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映画『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』:異色のホラーシリーズ完結、集大成にして入門編

Cinema

日本を代表するホラー映画監督のひとり、白石晃士による人気シリーズの最新作『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』。さまざまな怪奇現象に腕っぷしで立ち向かう取材班を描いた、異色のフェイクドキュメンタリー・ホラーがいよいよ完結する。熱狂的人気を誇るシリーズも、今回でなんと10作目。「集大成にして入門編」と呼ぶにふさわしい作品の魅力に迫る。

そもそも『コワすぎ!』とは

日本映画において、ホラーというジャンルは世界的に高いブランド力をもつ。“Jホラー”と呼ばれ、1990年代から大きな注目の的となった和製ホラー映画を現在まで牽引してきたのは、黒沢清や清水崇、中田秀夫、高橋洋といった鬼才たち。その中でも、映画監督・白石晃士は独自のキャリアを築いてきた。

同名のコミックやアニメーションを実写映画化した『不能犯』(18)や『地獄少女』(19)、Jホラーの2大アイコンを対決させた『貞子vs伽椰子』(16)で知られる白石だが、もともとは日本におけるフェイクドキュメンタリー・ホラーの第一人者。「フェイクドキュメンタリー」とは架空の物語(フィクション)をドキュメンタリーのように描くもので、白石の手がけた『ノロイ』(05)や『オカルト』(09)、『カルト』(13)などは海外のホラーファンにも高く評価されている。

作品の全容を象徴するポスタービジュアル ©2023「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」製作委員会
作品の全容を象徴するポスタービジュアル ©2023「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」製作委員会

『コワすぎ!』は、そんな白石が名刺代わりに製作してきたシリーズだ。ディレクターの工藤(大迫茂生)とアシスタント・ディレクターの市川(久保山智夏)、カメラマンの田代(白石晃士)の3人が、口裂け女やコックリさん、トイレの花子さんなど、日本の怪談や伝承に基づく怪奇現象・超常現象に毎回挑むというストーリーで、もちろん演出はドキュメンタリー仕立て。金属バットを片手に口裂け女を捕まえようとするなど、ほとんど気合いと物理攻撃だけで怪異に挑む展開もあり、かつてない恐怖と笑いの融合、回を重ねるごとに予測不能なストーリー展開で人気を博した。

映画『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』は、8年ぶりとなるシリーズ最新作。2012年から『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』として劇場版を含む7作品、『戦慄怪奇ファイル 超コワすぎ!』として2作品が製作されてきたが、記念すべき10作目にして、白石が「これで本当におしまい」と宣言する最終作である。

もっとも、シリーズの予習・復習が必要かと言われれば、決してそうではない。「戦慄怪奇ファイル」から「戦慄怪奇ワールド」へと改題した本作は、おなじみの人気キャラクターこそ継続して登場するものの、設定などをほぼ一新。そのうえでシリーズの本質を78分にぎゅっと詰め込んだ、初心者に最適の入門編、またファン必見の集大成となった。

アップデートされた『コワすぎ!』の世界

TikTokerの若者3人が、心霊スポットといわれる廃墟で怪奇現象に遭遇した。地下の一室に祀られた祭壇のようなものを破壊するや、どこからか赤ん坊の声が聞こえ、全身血まみれで刃物を持った“赤い女”が現れたのだ。逃げ惑いながらも、なんとかその姿を映像に収めた3人だったが、恐怖映像でバズるどころか、不法侵入や器物損壊の様子が捉えられていたためにアカウントごと削除されてしまった。

困り果てた3人が頼ったのは、怪奇ドキュメンタリーを手がける制作会社のプロデューサー・工藤(大迫茂生)だった。新型コロナウイルス禍のため経営難に陥っていた工藤は、廃墟でスクープ映像を撮影し、映画化で一攫千金を目論む。工藤とディレクターの市川(久保山智夏)、カメラマンの田代(白石晃士)は霊能者と3人を連れて取材に出発するが、その道中、早くも怪異に遭遇してしまう……。

走るのが速く、瞬間移動さえできる“赤い女”。なぜ現れるのか? ©2023「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」製作委員会
走るのが速く、瞬間移動さえできる“赤い女”。なぜ現れるのか? ©2023「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」製作委員会

