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映画『旅するローマ教皇』:鬼才ジャンフランコ・ロージがとらえた世界の不幸を背負う男の孤独

Cinema 国際・海外

東京ディズニーランドより小さな国バチカン。しかしその元首、ローマ教皇は世界13億人の信者を擁するカトリック教会の頂点に立ち、大国のトップを上回る強大な影響力をもつ。中でも現教皇フランシスコは、世界を何周もしては行く先々で熱狂を生み、「ロックスター」に例えられる存在だ。その9年間に及ぶ旅の記録を一編の映像詩に昇華した異能の映画監督、ジャンフランコ・ロージに話を聞いた。

ジャンフランコ・ロージ Gianfranco ROSI

1964年、エリトリア(当時はエチオピア領)のアスマラ生まれ。13歳の時、父の親族が住むイタリアへ移住。その後、米国に渡り、ニューヨーク大学映画学科を卒業。1993年に短編『Boatman』でデビュー。サンダンス映画祭の正式出品作に選ばれる。2013年、長編3作目の『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』がヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。2016年、『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。いずれもドキュメンタリー作品としては初の快挙。2020年、『国境の夜想曲』がヴェネチアで「ユニセフ賞」「ヤング・シネマ賞 最優秀イタリア映画賞」「ソッリーゾ・ディヴェルソ賞 最優秀イタリア映画賞」の3冠に輝く。2022年、『旅するローマ教皇』をヴェネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門に出品。

2013年、ローマ教皇ベネディクト16世が存命中に退位した。生前退位は6世紀にわたって例がなかったことだ。この異変を受けて第266代ローマ教皇に選ばれたのが、アルゼンチンのイタリア系移民家庭から出たホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿だった。アメリカ大陸からの選出は史上初、イエズス会の出身も前代未聞という異例ずくめの新教皇フランシスコが誕生した。

その背景にたがわず、就任以来さまざまな慣習を打ち破り、民衆に歩み寄って、率直な発言を繰り返してきた。特筆すべきは、精力的に世界各地を回り、歴史的な対立の修復に向けて、謝罪と対話の姿勢を全世界に示してきたことだろう。移動する特別機に報道陣を同乗させて記者会見を開き、事前通告なしの質問に答えるなど、開かれたバチカンの実践にも余念がない。

各地で熱狂的に迎えられ人々と直接触れ合う教皇フランシスコ © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl
各地で熱狂的に迎えられ人々と直接触れ合う教皇フランシスコ © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

そんな教皇の旅に興味を抱いたのが、ジャンフランコ・ロージ。ドキュメンタリーで初めてヴェネチア(金獅子賞)とベルリン(金熊賞)を制した映画監督だ。現実の空間にカメラを据えながら、単なる観察や記録を超えた詩的な映像世界を創造してきたが、モチーフの中心には常に旅があったと言っていい。

教皇の旅は2013年7月のランペドゥーサ島訪問から始まる。地中海のチュニジア沖に浮かぶイタリア最南端の島だ。アフリカや中東からの密航者であふれた船がたどり着く、ヨーロッパの“裏玄関”。ロージ監督はこの島で前々作を撮った。ともにイタリアにルーツをもつ移民の子として、2人には世界の現状に対する共通の痛覚があったに違いない。

政治的な映画

『旅するローマ教皇』もいつものように数行のプロローグで始まる。

「教皇フランシスコは9年で37回 旅に出た/53カ国を歴訪し 重要な問題について発言した/連帯と尊厳 貧困と難民を語り 戦争を非難した」

これから始まる“映像の旅”の行き先表示のようなもので、その後はナレーションなどによる説明を一切しないのが特徴だ。

2015年にキューバを訪問。防弾ガラスのない「パパモビル」で街を走る © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl
2015年にキューバを訪問。防弾ガラスのない「パパモビル」で街を走る © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

監督に話を聞くと、今回は「9割」にアーカイブ映像を使ったという。教皇の外遊先やバチカンで撮られた映像を中心に、歴史的な記録映像や自身が過去に撮影した断片を加えて編集し、一編の作品に仕上げた。

