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映画『すべてうまくいきますように』:ソフィー・マルソー主演、名匠フランソワ・オゾンが安楽死を通して描く〈生〉

Cinema

これからの超高齢化社会で避けては通れない「安楽死」というテーマ。自ら死を選ぶ権利の是非をめぐっては、答えの出ない重い議論が繰り返されてきた。しかしフランスの名匠は、これを温かいまなざしで見つめ、軽やかな手付きで扱ってみせた。ベテランの域に達したソフィー・マルソーも監督の賛美を受けて輝き、等身大のヒロインを凛々しく演じている。

映画界では、一流の監督と一流の俳優が、互いに認め合っていても、一緒に仕事ができるとは限らない。役柄、脚本、撮影のタイミング、その他さまざまな条件を考えると、むしろ実現しない例の方が多いのだろう。

フランソワ・オゾンとソフィー・マルソー。同年代で、長く一線で活躍してきたフランスを代表する監督と女優も、これまでにタッグを組んだことはなかった。監督から何度か企画や脚本を売り込んだことはあったが、どれも具体的に進展しなかったという。

『すべてうまくいきますように』の撮影に臨むフランソワ・オゾン監督と主演のソフィー・マルソー © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
『すべてうまくいきますように』の撮影に臨むフランソワ・オゾン監督と主演のソフィー・マルソー © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

一緒に仕事ができる「最後のチャンス」かもしれないと感じながら、オゾンが満を持してオファーしたのが『すべてうまくいきますように』(原題:Tout s’est bien passé)。監督の盟友でもあった作家・脚本家の故エマニュエル・ベルンエイムが「父の安楽死」に奔走した体験を綴った同名の著作の映画化だ。

1980年、14歳の時に『ラ・ブーム』で主役デビュー、ティーンのアイドルとして鮮烈に登場し、長く「フランス国民の婚約者」と呼ばれたソフィー・マルソーも、親の老いに直面するヒロインにふさわしい年頃になったのだ。オゾンは彼女に原作を送り、好感触を得てから脚本の執筆に着手したという。

死ぬ権利を求めてスイスへ

マルソー演じるエマニュエルは小説家。ある日、84歳の父アンドレが倒れたという知らせを受けて、妹と病院に駆けつける。診断の結果は脳卒中だった。父は一命を取り止めたものの、身体の自由がきかなくなっていた。

父アンドレ(アンドレ・デュソリエ)が運ばれた病院に駆けつけるエマニュエル(ソフィー・マルソー)と妹パスカル(ジェラルディーヌ・ぺラス、中央)© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
父アンドレ(アンドレ・デュソリエ)が運ばれた病院に駆けつけるエマニュエル(ソフィー・マルソー)と妹パスカル(ジェラルディーヌ・ぺラス、中央)© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

仕事の合間に入院中の父の世話をし、担当医と話し、忙しく駆け回るエマニュエルに、自分を重ねて見る人も少なくないだろう。衰えた親の姿を現実として受け止めながら、遠くない先に待つ結末までは考えないようにして過ごす、そんな心の揺れ動きは、多くの人が経験してきたに違いない。

ところがそこから、エマニュエルは人類がタブーとしてきた領域に図らずも足を踏み入れる。実業家として財産を築き上げたアンドレは、美術品の収集で名を成し、人生を謳歌していた。それが一瞬にして、病院のベッドで身動きのとれない状態へと変わる。生きる喜びを失った彼は、エマニュエルに「終わらせてくれ」と懇願するのだった。普通なら、聞き流したり、適当にあしらったりするはずだ。彼女も最初はそうするのだが、頑固な父が苦しむ姿を前にして、もはや無視できなくなってしまう。

普段はカジュアルな服を着て化粧っ気のないエマニュエルが唯一ドレスアップする誕生日のシーン © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
普段はカジュアルな服を着て化粧っ気のないエマニュエルが唯一ドレスアップする誕生日のシーン © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

終末期の患者が、延命治療を行わない「消極的安楽死」を選ぶことは可能だ。しかしアンドレの場合、身体に麻痺が残ったものの、すぐに命にかかわる病状ではなかった。したがって、現実に父の願いをかなえるとなれば、フランスでは違法の「積極的安楽死」を選択するしかない。それが認められているのは、オランダやベルギーなど10数カ国(米国はオレゴンなど6州)に限られる。さらにこれを外国人にも適用できる国となると、世界でスイスだけだという。

