ニッポンドットコムおすすめ映画

映画『島守の塔』:村上淳「ぜひご覧ください」とあえて言わぬ理由 沖縄戦下で県民疎開に命を懸けた警察部長を演じる

Cinema 歴史

本土復帰50年を迎えた沖縄。それに先立つ27年間の米国統治の発端が沖縄戦だ。太平洋戦争末期、連合国軍が沖縄諸島に上陸し、激しい地上戦の末、多くの民間人を巻き込む甚大な被害を生んだ。映画『島守の塔』は、この戦いを非戦闘員の側から見つめ、県民の命を守ることに身を捧げた島田叡(あきら)県知事と荒井退造県警警察部長を中心に、人々の壮絶な死と、生き抜く意志の尊さを描く。荒井警察部長を演じた村上淳に作品への思いを語ってもらった。

村上 淳 MURAKAMI Jun

1973年生まれ、大阪府出身。93年『ぷるぷる 天使的休日』で映画デビューして以来、コンスタントに数多くの作品に出演。『ナビィの恋』(99)、『不貞の季節』、『新・仁義なき戦い。』(2000)の3作品で第22回ヨコハマ映画祭・助演男優賞を受賞。他の主な出演作に、『ヘヴンズ ストーリー』(10)、『莫逆家族 バクギャクファミーリア』(12)、『2つ目の窓』(14)、『blank13』(17)、『ここは退屈迎えに来て』(18)、『初恋』(20)、『夕方のおともだち』(22)など。『島守の塔』のほか、22年後半には『沈黙のパレード』、『ヘルドッグス』も公開を控える。

島守の塔とは

沖縄本島の南端、糸満市の摩文仁(まぶに)の丘に、平和祈念公園がある。戦争末期の1945年3月末からおよそ3カ月にわたって続いた連合国軍の上陸作戦、いわゆる沖縄戦では、最後までこの地で激戦が繰り広げられた。

沖縄戦では20万人以上が命を落としたとされるが、その大半は民間人。県民のほぼ4人に1人が犠牲になった。戦後、公園内に建てられた多くの慰霊塔の1つが「島守の塔」だ。県民の安全確保に尽力し命を落とした約500人の県職員が祀られている。

戦後76年が経ち、ある女性(香川京子)が島守の塔を訪れる ©2022 映画「島守の塔」製作委員会
戦後76年が経ち、ある女性(香川京子)が島守の塔を訪れる ©2022 映画「島守の塔」製作委員会

その中には本土の出身者も含まれる。映画の2人の主人公、島田叡県知事と荒井退造県警警察部長もそうだ。島田知事は兵庫県出身。敵軍の上陸必至で赴任がためらわれる45年1月、沖縄にやってきた最後の官選知事だ。戦火をくぐり抜けて台湾へ渡り、県民のために3000石ものコメを確保した。栃木県出身の荒井警察部長は、沖縄県警に赴任して1年後の44年7月以来、閣議で決まった県民の県外疎開で陣頭指揮を執った。

慰霊塔の背後の石段を上ると、両氏の名を刻し、「終焉の地」と記した大きな石碑が立っている。付近に軍医部の地下壕(ガマ)があったとされ、45年6月26日ごろ、そこから最後に出た2人は、それきり消息を絶った。遺体はいまだ発見されていない。それぞれ43歳と44歳であった。

どんな役も「不得手」

この2人を中心とする“銃後の沖縄戦”を映画化したのは、五十嵐匠(しょう)監督。非戦闘員たちが死と隣り合わせの日々を生き抜く姿を、重厚な物語に仕上げた。知事(萩原聖人)、警察部長(村上淳)のほか、2人の下で働く県職員の凛(吉岡里帆)、その妹・由紀(池間夏海)と仲間の看護学徒隊、治療を受ける瀕死の負傷兵たち、県民の命をかえりみない軍司令部、生の戦局を知って苦悩する新聞社の記者らを群像劇のように描いていく。

島田県知事(萩原聖人、中央)と荒井警察部長(村上淳、右)、2人の下で働く県職員の比嘉凛(吉岡里帆) ©2022 映画「島守の塔」製作委員会
島田県知事(萩原聖人、中央)と荒井警察部長(村上淳、右)、2人の下で働く県職員の比嘉凛(吉岡里帆) ©2022 映画「島守の塔」製作委員会

「映画人にとって沖縄戦というテーマは、やはりものすごい挑戦なんですよね」

荒井警察部長を演じた村上淳はこう振り返る。

「日本最大の地上戦という歴史的な悲劇…。当然いつもの現場とは違う感じがありました。2020年の3月末にクランクインして、2、3日後にはコロナで撮影が延期になりましたけど、再開するものは再開する、くらいの心構えでいました。こういう意義のある作品なら、おそらく撮り切るだろうと。1年半後に再会した五十嵐監督も、1日たりともあきらめたことはなかったとおっしゃっていましたからね」

知事という地位を感じさせない大らかな態度で県民と接し、型破りで人間味あふれる島田とは対照的に、謹厳実直な警察官を絵に描いたような荒井。30年に及ぶキャリアで多種多様な人物を演じてきた中、どちらかというと“尖った”役柄の印象が強い村上にとって、かなり特異な配役と言える。加えて今回は実在した人物という難しさもあったろう。