残りの「1割」は教皇の旅に同行して自ら撮影した部分だが、やはりそこを決定的な場面に使っている。それは2022年に訪れたマルタ島とカナダで撮られた。

冒頭、教皇がうつむいて黙想する横顔のクロースアップもロージ自身のカメラに収められたものだ。その映像に「夢を追い求めよ」と本人が語る声がかぶさる。「希望を育む」をテーマにした2017年9月の公開説教から抜粋した音声だ。その声をバックに映像は宇宙から見た地球に切り替わる。

これを監督は「この映画は希望で始まる」と説明するのだが、あえて地球を「さかさま」に見たようなアングルで切り取っている。教皇の旅は、そんな不穏な予感を抱かせる導入で幕を開ける。

2022年、バチカンから国際宇宙ステーションとテレビ電話をつなぎ宇宙飛行士と交信 © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl
2022年、バチカンから国際宇宙ステーションとテレビ電話をつなぎ宇宙飛行士と交信 © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

「宇宙飛行士が教皇との交信でこう言っていた。宇宙から見た地球には、国境がなく、戦争もない。しかし同時に、大気の層は非常に薄く、生命のもろさを感じさせると。そして実際に地上へ視点を下ろすと、地球はさまざまな災厄に揺れ動いているんだ」

ロージの試みは、教皇が各地を巡る旅を通じて、地球全体が抱える諸問題を描き込んだ地図を作ることだった。

「私はこの作品を政治的な映画にしたいと思った。教皇の視界から世界のポートレートを描き出したいと。現在、彼は地球上のあらゆる人々と話ができる唯一の人間だ。私たちがいかに危険な世界に生きているかを気づかせ、明確な言葉で語りかけることができる。私は教皇を宗教的というより、政治的な人物として見ている。政治家たちが踏み込めないテーマに関して、人々を気づきへと導く案内役だ」

戦争が変えた物語の軸

監督は、人々と過ごす教皇の姿を追い、彼の言葉に耳を傾けながら、常に沈黙を際立たせる。

「沈黙によって観客が映画の中に入り込むことができる。映画と観客の間に対話が生まれる」

この映画がとらえる教皇の沈黙には、さまざまな意味合いがある。台風の被災者と共有する悲しみ、受刑者に注ぐ慈悲、原爆の犠牲者に捧げる祈り、権力者の頑迷さに抱く困惑……。さらにこんな沈黙の使い方もある。

「教皇が地上から『みなさん、おはよう』と宇宙飛行士に語りかける。すると沈黙がある。声は数秒遅れてようやく彼らに届く。それと同じように、教皇が発した警告に、私たちはずっと後になって気づくんだ」

エルサレム旧市街にあるユダヤ教の聖地「嘆きの壁」で祈りの手紙を捧げる © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl
エルサレム旧市街にあるユダヤ教の聖地「嘆きの壁」で祈りの手紙を捧げる © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

こう話す監督の頭にあるのは、この映画の制作初期にはなかったロシアのウクライナ侵攻のことだ。ロージは、2016年にキューバで実現した教皇フランシスコとモスクワ総主教キリル1世の歴史的な会談について振り返る。カトリック教会とロシア正教会のトップが会って話すのは史上初めてだった。

「記者団は教皇に何を話したのかと訊いた。すると彼は、ほとんどは戦争についてだったと答えた。私は編集していた当時、その意味を正しく理解していなかった。2022年にウクライナ侵攻が始まってから、それがドンバス地方のことだったと気が付いた。彼はあの時、こう言っていた。今この戦争を止めないと、全人類を引きずり込んでしまうだろうと」

2013年、初の本格的な外遊先はブラジル。リオデジャネイロの貧困地区を訪れる © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl
2013年、初の本格的な外遊先はブラジル。リオデジャネイロの貧困地区を訪れる © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

ウクライナ侵攻以前にかなり進んでいた最初の編集は「抽象的だった」という。その後に完成した作品には、ロージ作品としては例外的にテロップが入り、教皇が訪問した国と年を記してあるが、当初はこれもなく、時間軸もばらばらだった。

ウクライナ侵攻から約1カ月後、前述した教皇のマルタ訪問にロージが同行したことが、この映画の主旋律を大きく変えることになる。

「教皇はこの旅で、戦争に対する自身の立場を強い言葉で表明した。これまでに編集を終えた映像に、この時に収録した部分を加え、最後の10分にしようと思ったが、編集してみると、どうもマッチしなかった。それでほぼ時系列に沿う形に編集し直したんだ」

