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韓国映画『告白、あるいは完璧な弁護』:秀作ミステリーのリメイクに見る現代社会 ユン・ジョンソク監督に聞く

Cinema

舞台は雪の山荘。殺人容疑を受けたIT企業社長のもとに、ひとりの敏腕弁護士がやってきた。弁護士が事件の真相を探るうち、とある過去の出来事が明かされる……。韓国映画『告白、あるいは完璧な弁護』は、ごく限られた舞台と登場人物を軸に全編が展開するスリラーであり、2016年のスペイン映画のリメイクだ。原作と脚色、スペインと韓国、映画と演劇、古典と現代といったキーワードに、監督のユン・ジョンソクはいかなる橋を架け、スリリングな娯楽作を生み出したのか。

ユン・ジョンソク YOON Jong-seok

1971年、韓国生まれ。韓国初の海上犯罪スリラー『マリン・ボーイ』(09)で長編監督デビュー。最新監督作『告白、あるいは完璧な弁護』で、第42回ファンタスポルト・オポルト国際映画祭監督週間部門最優秀監督賞を受賞。同作は海外の映画祭から数々の招待を受け、世界的に注目を集める。

巨大財閥の婿であるIT企業社長ユ・ミンホが、不倫相手キム・セヒを密会先のホテルで殺害したとの疑いで逮捕された。事件現場の部屋は完全なる密室で、第一発見者のミンホ以外に誰かが出入りした形跡はない。義父の力を借りて釈放されたミンホは、雪に囲まれた家族の別荘で、敏腕弁護士のヤン・シネを迎える。検察側に新たな証人が見つかり、ミンホの立場が危ういというのだ。

シネはミンホを弁護するため、事件当日の一部始終やセヒとの関係を探りはじめる。ミンホとセヒは何者かに脅迫され、現場のホテルに呼び出されていたのだ。では、いったい誰が? そこでミンホは、かつてセヒと一緒に密会先から戻る途中、一台の自動車を巻き込む交通事故を起こしたことを告白する。やがて、ふたつの事件と証言が絡み合い、ひとつの真実が浮かび上がるが……。

偶然の交通事故が、彼らの運命を大きく変える ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.
偶然の交通事故が、彼らの運命を大きく変える ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.

秀作ミステリーの翻案法

本作『告白、あるいは完璧な弁護』の原作となったのは、スペインのミステリー映画『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』(2016)。日本でも一部の映画ファンの間ではよく知られているほか、過去にはイタリアやインド(ヒンディー語・テルグ語)でもリメイクされてきた。

韓国でのリメイクに挑んだユン・ジョンソク監督は、麻薬をめぐる人々の攻防を描いた犯罪スリラー『マリン・ボーイ』(09)を手がけ、自ら「スリラーやサスペンス映画が好き」と公言する人物。もっとも、オリジナルの『インビジブル・ゲスト』については「もともとオファーをもらうまで知らなかった」と率直に告白している。

「(オリジナル版を)海外の映画祭で観た方が(リメイクの)権利を購入し、一緒にやろうと持ちかけてくださったんです。それで初めて観たのですが、強烈な印象を受けるとともに、あまりに完璧に構築されている作品なので、これは難しい仕事、やり甲斐のある仕事だと確信しました。非常にユニークな構成と、結末まで明かされない真実には私も驚きましたから。それでも、ぜひ自分で挑戦してみたいと思ったんです」

山荘で対面するユ・ミンホ社長(ソ・ジソブ)と弁護士ヤン・シネ(キム・ユンジン) ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.
山荘で対面するユ・ミンホ社長(ソ・ジソブ)と弁護士ヤン・シネ(キム・ユンジン) ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.

ユン監督も言及しているように、オリジナルの『インビジブル・ゲスト』は結末で物語が反転する、いわゆる「どんでん返しもの」だ。リメイクするにあたり、監督は自ら脚本を執筆。原作の“完璧な構築”をあえて分解し、新たな要素を取り入れている。

「物語の構造を変えたいと考えました。原作のストーリーは、真実を最後に明かす以上、構造としてあらゆる情報を全編にわたり隠し通さなくてはいけません。しかし逆に言えば、物語の構造上、登場人物の心理を最後まで描くことができない。(原作は)素晴らしい構造だけれど、あえて構造を変えて、人物の感情を表現したいと思ったんです」

ユ・ミンホと不倫相手のキム・セヒ(ナナ) ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.
ユ・ミンホと不倫相手のキム・セヒ(ナナ) ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.

