香港映画『白日青春―生きてこそ―』:移民のリアル、スリリングな人間ドラマに ラウ・コックルイ監督の思い
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「移民問題だけを描いても共感してもらえない」
現在、香港映画界に新しい波が起こっている。かつて、香港の歴史や社会情勢などに基づき、映画のジャンルやストーリーの語り口を大きく刷新したムーブメント「香港ニューウェーブ」が生まれたのは1970年代後半から80年代にかけてのこと。約40年が経った今、若いクリエイターの手で、再び「香港の今」を映しだす映画がいくつも発表されているのだ。
映画『白日青春―生きてこそ―』の主人公は、70年代に中国本土から香港に密入境し、今では香港人としてタクシー運転手で生計を立てているチャン・バクヤッ(アンソニー・ウォン)。ある日、パキスタン人の弁護士アフメドとトラブルになったバクヤッは、ひとつの事件をきっかけに、アフメドの息子ハッサン(サハル・ザマン)との絆を結んでゆく。しかし一方で、バクヤッは自らの息子であるホンとは長年関係がうまくいっておらず……。
監督・脚本のラウ・コックルイは、高校卒業後、広東語もわからないままマレーシアから香港に移住。大学卒業後に映画を学び始めた彼は、ドキュメンタリーや短編映画で研鑽を積み、本作で長編監督デビューを飾った。
「自分自身が移民だということもあり、当初から移民・難民の問題には関心を持っていました。インドネシアから香港へ、子ども2人を連れて移住した女性のドキュメンタリーを撮ったこともありますし、パキスタン移民が主人公の短編映画もつくっています。
その後、職業脚本家としてテレビドラマの仕事をはじめた後の2019年ごろに、長編映画に挑戦したいと考えるようになりました。しかし、難民問題だけをテーマにしても香港人の観客にはなかなか共感してもらえません。そこでチャン・バクヤッの物語を加え、バクヤッとハッサン、2組の親子の物語が絡み合う映画にしました。移民・難民と香港人がどんな関係にあるのか、定住する場所を持たない感覚とはいかなるものかを、香港人にも広く伝えたかったのです」
ドラマティックなエンターテイメントを目指して
登場人物たちに自らの移民生活を「刻印」したというラウは、これまでの人生を振り返って、「香港で“よそ者”として生きることの現実や心情は理解しているつもり」と語った。実体験をストーリーに直接反映したところはないというが、ハッサンたち家族の暮らしぶりは、ドキュメンタリー時代から取材を続けてきた移民・難民のリアルな生活がベースになっている。
「ハッサンをはじめとするパキスタン移民の生活環境は、大部分が事実に基づいています。一方、バクヤッと家族の物語はフィクションですが、昔、中国本土から泳いで香港に密入境した人たちがたくさんいたことは事実です」
ただしラウは、この映画を撮るにあたり、自身の問題意識や個人的なテーマにひたすら忠実になること、そしてハードな物語を描くことは避けようとしていた。企画の時点から前もって決めておいたことが、彼には3つあったという。
「ひとつはドラマティックで刺激的なストーリーにすること。アートムービーのようなスタイルではなく、いかにも商業映画らしい物語にしたのはそのためです。もうひとつは、俳優陣の演技をリアリティのあるものにすること。映画の登場人物を、私たちが日常で出会う人々と同じ存在として描きたいと思いました。そして最後に、撮影面で実験的な試みを取り入れること。人物同士の距離感をどう表現するか、いろいろと試行錯誤しました」
この言葉通り、本作は「ヒューマンドラマ」というジャンルにはくくりきれない一本だ。バクヤッとアフメドの出会いから、ふたりの運命を変えてしまう決定的な事件までを描く前半はひりひりとしたサスペンス。また、ハッサンが生活のためにギャングの世界へ接近してゆく中盤は犯罪映画さながらの展開で、いわゆる「心温まる人間ドラマ」で描かれる子どもの悪事とはレベルが段違いだ。刑事たちとの追跡劇もあれば、ピストルの発砲もある。
映画人としての問題意識と使命
現代の社会問題を背景に、あらゆるジャンル映画の影響を受けながら、欲張りなストーリーテリングで観客を予想外の展開へと誘ってゆく。これぞ香港ニューウェーブの名作に通じる作風だが、ラウは「なによりも大切なのは登場人物」と断言する。この物語は、やがてバクヤッとハッサンの疑似的な親子関係に収斂(しゅうれん)してゆくのだ。
「初めて撮った短編映画は、18歳から20歳ごろの若者を描いた物語。2作目は30代の父親、3作目は20代のシングルマザーの物語でした。年齢や属性は違いますが、映画の中で人物を最も大切にしていることは同じです。この映画には、もともと難民でありながら普通の暮らしをしているバクヤッと、難民ゆえに普通の生活を送れないハッサンの2人が出てきます。彼らはそれぞれの難題に直面し、この先どうしてゆくべきかと葛藤するのです」
劇中で描かれるハッサンの夢は、香港を経由してカナダへ移住することだ。難民の中継地である香港では、毎年、他国への移住を求める数千人が政府からの承認を待っている。しかし、彼らが実際に承認を得られるまでには長い年月を要することもあるそうだ。
「私が18歳で香港に移住したとき、すでに同年代の人々が難民としての生活を送っていました。彼らが10年以上経っても別の国に移住できずにいる一方、私は香港人と同じように学校に通い、今も仕事をすることができています。同じ“よそ者”であるにもかかわらず、私は幸運にも普通に暮らすことができ、彼らには当然保障されるべき権利がない。彼らも普通に恋をして、デートをして、結婚して、子どもも生まれる……けれど生活は大変で、さまざまな問題が降りかかってくるのです。そういったことを念頭に置き、この物語を書きました」
2019年に製作したドキュメンタリー映画『海上的吉普賽人(原題)』で、ラウはマレーシアで水上生活を送る海洋民族・バジャウ族に取材した。生まれながらに海の上で暮らし、「海のジプシー」と呼ばれる彼らは、どの国にも属さない無国籍の民族であり、教育や医療などの基本的な権利をもたない。
「難民たちがどのような環境でいかに暮らしているのか、私の関心はそこにあります」とラウは言う。『白日青春―生きてこそ―』で、台湾の映画賞「金馬奨」の最優秀新人監督賞・最優秀オリジナル脚本賞に輝いた彼は、その明確なビジョンに基づきながら、今後も観客を楽しませ、同時に思考させる作品をつくり続けてゆくことになりそうだ。
「もともと、地球上の人間はほとんど全員が移民です。数十万年前、我々の祖先はみなアフリカから地球上のさまざまな土地へ移住してきた……にもかかわらず、今日の世界ではとんでもなく不条理な出来事が起きています。フィルムメイカーの役目は、映画を通してその事実を明らかにし、白日の下にさらすことです」
[参考資料]
{異鄉人達人}劉國瑞 拍電影探索身分認同 香港人誰定義(明報)
取材・文:稲垣 貴俊
作品情報
- 監督・脚本:ラウ・コックルイ(劉國瑞)
- 出演:アンソニー・ウォン(黃秋生)サハル・ザマン(林諾)エンディ・チョウ(周國賢) インダージート・シン(潘文)キランジート・ギル(喬加雲)
- 製作年:2022年
- 製作国・地域:香港・シンガポール
- 上映時間:111分
- 配給:武蔵野エンタテインメント株式会社
- 公式サイト:hs-ikite-movie.musashino-k.jp
- 1月26日(金)よりシネマカリテ他にて全国公開
予告編
バナー写真:映画『白日青春―生きてこそ―』 PETRA Films Pte Ltd © 2022