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映画『猫と塩、または砂糖』でデビュー、元ニートの40歳新人監督・小松孝はコメディで世界をめざす

Cinema

映画監督にとって何より大事なのはオリジナリティだ! そう言い切れる新人監督はなかなかいないだろう。40歳を過ぎてデビューする小松孝は自信満々にその信念を作品に注入し、見たこともないホームコメディを世に送り出した。『猫と塩、または砂糖』で日本の、いや世界の映画界に旋風を巻き起こすか。注目の奇才に語ってもらった。

小松 孝 KOMATSU Takashi

1981年生まれ、埼玉県出身。早稲田大学第一文学部に入学、在学中は稲門シナリオ研究会に所属し、約10本の自主映画を制作、学生映画祭で多数の入選を果たす。卒業後、映画会社設立を目指してデイトレーダーになるも4年後に破綻。30代に入り一念発起して製作した約10年ぶりの自主映画『食卓』が第38回ぴあフィルムフェスティバル「PFFアワード2016」グランプリを受賞。第35回バンクーバー国際映画祭(17)に正式出品。22年、第25回PFFスカラシップ作品として『猫と塩、または砂糖』で劇場デビュー。

映画監督の登竜門として知られる「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」。自主映画のコンペティション「PFFアワード」に入選を果たすと、長編映画の製作を援助する「PFFスカラシップ」への挑戦権が与えられ、企画審査に通れば、製作から劇場公開まで、一気に商業デビューの道が開くことになる。

今回、第25回「PFFスカラシップ」の作品としてプロデュースされたのが『猫と塩、または砂糖』。2016年、『食卓』で第38回「PFFアワード」のグランプリに輝いた小松孝監督の長編デビュー作だ。小松監督は自主映画制作の盛んな早稲田大学の「稲門シナリオ研究会」というサークル出身で、学生映画コンクールの常連だった。

ニート生活からの脱却

「高校時代にウッチャンナンチャンとダウンタウンを見て、コント作家になろうと思いました。一日中コントのネタを考えていましたね。大学ではシナリオを勉強しようと思ってサークルに入ったんですが、誰もシナリオなんか研究していないんですよ。映画監督になりたい人が集まるサークルに間違って入ってしまった。でも僕は最初の2年間、シナリオの書き方をしっかり勉強しました。その後に学生映画を観たら、どうもシナリオが面白くない。じゃあ、僕が面白いシナリオを書き、自主映画を作って披露したいと。これが映画作りを始めるきっかけだったんです」

小松孝監督の劇場デビュー作『猫と塩、または砂糖』 ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF
小松孝監督の劇場デビュー作『猫と塩、または砂糖』 ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

3年生から満を持して短編を撮り始めると、学生映画祭に応募した作品が次々と入選を果たす。

「学生なのに50万、100万かけて作りましたという映画がグランプリを獲ったりするのを見て、そりゃないでしょ、もっとセンスとかで選ばない?と思っていましたね。学生時代に作った映画は10本くらいありますけど、平均予算は1万円くらい。大体、部屋の中で撮ったりして。今にもつながっているんですけど」

卒業が迫る頃には、就職活動には目もくれず、映画監督になると決めていた。自ら制作会社を設立しようと、株のデイトレードをしながら資金作りに励んだ。

「200万円が2000万円に増えたこともあったんですが、4年後に破綻。そこで精神が壊れて…。フリーランスで映像制作の仕事をして、何とか食いつなぐ状態でした」

一郎はある時から「お母さんのための猫」を仕事にするようになった ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF
一郎はある時から「お母さんのための猫」を仕事にするようになった ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

一時はニート生活に陥りながらも、「映画監督になるにはPFFスカラシップを獲る以外にない」と一念発起。10年ぶりにカメラを回し、47分の中編『食卓』を撮る。アルコール依存症の父と暮らすニートの息子のもとに、新しいお母さんが来るという物語で、晴れてスカラシップの権利を得た小松は、この設定を発展させて新たに長編『猫と塩、または砂糖』の脚本を書き上げ、ついに念願のデビューを勝ち取った。

アリの巣を観察するカメラ

主人公は、30代無職、実家に暮らす佐藤一郎(田村健太郎)。ただし本人によると無職ではなく、「お母さんのための猫」という仕事を全うしている。母・恵子(宮崎美子)は愛する猫2匹を亡くして以来、一郎の姿が見えないとパニック発作を起こしてしまうという不安定な精神状態に陥っている。

一郎は恵子の買い物に同行し、ごみを出し、父に食事の要不要を訊ねるほかは、猫らしく寝転がって過ごす。父・茂(諏訪太朗)はアルコール依存症で、夕食を居間でとるか、トイレに立つ以外は、自室にこもって酒浸りの日々を送っている。

恵子のもとへ、初恋の人・金城が娘を連れてやってくる ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF
恵子のもとへ、初恋の人・金城が娘を連れてやってくる ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

そんな佐藤家にある日、謎めいた父娘が現われる。金城譲二(池田成志)は恵子の初恋の相手で、妻を亡くして以来、男手一つで娘の絵美(吉田凜音)を育ててきた。清純派アイドル好きの譲二と、父の理想を体現すべく純粋無垢のまま大人になった絵美。父娘には、独特の美意識に貫かれた衣食住のこだわりがあった。こうして2世帯5人の奇妙な同居生活が始まる。すると佐藤家に保たれていた日常の秩序が少しずつ乱れ、やがて大きく揺らいでいくのだった……。

