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日英合作映画『コットンテール』に主演のリリー・フランキーが考える“孤独”と“コミュニケーション”

Cinema

イギリス有数のリゾート地として知られるイングランド北西部の湖水地方。映画『コットンテール』はこの風光明媚な土地を舞台に、日英共同で製作された。監督は日本映画をこよなく愛し、日本に留学経験もあるイギリス人のパトリック・ディキンソン。初の長編劇映画で、壊れかけた家族の愛と再生の軌跡を紡ぎ上げた。亡き妻の願いを叶えるために、疎遠になっていた息子一家と共に旅に出る男の物語。主人公の兼三郎を演じたリリー・フランキーに、撮影の舞台裏や作品のテーマについて聞いた。

リリー・フランキー Lily Franky

1963年生まれ、福岡県出身。『ぐるりのこと。』(08)で木村多江とともに映画初主演を務め、ブルーリボン賞新人賞を受賞。その後『凶悪』(13)で第37回日本アカデミー賞優秀助演男優賞、『そして父になる』(13)で最優秀助演男優賞など、多数の受賞歴がある。第71回カンヌ国際映画祭では、主演を務めた『万引き家族』(18)がパルムドールを受賞。近年の主な出演作品は『ちひろさん』(23)、『アンダーカレント』(23)、『アナログ』(23)など。イラストやデザインを手掛けるほか、文筆、写真、作詞・作曲、俳優など、多分野で活動。

映画『コットンテール』は、60代の作家が亡き妻に導かれるようにして向かった鎮魂の旅の果てに、人生における大切なことや大切な人と向き合っていく姿を、イギリス北西部の美しい田園風景を舞台に綴ったヒューマンドラマだ。

映画『コットンテール』の舞台となるイングランド湖水地方の美しい風景 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous
映画『コットンテール』の舞台となるイングランド湖水地方の美しい風景 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous

大島兼三郎(けんざぶろう=リリー・フランキー)の最愛の妻・明子(木村多江)は若年性アルツハイマーを患い、つらい闘病生活の末に息を引き取った。彼女は生前、寺の住職に一通の手紙を託していた。それは夫に宛てて「遺灰をイギリスのウィンダミア湖にまいてほしい」と書かれた遺言だった。兼三郎は妻の願いを叶えるため、長らく疎遠だった息子の慧(とし=錦戸亮)、その妻さつき(高梨臨)、4歳の孫娘エミと共に、いまだ拭えぬ喪失感を抱えたまま、ロンドンに降り立つ。

しかし、昔から互いにわだかまりを抱えていた父子は、旅先でも事あるごとに衝突。売り言葉に買い言葉で、兼三郎は単身ロンドンから湖水地方に向かうことになってしまう。列車を乗り間違えた挙句、どこまでも広がる田園地帯で道に迷い、途方に暮れる兼三郎。

偶然たどり着いた一軒家に暮らす初老の農場主ジョン(キアラン・ハインズ)と娘メアリー(イーファ・ハインズ)に助けられ、目的地のウィンダミア湖で無事に息子一家と落ち合うことができた。だが父子には、一枚の古い写真を手がかりに、「明子の遺骨をまくべき場所を探す」という使命が残されていた。果たして、二人は明子の本当の望みを叶えることができるのか――。

妻の遺言に導かれ、イギリスに向かう兼三郎(右)と慧 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous
妻の遺言に導かれ、イギリスに向かう兼三郎(右)と慧 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous

監督のパトリック・ディキンソンは、母親の影響で幼い頃から映画に親しみ、思春期には溝口健二、小津安二郎、大島渚、伊丹十三といった監督の作品に夢中になった。その後、オックスフォード大学と早稲田大学で日本映画を学び、故ドナルド・リチー氏に指導を仰いだこともある。本作には、日本とイギリスにおける監督自身の個人的な体験も反映されている。

イギリス人の母とアイルランド人の父との間に生まれ育った監督の、父との思い出や悔恨が詰まったストーリー。リリーが脚本を読んだのは今から4年以上前のことだ。「国や文化が違えどもみんな問題を抱えているんだ」と気づき、「何だか世界が近くに感じられた」という。

「イギリス人の書いた脚本だけど、他人事ではないなって。この映画で兼三郎や慧が直面している介護の問題や家庭内のいさかいは、現代社会の新たなスタンダードだと思ったんです。先進国ではどこも少子高齢化や核家族化が進んでいるし、医学が発達して寿命が延びたせいで、日本でもイギリスでも “8050問題”のようなことが起きている。『コットンテール』は10年前くらいから温めてきた企画らしいので、監督はすごく若い時から、この問題を気にしていたということなんでしょうね」

