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『劇場版モノノ怪 唐傘』:人気テレビアニメが17年ぶりに映画で復活 監督が語るシリーズの現在地

Cinema アニメ

浮世絵や和紙をモチーフとした唯一無二の世界観と映像表現、リアルな人間の情念に迫ったシリアスな脚本。2000年代に熱狂的支持を受けたテレビアニメ『モノノ怪』が17年ぶりに帰ってきた。テレビ版のシリーズディレクターを務め、本作『劇場版モノノ怪 唐傘』で長編映画デビューを果たした中村健治監督が、シリーズの現在地と、大奥を舞台とした物語の秘密を語る。

中村 健治 NAKAMURA Kenji

1970年生まれ。2006年放送の初監督作品『化猫』(『怪 〜ayakashi〜』内の一篇)で大きな反響を呼び、以降、『化猫』から派生したテレビアニメ『モノノ怪』をはじめ数々の作品で監督を務める。作中で扱うテーマは社会派から日常系までと幅広く、色鮮やかな画面と斬新な解釈で独自の世界観を構築する。そのほか監督を務めた主なテレビアニメに『C』(11)、『つり球』(12)、『ガッチャマン クラウズ』(13)、『ガッチャマン クラウズ インサイト』(15)など。

人気アニメ『モノノ怪』、令和に復活

人間の情念と怪異が結びついたとき、モノノ怪(もののけ)が生まれる。主人公の「薬売り」が持つ“退魔の剣”だけがモノノ怪を斬れるが、その剣を抜くには、モノノ怪となりし妖(あやかし)の名(形/かたち)と、モノノ怪が生まれるきっかけとなった事件の伏せられた真実(真/まこと)、モノノ怪となってしまうほどの深い情念(理/ことわり)を暴かねばならない──。

2007年、テレビアニメ『モノノ怪』は、前年に放送されたホラーシリーズ『怪~ayakashi~』(06)の一編「化猫(ばけねこ)」から派生して生まれた。“和”のテイストを生かしたスタイリッシュな映像演出と、ホラー&ミステリー仕立てで濃密な人間ドラマを描き出す脚本を融合させた本作は、放送開始直後から視聴者の高い評価を獲得。のちに海外でも放送・配信されて多くのファンを得た。

主人公・薬売りは『モノノ怪』シリーズを象徴するキャラクター ©ツインエンジン
主人公・薬売りは『モノノ怪』シリーズを象徴するキャラクター ©ツインエンジン

今回の映画『劇場版モノノ怪 唐傘』は、シリーズの放送15周年にあたる2022年に制作が発表されるや、長年のファンから大きな期待を受けた。資金調達のためのクラウドファンディングでは、目標1000万円のところ支援総額5986万円という大成功を収めた。

しかし、シリーズを手がけてきた中村健治監督は、「正直に言うと、最初は新作を作ることに前向きな気持ちになれませんでした」と告白する。テレビ版がオンエアされた07年当時とは、世界のありようが大きく変わってしまったからだ。

「07年といえばiPhoneが発売され、アメリカではTwitter(現X)のサービスが始まったばかりで、世界の変化を強烈に感じた年。当時はまだ、個人が自分のつらさや悲しみを広く発信しづらい時代でした。そこで、“埋もれてしまった個人の声”をすくい取るようにして作ったのが『モノノ怪』だったんです」

薬売りが携える「退魔の剣」。『モノノ怪』の世界に薬売りは最大64人いるという ©ツインエンジン
薬売りが携える「退魔の剣」。『モノノ怪』の世界に薬売りは最大64人いるという ©ツインエンジン

シリーズに登場してきた妖怪=“モノノ怪”は、化猫のほか、座敷童子(わらし)、海坊主、のっぺらぼう、鵺(ぬえ)。彼らが出現した背景には、人間の愛情や欲望、孤独、絶望などが横たわる。さまざまな理不尽に対峙(たいじ)し、苦しみ抜いた末にモノノ怪を生み出した人々の思いを、薬売りは退魔の剣によって鎮めてゆくのだ。そこには、現代の観客が共感できる“悲劇”の数々があった。

「けれども今、どんな『モノノ怪』の物語を作るべきなのかがわかりませんでした。現代は人々の感情が過剰なほどあふれているので、特定の人物の苦しみを語るのなら、アニメーションよりSNSのほうがいいのではないかとさえ思ったんです。『モノノ怪』を作りづらい時代になったような印象がありました」

今回のモノノ怪は「唐傘」。カラカラと回るような異音が、どこからともなく聞こえてくる ©ツインエンジン
今回のモノノ怪は「唐傘」。カラカラと回るような異音が、どこからともなく聞こえてくる ©ツインエンジン

大奥を通して「社会」を描く

新たな物語の舞台は“大奥”だ。世を統べる天子の世継ぎを産むべく、各地から女性たちが集められた男子禁制の場にして、政治との深いつながりを持つ官僚機構でもある。ここに新人女中のアサ(声・黒沢ともよ)とカメ(声・悠木碧)がやってきたことから、モノノ怪「唐傘」をめぐる悲劇が起こる。

