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命がけじゃなくても、予算がなくても映画は作れる! 阪本武仁監督が“ワンシチュ”会話劇で見せる『結婚の報告』

Cinema

『カメラを止めるな!』や『侍タイムスリッパー』など、低予算の映画が観客の熱い支持を集めヒットする――最近の日本にはまれな夢のある出来事だ。その出発点となった劇場「シネマ・ロサ」で新たに公開された『結婚の報告』は、4人の男女がバーで交わす会話のみで成立させたコメディー。想像力と創造力の可能性に挑んだ阪本武仁監督に話を聞いた。

阪本 武仁 SAKAMOTO Takehito

1981年生まれ、大阪府出身。大学時代、『パッチギ』(2003/井筒和幸監督)に演出部ボランティアスタッフとして参加。卒業後上京し『20世紀少年~もう1つの第二章~』(08/堤幸彦監督・木村ひさし監督)、『告白』(09/中島哲也監督)などの作品に助監督として参加。『エターナル・マリア』(16)で長編映画の監督デビュー。2作目『レンタル×ファミリー』(23)が国内・フィンランドでロングランヒットを記録。最新作『結婚の報告』が25年5月31日、池袋シネマ・ロサにて公開。

短編劇を長編映画に

たった1つの場所・状況で展開する「ワンシチュエーション映画」。物語を成立させるのは容易ではないが、うまくいけば、空間の制約を逆手に取って観客を引き込む効果が期待できる。低予算で作れる利点もある。

阪本武仁監督の『結婚の報告』は、“ワンシチュ”でお笑いライブのような臨場感を生み出した成功例として、多くの観客を楽しませ、作り手を刺激するに違いない。

映画『結婚の報告』 ©『結婚の報告』製作委員会
映画『結婚の報告』 ©『結婚の報告』製作委員会

元は舞台で上演された劇だ。2003年に中野守が京都で旗揚げし、脚本・演出を務める「中野劇団」の作品。阪本監督は以前から公演に足を運んできたファンだった。

「3年くらい前に中野さんとお会いする機会があって、何か一緒に作りましょうと話していたんです。僕も関西出身で、好きな笑いが近いのかもしれません。上演30分の作品なので、それを短編映画にしてみようと、2人で企画を立ち上げました」

30分の短編なら資金は自分たちで何とかなる。だが一方で上映の機会は限られてしまう。ならば、尺を伸ばして劇場公開の可能性を探ってはどうか。こうして中野本人が映画化するために脚本を書き直した。

「最初は15分くらい伸ばそうと。そう決めてからのディスカッションで、中野さんからすぐに登場人物の関係性を広げるアイデアが出てきました。ただ尺を伸ばせばいいわけじゃない。お客さんに楽しんでもらえるよう、いかに詰まった内容にするか。そこが考えどころでしたね。いろいろ足していくうちに、結果として68分の映画になりました」

親友に打ち明ける最も気まずい話

物語の設定はシンプル。主人公の敦也が結婚することを親友の田村に報告しようとする話だ。ただし、それが敦也にとって簡単でないのは、結婚相手が田村の母であること。敦也は意を決して田村をバーに呼び出した。

敦也(高橋里央/左)が友人と待ち合せたバーには偶然、知り合いの槇島(市原朋彦)がいた ©『結婚の報告』製作委員会
敦也(高橋里央/左)が友人と待ち合せたバーには偶然、知り合いの槇島(市原朋彦)がいた ©『結婚の報告』製作委員会

「冒頭ですぐに観客に状況を知ってもらう。そこから1時間以上、そのシチュエーションをずっと会話で押し通す。だいぶ冒険をしましたね。キャストとスタッフ、みんなでチャレンジした感じです」

主な登場人物は敦也と田村のほかに、槇島(まきしま)と尚実。敦也と知り合いの槇島は、バーの常連客でたまたま居合わせた。田村が到着する前にいきさつを聞き、敦也の「ミッション」を知っている。たまたま槇島も、その夜は尚実を呼び出して結婚の報告をすることになっていた。

お調子者の田村(岡本智礼/左)は親友の吉報にはしゃぎ、相手が誰か自分で当てようとする ©『結婚の報告』製作委員会
お調子者の田村(岡本智礼/左)は親友の吉報にはしゃぎ、相手が誰か自分で当てようとする ©『結婚の報告』製作委員会