「僕が最初に書いていた脚本をあのまま映画にすると、たぶん4時間くらいになったかなあ。それをたくさん切ってこの形になったので、同じ話をNetflixでリメイクすれば8話くらいはいけると思います」

一郎はある日、絵美に対決を申し込む ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF
一郎はある日、絵美に対決を申し込む ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

カットしたのは主に、金城家の過去にまつわる場面。しかしそれが詳細に描かれなくなったことで、かえって2人の謎が強まり、佐藤家をより不穏な空気が覆う効果を生んだ。

「この映画はそもそも登場人物に感情移入させて観客の心を揺さぶることを目的にはしていないんです。人を追うんじゃなくて、穴から家の中をのぞき込んだら、そこに人がいて何かしている、みたいな演出をしようと」

カメラは動かさず、すべて固定。郊外の一軒家の狭い空間で、5人の不思議な生態をひたすら観察していくスタイルだ。

「普通のエンターテインメント映画は、カメラがいろいろなところへ動いて、観客はジェットコースターに乗ったみたいに座っているだけでいい。この映画はそうではなくて、アリの巣を眺めるように、家の中を観察してもらおうと。5人が右往左往する様子を一歩引いて見ているのが面白いんじゃないかって」

会話の端々に現代社会への痛烈な皮肉を読み取ることができる ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF
会話の端々に現代社会への痛烈な皮肉を読み取ることができる ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

常識こそ窮屈さの元凶

「僕の映画作りの基本には、ユーモアあふれる作品にしたいという思いがあります。ほかの人がこう作っているから僕はこう作る、というのは一切ないんですけど、世に出ている作品って、どう考えてもバランスがシリアスな方に偏りすぎていますよね。だからこそ僕が活躍できる余地がまだあるんじゃないかなと」

小松監督がユーモアとともに、ひるむことなく前面に押し出したのは、世の中の常識に対して抱く違和感だ。

映画『猫と塩、または砂糖』小松孝監督
映画『猫と塩、または砂糖』小松孝監督

「家族とはこうあるべきという常識が一番イヤなんですよ。常識とはそもそもマジョリティの価値観で、そこに当てはまらない人たちだっているんです。大体、1人について100通りの切り口があるとしたら、その全部がマジョリティに入ることはないじゃないですか。誰にでもマイノリティの面はあるわけです。でも常識って、マジョリティの価値観に合わせて行動しましょうねっていうことだから、マイノリティの人たちは、いつもそこに窮屈さや理不尽を感じてしまう」

一流大学を出て一流企業に就職しながら、ニートになってしまう若者が後を絶たない日本。その1人である一郎が、世間から押し付けられた常識を疑う、という指針を得る。目玉焼きに塩でなく砂糖をかけてみる、という小さな冒険を企てる。そんな日々の試行が、やがて大きな変化へとつながるかもしれない。

一郎は絵美から予期せぬことを打ち明けられる ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF
一郎は絵美から予期せぬことを打ち明けられる ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

「世の中の常識って、メディア、特にテレビが作っているところが大きいんじゃないか。お金持ちの幸せ、田舎暮らしの人の幸せ、男女カップルの幸せ…、いろんな人々の、いろんな幸せのベクトルをメディアで見せられてきた。ところが、幸せというのは相対的で、揺れ動くもの。僕の好きなアインシュタインの相対性理論に基づいて、幸せ探しを考えてみようじゃないか、そういう物語を思いついたんです」

「常識的な幸せルートをまったく歩いてこなかった」という小松監督。幼い時から“天然パーマ”の髪形をからかわれ、15歳の時から激しい腰痛に苦しんできた。そのせいで世の中に対する不満を人一倍抱えて育ったという。その負のエネルギーを昇華させることができ、人と違う視点を生かせるのが映画だった。

父娘の登場で一郎が求めていた幸せのベクトルに変化が… ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF
父娘の登場で一郎が求めていた幸せのベクトルに変化が… ©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

「監督にとって何より大事だと考えるのがオリジナリティです。いかに僕にしかできない映画を作るか。そこで、自分の趣味嗜好、人生体験を躊躇(ちゅうちょ)なく入れることにしました。それが映画の価値につながるんだと。10年ぶりに『食卓』を作っているとき、やっとそこに気付いたんです」

その『食卓』がPFFアワードでグランプリを受賞し、登壇した小松監督は、「これから世界にはばたく監督になりますので、よろしくお願いします」と挨拶したという。

「これからもユーモアにこだわって作品を作ります。日本のお笑いのセンスがなぜ世界で評価されないんだとずっと憤ってきましたから。日本のコメディの面白さを知ってもらうのも、僕が映画を作る理由の1つです。カンヌでパルムドールを獲ることによって、日本のユーモア・センスを世界に知らしめたい。そんな野望もあります」

©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF
©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF
©2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

作品情報

  • 監督・脚本・編集:小松 孝
  • 出演:田村 健太郎、吉田 凜音、諏訪 太朗、池田 成志、宮崎 美子
  • 主題歌:NILKLY「Fact or Fable」
  • 製作:PFFパートナーズ=ぴあ、ホリプロ、日活/一般社団法人PFF
  • 制作プロダクション:エリセカンパニー
  • 配給:一般社団法人PFF/マジックアワー
  • 製作年:2020年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:119分
  • 公式サイト:https://www.nekoshio.com/
  • ユーロスペースほか全国順次公開中

予告編

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