中村監督が「新作を作る以上、絶対に妥協しないと決めていた」と語るように、脚本の開発には約2年が費やされた。あらかじめ大奥を舞台にすることは決まっており、数々のプロットを検討したものの、現代にふさわしいテーマがなかなか見つからなかったのだ。

新人女中・アサ。大奥でキャリアアップを図り、たちまち頭角を現す ©ツインエンジン
新人女中・アサ。大奥でキャリアアップを図り、たちまち頭角を現す ©ツインエンジン

そんな中、監督が強い関心を持ったのが“合成の誤謬(ごびゅう)”というテーマだった。経済学用語で、一個人や一企業に好ましい結果をもたらす行為が、より広い視点で見れば失敗につながることを指す言葉である。

「集団と個人が、どこかで必ずズレてしまう──これはおそらく、古代から現代、そして未来に至るまで、人間が感情を持って社会を形成するうちはずっと存在する問題です。集団とのズレから生まれる苦しみやつらさが“情念”になるのなら、これは現在ならではの、今の観客がリアリティを感じられる『モノノ怪』を作れると思いました。これまでは個人の情念を描いてきましたが、今回は集団の情念を扱う“社会の話”にしようと」

新人女中・カメ。天真爛漫(らんまん)で明るい性格だが、集中力に欠ける一面も ©ツインエンジン
新人女中・カメ。天真爛漫(らんまん)で明るい性格だが、集中力に欠ける一面も ©ツインエンジン

優れた頭脳でテキパキと仕事をこなし、大奥になじんでいくアサ。大奥に憧れながら、不器用ゆえに周囲の反感を買うカメ。まるで正反対の性質を持つ二人は、すぐに特別な絆で結ばれる。そんな中、最高職位“御年寄”の歌山(声・小山茉美)は、人々に「大奥に貢献せよ」と呼びかけながら、自身はある秘密を隠していた。やがて怪異が起こり、女中たちの情念がうごめき始める──。

「大奥の話にしようと決めていたのは、ビジュアル的な理由もありますし、『モノノ怪』との組み合わせでおもしろそうだと思ってもらえるフックを作りたかったからです」と監督は語る。「結果的に、“合成の誤謬”というテーマとの相性もすごく良かったですね」

御年寄・歌山。大奥の繁栄と永続を望み、威厳をもって女中たちに接する ©ツインエンジン
御年寄・歌山。大奥の繁栄と永続を望み、威厳をもって女中たちに接する ©ツインエンジン

ビジュアルの一新、新たな主人公の登場

17年越しの復活にあたっては、テレビ版からビジュアル面が全面的に刷新された。もっとも中村監督いわく、「一人の人間によって描かれた絵が、まるで絵巻物のように続いていくような」ビジュアルのコンセプトはそのまま踏襲されている。

歌山が率いる大奥の女中たち。左右のふすまに描かれた絵も印象的だ ©ツインエンジン
歌山が率いる大奥の女中たち。左右のふすまに描かれた絵も印象的だ ©ツインエンジン

主人公の「薬売り」は謎めいた存在であり、テレビ版から一貫して、その素性や性格は明かされてこなかった。今回は漫画家の永田狐子がキャラクターデザインを担当し、新たに神谷浩史が声優を務めた“新・薬売り”で、テレビ版とはまったくの別人という設定。彼が携える退魔の剣や天秤、薬箱などもデザインが新しくなっている。

それでも「『モノノ怪』といえば薬売り」と監督が断言するほど、彼はこのシリーズに欠かせない存在だ。したがって、別のキャラクターを主人公として登場させることや、デザインをゼロから作り直すことは考えなかったという。「別人とはいえ、(テレビ版の)薬売りのイメージは残したかった」として、10カ月以上を費やして新たなデザインを完成させた。

新しい薬売りは「自分から渦中に突っ込んでいくタイプ。ふだんは斜に構えているが、本当は他者のピンチを救いたい熱い男」(中村監督) ©ツインエンジン
新しい薬売りは「自分から渦中に突っ込んでいくタイプ。ふだんは斜に構えているが、本当は他者のピンチを救いたい熱い男」(中村監督) ©ツインエンジン

監督によれば、『モノノ怪』はテレビ版の当時から海外展開を意識してきたシリーズ。ビジュアルの根底には日本画や浮世絵のイメージがあり、テレビ版では、背景美術などに伊藤若冲(1716-1800)ら名画家たちの作品を引用・参照した。今回は“大奥”という設定のリアリティーを守るため、実在の作品をそのまま使うことはしていないが、日本画への敬意は変わらない。

「“日本”をデフォルメしたビジュアルですが、決して行き過ぎないよう、さじ加減にはこだわっています。当然ながら浮世絵は背景が一切ボケていないので、ほかのアニメとは違い、『モノノ怪』では背景をボカすのはNG。むやみに絵を光らせるのも禁止です」

細部にわたるルールをスタッフが共有するため、「とんでもなく分厚い」仕様書が作成された ©ツインエンジン
細部にわたるルールをスタッフが共有するため、「とんでもなく分厚い」仕様書が作成された ©ツインエンジン