厳密にいうとスイスでは、刑法上の解釈で「自殺のほう助」が罪に問われないのだ。刑法115条に「利己的な理由」により自殺のほう助を行った場合、「5年以下の懲役」に処することが定められている。つまり「利己的な理由でない」ことが立証できれば、自殺を手助けしても罪に問われないという解釈が成り立つ。スイスでは、その遂行を目的とする協会が活動している。医師の監督の下、用意された致死薬を患者が自ら服用し、安らかに死を迎えられるよう手配するのだ。

スイスの協会から担当者(ハンナ・シグラ)が面会に訪れる © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
スイスの協会から担当者(ハンナ・シグラ)が面会に訪れる © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

父の執拗な懇願に観念したエマニュエルも、この協会に行き着いた。こうして物語は、重い決断に葛藤し、さまざまな障害に直面しながらも、父の願いをかなえようと奔走する娘の苦闘を軸に展開していく。だがそれを重苦しく描かないところに、この映画の魅力がある。多様なジャンルに挑んできたオゾン監督が自在ぶりを発揮し、サスペンスやコメディの要素さえちりばめ、テーマの重さと対照的に軽やかなトーンで語り上げる。だからといって決して軽々しい向き合い方ではない。

エマニュエルの夫セルジュ(エリック・カラヴァカ)とお気に入りのレストランで食事 © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
エマニュエルの夫セルジュ(エリック・カラヴァカ)とお気に入りのレストランで食事 © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

生を称揚する家族のドラマ

迫り来る永遠の別れを恐れ、父の心変わりに期待して一喜一憂を繰り返す娘たちをよそに、決行の日を指折り数え、日に日に生気を取り戻していく父。芸術を愛する自由人アンドレの強烈なキャラクターに親しむうち、その身勝手なお気楽ぶりに、思わず笑いがこぼれてしまう。

次第に彼の意外な過去も明らかになり、オゾン監督らしい自由な恋愛を称揚する人物像が浮かび上がる。その奔放さゆえの魅力が際立つと同時に、家族が振り回された背景も垣間見えてくる。

彫刻家の母クロード(シャーロット・ランプリング)の存在が物語に深みをもたらす © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
彫刻家の母クロード(シャーロット・ランプリング)の存在が物語に深みをもたらす © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

子ども時代に受けた仕打ちを回想しながら、愛憎入り混じる感情を父に抱くエマニュエル。父から願いを託されたのが自分でなく姉だったことに嫉妬と安堵を覚える妹パスカル。長年うつ病を患い、アンドレと別居して久しい彫刻家の妻(娘たちの母)クロード。必ずしも情愛豊かとはいえない両親の下で、絆を深めてきた姉妹。言葉には表しにくい家族同士の感情の複雑なからみ合いが、会話や表情を通してさりげなく伝わってくる。

やがて感じられるのは、この映画が安楽死の是非を問うものではなく、家族のドラマなのだということだ。オゾン監督はそれを、これからの超高齢化社会が直視せざるを得ない衝撃的なテーマに沿って、平凡なホームドラマには太刀打ちできない深さと繊細さで展開してみせた。

© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

責任感が強く、情に厚いエマニュエルを、オゾン監督は時に極限の状態にまで追い込み、時に自分のための息抜きをさせ、その人間らしさを愛情豊かに賛美する。人生半ばを過ぎ、苛烈な現実をしなやかに受け止めて生きる、そんな等身大のヒロインを体現するのが、いまなお少女の姿が記憶に残るソフィー・マルソーだというところにも感動してしまう。

ちょうど40年前の1983年、フランスのアカデミー賞にあたる「セザール賞」に「最有望女優賞」が新設された。以来、歴代の受賞者の多くがその名に恥じぬ、フランスを代表する名女優に成長していったが、その初代受賞者が16歳のソフィー・マルソーだった。ようやく実現したオゾンとの初仕事は、彼女を久々のカンヌへと連れ戻すことにもなった。歩き慣れたレッドカーペットではあるが、意外にもコンペティション部門の出演者として踏むのは初めてだった。

© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

バナー写真:映画『すべてうまくいきますように』で主人公エマニュエルを演じるソフィー・マルソーと父アンドレ役のアンドレ・デュソリエ © 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

作品情報

  • 監督・脚本:フランソワ・オゾン(『ぼくを葬る』『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』)
  • 出演:ソフィー・マルソー アンドレ・デュソリエ ジェラルディーヌ・ペラス シャーロット・ランプリング ハンナ・シグラ エリック・カラヴァカ グレゴリー・ガドゥボワ
  • 製作年:2021年
  • 製作国:フランス・ベルギー
  • 上映時間:113分
  • 提供:木下グループ
  • 配給:キノフィルムズ
  • 公式サイト:ewf-movie.jp
  • ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ 他公開中

予告編

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