映画『梟―フクロウ―』:韓国で大ヒット、“遅咲きの新人”監督が時代劇スリラーで歴史の謎に挑む
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史実の変死事件、スリラーに変換
「朝鮮に戻った王の子は、ほどなくして病にかかり、命を落とした。彼の全身は黒く変色し、目や耳、鼻や口など七つの穴から鮮血を流し、さながら薬物中毒死のようであった」──。
李氏朝鮮時代の第16代国王・仁祖(インジョ)の息子であるソヒョン世子の変死について、朝鮮王朝実録にはこのように記されている。毒を盛られたと思しき病状でありながら、薬物中毒死として扱われたソヒョン世子の変死事件、その真相やいかに。
この歴史上の謎に惹(ひ)きつけられたのが、映画『梟―フクロウ―』の監督・脚本を務めたアン・テジンだった。彼が生み出したのは、想像力を駆使して、史実のミステリーに独自の解釈を加えた時代劇スリラー。しかし、物語の着想はこの事件ではなかったという。
「最初に提案を受けたのは、視覚障がいのある主人公が、あるものを“目撃”してしまうという内容の企画でした。いわゆる“目撃者モノ”のスリラーを撮るのにぴったりの設定だと思いましたが、主人公の設定しか決まっておらず、どんな物語にすべきかと悩みましたね。主人公の障がいには周りの人々が気付かない秘密があり、じつは彼だけが恐ろしい事実を知っていたという話はどうだろうか──そんなふうに発想をふくらませるうち、仁祖という国王と、その息子の物語にたどりつきました」
ソヒョン世子の変死事件は史実だが、主人公の盲人・ギョンスは、実際には存在しないオリジナルのキャラクターだ。鍼の技術を宮廷の医長・ヒョンイクに認められたギョンスは、宮廷お抱えの鍼師として働きはじめる。盲目の彼は、ひょんなことからソヒョン世子の死に立ち会ってしまい、その真実を伝えようとして王家の陰謀に巻き込まれるのだ。
「時代劇」のイメージを裏切る現代的アプローチ
この物語を、アン監督は「史実(ファクト)と、架空(フィクション)のキャラクターを組み合わせた“ファクション”」だと説明する。また、自身が最初に魅力を感じた「目撃者モノ」のスリラーでもあると。
「私はこの映画を、大きく分けて“ファクション”と“目撃者スリラー”の融合だと考えました。しかし、複数のジャンルを融合させる場合、どちらか片方のジャンルに偏りすぎると、観客を退屈させたり、どこか古い印象を与えたりしかねません。ですから、脚本の段階から編集に至るまで、ジャンルのバランスは常に意識しました。ただし、どちらかといえば私が大切にしたかったのはスリラーの要素。そこで典型的な時代劇によくある場面、たとえば家臣が集まって会議をするようなシーンは極力入れないよう心がけました」
アン監督のこだわりが功を奏し、本作は設定とストーリーこそ時代劇だが、全編に現代のスリラー映画と同様の緊張感がみなぎっている。韓国で幅広い観客に受け入れられたのは、彼のアプローチが的確だったことの証左だろう。主人公のギョンスに視覚障がいがあるという設定も、彼の置かれるシチュエーションや周囲の人物とのあいだに絶妙なサスペンスを生み出した。
「観客の皆さんにギョンスの感覚を伝えなければいけないので、灯りが点いている場面と消えている場面では照明のトーンから差別化を図りました。また、特に重要だったのはギョンス自身の主観ショットです。視界がぼやけている様子を表現する時も、CGをなるべく使わず、カメラの前に水の入った袋とストッキングを用意して撮影しました」
俳優とスタッフがもたらした幸運
俳優陣による卓越した演技も、観客をこの物語に引き込む要素のひとつだ。盲目のギョンスを演じたのは、『毒戦 BELIEVER』(18)などのリュ・ジョンヨル。国王の仁祖役は、『コンフィデンシャル/共助』シリーズや『1987、ある闘いの真実』(17)などで知られる名優ユ・ヘジンだ。
コミカルな役柄のイメージでも知られるユ・ヘジンは、威厳と狂気を備えた国王を演じきり、作品に人間ドラマとしての深みをもたらした。以前から仕事を共にしてきたアン監督は、「ユ・ヘジンの魅力はユーモラスな側面だけではありません。国王としての厳格な姿と、ひとりの人間としての弱さや欲望、その両方を体現してもらえたことで、想像以上に凶悪な、しかし同時に大きな不安に苛まれている人物になりました」と話した。
アン監督が「師匠」と呼ぶのは、『金子文子と朴烈(パクヨル)』(17)など数々の大ヒット作で知られる名匠イ・ジュニク。なかでも、本作と同じ李氏朝鮮時代を描いた『王の男』で助監督を務めた経験は大きな支えになったという。また、映画監督としての仕事を全うするために、以前、師匠からは「ある教え」も受けていたようだ。
「イ・ジュニク監督がよく言っていたのは、『スタッフと俳優の言うことを監督が聞いていれば、必ずいい映画になる』ということ。まさしくその通りで、私は今回、スタッフや役者が望むことをなるべくそのままやってもらったのです。素晴らしい俳優がキャスティングされたことで、最高のスタッフも集まってくれた。本当に幸運な作品でした」
長編監督デビュー作にして優れた成果を収められた背景には、堅実なキャリアの積み重ねがあった。この『梟―フクロウ―』を経て、アン監督は今後どんな世界を見せてくれるのか? “遅咲きの新人”の次なる一手に、早くも期待が高まる。
取材・文:稲垣貴俊
作品情報
- 監督:アン・テジン
- 出演:リュ・ジュンヨル、ユ・ヘジン
- 製作年:2022年
- 製作国:韓国
- 上映時間:118分
- 配給:ショウゲート
- 公式サイト:fukurou-movie.com
- 2月9日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国ロードショー
予告編
バナー写真:映画『梟―フクロウ―』 © 2022 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & C-JES ENTERTAINMENT & CINEMA DAM DAM. All Rights Reserved.