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映画にとって真実とは 『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』アルノー・デプレシャン監督が語る

Cinema

多くの映画人がフランスで最も偉大な現役の映画監督の1人に挙げるアルノー・デプレシャン。最新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』が日本で公開中だ。公開初週に合わせて来日し、各地を精力的に回って観客と交流した映画愛あふれる名匠に、映画が語るのは真実か、それとも嘘(うそ)なのか、むずかしい問いをぶつけてみた。

アルノー・デプレシャン Arnaud DESPLECHIN

1960年、ベルギー人の両親のもと、フランス北部のルーベに生まれる。84年、高等映画学院(IDHEC、現FEMIS)を卒業。91年に短編『二十歳の死』を発表。ジャン・ヴィゴ賞を受賞。92年に初の長編『魂を救え!』をカンヌ国際映画祭正式出品。96年の『そして僕は恋をする』で評価を不動のものとした。その後の作品に、イギリス演劇界を舞台に初めて英語で撮影した『エスター・カーン めざめの時』(2000)、ルイ・デリュック賞を受賞した『キングス&クイーン』(04)、日本でも大ヒットした『クリスマス・ストーリー』(08)、セザール賞監督賞に輝いた『あの頃エッフェル塔の下で』(15)など。

死から始まる物語

デプレシャンが描き出したのは、姉と弟の愛憎劇。姉アリス(マリオン・コティヤール)は舞台女優として活躍し、弟ルイ(メルヴィル・プポー)は教師をしながら詩を書いていた。賞に落選し続けたルイが受賞したのはようやく10年後。名声を手に入れたルイだったが、同時に姉との関係に亀裂が生じることになる。

姉アリス(マリオン・コティヤール)は舞台で主役を演じる女優。空港の通路に掲示された広告パネルに動揺する弟のルイ(左、メルヴィル・プポー)© 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
姉アリス(マリオン・コティヤール)は舞台で主役を演じる女優。空港の通路に掲示された広告パネルに動揺する弟のルイ(左、メルヴィル・プポー)© 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

2人はいつしか互いに憎しみと怒りを募らせ、長い間、音信不通の状態が続いていた。そんな姉弟(きょうだい)が何年かぶりに再会するのが冒頭のシーンだ。

家の中でグラスを片手に人々が語らっている。だがよくあるホームパーティーとは異なり、浮かれた様子はない。ルイの6歳の息子が亡くなり、親しい友人たちが哀悼に集まっていたのだ。そこに子の伯父を名乗る人物が現れる。アリスの夫ボルクマンだった。

玄関の外には、アリスもいた。息子の誕生以来、一度も会いに来なかった姉夫婦にルイは怒りを爆発させ、2人を激しく罵って追い返してしまう。

続くシーンは5年後。高齢の夫婦が林道に車を走らせている。すると前方から来た車が制御を失い、道を外れて木に激突する。老人が車を降りて助けに行こうとすると、運転席には放心状態の若い娘がいた。そこへさらなる悲劇が訪れる。

父アベル(ジョエル・キュドネック)の変わり果てた姿に動転するルイ © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
父アベル(ジョエル・キュドネック)の変わり果てた姿に動転するルイ © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

デプレシャンはまずこの2つのシーンを書き、ここ10年ほど共同で脚本を仕上げることが多いジュリー・ペールに送ったという。

「親しい友人に子どもを亡くした人がいました。私自身に起こったことではありませんが、心が痛み、いろいろと考えさせられました。一方、若い女性の車が道路脇の木に衝突したところへ通りがかったのは、実際に私が体験したことです。もちろん、映画でその後に起こったような悲劇は起こりませんでした。こんな風に、虚実ないまぜの断片から物語を作っていく。それが私の映画の出発点です。個人的でありながら、なおかつ人々の興味を引くものは何だろうと自分に問うところから始まるのです」

デプレシャン:「私は泣ける映画が好きです。メロドラマは何かを修復してくれる、最も魅力的なジャンルの1つだと思います。本作は悲劇とメロドラマの中間ですね」
デプレシャン:「私は泣ける映画が好きです。メロドラマは何かを修復してくれる、最も魅力的なジャンルの1つだと思います。本作は悲劇とメロドラマの中間ですね」

虚実の問題は、俳優の仕事にも本質的につきまとう。

「俳優とは、真実を語ると同時に、嘘をつく仕事です。私は、“演じる”のではなく、“与える”俳優が好きです。厳密に自らを律する彼らの姿勢に敬意を抱いていて、私もそれにふさわしい仕事をしたいのです。そのためにはまず私が自分を差し出してから、彼らに応えてもらう。マリオンやメルヴィルにも自身の人生について物語るよう求めるのです。私たちはどこかで観客を欺いていますが、真実を言わなければ人は関心を持ってくれません」