「役者って、どんな役も本当は不得手なんですよ。原作がある作品で登場人物を演じるのだって、プレッシャーがあるじゃないですか。いろいろなプレッシャーがある中で、その役柄をいかに瞬時に自分になじませるか。実在した人物というのは、また違う負荷がかかってくるんですけど、もちろんそこにも誠実に向き合いながら、あえて考慮しすぎないようにしました。これまでの作品と同じように、台本に書かれている人物を演じればいいんだって」

沖縄県民の疎開を促す荒井警察部長 ©2022 映画「島守の塔」製作委員会
沖縄県民の疎開を促す荒井警察部長 ©2022 映画「島守の塔」製作委員会

本作において荒井が発する言葉の特徴は、県庁や県警の記録など、現存する資料から忠実に書き起こしたものが少なくないことだ。

「あるシーンでリアルに会話をしていくと、記録からそのまま採った部分が浮いてしまうこともありました。相手とのやりとりの中でそこだけチグハグな感じもする。でもそれをあえて残してあるんです。堅い口調もあれば、いきなりくだけた言葉になるのも、記録のままなんですよ。違和感があるから変えようとならなかったのは、やはり実在した人物を描くことに対する監督の強い思いがあったからじゃないでしょうか」

いくつもの「顔」が物語る映画

五十嵐監督は、徹底したリサーチを通じて史実をたどりながら、歴史の舞台が激しく動き、人々がそれに翻弄され、日常が一変していく様子を丹念に描き込んでいく。その過酷な状況は、平和な時代に生まれ育った私たちには、いくら想像力を尽くしても実感できるものではない。村上らキャスト陣はそのことを自覚しながら、現場に食らいついていったのだろう。戦乱を生き抜く必死の形相からそれが伝わってくる。

「僕が感じたこの映画の本当の救いは、最初から最後まで、みなさんがいい顔をしていたこと。エキストラの方々も含めた出演者全員がね。ああ、これはよかったなと。顔が映っている映画が僕は好きなんです。しかもざらつきのある顔がね、スクリーンにマッチすると思うんですよ。そういう意味で、これは顔が物語る作品でもあるなと。セリフのはざまの、言葉にはないもの、表情が映っていたように感じます」

地上戦、米軍の占領統治を経て、本土に復帰した沖縄が迎える50回目の夏、私たちは新たに生み出された戦争の悲劇に思いを寄せることになる。

「確かにいまの状況と重なる部分はありますね。本来起こってはいけない戦争というものが、なぜ起こるのか。それが起きたとき、苦しむのは一般市民だと。2022年に沖縄戦を伝える意義をあらためて強く感じています。戦争を止めようと行動できる人間が何人いるか…。でも、理解しようとするだけでも、勇気がいることだと思うんです。こんなことを繰り返してはよくないな、そう思っていただけるだけでも十分というか。戦争の愚かさがシンプルに、ダイレクトに伝わってくる作品に、このキャストと参加できて誇りに思います」

だからといって、「ぜひご覧ください!」といういつもの宣伝文句が、簡単には口を突いて出てこないのだと村上は言う。

「より多くの方々に観ていただくには、興味を持ってもらわないと。そのためには、いろいろ言い切りたい部分はあるんですよ。でも言い出せない自分がいる。こういう内容の作品で、ここまでの完成度になると、より重みが増してきますから。そこが敬遠されてしまうかもしれない。本当は気軽に観てねって言いたいですよ。でも僕はそんな風に言ってしまえるスケールの役者じゃないし…」

「お国のため」という考えにとらわれた凛に、生き抜くことの大切さを説く島田 ©2022 映画「島守の塔」製作委員会
「お国のため」という考えにとらわれた凛に、生き抜くことの大切さを説く島田 ©2022 映画「島守の塔」製作委員会

俳優デビューから30年。今年これまで4作の出演映画が封切られ、『島守の塔』を含む3作が公開を控える。萩原聖人とのダブル主演となった本作で30周年の集大成を飾るという意識は特になかった。

「どの作品も同じ気合でやっていますから。手を抜いた作品なんて1つも心当たりがない。この作品が30年の節目だとかいうのは、おそらく20年後に気付く話じゃないですか。ただ1つ言えるのは、何十年後にも残る作品ができたなということですね。どんな時代にも普遍的な、生き抜こうという意志。そこは五十嵐監督が一番伝えたかったことだと思うんです。何かのために死を厭わないというのではなく、何かのために生き続けるという方向性、そこにこそ希望があるんじゃないかなって」

インタビュー撮影=五十嵐 一晴
取材・文=松本 卓也

©2022 映画「島守の塔」製作委員会
©2022 映画「島守の塔」製作委員会

作品情報

  • 出演:萩原 聖人 村上 淳
    吉岡 里帆 池間 夏海/榎木 孝明/成田 浬 水橋 研二/香川 京子
  • 監督・脚本:五十嵐 匠
  • 脚本:柏田 道夫
  • 音楽:星 勝
  • 製作:映画「島守の塔」製作委員会
  • 配給:毎日新聞社 ポニーキャニオンエンタープライズ
  • 製作年:2022年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:131分
  • 公式サイト:https://shimamori.com/
  • 7月22日(金)よりシネスイッチ銀座ほかにて全国公開

予告編

沖縄 歴史 映画 戦争 太平洋戦争 俳優 第二次世界大戦 沖縄本土復帰50年