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映画『山女』:『アイヌモシㇼ』の福永壮志監督が『遠野物語』を通して見つめた境界の向こう

Cinema

『リベリアの白い血』、『アイヌモシㇼ』で世界の注目を浴びた福永壮志監督の長編3作目。『遠野物語』から着想を得て、江戸時代中期の東北の村での出来事を主演・山田杏奈と永瀬正敏、森山未來ら充実のキャストで描く。コロナ禍で浮き彫りになった日本の「村社会的」な排他性に注目しながら、人智を超えた異界と対比させ、独自の作品世界を作り上げた福永監督に話を聞いた。

福永 壮志 FUKUNAGA Takeshi

1982年、北海道伊達市生まれ。2003年に渡米し、07年ニューヨーク市立大学ブルックリン校の映画学部を卒業。15年、『リベリアの白い血』(原題:Out of My Hand)で長編映画デビュー。第65回ベルリン国際映画祭パノラマ部門ほか、数々の国際映画祭に出品され、ロサンゼルス映画祭で最高賞を、サンディエゴ・アジアン映画祭で新人監督賞を受賞。20年、2作目の『アイヌモシㇼ』を発表、トライベッカ映画祭(ニューヨーク)の国際ナラティブ・コンペティション部門に正式出品され、審査員特別賞を受賞した。23年、⻑編3作⽬『⼭⼥』が公開。

リベリア、NY、アイヌコタンから『遠野物語』の世界へ

福永壮志監督のデビュー作『リベリアの白い血』(2015)は、アフリカ西部リベリアのゴム農園で働く主人公が家族と離れて単身渡米し、ニューヨークで始める新生活を追った。2作目『アイヌモシㇼ』(20)は故郷の北海道を舞台に、アイヌ集落に暮らす14歳の少年の揺れ動く心情をていねいに描いた。

そして第3作『山女』。岩手県遠野地方に伝わる逸話や伝承を柳田國男が記した説話集『遠野物語』に着想を得ながら、まったく新しい視点で近代以前の山村に生きる人々の姿を活写している。

山田杏奈演じる凛(りん)は、早池峰山(はやちねさん)を“盗人の女神”と崇め、つらい日々に耐えていた ©YAMAONNA FILM COMMITTEE
山田杏奈演じる凛(りん)は、早池峰山(はやちねさん)を“盗人の女神”と崇め、つらい日々に耐えていた ©YAMAONNA FILM COMMITTEE

「具体的にどこというより、全部といえば全部なんです。山男とか狼とか神隠しなど、いろいろな説話から抜き出した要素が入っています。ただ僕がひかれたのはそういう特定の何かではなく、あの時代の文化や風習、信仰ですね。自然に対する畏怖の念を抱きながら、自然と共に生きる。人間の本性をむき出しに、たくましく生きる人々の姿です」

21歳の年に渡米して以来16年間にわたって海外で生活し、『アイヌモシㇼ』の制作の後で日本に戻ってきた。今回『遠野物語』に着目したのも、“日本回帰“の流れと考えてよいのだろうか。

「そもそも映画作りを日本とか日本人という枠では考えていません。でもずっと海外で暮らしてきて、自分の国についてほとんど知らないことに危機感を覚えました。『アイヌモシㇼ』を作る中でリサーチし、撮影したことは、それまで離れていた北海道、そして日本を再発見する機会になりました。日本を知るのは個人としても、作家としても大事なことに思えます。だからと言って、これから一生日本だと決めているわけでもないんです。ただ世界を見て、自分に何ができるかを考えたときに、日本人であることは強みになります。日本的な感覚、考え方、価値観を持っているし、外からの視点もある程度そなわっている。両方の対比の中で、その間に自分だからできる何かが見えてくる気がします」

東北の「山の文化」を語る上で欠かせないマタギも登場。劇作家の赤堀雅秋が首領を演じる ©YAMAONNA FILM COMMITTEE
東北の「山の文化」を語る上で欠かせないマタギも登場。劇作家の赤堀雅秋が首領を演じる ©YAMAONNA FILM COMMITTEE

周縁で生きる人々の物語

『山女』の時代設定は18世紀後半。欧州では自由、平等、人権をうたった啓蒙思想が広がり、市民の時代が始まろうとしていた。一方、日本はまだ暗い封建時代の真っただ中にあり、多発する自然災害と幕府の圧政によって、農村の暮らしは困窮していた。

舞台は2年続けて冷害に見舞われた東北の小さな山村。村人は凶作による食糧難にあえぎ、生まれた子は間引かれた。赤子の亡骸(なきがら)を川に流す役目を負うのは17歳の凛(山田杏奈)。一家は田畑を取り上げられ、父・伊兵衛(永瀬正敏)は遺体を埋葬する“汚れ仕事”を生業としている。曾祖父が火事を出したことへの罰が三代先まで続いているのだった。

