映画『愚か者の身分』:闇バイトに手を染めた男たちの絆を“ラブコメの名手”永田琴監督が描く
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軽やかで残虐なクライムサスペンス
『愚か者の身分』は“闇ビジネス”に手を染め、残虐な事件に巻き込まれる若者たちの物語。西尾潤の同名小説が原作だ。元は『東京・愚男ダイアリー』のタイトルで2018年に大藪春彦新人賞を受賞した短編だった。

映画『愚か者の身分』。主人公・タクヤ(北村匠海)は半グレ集団“メディアグループ”で⼾籍売買を扱う ©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会
永田監督はこれをいち早く読んでいた。ヘアメイク兼スタイリストという小説家としては異色の経歴を持つ西尾とは、かつて撮影現場で一緒に仕事をしたことがあったのだ。そんな彼女からある日、「小説家デビューしました」と聞かされ、受賞作が掲載された雑誌を手に取ったという。
その後、この作品が先の展開と背景を描き込んだ長編となって刊行されるのだが、そこまでは知らずにいた。
「すごくいい作品だと印象には残っていたけど、短編だったので映画になるとまでは考えていませんでした。随分あとになってから、私が読んだのは第1章に当たる部分だけで、全部で5章ある本になっていたと知り、あわてて読み直したんです」

家庭で虐待を受けて育ったマモル(林裕太)はタクヤに誘われ闇ビジネスに手を染める ©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会
小説は、25歳の若者が過ごす日常の一コマで幕を開ける。マモルは複数のスマートフォンを操り、それぞれ別の女性を装って、見知らぬ男たちとメッセージをやりとりする。狙いは金に困り、切羽詰まった状況の男たち。これが「戸籍売買」なる闇ビジネスの末端の仕事だ。
マモルに指示を出すのは兄貴分のタクヤ。標的を見定めると、若い女性を送り込んで実際に会わせ、「うまい話」を持ちかけるのだ。売り手と買い手の仲介役として働くタクヤの上には、闇ビジネスを牛耳る半グレ集団がいる。タクヤはやがて、組織が関わるさらに危険な仕事へと引きずり込まれ、破滅へと追いやられていく。5つの章はマモルのほか、「標的」をおびき出す女、戸籍を売った男、その男の行方を探す探偵、タクヤをこの稼業へ導いた梶谷と、それぞれ別の人物の視点で描かれる。

希沙良(⼭下美⽉)はマモルが誘い出した男に会って話をもちかけ、タクヤから報酬をもらう ©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会
「長編になった本を読み、『え、これいけるじゃん!』って。残虐性もありつつ軽やかさもあるクライムサスペンス。これなら自分がやりたい重いテーマも、エンタテインメントの力を借りて、より伝わりやすくできると思いました」
人生を賭けた“再デビュー”のプロジェクト
2001年に映画『壁穴』で監督デビューし、前作『いけいけ!バカオンナ〜我が道を行け〜』(20)まで6本の長編映画を世に送り出した永田監督。その間には数々のテレビドラマやCMの演出を手掛けてきた。
「映画もテレビドラマもCMも、自分の中では境目なく取り組んでいますよ。でもドラマはやっぱりテレビ局のものだし、プロデューサーのものだなと。それに、オンエアされたらなくなっていく感じもある。一生懸命やったけど、何か残っていないなという空虚感がどうしても付きまとうんです」

タクヤもまた、先輩の梶⾕剣⼠(綾野剛)に誘われて闇ビジネスの世界に入った ©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会
こうして自ら映画の企画を立てたのは2021年冬。ちょうどテレビドラマの仕事を1つ終えたタイミングだった。
「年も年だし、映画として何か残したい。このまま撮らずには終われないなと。強い決意もあったけど、実らなかったらどうしようという不安もありましたね。それでもあえて人には『私いま人生賭けてる作品あるから!』『再デビュー果たすから!』って恥ずかしげもなく言い回っていました(笑)。そうしたら知り合いのプロデューサーが拾ってくれて」
若者はなぜ闇バイトに走るのか
この原作に出会う以前から、少年院や闇バイトのルポを読んだり、ドキュメンタリーを見たりして、リサーチを重ねてきた。プロデューサーと意気投合したのも「若者の貧困」というテーマだった。
「なぜ若者が犯罪に走ってしまうのか。闇バイトで捕まった人たちは『お金がほしかった』とか言うけど、本当かなと。お金は表面的な動機なんじゃないか。彼らが本当にほしかったものって何だったんだろうな。そんなことをずっと考えていたんです」

