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映画『トリとロキタ』:ダルデンヌ兄弟が見せるシンプルさとリアリティの飽くなき追求

Cinema

『トリとロキタ』はベルギーのジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督による12作目の長編劇映画。アフリカの親元を離れ、ベルギーに渡った少年と少女が繰り広げる冒険の物語だ。移民を制限する国、そして移民を悪用する裏社会に対し、肉親以上に固い絆で結ばれた二人が、力を合わせて立ち向かう。心温まる親愛、スリリングな展開、悲しみ、怒り…。あらゆる場面で感情をストレートに揺さぶる傑作だ。

カンヌ国際映画祭コンペティション部門の常連で、これまで2度のパルムドールに輝くダルデンヌ兄弟。本作で9作連続の出品を果たし、同映画祭の75周年記念大賞を受賞した。

ダルデンヌ作品に共通する特徴は、現代社会の厳しい現実に直面して違法行為へと近づく若者をシンプルに描くところにある。ストーリーや撮り方はシンプルでも、リアリティをとことん追求したディテールの豊かさが唯一無二の作品世界を生み出す。

3年前の前作『その手に触れるまで』では、ベルギーの北アフリカ系家庭出身の少年がイスラム急進主義に感化される姿を描いた。これまでの作品に移民は何度も登場するが、本作は西アフリカからの難民申請者にフォーカスしている。

兄ジャン・ピエール(左)と弟リュックのダルデンヌ兄弟
兄ジャン・ピエール(左)と弟リュックのダルデンヌ兄弟

国際社会が直面する人道危機

アフリカや中東などから、貧困や紛争、人権侵害を逃れ、豊かさと安全、自由を求めてヨーロッパをめざす人は後を絶たない。最も困窮した人々は、定員をはるかに超えた粗末な密航船に乗り込み、命がけで地中海の島々に渡る。こうしてギリシャやイタリアを経由し、ダルデンヌ兄弟が暮らすベルギーにもやってくる。

2022年にベルギーで難民申請を行った人は3万6871人。前年比42%増で、シリアの内戦が激化した2015年以来で最多の記録だ。ウクライナからの一時的な避難民は含まれない。これを合わせれば人口のほぼ1%にあたる10万人に達するという。

イタリア料理店で客に歌を披露し小遣いを稼ぐトリ(パブロ・シルズ、左)とロキタ(ジョエリー・ムブンドゥ)Photos ©Christine Plenus
イタリア料理店で客に歌を披露し小遣いを稼ぐトリ(パブロ・シルズ、左)とロキタ(ジョエリー・ムブンドゥ)Photos ©Christine Plenus

難民の行き先には、その時々の傾向があるようだ。数年前まで「人気」だった北欧諸国は飽和状態で新たな受け入れが難しく、これもベルギーへの流入が増えた一因と考えられる。各地には、密航を手引きしたブローカーたちとつながり、滞在先で不法就労をあっせんするネットワークがあるという。国ごとの移民政策に加え、こうした非合法組織の存在も、移民たちの運命を左右するのだ。

当局に難民申請をした人々は、判定結果が出るまで専用の施設に寝泊まりする。その間、仮の滞在許可証が与えられるが、就労は認められない。だが不法に仕事を得るなどして、行方をくらます人が相当数に上ることが報じられている。その中には保護者の同伴がない未成年者も含まれ、性的搾取や強制労働といった人身取引の対象となるおそれがある。

トリとロキタは密航を手引きしたフィルマン(マルク・ジンガ、右)に行動を監視されている Photos ©Christine Plenus
トリとロキタは密航を手引きしたフィルマン(マルク・ジンガ、右)に行動を監視されている Photos ©Christine Plenus

アフリカから来た少年と少女

『トリとロキタ』はこうした状況を背景として、ダルデンヌ兄弟が生まれ育ったベルギー第5の都市、リエージュを舞台に繰り広げられる。タイトルは主人公の少年と少女の名前。未成年の外国人を保護する施設で生活している。姉と弟のように見えるが、出身も渡航の動機も異なる。

トリは12歳のベナン人。不吉な運命を負って生まれた子どもとして、家を追い出された。サハラ以南のアフリカに古くからある迷信の被害者だ。虐待を受けた子どもたちを保護するNGOを通じてヨーロッパへ送られた可能性がある。母国に送還すれば生命の危険があるため、人道的な観点から難民の認定を受けやすい。正規の滞在許可証が交付され、学校にも通っている。

イタリア料理店の地下にある厨房で、トリとロキタに指示を出すシェフのベティム(アウバン・ウカイ)Photos ©Christine Plenus
イタリア料理店の地下にある厨房で、トリとロキタに指示を出すシェフのベティム(アウバン・ウカイ)Photos ©Christine Plenus

一方、カメルーン人のロキタは17歳。出稼ぎ目的で家族から送り出されて密航し、その船内でトリと出会ったようだ。こうした経済的な動機による入国で、滞在許可が下りるチャンスはほとんどない。それゆえトリの姉だと主張し、強制送還を免れようと虚偽の申請を行っている。