伊兵衛(永瀬正敏)の一家は三代前の咎(とが)で差別を受けていた ©YAMAONNA FILM COMMITTEE
伊兵衛(永瀬正敏)の一家は三代前の咎(とが)で差別を受けていた ©YAMAONNA FILM COMMITTEE

村から分配されるコメも、田畑を持たないことを理由に極度に少ない。凛は目の不自由な弟の腹を少しでも満たせるよう、薄い粥を少量で我慢するしかなかった。飢えに苦しみ、怒りをつのらせた伊兵衛はある日、村を騒がす問題を起こし、一家をさらに苦境に追い込んでしまう。

「僕が興味を持つのは、社会の端で生きる人の話です。そういうことから、権力を持った人について書かれた歴史ではなく、民衆が自分たちで語った民話とか伝説に興味を持ちました。時代物であっても、いま作る意味を持たせたいという思いがあったので、コロナ禍で起きていたことや、女性に対する差別など、現代の社会に重なるようなことを、いろいろな形で入れていきました」

珍しい白いリンドウの花を手渡し、弟の庄吉を勇気づける凛 ©YAMAONNA FILM COMMITTEE
珍しい白いリンドウの花を手渡し、弟の庄吉を勇気づける凛 ©YAMAONNA FILM COMMITTEE

シナリオの執筆に着手したのは、『アイヌモシㇼ』完成後、日本に拠点を移した2019年夏ごろ。やがてコロナ禍に入ってからは、日本の各地で目立った「村社会」的な排除の構図を物語に取り入れていく。第2稿からはオペラで『遠野物語』を作品化したこともある劇作家の長田育恵(放映中のNHK 連続テレビ⼩説「らんまん」の脚本を担当)との共同作業で脚本を練り上げていき、改稿は撮影直前まで続いた。

想定外を歓迎する撮影

撮影に入ったのは2021年9月。その前にロケーション探しを入念に行った。村落については山形県庄内市にあるオープンセットを作り変えて撮ることが決まっていたため、県内で他の撮影場所を探していった。

「畏怖を感じるような自然の描き方をしないと作品が成立しないので、撮影場所は何より重要でした。山形では、予想以上に力強い自然のロケーションがいくつも見つかりました。もちろん、それを切り取る撮影監督の力もありますね」

©YAMAONNA FILM COMMITTEE
©YAMAONNA FILM COMMITTEE

撮影監督は、前々作の後半部分と前作に続いてアメリカ人を起用。今回はハリウッド製作のドラマ『TOKYO VICE』(WOWOW放映)の撮影で日本に滞在したダニエル・サティノフに依頼した。緑鮮やかな風景と、厚い雲が渦巻く空、家の外と内の明暗を印象的に使った画面作りで、江戸時代における東北の農村をステレオタイプに陥ることなく映し出している。

「撮影監督に求めることは2つあります。1つは自分と違う視点を持っている人。もう1つは、僕がやりやすい撮り方を理解してくれる人。日本の撮影システムはアメリカの進め方とかなり違っていて、僕にはなじみが薄いんです。だから少なくとも自分以外にもう1人、その感覚を知る人がそばにいてほしかった」

三浦透子は『アイヌモシㇼ』に続いての出演。凛に思いを寄せる駄賃付の泰蔵(二ノ宮隆太郎)と夫婦になる村の顔役の娘・春を演じた ©YAMAONNA FILM COMMITTEE
三浦透子は『アイヌモシㇼ』に続いての出演。凛に思いを寄せる駄賃付の泰蔵(二ノ宮隆太郎)と夫婦になる村の顔役の娘・春を演じた ©YAMAONNA FILM COMMITTEE

今回、過去2作と大きく異なる点は、メインキャストのほとんどが経験豊富な俳優であることだ。

「現場に入ってからの作り方はやはり違いましたね。プロの俳優さんたちと密に取り組むのは初めての経験だったし、学ぶことも多かった。自分がこういうことをやろうと現場に入っても、彼らから新しいアイデアが出てくる。もちろん、撮影監督をはじめスタッフからの意見もあり、いろいろな相乗効果でそれぞれのシーンが形作られていきました。自分が頭の中で思い描いたことがそのまま具現化されても、もの足りないように感じます。想定外のことが入ってくる、その驚きが僕には楽しいし、作品が面白くなる要素だと思ってます」

異界を見つめるまなざし

前2作から時代も舞台もがらりと変え、新しい作風を模索したのは明らかだが、テーマには通底するものがある。小さな共同体の排他性を描き、そこから出て“別天地”を目指す若者を追った物語であるのは、3作に共通している。