物語は、話を切り出せない敦也に対し、ひたすら相手を推理する田村、それを隣で聞いてニヤニヤする槇島という構図でスタートする。やがて尚実が到着し、槇島と尚実の間でも「結婚の報告」が繰り広げられる。今度は敦也が隣の会話に聞き耳を立てる番だ。田村はタバコを吸いに外に出て行った。

原作では「男」「女」に過ぎなかった2人が、映画では「槇島」「尚実」という名前を与えられ、後半の流れに重要な役割を果たす。映画化で新たに書き加えられた相関図とともに、話は次第に入り組んだ展開を見せる。

尚美(今村美乃)は久しぶりに会う槇島から意外な依頼を受ける ©『結婚の報告』製作委員会
尚実(今村美乃)は久しぶりに会う槇島から意外な依頼を受ける ©『結婚の報告』製作委員会

こうして2組で並行していた会話がいつしか交差し始め、相手が入れ替わりながら2人から3人へ、3人から4人へと会話の輪が広がっていく。槇島と尚実の関係は? 尚実はどんなカギを握る? 果たして敦也は田村に「報告」を完了できるのか? これがすべて、立ち飲みバーで2卓のハイテーブルを行き来しながら、会話劇として進んでいくのだ。

大きな声では言えない撮影日数

「会話の内容をイメージシーンで入れたりすれば、より映画的になるんじゃないかという意見もあった。でもそういう逃げ場を作らずに、あえて会話だけのストロングスタイルで押し切ることにしました。その方がこの脚本のオリジナリティーに合っているんじゃないかと」

4人の会話に加え、時折バーの店員や客とのやりとりが入り込み、単調にならない。複数のカメラを置いて異なるアングルから撮る、引きで撮ったショットを寄りにリサイズする、編集でテンポを生み出す、などさまざまな制作の工夫があった。

バーのスタッフも成り行きに興味津々 ©『結婚の報告』製作委員会
バーのスタッフも成り行きに興味津々 ©『結婚の報告』製作委員会

何より重点を置いたのは、俳優陣の演技だ。キャスティングでは、約1000人から書類選考し、オーディションで200人以上に会ったという。

「ノンストップの会話劇に耐えうるキャストが必要でした。勢いと繊細さを兼ね備えた人を探さなければと。キャストが決まって、衣装合わせの後、1週間をリハーサルに充てました。キャストが自主練習してくれたのを合わせると約2週間。実は撮影の方がずっと短いんです。本編部分だけだとカメラを回したのは2日。宣伝部からはバラさない方がいいんじゃないかと言われていますが……(笑)。ただ、時間をかければかけるほど臨場感が失われると思っていて。稽古で徹底的に詰めた成果が映像に焼き付けられたと思います」

次から次へと思わぬ事実が…… ©『結婚の報告』製作委員会
次から次へと思わぬ事実が…… ©『結婚の報告』製作委員会

映画祭からインディーズ映画の聖地へ

こうして異例の低予算、短期間で完成した『結婚の報告』は、昨年11月に開かれた第34回映画祭TAMA CINEMA FORUM(東京・多摩市)で上映され、反響を呼んだ。

「劇場はまったく決まっていなかった。自主制作の場合はよくあるんです。作ってから映画祭で上映して、配給会社から声が掛かるパターンとか。今回は映画祭のお客さんにロサの常連が結構いて、ロサを薦めてくれて」

「ロサ」とは、東京・池袋のロサ会館にある映画館「シネマ・ロサ」のこと。自主制作映画を上映する「インディーズフィルム・ショウ」という枠があり、これまでに『カメラを止めるな!』(2017)や『侍タイムスリッパー』(24)といった作品を公開して、大ヒットの出発点となったことから、「インディーズ映画の聖地」とまで呼ばれるようになった。

「配給会社を通じてロサに話をしたら、わりとすぐ決まって。2、3カ月かかるのかなと思っていたら、めちゃくちゃ早かったのを覚えています。みんなもすごく喜んで。どこも決まらなかったら上映も自分たちで、と覚悟していたから、本当にありがたかった。ちょうど『侍タイムスリッパー』が大ヒット中だったので、テンション上がりましたね」

