデルに描いた物語だ。気鋭の女性監督ルバイヤット・ホセインが、家父長制に抗って自立の道を歩み始めた新しい女性像について語ってくれた。

ルバイヤット・ホセイン Rubaiyat HOSSAIN

1981年、バングラデシュ・ダッカ生まれ。米国スミス・カレッジで女性学の学士号を、同ペンシルベニア大学で南アジア研究の修士号を取得。ニューヨーク大学のTisch芸術学部と、ニューヨーク・フィルム・アカデミーで映画を学ぶ。帰国して、女性の権利を守るNGOで勤務。2006年以来、ダッカのBRAC大学で非常勤講師を務める。バングラデシュ独立戦争下で敵兵と恋に落ちた女性を描いた『Meherjaan』(2011)でデビュー。各国の映画祭で高い評価を受ける。ベンガル語の偉大な詩人・タゴールの詩を背景に、葛藤する女性を描いた『Under Construction』(15)に続き、『メイド・イン・バングラデシュ』(19)が長編3作目となる。(Photo : ©Auréllie Lamachère)

ファストファッションの舞台裏

いまもアジアの最貧国でありながら、世界の最貧国からは抜け出したバングラデシュ。1990年以降の驚異的な経済成長を支えるのがアパレル産業だ。中国に代わる低コストの生産拠点を求めた欧米や日本の大手メーカーから注文が殺到し、「世界の縫製工場」とあだ名されるに至った。

低コストの犠牲になったのは工場の労働者。その8割は女性だという。低賃金で厳しいノルマを課され、長時間労働を強いられる。労働環境も劣悪で、労災が絶えない。

2013年には、首都ダッカ近郊で5つの縫製工場が入った8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が、大量のミシンと発電機の振動によって崩落してしまう。死者1134人、負傷者2500人超の大惨事を経てようやく、政府とアパレル企業各社が施設の安全基準を整備するに至った。

この時期のダッカの縫製工場を取り巻く女性労働者の状況について、事実をもとに克明に描き出した映画が『メイド・イン・バングラデシュ』だ。

縫製工場で働く女性の状況がリアルに描かれる映画『メイド・イン・バングラデシュ』© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
縫製工場で働く女性の状況がリアルに描かれる映画『メイド・イン・バングラデシュ』© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

主人公は、強制結婚を逃れて地方から家出してきた23歳のシム。工場に職を得てから6年、日夜ミシンを踏み続けてきたが、職場の環境と待遇に不満を抱いている。残業代は未払い、夫は失業中で、家賃も満足に払えない。ある日、労働者権利団体から取材を受けたのを機に、労働組合の集会に参加することになった。労働法を学び、権利意識に目覚めたシムは、職場の仲間を勧誘し、水面下で労働組合の結成に乗り出すが、さまざまな困難に直面する――。

行動するシムを追ってカメラが映し出すダッカの街並みが印象的だ。貧しく無秩序だが活気に満ちた雑踏を、色とりどりの衣装に身を包んだ女性たちが闊歩する。路地裏の水たまりを踏み越えてゆくその姿は、新しい時代の幕開けを予感させる躍動感にあふれている。

保守的なベンガル語の女子校から自由の国へ

監督は、これが長編3作目となるルバイヤット・ホセイン。ダッカ生まれの41歳で、バングラデシュで数少ない女性監督の一人だ。恵まれた家庭に育ち、地元の女子校を卒業すると、渡米してマサチューセッツ州の名門女子大学、スミス・カレッジに入学する。オンライン取材を受けてくれた監督に当時を振り返ってもらった。

ルバイヤット・ホセイン監督
ルバイヤット・ホセイン監督

「少女時代にあまりいい思い出はありません。外で遊ぶこともできなかったし、服装は厳しく定められていました。女子は12歳になったらスカーフを着けさせられます。私はいつも何かに怒っていて、反抗的な女の子でした。親友はいたけれど、友達は少なかった。同級生はボーイフレンドをほしがって、どうしたらきれいに見えるかを気にかけてばかりいましたが、私は部屋で本を読んだり、絵を描いたりするのが好きでした。太っていて、ちょっと変わった子だと思われていたようです」