姉と弟はなぜ憎み合うのか

『私の大嫌いな弟へ』の物語は、両親が巻き込まれた事故を機に、音信の途絶えた姉と弟が再び接近することで動き出す。その現在の時間を軸に展開しながら、姉と弟が憎み合うきっかけはどこにあったのか、過去のさまざまな場面へとさかのぼっていく。

姉と弟が喜びも悲しみも分かち合う仲だったことを物語る過去の場面。デプレシャン監督自身のお気に入りだという © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
姉と弟が喜びも悲しみも分かち合う仲だったことを物語る過去の場面。デプレシャン監督自身のお気に入りだという © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

「以前の私の作品は、物語が本筋から脱線して、枝分かれしていくのが特徴でした。ところが本作では、どんなシーンも語っているのはただ1つのことです。弟を嫌う姉、彼女に怒りを抱く弟、それだけをさまざまなディテールを通して見せています。だからタイトルもとてもシンプルです(フランス語の原題は『Frère et sœur』=弟と姉)。私はタイトルで2人を結び付けたかった。いくらいがみ合っていても、やっぱりあなたたちは弟と姉なんですよと」

観客は2人の行き違いについて少しずつ手掛かりを与えられるが、明快な答えは見つからない。両親との関係も複雑で、そこにも姉弟が張り合う要因がありそうだが、それだけではない。それ以上に、2人の間には他人には決してうかがい知れない深い愛があるのではないか。場面が進むにつれ、観客はそう感じざるを得なくなっていく。

姉の足音が聞こえただけで、弟の表情はこんなになってしまう... © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
姉の足音が聞こえただけで、弟の表情はこんなになってしまう... © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

「この物語が向かうゴールは、姉と弟が憎み合うのを終わりにすることです。アリスは弟が自分を崇拝しているのを知っていました。でも大人になって、妻となり、母となるには、弟から離れなければならなかった。その別離は、徐々にとはいきませんでした。互いに傷つき、苦しまなければならなかった。この映画の役割は、その痛みを呼び起こし、鎮めることにあったのです」

「憎しみは愛の不幸な一面だ」と理解するデプレシャンは、映画の終盤に予想もつかない方法で姉弟の感情のもつれを解決へと導いていく。

スーパーマーケットで文字通り「鉢合わせ」となるルイとアリス © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
スーパーマーケットで文字通り「鉢合わせ」となるルイとアリス © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

「この映画の核心と私が考えるのは、偶然に出くわした2人が、相手が誰なのか気付かずにぶつかるシーンです。その瞬間、見知らぬ誰かが突然、目の前に現れたかのように、すべての怒りは消えてなくなっています。相手が優しいか、意地悪か、自分に対してどんな考えを抱いているか、どうでもよくなる。互いにただの人間同士になる。私たちはみんな違って、みんな似ているんだと。この2つの相反する真実が突如として“和解”を結ぶのです」

家族の確執の外へ

映画には、アリスとルイのほかに、2人を取り巻くさまざまな人物が登場し、物語を豊かにしている。アリスのファンでルーマニア人のルチア。ルイの親友ズウィは、アルジェリア系ユダヤ教徒だ。ルイの妻フォニアもユダヤ教徒で、イラン出身の女優が演じた。

息子を失ってから、教師を辞めて田舎で隠遁生活を送るルイ。遠路はるばる親友のズウィ(右)が訪ねてきた © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
息子を失ってから、教師を辞めて田舎で隠遁生活を送るルイ。遠路はるばる親友のズウィ(右)が訪ねてきた © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

「出自が違う人々を登場させるのは私にとって非常に重要でした。映画の始まりは、自分で観ていて怖くなるくらい暴力的で、息が詰まります。またしても私は閉じた家族の映画を作ってしまうのではないかと恐れました。ですから窓を開けなくてはならなかった。映画を世界に開く必要があったのです」

ルチアは劇場前で、雨に濡れながらアリスを「出待ち」する。前述の自動車事故も含め、デプレシャンの頭にあったのはジョン・カサヴェテス監督『オープニング・ナイト』(1977)の序盤だという。ジーナ・ローランズ演じる舞台女優のマートルが公演を終えて劇場を出ると、熱烈なファンの少女が抱きついてくる。ファンの波をかき分けるように雨の中をマートルが急いで車に乗り込むと、少女はそれを追いかけ、別の車にひかれてしまう。