タクヤは⼾籍を売った江川(⽮本悠⾺)を気にかけていた ©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会
新宿・歌舞伎町の東宝ビル横、いわゆる“トー横”に集まり、売春をする女子から話を聞くこともあったという。
「今の若い子たちにとって、裏社会との接点がすごく身近にあるんです。家に居場所がないから“トー横”に行って、気付いたら反社の人たちと接しているみたいな。それでいったん道を踏み外すと、もうやり直しがきかないみたいな空気が周りに流れる。日本は少子化で、若者を大事にしなきゃいけないのに、こんな簡単に切り捨てている場合じゃないよねって」
3人の男たちが歩む人生の一本道
小説を映画化するにあたって勝負に出たのは、主人公をタクヤ(北村匠海)にして構成を大きく変えることだった。タクヤとマモル(林裕太)、タクヤと梶谷(綾野剛)という2つの関係を軸に、ストーリーをよりシンプルに絞り込んでいった。
「原作はもっといろんな人が絡み合っている話でしたが、これを3人に絞って描こうと。3人の歩みが1人の人生に見えるようにしたいというのが最初に考えたことでした。ある若者が闇社会に足を踏み入れ、初心者からだんだんと熟練していく。さらに時がたって、そこから抜け出せるか、居続けるしかないのか悩む。その流れを世代の違う3人で描けたらいいなって」
釜山国際映画祭で「最優秀俳優賞」を北村匠海、林裕太、綾野剛の3人で受賞したことは、まさにこの狙いが功を奏した証となった。
『愚か者の身分』が描き出すのは、犯罪の手口のリアルな再現や、残忍な暴力を誇張した表現に加え、男たちが組織の中で互いを出し抜く裏切りと、反対に信じ合う者同士の友情だ。これまでのアウトロー映画の伝統を受け継いでいるようでいて、他のどの作品にも似ていない。

タクヤと梶谷には奇妙な運命のめぐり合わせが…… ©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会
それは、日本映画に無法者たちの血なまぐさい世界を描いた作品が数々ある中、女性監督が挑んだ例がほとんどないからだろうか。永田監督は、“男性/女性”については触れず、こう明かした。
「現場は少しでも短い時間で撮ろうと、余分なものをなくそうとします。監督にはスタッフからここを切りませんかといった相談が常にあるわけです。でもそれが私の中ですごく大事だと思っているところだったりする。単にストーリーを動かすだけではない、1対1のやりとりの中で生まれる微妙な感情の揺らぎとか。そこは譲りませんでした。振り返れば、そういうところに自分らしさが出たのかな。あるプロデューサーから、『脚本を読んでどんなことになるのかと思ったけど、やっぱり琴さんの作品だった』と言われたんですよ」

タクヤは身寄りのないマモルを弟のようにかわいがった ©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会
そのプロデューサーが懸念したのは、今回の脚本が過去の監督の作風とかけ離れていたからに違いない。永田監督にはこれまで多くの“ラブコメ”を手掛けてきた印象がある。本作のオリジナリティーは、まさにそうした異種の要素がそれとなく入り込んでいるところに秘密があるのかもしれない。
「ラブコメで心がけているのは、とにかく登場人物を好きになってもらうこと。それがこの映画にも表れているはずです。男同士の絆を描く場面で、私が俳優たちに伝えたのは、ラブストーリーだと思ってお互いに接してくれていいんだよって。今まで20年、曲がりなりにも積んできた経験が、いろいろ生かせたかなと思っているんです」
撮影:花井智子
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:北村 匠海
林 裕太 ⼭下 美⽉ ⽮本 悠⾺ ⽊南 晴夏
⽥邊 和也 嶺 豪⼀ 加治 将樹 松浦 祐也
綾野 剛 - プロデューサー:森井 輝
- 監督:永⽥ 琴
- 脚本:向井 康介
- 原作:⻄尾 潤「愚か者の⾝分」(徳間⽂庫)
- 主題歌:tuki.「人生讃歌」
- 配給:THE SEVEN ショウゲート
- 製作年:2025年
- 製作国:日本
- 上映時間:130分
- 公式サイト:orokamono-movie.jp
- 10月24日(金)全国公開