その頃からすでに、「社会が一人の女性に与えている役割を越える存在になりたかった」と話す。そのためには国を出て、世界を見なければならないと感じていた。英語校の生徒ならまだしも、ベンガル語校から海外へ留学する女子生徒は、非常に珍しかったという。

「母のような主婦にはなりたくなかった。もっと自由がほしかったんです。アメリカに暮らしてみると、女性の自由は想像以上でした。短いパンツをはいて、恐怖を感じずに夜間に出かけることができる。女性ドライバーを見るのも初めてでした! あらためてバングラデシュの女性は抑圧されていると実感し、その背景をもっと知りたいと思いました」

労働法を学び、仲間に組合結成を呼びかけるシム(リキタ・ナンディニ・シム)© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
労働法を学び、仲間に組合結成を呼びかけるシム(リキタ・ナンディニ・シム)© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

最初はコンピューター・サイエンスを勉強するつもりだったが、専攻をジェンダー学に変えた。幸い、何も知らずに入ったスミス・カレッジは、フェミニストの学校として有名で、世界中から女子学生が集まっていた。

「さまざまな国の女性たちに出会えたのは素晴らしい体験でした。どんな国にいても女性たちは問題を抱えていることが分かりました。アメリカ人も同じです。例えば、摂食障害に苦しむ人をたくさん見ました。これは十分な食べ物がない私たちの国では考えられないことでした。生き生きとして見えたアメリカの女性たちも、実は過食症や拒食症に悩んでいたのです」

© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

自分以外に撮れない映画を

欧米のフェミニズムを学ぶうち、自分たちの文化についてもっと知る必要があると感じ、ペンシルベニア大学で南アジア学の修士号を取得。さらにニューヨーク大学とニューヨーク・フィルム・アカデミーで映画を学んだ。こうした経験すべてが、バングラデシュの女性をテーマとする映画作りへと集約されていく。

「最初は映画監督になるつもりはなかったんです。小さなムービーカメラでいくつか短編映画を撮ってみたりもしましたが、あくまで趣味でした。女性の権利向上に関わる仕事がしたいと思っていました。でも自分で作品を撮りたいという欲求がだんだんと高まっていって…。大学で学んだことをテーマに映画を撮るのは、自然な流れでした。私が撮らなければ、ほかの誰も撮らないだろうというストーリーが頭の中にいくつもありました」

女性たちの労働条件が悪い背景には、利潤を追求する多国籍企業の「買い叩き」がある © 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
女性たちの労働条件が悪い背景には、利潤を追求する多国籍企業の「買い叩き」がある © 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

3作目となる『メイド・イン・バングラデシュ』の主人公シムには、実在のモデルがいる。工場の労働組合のリーダーを務めるダリヤ・アクター・ドリという女性だ。ホセイン監督はダリヤさんから詳細に話を聞き、彼女が経験したことをほぼそのまま物語に取り入れた。

「この作品は2013年にダリヤに起きた出来事をベースに描いています。ちょうど同じ年には、ラナ・プラザ崩落事故が起き、多くの労働者が犠牲になりました。これがターニング・ポイントだったと思います。ダリヤのような女性活動家の運動が理解され、女性の労働者を取り巻く状況は大きく改善されていきました」

労働者権利団体のナシマ(シャハナ・ゴスワミ、中央)から組合結成を説得されるシム © 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
労働者権利団体のナシマ(シャハナ・ゴスワミ、中央)から組合結成を説得されるシム © 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

映画は19年9月のトロントを皮切りに世界各地の国際映画祭で上映され、フランスで同年12月に公開された。ダリヤさんも監督とともに、各地の上映に参加したという。

「私とダリヤの共同作業で作り上げたことがこの作品の最大の特色です。彼女は制作の一部でした。脚本はもちろん、役者の指導でも助けてくれたし、ディストリビューションにも関わってくれた。上映会や記者の取材で、たくさんの質問に答えていました。現実の労働者の声を聞けるというのは、そうあることではありませんからね。この映画は、彼女の声を世に届けるという役目も果たすことができたのです」