ルチア(コスミナ・ストラタン)は無垢なまなざしでアリスを見つめる © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
ルチア(コスミナ・ストラタン)は無垢なまなざしでアリスを見つめる © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

「あの若い女性は何も語らずに死んでしまった。私は彼女の話を聞いてみたいと思いました。そこで彼女の代わりに、ルチアにアリスを相手に自分語りをさせたのです。両親はルーマニアの田舎に住んでいる。内向的で演じた経験はないけれど、いつかは舞台に立ってみたいと夢見ている。文学好きで、たどたどしいフランス語で話す。アリスのような成功した女優とは異なる人物の声が聞こえてきて、私は心打たれました」

アリスの方も若いルチアに心を開き、誰にも言えなかった弟のことを打ち明ける。両親のことで精神的に追い込まれたアリスは、ルイに近いことを知りながら精神科医のズウィに助けを求める。

一方でズウィはルイをユダヤ教の礼拝が行われているシナゴーグへ連れていく。ヘブライ語で朗唱された聖句を訳して聞かせ、ルイを啓示へと導く。フォニアもまたユダヤ教徒であり、キリスト教徒とは異なる作法で死者を弔う。だが同時にその姿は、ルイと亡き息子を愛するがゆえの激しい情念を感じさせるのだ。

イラン出身の女優ゴルシフテ・ファラハニがルイの妻フォニアを演じる © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
イラン出身の女優ゴルシフテ・ファラハニがルイの妻フォニアを演じる © 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

人生を輝かせるもの

こうしてデプレシャンは、アリスとルイをさまざまな人物と交わらせながら、そのやりとりをディテール豊かに描くことで、顔を合わせることのない姉弟の関係に光を当てる。しかし2人の間にある謎は、あいまいではなくなった一方で、より深く濃密になっていくのだ。観客は最後まで何かを探すようにじっと画面を見つめることになる。そしてその先にまったく思いがけない光景を見出すだろう。

デプレシャン:「脚本の執筆中は役者を想定しないようにしています。引き受けてもらえない可能性がありますからね。何となく頭にあっても口にしてはいけない。私は迷信家なんです」
デプレシャン:「脚本の執筆中は役者を想定しないようにしています。引き受けてもらえない可能性がありますからね。何となく頭にあっても口にしてはいけない。私は迷信家なんです」

「スクリーンに意味を探す。私はそれこそが映画だと思います。映画を観ていると、すべてが他の何かと共鳴しているのを唐突に理解する瞬間があります。ルチアは光を意味する名前です。彼女は陰にいながら光である。アリスは不思議の国にいる。(アリスとルイの父)アベルは旧約聖書の人物です。母親とうまくいっていなかったルイが、病室の母に会いに行く奇跡が起こる。自分でも何でこんなシーンを書いたのかと思ったのですが、編集を終えて、整音の段階ではたと気付きました。母と息子の結びつきは、マリ=ルイーズとルイという名前にすでに示されていたと。何もかもが意味を持つ。それが映画の魔法なのです」

映画と読書を深く愛するアルノー・デプレシャン。「それ以外、私の人生に大して面白いことなんて起きません。輝きのない人生です」と自嘲してみせた後で、こう結んだ。

「しかし、ある人生が映画に撮られ、スクリーンに投影されるとき、それは無限の意味を持ちます。一人ひとりの観客にとって意味は異なるからです。それぞれが映像に対して異なった解釈をします。すると一気に、人生がきらめく。そのきらめく人生こそが真実です。この真実は、映画なしには存在しないものなのです。映画がなければ、私たちは輝きのない人生という幻影の中で生きることになる。しかし人生はくすんでなんかいない。無限のきらめきがある。それを目に見えるようにするには、映画が必要なんです」

撮影=花井智子
取材・文=松本卓也(ニッポンドットコム)

© 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
© 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

作品情報

  • 監督:アルノー・デプレシャン(『そして僕は恋をする』『クリスマス・ストーリー』)
  • 出演:
    マリオン・コティヤール(『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』『アネット』)
    メルヴィル・プポー(『わたしはロランス』『それでも私は生きていく』)
    ゴルシフテ・ファラハニ(『パターソン』)、パトリック・ティムシット(『歓楽通り』)、バンジャマン・シクスー、コスミナ・ストラタン
  • 脚本:アルノー・デプレシャン、ジュリー・ペール
  • 撮影監督:イリーナ・リュプチャンスキ
  • 製作国:フランス
  • 製作年:2022年
  • 上映時間:110分
  • 配給:ムヴィオラ
  • 公式サイト:https://moviola.jp/brother_sister
  • Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開中

予告編

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