「特に意識したわけではなく、書いていて結果的にそうなったという感じです。『山女』でも村と自然を対比して描いていて、その間のどこかに真実の一端があるんじゃないかと。ある場所で人々や出来事を描き、そこから遠く離れた、まったく別の世界に向かうことで、その間に浮かび上がる何かを捉えたいという気持ちがあります。映画の中には、それがいろいろな形で出てくるんでしょうね」

凛は山奥で伝説の山男(森山未來)に遭遇する ©YAMAONNA FILM COMMITTEE
凛は山奥で伝説の山男(森山未來)に遭遇する ©YAMAONNA FILM COMMITTEE

映画を作るためにアイデアとしてテーマを考え出し、物語に組み込んでいくのか。それとも初めにテーマがあるからこそ、映画を作ろうとするのか。

「テーマが先行していますね。映画作り自体が楽しいのはもちろんですし、それが僕の人生を引っ張ってきましたけど、ただ“作りたい”だけではモチベーションにつながらないんです。やっぱり自分を超える何かを追求しないと作品は生まれない。できるだけ客観的に見て、こういう作品が世の中にあるべきなんじゃないかと思えることが大事です。個人的に興味を持てて、なおかつ世に出すべきだと思える、その2つが合致して前に進めるんです。そうすると、おのずと作品同士に共通項が生まれてくるんだと思います」

©YAMAONNA FILM COMMITTEE
©YAMAONNA FILM COMMITTEE

『山女』は3作の中でも、特に人が作り上げた制度や社会と自然との対比を強く意識した作品世界になっている。

「人間の存在を超える何かが自然の中に潜んでいて、それが人の社会にもどこかでつながっているんじゃないかという思いがあります。宗教のような特定の形や名前を与えられたものとは違った、世の中の価値観や社会の仕組みを超えた、言葉で説明できないもの、目に見えないものにひかれるんです」

この物語の舞台となる村にも、神と交信する巫女のお婆(白川和子)が登場する。村の政(まつりごと)を治めるのは村長(品川徹)だが、人智の及ばない事態には、お婆が受けとる神のお告げに頼らなければならないのだ。

「アイヌの村や沖縄もそうですが、かつて東北の各地には特別な力を持ったシャーマンがいて、共同体の中で重要な役割の一端を担っていました。現代は資本主義社会になって、人々はそういうものから離れて生きるようになった。でもそれもそんなに昔のことじゃありません。少し前までは『遠野物語』に描かれているような世界が、現実と陸続きで存在するものとして考えられていたはずなんです」

巫女のお婆(白川和子)が日照を祈祷する。後ろは村長(品川徹)©YAMAONNA FILM COMMITTEE
巫女のお婆(白川和子)が日照を祈祷する。後ろは村長(品川徹)©YAMAONNA FILM COMMITTEE

常に彼方へと視線をやりながら、「いまここ」を見つめ直す。こうして今回、あえて時代物という新たな試みに挑んだ福永監督の意図が見えてくる。

「かつてはそういう人間の理解や能力を超えた存在が、人々の欲やおごりにブレーキをかけていたんじゃないでしょうか。それがなくなって、お金や地位、名声のある人たちが優先されるような社会になってしまった。だからこそ今、人間の力ではどうすることもできないものがあるということを、あらためて知るのが大事だと思うんです」

インタビュー撮影=五十嵐 一晴
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

©YAMAONNA FILM COMMITTEE
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作品情報

  • 出演:山田 杏奈 森山 未來 二ノ宮 隆太郎 三浦 透子 山中 崇 川瀬 陽太 赤堀 雅秋 白川 和子 品川 徹 でんでん 永瀬 正敏
  • 監督:福永 壮志『リベリアの白い血』『アイヌモシㇼ』
  • 脚本:福永 壮志 長田 育恵
  • プロデューサー:エリック・ニアリ 三宅 はるえ 家冨 未央
  • 撮影:ダニエル・サティノフ
  • 照明:宮西 孝明 美術:寒河江 陽子 衣装:宮本 まさ江
  • 録音:西山 徹 整音:チェ・ソンロク
  • 編集:クリストファー・マコト・ヨギ
  • 音楽:アレックス・チャン・ハンタイ
  • 国際共同制作:NHK
  • 配給:アニモプロデュース
  • 製作年:2022年
  • 製作国:日本・アメリカ
  • 上映時間:98分
  • 公式サイト:https://yamaonna-movie.com/
  • 6月30日(金)ユーロスペース、シネスイッチ銀座、7月1日(土)新宿K’s cinemaほか全国順次公開

予告編

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