入念なリハーサルによる演技構築

プロット重視のミステリーから、人間ドラマを掘り下げるスリラーへ。新たな切り口でのリメイクにあたり、出演者には実力確かな顔ぶれが集った。社長ユ・ミンホ役には、ドラマ「ごめん、愛してる」(04)「ドクター弁護士」(22)や映画『ある会社員』(12)などの人気俳優ソ・ジソブ。弁護士ヤン・シネ役には「LOST」(04~10)や「ペーパー・ハウス・コリア:統一通貨を奪え」(22)のキム・ユンジン。被害者キム・セヒ役には、ガールズグループ「AFTERSCHOOL」のメンバーで、近年は俳優として活躍するナナが起用された。

本作の特徴は、社長ミンホと弁護士シネが対面する山荘をはじめ、事件現場となったホテル、ミンホとセヒの乗る車内など、ごく限られた空間のなか、わずかな人物だけで繰り広げられる場面が全編の大部分を占めること。ユン監督は「本質的に演劇的な映画ですが、こうした作品は近年とても少なくなったので、今ではむしろ新鮮だと思います」と力を込める。

ホテルで起こった密室殺人事件からすべては始まる ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.
ホテルで起こった密室殺人事件からすべては始まる ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.

撮影に先立って、演劇の稽古さながらに入念なリハーサルが行われた。脚本の読み合わせもじっくりと時間をかけて行われており、これは監督も「珍しいケースだと思う」と話す。

「リハーサルを重ねながら、物語の構造や映画の特徴を共有し、互いにさまざまなアイデアを出し合っていきました。細かな動線や表情をどうするか、人物の心理をどう表現すべきかと。おかげで、実際の撮影では1テイク目の出来が一番良いことも多く、余計なテイクを重ねることはありませんでした。私が“このシーンは難しいな”と思ったり、あるいは俳優たちが“1テイクでは無理だ”と思ったりしていても、きちんと成功することがあった。リハーサルで決めたことをセットで再現する方法は良かったと思います」

ホテルのシーンを演出するユン・ジョンソク監督(右)とソ・ジソブ、ナナ ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.
ホテルのシーンを演出するユン・ジョンソク監督(右)とソ・ジソブ、ナナ ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.

古典との距離感、現代社会への視線

オリジナル版の衝撃はそのままに、新たな脚本と緻密な演技で構築された『告白、あるいは完璧な弁護』。ユン監督はハリウッドの古典的なノワール映画や、『バーバー』(01)『ノーカントリー』(07)などで知られるコーエン兄弟からの影響も認めている。

「私はミステリーやサスペンス、ノワールといった重層的な構造のストーリーが大好きなんです。この映画も、罠にかかった男と危険な女、ファム・ファタールと謎めいた事件といった要素は古典的ノワール映画にそっくりですよね。ノワールやサスペンスは、映画や物語としての焦点が非常に絞り込まれていて、その行き先を100分ほど集中して追いかけていけば、まず面白い体験ができる。だから、これらのジャンルに惹かれるんです」

被害者キム・セヒも物語のカギを握る ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.
被害者キム・セヒも物語のカギを握る ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.

もっともユン監督は、ただオリジナル版のストーリーを自分なりに読み替え、またジャンル映画へのオマージュを散りばめただけでは決してない。オリジナルにもあった「企業の嘘」というモチーフは強調され、現代社会にリンクするものとして描かれているのだ。

「企業の嘘や不祥事を、原作よりも少しだけ強調したいと考えていました。身の回りを顧みれば、起こってはならないはずの社会問題が至るところで起きていて、その被害を受けている人たちがいる。そして、被害者たちの怒りはいつまでも癒えません。そこで、そういった要素をより強く表現しようと考えたのです。あからさまに描くことはしたくないけれど、全編にわたって社会的・政治的なものを感じられる映画にしたいと思っていました」

弁護士ヤン・シネが求める真実とは? ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.
弁護士ヤン・シネが求める真実とは? ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.

ユン・ジョンソク監督はこの映画について、「選択の岐路に立たされた主人公(ミンホ社長)が、自らの選択を正当化するために誤った選択を繰り返す」物語だと語る。そのなかで監督が目を向けるのは、そんな選択の犠牲になった者たちだ。

「私はいつも、“弱者たちの連帯”という発想を大切にしたいと思っています。そして常に、既得権益の問題について考えているのです」

取材・文=稲垣 貴俊

©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.
©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.

作品情報

  • 出演:ソ・ジソブ、キム・ユンジン、ナナ(AFTERSCHOOL)、チェ・グァンイル
  • 監督・脚本:ユン・ジョンソク『マリン・ボーイ』 
  • 製作:リアライズピクチャーズ『王になった男』『神と共に 第一章:罪と罰』、『神と共に 第二章:因と縁』
  • 配給:シンカ
  • 製作年:2022年
  • 製作国:韓国
  • 上映時間:105分
  • 公式サイト:https://synca.jp/kokuhakuaruiwa/
  • 6月23日(金)全国ロードショー

予告編

バナー写真:映画『告白、あるいは完璧な弁護』に主演のソ・ジソブ(右)とキム・ユンジン ©2022 LOTTE ENTERTAINMENT & REALIES PICTURES All Rights Reserved.

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