ドキュメンタリーの倫理

それから4カ月近くして、ロージは教皇のカナダ訪問にも同行した。教皇はここで、カトリック教会がカナダ政府の同化政策に加担し、先住民の子どもたちを強制的に寄宿学校に入れて教育した過去を謝罪することになっていた。

先住民の代表者らとステージに立った教皇がスピーチをする場面は、なぜかピントのぼけた映像だ。

「私は自分の目である35ミリのレンズ以外は持たないんだが、その日はパパラッチが使うような800ミリの望遠レンズを持っていった。報道陣の席はステージからとても遠かったから。構図を決めて、教皇が来るのを待った。撮影用の台に100人はいただろう。ほかのカメラマンがどんな画角にしているか覗いてみたら、どれも同じだったんだ」

教皇との集会に入場するカナダの先住民ファースト・ネーションのグループ。遠くのステージ上に教皇が座っている © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl
教皇との集会に入場するカナダの先住民ファースト・ネーションのグループ。遠くのステージ上に教皇が座っている © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

ふと我に返り、自分は何をやっているんだと思ったという。これならCNNから映像を買えば済む話じゃないかと。

「その瞬間、私はいつものレンズで、わざとピントを合わせずに撮ろうと決めた。教皇が発する言葉が、そこで撮る映像よりも重要だと思ったので。先住民のコミュニティ全員が教皇の謝罪を受け入れるわけでないことは分かっていた。その居心地の悪さをぼやけた映像で表そうと」

教皇の言葉をバックに、彼が思いを馳せる過去の出来事がアーカイブ映像で流れる。先住民のあえぐような歌声がかぶさり、冒頭の「夢」と同じ黙想中の教皇の映像へとつながる。

「観客にはこれが現実の場面でないような、教皇の頭の中の映像を見ているような感覚を与えたかった」

フィクションとドキュメンタリーを区別せず、ただ「シネマ」と呼ぶロージは、このような独特の「映画的言語」の使い手だ。被写体を追いかける手ブレの激しい映像がドキュメンタリーの真骨頂のように言うのは偽善だと断じる。

「カメラを揺らすとき、対象を見ているのはカメラマンであって、観客ではない。観客に見てほしいなら、カメラは消えなくてはならない。私が語るのはフレームを通じてだ。そこに観客が没入するようにしなくてはならない。私が決めるフレームには、倫理的な問題が含まれている。真実はカメラと被写体の間の隔たりにこそ存在するんだ」

アーカイブだけで満足せず、自らカメラを向けたことで、やはり映像にロージならではの強度が生まれている。

機上の教皇フランシスコ © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl
機上の教皇フランシスコ © 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

「教皇に同行して旅先で起きたことを目撃し、ただの観察者ではなく、監督として関わることができた。アーカイブ映像を探しても見つからなかったのは、静寂の中たった1人で過ごす教皇の姿だった。マルタ島の訪問で、私はその時間に立ち会えた。彼と適切な距離を保ち、思い通りのフレームで撮ることができたよ」

それが冒頭と終盤の導入にクロースアップで使われた教皇が黙想する場面だ。その後に起きたことは予想していなかったと監督は振り返る。黙想している教皇に係りの者が耳打ちする。教皇はうなずいて椅子から立ち上がり、その部屋を出ていく……。

「この数秒間に、教皇の旅を凝縮して見せることができたと思う。9年という歳月の重みを感じさせた唯一無二の場面だった。そこには強い孤独感が漂っている。これは監督として同行したからこそ撮れた、記録映像だけでは決して表せないものだ。映画の冒頭、彼は私たちに夢を見ることを忘れるなと語りかける。しかし最後には、強い孤独感、そして敗北感を漂わせる。戦争はまだ続いている。だから私はエンディングをオープンにしたんだ」

撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

© 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl
© 2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl

作品情報

  • 監督・脚本:ジャンフランコ・ロージ
  • 製作年:2022年
  • 製作国:イタリア
  • 上映時間:83分
  • 配給:ビターズ・エンド
  • 公式サイト:https://www.bitters.co.jp/tabisuru/
  • Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館 ほか全国公開中

予告編

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