『コワすぎ!』シリーズの魅力といえば、フェイクドキュメンタリー・ホラーならではの“相談者からの投稿映像”とその実態調査、幽霊よりも恐ろしい工藤の乱暴さ、そして主人公である工藤自身にあらゆる怪異とストーリーが収斂していく構造。今回はそれらすべてを丁寧に踏襲したうえで、2023年現在の価値観を取り入れているのがポイントだ。

シリーズを通して、怪奇現象を目にするや「ちゃんと撮れてる?」を連発してきた工藤だが、本作では、SNSでバズを狙う若者たちを対になる存在として配置。暴力的な性格は変わらないが、設定が一新されたことを活かし、これまでは工藤の被害に遭いつづけてきた市川のほうが腕っぷしの強い設定となった。

また、映画の冒頭で市川が工藤に語る言葉が作品全体のテーマとなっているのもキモ。キーワードは、もはや愛すべき一面ともみられてきた、工藤の“男らしいが暴力的”という性質から切り離せない有害性だ。やがて若者3人の過去も明かされるが、直接的に言及されない部分を含め、シリーズ史上もっとも社会性を前面に押し出した内容となっている。

真面目で不真面目な集大成

もちろん、価値観こそ刷新されたものの、白石はシリーズのテイストを徹底的に継承。作風としては『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』時代に回帰する一本となった。“赤い女”を捕獲するというプロットやモチーフ、物語に内包されたテーマ性は『FILE-01【口裂け女捕獲作戦】』(12)に通じ、ストーリーや仕掛けは『FILE-04【真相!トイレの花子さん】』(13)を思い出させる。また、予想外の展開が連続する中盤以降は、この映画をフェイクドキュメンタリーとして受け止める観客を試すかのようだ。

長い廊下をひたすら移動するシーンは本作の白眉 ©2023「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」製作委員会
長い廊下をひたすら移動するシーンは本作の白眉 ©2023「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」製作委員会

すなわち『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』は、シリーズの真面目さと不真面目さを同時に放り込み、強火で一気に煮詰めたような仕上がり。恐ろしい部分も楽しい部分も、ときには観客を置いていきかねないほど荒唐無稽でコミック的な展開も、すべて『コワすぎ!』シリーズの、ひいては白石晃士作品ならではの味わいだ。新キャストとして加わった福永朱梨も、『本気のしるし』(20)や『彼女はひとり』(21)などで見せた存在感はそのままに、若者のひとり・呉見遥役としてこの世界観に溶け込んでいる。

そして、なにより最後に特筆しておきたいのは、本作が「シンプルなアイデアと工夫が映画を面白くする」ことを改めて教えてくれることだ。作品の性質上、物語の核心に踏み込むことはできないが、疑似ワンショット映画が東西にあふれかえる今、あえて衒(てら)いなくカメラの向きを変えるだけで昼夜を一変させ、空間のねじれを表現する楽しさ。登場人物がひたすら前進し、ひたすら走るだけで映画そのものが躍動する興奮。

たとえトム・クルーズのような肉体でなくとも、予算のかかったスタントシーンでなくとも、廊下を人が必死に走るだけで映画は面白くなりうる……いわば、映画の根源的快感のようなものにしばし触れられる作品だ。映り込みや音の演出といったシンプルな恐怖演出の妙とあわせて、ぜひ映画館で体感してほしい。

作品情報

  • 監督・脚本・撮影・音響効果:白石 晃士
  • 出演:大迫 茂生 久保山 智夏
    福永 朱梨 小倉 綾乃 梁瀬 泰希 南條 琴美 木村 圭作 桑名 里瑛 吉田 悠軌 白石 晃士
  • 製作:吉原 豊 
  • プロデューサー:三上 真弘 田坂 公章
  • 配給:アルバトロス・フィルム
  • 製作年:2023年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:78分
  • 公式サイト:https://kowasugi.com/
  • 9月8日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサほか全国公開

予告編

バナー写真:『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』。主人公・工藤(大迫茂生)と市川(久保山智夏)ら ©2023「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」製作委員会

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