金のために映画を撮らない理由

高校時代から自主映画を撮ってきた阪本監督。高校3年生の時、近所の公民館に仲間と井筒和幸監督の講演会に行き、進路を相談したという。ちょうど南海電鉄と吉本興業が共同でクリエイターの養成塾「なんばクリエイターファクトリー」を立ち上げたタイミングで、その講師だった井筒監督から「来たらエエんちゃうか」と軽く誘われ、その言葉を真に受けたのが事の始まり。大学に籍を置きながら通うことになった。

大学在学中に井筒監督の『パッチギ』にボランティアスタッフとして参加したのを最初に、卒業後は上京し、堤幸彦監督や中島哲也監督の下で助監督として現場を経験する。しかしそんな中、ある現場で制作進行のスタッフが撮影終わりに追突事故を起こして死亡するショッキングな事件があった。過労が原因と言う人もいた。

「僕は演出部でしたけど、彼とはよく一緒に行動し、車にも乗せてもらっていた。たまたまその日だけ僕は撮影本隊の車で帰ったんです。彼の車に乗っていたら、一緒に死んでいたかもしれない。あるいは事故は起きず、彼が生きていたかもしれない。そう考えると耐えられなくて」

「金もうけのために人が命を落としていいのか」。身を削るように働き、命が軽んじられてしまうような制作現場には携わりたくないと考え、業界を一時離れたのがこの頃だ。映画は見ることすらできなくなってしまったという。映像制作の会社を自分で立ち上げ、グラビアモデルやAV女優のイメージビデオなどで生計を立てた。

6年後の2015年、ようやく映画への意欲を取り戻して撮ったのが監督デビュー作の『エターナル・マリア』。ビデオ制作の仕事を通じて知り合ったAV女優らを起用し、7人が1人の主人公を演じる実験的な手法で、彼女たちの葛藤を描いた。

22年、2作目の『レンタル×ファミリー』を監督。「家族レンタル」を専門とする代行・代理出席サービス会社の社長が書いたエピソードを3部構成で映画化し、昨年フィンランドでも劇場公開されて話題になった。

「過去2作は、テイストも独特だったと思います。自分が世の中に対して言いたいことを全部出し切った感じがする。極端に言えば、物語で描いた実在する特定の人たちに向けて、ピンポイントで僕からのエールが届けばいいと思っていました」

©『結婚の報告』製作委員会
©『結婚の報告』製作委員会

3作目となる『結婚の報告』は、自身のメッセージを盛り込むのではなく、もっと肩の力を抜いて、多くの人に楽しんでもらえる作品を目指した。

「普段の生活で大変なこと、たぶんいっぱいあると思いますが、この68分は思い切り笑って、晴れやかな気持ちで帰ってもらえたら。この作品に関してはそういう気持ちで作りました」

すでに次のプロジェクトが動き出している。これからも映画を作り続けるかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「そうですね、自分のペースでなら。生活のためにやっているわけではないので、純粋な創作活動としてですね。予算の制約はありますけど、その中でできる範囲で自由に発想して作れればいいと。『結婚の報告』は、もしかしたら高校生でも頑張れば作れるくらいの予算なので(笑)、やる気と良い脚本さえあればできることを示せたと思います。やりたいと思ったらやればいい。本当にやろうと思っているかどうか、そこなんですよね。それは常に試されると思います」

取材協力:JULAY chai stand 高円寺/バー marQ(東京都杉並区高円寺北3-4-13 キタコレビル1F)

撮影:花井 智子
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)

作品情報

  • 原作:中野 守(中野劇団)「結婚の報告」
  • 脚本:中野 守
  • 監督:阪本 武仁
  • 出演:高橋 里央 岡本 智礼 市原 朋彦 今村 美乃
    山田 かな 古賀 勇希 石井 建太郎 井星 景  七海 遼平 久保 健太 たけい まい 神吉 春果
  • 編集:高橋 基史 阪本 武仁
  • イラスト:石井 モタコ
  • 配給:Team 結婚の報告
  • 製作:映画「結婚の報告」製作委員会
  • 制作プロダクション:アリエルガーデン
  • 製作年:2025年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:68分
  • 公式サイト:kekkonnohoukoku-movie.com/
  • 5月31日より池袋シネマ・ロサにて公開

予告編

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