撮影は2021年夏、コロナ禍真っただ中の東京とイギリスで進められた。日英合作映画ではあるが、製作スタッフは国際色に富んでいて、「洋画に参加した感じが強かった」と話すリリー。ディキンソン監督の脚本や演出、撮影方法に、日本人とは異なる感性を感じ取ったという。誰もが共感する普遍的なテーマでありながら、外国人の目から見た日本人の家族の話が新鮮に映ったようだ。

「息子がお父さんともっと話をしたかった、というのは日本の家族関係にはなかなかない感覚というか。たとえ心の中でそう思っていたとしても、男同士だと特に口には出さないですよね。ほかにも日本人が観たら、あれっと思うかもしれないところはあった。僕にはそういうところが新鮮で、面白く感じられました」

農場主ジョンと娘メアリーを演じるキアラン・ハインズとイーファ・ハインズは実の親子 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous
農場主ジョンと娘メアリーを演じるキアラン・ハインズとイーファ・ハインズは実の親子 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous

現場での監督については、回想シーンにはレールを使い、現在のシーンを手持ちで、と撮影方法を使い分けたことなどに触れ、こう振り返る。

「出来上がった映画を観たら、全体的にとてもライブ感のある作品に仕上がっていた。脚本から僕がイメージしていたものとは、いい意味で違うものではあったけれど、少し説明的すぎると思われるシーンに至っては、すべて見事にカットされていて。潔くて才能のある監督だなと感じましたね」

老いと孤独、家族、社会

妻・明子を演じるのは、リリーとは『ぐるりのこと。』(橋口亮輔監督)以来、16年ぶりの本格的な共演となる木村多江。

「木村さんとは16年ぶりでしたけど、橋口監督に “夫婦像”を刷り込まれていたので、そこから続いている感覚もあって、すごくやりやすかったですね。あの映画の中で木村さんはメンタルをやられた役でしたけど、『今はあの奥さんを介護しているんだ』という感覚でした」

在りし日の妻・明子(左)を演じる木村多江 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous
在りし日の妻・明子(左)を演じる木村多江 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous

折り合いの悪い息子役の錦戸亮とは初共演だ。

「錦戸くんは、昔から抑えた芝居ができる人。周りがキラキラした役をやっていた時に、彼はすごく上手に抑えた演技をしていたのが印象的で。今回の作品でも、父親に言いたいことも言わず辛抱し続けてきた息子の姿をすごくいいなと思いながら見ていました」

息子の慧を演じるのは錦戸亮。リリーは錦戸の抑えた芝居に注目していたという © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous
息子の慧を演じるのは錦戸亮。リリーは錦戸の抑えた芝居に注目していたという © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous

農場主ジョンとの対話は、家族の前では素直になれなかった兼三郎が、言葉や文化の違いを越え、互いの境遇を理解し合うことで、心を動かされていく場面だ。英語だけのシーンもリリーらしさを貫いた。

「やっぱり英語だけで芝居をするというのはなかなか難しいですよね。役柄の設定上、兼三郎は英語の教師も少しやっていたけど、イギリスに住んだ経験はないので、流ちょうであっては変だけれども、物語上ちゃんと会話が成立しなければいけない。しいて言うなら、『すごく英語をしゃべれている人』には見えないように気をつけました」

兼三郎は決して流ちょうではない英語ながらジョンと深く語り合う © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous
兼三郎は決して流ちょうではない英語ながらジョンと深く語り合う © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous

監督自身の内なる悔恨や葛藤、願望を登場人物に投影した作品でありながら、社会にうまく適合できない不器用な人が、老いとともに抱く孤独や苦悩も繊細に描かれている。定年後、妻に先立たれて孤立してしまう中高年の男性が多いことについて、リリーはこう見解を述べた。

「僕なんかは、妻も子もいない、典型的な独居老人ですけど(笑)。社会と関わることにわずらわしさを感じている兼三郎の感覚は、個人的にはよくわかりました。今の世の中、社会の規範を押し付けられている感覚があるじゃないですか。若い時よりも年取ってからの方がそういうのを息苦しく感じる。そうなったら、社会とちょっと線を引いてみるしかできないわけでね」