唯一無二の映像表現を支える技法のひとつに、CGと和紙テクスチャの融合がある。画面全体が和紙のような質感になっているのが大きな特徴だが、本作では画面上のフィルターに本物の和紙を使用した。「テレビシリーズはいろんな種類のフィルターを使いましたが、映画は大スクリーンで観るのが前提。本物の和紙にしかない繊維の質感が欲しかったんです」

本作はすでに海外の映画祭でも上映されている。監督は「だからこそ日本文化で勝負したかった」といい、同時に海外の声を意識したことも明かしている。「テレビシリーズについて『色がくすんで見える』という感想を聞いていたので、今回は海外の観客が見ても鮮やかな絵にしたかった。大奥の話なので派手に見せてもいいと考え、しっかりと色の彩度を上げました」

物語のカギを握る人形。なぜ片目が……? ©ツインエンジン
物語のカギを握る人形。なぜ片目が……? ©ツインエンジン

『モノノ怪』の原点と真髄とは

本作は、物語やビジュアルのみならず、制作スタイルも刷新された“新生『モノノ怪』”だ。監督が「テレビ版のスタッフは少数精鋭。今回は大人数でも『モノノ怪』を作れるかという挑戦だった」と振り返るように、制作チームは遠隔参加のメンバーも含む大所帯。その一方、意外な原点回帰もあったという。作品のテイストを、『怪~ayakashi~』の「化猫」まで戻すというアプローチだ。

「テレビシリーズのあと、スタッフの間で、最初の『化猫』みたいな話もやりたかったという声がありました。『化猫』は密室モノで、建築としてリアルな屋敷が舞台。今回の大奥も基本的には昔の建物を再現したので、畳やふすまのサイズが小さいんです。スケールは大きくなりましたが、薬売りが屋敷じゅうを走り回り、いろんな空間で事件が展開するのは同じですね」

お目付け役・三郎丸(声・梶裕貴)。同僚の平基(福山潤)と大奥を調査する ©ツインエンジン
お目付け役・三郎丸(声・梶裕貴)。同僚の平基(福山潤)と大奥を調査する ©ツインエンジン

過去を振り返ったことで、監督は時代の変化をより強く感じたようだ。

「当時は社会全体がまだ明るかったので、むしろ暗いもの、どす黒いものを見せるべきだと考えていました。だから『化猫』は人々の横っ面をひっぱたくような作品になったのですが、今は暗い時代で先行きが見えず、SNSを開いても暗い話ばかり。そんな中、エンターテインメントまでもが暗い話を描かなくてもいいのではないか──そんな思いがあったことも、このシリーズが大きく変化した理由だと思います」

先輩女中・麦谷。演じるゆかなはシリーズの常連だ ©ツインエンジン
先輩女中・麦谷。演じるゆかなはシリーズの常連だ ©ツインエンジン

では、あらゆる要素が時代に応じて変わってきた今、このシリーズを誕生以来手がけてきた中村監督にとって、『モノノ怪』の“真髄”とは何なのか。

「第一に薬売りの存在。そして、物語としては情念の真実味です。薬売りが退魔の剣で斬ったもの、彼が鎮めたものにリアリティーと誠実さを感じられることですね。僕としては、フィクションなのに真実だと思えるもの、皆さんが真剣に観られるものを作りたいんです」

画面のすべてに意味がある、超緻密な作品世界を堪能したい ©ツインエンジン
画面のすべてに意味がある、超緻密な作品世界を堪能したい ©ツインエンジン

映像と音の圧倒的な情報量や、観る者を試すかのようなストーリーテリングもテレビ版から変わらない。監督は「現代はわかりやすいエンターテインメントがもてはやされがちですが、たまにはよく噛まないと飲み込めない作品があっていい」という。「もしも事件の真相をわかりやすく、テンポよく示していけば、きっと今の観客が求めるリズム感にはなるのだと思います。それでも、あえて時間をかけて複雑なことをしているんです」

ケレン味あふれるアクションシーンも見どころだ ©ツインエンジン
ケレン味あふれるアクションシーンも見どころだ ©ツインエンジン

『劇場版モノノ怪』は、本作『唐傘』を皮切りとした全3章構成となる。今後の展開を尋ねると、「今回の映画に登場したキャラクターに無駄な人物は一人もいません。まだ活躍していない人々のドラマがこれからは展開していきます」と教えてくれた。本作はまだ「序章」にすぎない。新たな薬売りを中心とする怪異の物語は、まだ始まったばかりだ。

©ツインエンジン
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取材・文:稲垣貴俊

©ツインエンジン
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作品情報

  • キャスト:神谷 浩史、黒沢 ともよ、悠木 碧、花澤 香菜、小山 茉美
  • 監督:中村 健治
  • キャラクターデザイン:永田 狐子
  • アニメーションキャラデザイン・総作画監督:高橋 裕一
  • 配給:ツインエンジン ギグリーボックス
  • 公式サイト:mononoke-movie.com/
  • 全国公開中

予告編

バナー画像:『劇場版モノノ怪 唐傘』より ©ツインエンジン

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