バングラデシュ本国では、コロナウイルスの影響と検閲のため、つい先ごろ3月11日に公開されたばかりだという。

「大勢の労働者が映画を気に入ってくれました。シムの闘う姿には、これまでになかった新しいヒロインとして、男性も心を打たれたようです。プレミア上映には工場主たちを招いたのですが、彼らの反応も好意的でした。もう少し前だったら違ったかもしれない。やはりあの大事故があって、この10年近くで人々の考え方は大きく変わってきたと感じます」

残業代の要求に、工場の経営者は「来月まで待て」と追い払う © 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
残業代の要求に、工場の経営者は「来月まで待て」と追い払う © 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

甘やかされダメになった男たち

男性客の反応がよかったというのは、やや意外な感もある。というのもこの映画では、シムの夫をはじめ、工場の経営者、警備員、役人、役所で手続きを待つ人々に至るまで、男性たちは輝きを放つ女性たちと対照的に、一様に生気に乏しい姿で描かれているからだ。これは現実を反映しているのだろうか?

「バングラデシュでは、“男性の危機”が叫ばれています。女性が工場労働者として容易に職を得られる一方で、男性の失業が増加しているのです。映画のように、働く女性の夫が仕事をしていない例はどこにでも見られます。女たちが自立しようと必死に働いてきた一方で、男たちは母や妻に奉仕されて、怠け者になってしまった。学校でも女子の方がよい成績で、進学率も高いんです」

ただしホセイン監督によれば、古い価値観と現実のはざまで苦しんでいるのは、家父長制の下で育てられてきた30~40代の男たちだ。もっと若い世代には希望が感じられるという。20代前半の男性は、ジェンダーの役割について柔軟に考えつつある。こうした変化は、女性たちが理想とする男性像にも影響を与えている。

「かつて女性たちは、養ってくれる男の人と結婚したがった。でもいまは、男女は対等だと考える女性が多くなりました。夫を主人としてではなく、対等な友人として見ている。自分も外で働きたいし、夫にも働いてほしい。家に帰ってたら一緒に食事の支度をしたい。いまの女性たちが結婚相手に求めるのは、支配と従属の関係ではなく、調和のとれた良いパートナーシップなんです」

組合結成に反対する夫ソヘル(モスタファ・モンワル) © 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
組合結成に反対する夫ソヘル(モスタファ・モンワル) © 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

『メイド・イン・バングラデシュ』が映し出すのは、ファストファッションの舞台裏や、労働者が立ち上がる姿だけではない。新しいジェンダーバランスがダイナミックに生まれる歴史的な場面でもある。ルバイヤット・ホセイン監督は、これをシンプルながらパワフルなストーリーに乗せ、豊かなディテールを添えて、鮮やかに描き出した。

「私はこの映画を、誰もが理解しやすい物語にしたかった。それぞれが自分とのつながりを感じられるような話にしたいと、常に意識して作りました。日本の女性たちにもぜひ観てほしいです。日本に生まれて、よい人生を送るためのさまざまな恩恵が与えられていると思いますが、一人の女性として、女性たち全体のことを考えながら観てもらえたらいいなと思います。そして日本の女性たちにも、さまざまな抑圧があるでしょう。自分が抱えている問題が、この物語のどこかに見えるかもしれない。シムからインスパイアされることもあるはずです。シムにも闘うことができたのだから、私たちも闘えるんだと」

© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
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取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)

© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
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作品情報

  • 監督・脚本・製作:ルバイヤット・ホセイン
  • 撮影:サビーヌ・ランスラン
  • 出演:リキタ・ナンディニ・シム、ノベラ・ラフマン
  • 製作年:2019年
  • 製作国:フランス=バングラデシュ=デンマーク=ポルトガル
  • 上映時間:95分
  • 配給:パンドラ
  • 公式サイト:http://pan-dora.co.jp/bangladesh/
  • 2022年4月16日(土)~岩波ホールほか全国順次公開

予告編

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