妻なしでは息子一家と接するのも楽じゃない © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous
妻なしでは息子一家と接するのも楽じゃない © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous

「早々とケアハウスに入った人がうまくいかなくて、結局は出てくるみたいなことだってありますよね。孤独と社会性って、最後まで折り合いがつかないと思うんですよ。だから兼三郎はこの年齢のすごくスタンダードな人なんだと思う。介護を通じてしか妻とつながれないとか、介護がなくなっても、遺言に突き動かされて外国まで行くとか。誰しも親や家族に囚われているから、純粋な孤独さえ得られないんですよね」

「プロの俳優じゃない」と言い続ける理由

本作のワールドプレミアは、昨年10月にイタリアで開催された第18回ローマ国際映画祭。ディキンソン監督が最優秀初長編作品賞を受賞する快挙を成し遂げた。リリー・フランキーが監督と共にレッドカーペットに登場すると、メディアやファンの熱烈な歓迎を受けたという。

日本ではイラストレーターや作家、作詞・作曲家、カメラマン、テレビ・ラジオ番組の司会、そして俳優……と、文字通りマルチに活躍する唯一無二のタレント。事あるごとに「自分はプロの俳優ではないから」と発言し、肩書きに縛られることなく飄々(ひょうひょう)と生きている姿が印象的だが、海外では俳優専門だと思われていても不思議ではない。

「いや、映画の舞台挨拶でも、僕が書いた本の翻訳や、『おでんくん』のぬいぐるみを会場までわざわざ持ってきてくれる人がいるんです」

『おでんくん』はリリー・フランキーが2000年代の初めに出版した絵本で、NHKでアニメ版が放送された。自伝的小説『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』は、海外でも翻訳されている。どうやら、さまざまなジャンルで才能を発揮する“異能の俳優”であることは国外でも周知のことらしい。

ただ、日本だろうと海外だろうと「自分の見え方みたいなものは意識したことはない」のがリリー流だ。

「そもそも僕は“キング・オブ・カルト”として知られる石井輝男監督の遺作『盲獣VS一寸法師』で俳優デビューしているから、なかなかメインストリームに行かないというのはありますよね(笑)」

この知られざる俳優デビュー作については、こんなエピソードを明かしてくれた。

「俳優の長谷川博己くんが大学生の頃、ある雑誌社のアルバイトで僕のところに原稿を取りに来ていたんです。彼もたまたま『盲獣VS一寸法師』のオーディションを受けていて、落ちてしまったと。彼にこう言いました。『もしも君があそこから俳優としてのキャリアをスタートしていたら、きっとNHK大河ドラマの主演までたどり着いていないぞ』って(笑)」

妻の遺灰を入れた缶をいとおしげに見つめる兼三郎 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous
妻の遺灰を入れた缶をいとおしげに見つめる兼三郎 © 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous

あくまで「自分はプロの俳優じゃない」としきりに言うのは、謙遜というよりも冷静な分析からのようだ。

「役作りのようなことも特にしないし、たとえ主演であったとしても、完成した作品は客観的に観られます。それはきっと、映画に出ている時間よりも、映画を観てきた時間の方が圧倒的に長いからだと思う」

映画評の仕事経験も長いリリーらしい言葉だ。役を演じるというよりも、制作チームの一員であるという意識が強いのかもしれない。今回の『コットンテール』のように、監督が自身の経験をもとに原案・脚本も手掛けた作家性の強い作品ではなおさらだ。

「いかに作り手の頭の中にあるイメージを自分が再現できるかが何よりも一番大切であり、そのためにコミュニケーションを取ることはいとわない。『監督が納得いくまで撮ってくれ』とあらかじめ伝えるようにしています」

これこそが、“俳優リリー・フランキー”が監督から絶大な信頼を置かれる理由なのだろう。

ヘアメイク= Aki Kudo
撮影=花井 智子
取材・文=渡邊 玲子

© 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous
© 2023 Magnolia Mae/ Office Shirous

作品情報

  • 監督・脚本:パトリック・ディキンソン
  • 出演:リリー・フランキー 錦戸 亮 木村 多江 高梨 臨
  • 配給:ロングライド
  • 製作国:イギリス・日本
  • 製作:マグノリア・マエ・フィルムズ、オフィス・シロウズ
  • 製作年:2023年
  • 上映時間:94分
  • 公式サイト:https://longride.jp/cottontail
  • 3月1日(金)新宿ピカデリーほか全国公開

予告編

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