トリとロキタはイタリア料理店で客に歌を披露して小遣いを稼いでいる。実はこの店のシェフがドラッグディーラーという裏の顔を持ち、顧客に麻薬を売りさばくのに二人を使っているのだった。ロキタは故郷の弟たちが学校に通えるようにと、シェフからの屈辱的な扱いに耐え、少しでも多く金を得ようとする。しかし稼ぎの一部は、密航のブローカーに取り上げられ、送金が少ないことをカメルーンにいる母親から電話でなじられてしまうのだ。

ベティムの顧客にドラッグを売り歩くトリとロキタ Photos ©Christine Plenus
ベティムの顧客にドラッグを売り歩くトリとロキタ Photos ©Christine Plenus

そんなつらい日々を過ごすロキタにとって、唯一の支えがトリだった。トリがそばにいないと不安に襲われ、パニック障害を起こしてしまう。トリにとってもロキタはなくてはならない存在だ。年少で体も小さいトリだが、ロキタを守る気持ちは強い。二人は互いを慈しみ、実の姉弟以上に固い絆で結ばれていた。

ところがある日、二人を引き離す事態が訪れる。偽造ビザの入手をちらつかせてロキタを支配するシェフは、さらに危ない闇バイトの話を持ちかける。郊外にある秘密の倉庫で大麻を栽培する仕事だった。3カ月にわたって外部との接触を断たれ、トリと携帯電話で話すことも許されない。この試練を二人はどう乗り越えるのか…。

ビザの入手をちらつかせてロキタを支配するベティム Photos ©Christine Plenus
ビザの入手をちらつかせてロキタを支配するベティム Photos ©Christine Plenus

シンプルであることの豊かさ

まさにダルデンヌ兄弟の作品世界だと思わせるのは、二人の少年少女が生まれ故郷を離れ、見知らぬ国の都会で生き抜く冒険の物語でありながら、舞台がリエージュとその郊外に限られるところだ。ベナンもカメルーンも出てこなければ、二人が船で出会う場面もない。序盤に二人の背景にまつわる最小限の情報が、自然な会話の中で少しずつ明かされていくだけだ。

Photos ©Christine Plenus
Photos ©Christine Plenus

そうやって観客の想像力を開き、背景の物語を豊かにする手法なのだろう。いかにシンプルに描くか、ダルデンヌ兄弟が常に心血を注ぐのはそこであると言っていい。出来事を単純化するという意味ではない。余計なものをそぎ落とすからこそ、登場人物の存在感が際立つのだ。リアリティを求めて、主役の二人にはほぼ演技未経験の若者を起用した。5週間にわたってリハーサルを重ね、二人の自然な関係を築いていったという。

こうして観客は、大きな体で気の優しいロキタと、すばしっこく機転の利くトリという、見たこともない魅力にあふれた二人組にスクリーンで出会う。見つめ合うまなざしからあふれる無垢の親愛や、美しい歌声にすっかり夢中になるはずだ。二人が力を合わせて国家や裏社会に大胆に立ち向かう姿を、ハラハラしながら見守ることになるだろう。

郊外にある秘密の倉庫で大麻栽培を管理するルーカス(ティヒメン・フーファールツ)Photos ©Christine Plenus
郊外にある秘密の倉庫で大麻栽培を管理するルーカス(ティヒメン・フーファールツ)Photos ©Christine Plenus

90分に満たない作品の隅々まで、ダルデンヌ兄弟らしい正義感が貫かれている。それは、世の中の不正に対する義憤だけでなく、映画作りに対する几帳面さ、慎ましさについても言えることだ。作為を排し、衝撃的な描写に頼ることなく、観客の感情が自然と湧き上がるからこそ、余韻は長く響き、心を震わせ続ける。2022年5月、カンヌ国際映画祭のワールドプレミアでは、上映後およそ10分にわたり拍手が鳴りやまなかったという。

トリとロキタの冒険を見届けた後の感動は、言葉にならない。空疎な言葉を連ねる代わりに、エンドロールの静寂にじっと浸っていたくなる。映画館で見知らぬ人々と無言で共有するこの時間を、できるだけ多くの人に体験してほしい。

Photos ©Christine Plenus
Photos ©Christine Plenus

©LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM - FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv - PROXIMUS - RTBF (Télévision belge)
©LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM - FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv - PROXIMUS - RTBF (Télévision belge)

作品情報

  • 監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ 
  • 出演:パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ、シャルロット・デ・ブライネ、ナデージュ・エドラオゴ、マルク・ジンガほか
  • 配給:ビターズ・エンド
  • 製作年:2022年
  • 製作国:ベルギー=フランス
  • 上映時間:89分
  • 公式サイト:https://bitters.co.jp/tori_lokita/
  • 3/31(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー!

予告編

バナー写真:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督『トリとロキタ』
Photos ©Christine Plenus

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