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映画『LOST LAND/ロストランド』:藤元明緒監督がロヒンギャ難民に「正面から向き合う」覚悟を決めるまで

Cinema

世界三大映画祭の1つベネチア国際映画祭の「オリゾンティ」部門で三冠に輝いた『LOST LAND/ロストランド』。監督をはじめスタッフの多くは日本人だが、撮影地は東南アジア、出演者は総勢約200人のロヒンギャ難民、セリフは全編ほぼロヒンギャ語という異色作だ。世界を驚かせた藤元明緒監督に聞く。

藤元 明緒 FUJIMOTO Akio

1988年、大阪府生まれ。ビジュアルアーツ専門学校大阪で映画制作を学ぶ。在日ミャンマー人家族を描く初長編『僕の帰る場所』(2018)が第30回東京国際映画祭アジアの未来部門 作品賞&国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞。2021年、ベトナム人技能実習生を描く長編第2作『海辺の彼女たち』(日本ベトナム国際共同製作)を公開。同作品はPFF第3回「大島渚賞」、2021年度「新藤兼人賞」金賞、第13回TAMA映画賞最優秀新進監督賞、第31回日本映画批評家大賞・新人監督賞などを受賞。主にミャンマーなどアジアを舞台に合作映画を制作し続けている。

ロヒンギャ──迫害される無国籍の民

ロヒンギャはミャンマーの西端、ラカイン州に暮らしてきたイスラム系の少数民族。ミャンマーは7割のビルマ人と3割の少数民族から成る多民族国家だが、ロヒンギャは国籍法で規定された135の民族グループに含まれておらず、国民とは認められていない。ミャンマー国内と隣国バングラデシュの難民キャンプにいるロヒンギャの大半が無国籍だ。

本作の予告編ナレーションを務める河合優実。2026年1月、藤元明緒監督と共にバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを訪問した ©2025 E.x.N K.K.
本作の予告編ナレーションを務める河合優実。2026年1月、藤元明緒監督と共にバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを訪問した ©2025 E.x.N K.K.

ラカイン州では、仏教徒とムスリムの衝突が長年続く。多くのロヒンギャが故郷を去り、バングラデシュへと避難していった。2016年と17年にはミャンマー国軍が同州のロヒンギャ武装勢力に対して大規模な掃討作戦を展開し、多数の住民が殺された。この時にも70万人以上がバングラデシュに逃れたとされ、2026年3月時点で難民キャンプの規模は118万人超に膨れ上がっている(国連UNHCR協会)。劣悪な環境のキャンプから脱出し、マレーシアやインドネシアへの密航を試みる人々が後を絶たず、海難事故で多くの命が失われている。

映画『LOST LAND/ロストランド』。粗末な漁船に定員をはるかに超える難民が乗り込み、何日も続く危険な航海に臨む ©2025 E.x.N K.K.
映画『LOST LAND/ロストランド』。粗末な漁船に定員をはるかに超える難民が乗り込み、何日も続く危険な航海に臨む ©2025 E.x.N K.K.

『ロストランド』はこうした現実から題材を得た物語だ。主人公はロヒンギャ難民キャンプで暮らす5歳の男の子シャフィと9歳の姉ソミーラ。姉弟は叔母らに連れられ、ブローカーの手引きで漁船に乗り込み、親戚の暮らすマレーシアを目指すが、その行く手には数々の困難が待ち受ける──。

難民船の甲板で大人たちに交じって礼拝する姉ソミーラ(中央)と弟シャフィ ©2025 E.x.N K.K.
難民船の甲板で大人たちに交じって礼拝する姉ソミーラ(中央)と弟シャフィ ©2025 E.x.N K.K.

ミャンマーとの出会い

藤元監督とミャンマーの出会いは10年以上前にさかのぼる。たまたま同国で映画を撮る企画があるのを知り、志願したのがきっかけだった。まったく未知の国にリサーチで初めて訪れたのが2013年。その後、企画は頓挫してしまうものの、ここで得たミャンマーとの縁は長編デビュー作へとつながっていく。実は当時すでに、ロヒンギャを題材にすることも頭にあったという。

「日本にいるミャンマー人に取材を進める中で、何人もの口からロヒンギャについて聞かされました。『あいつらには気を付けろ』とか『街で見かけたらぶっ飛ばす』とか。ネガティブな反応ばかりでしたね。それでロヒンギャって何だろうと興味を持ってはいたんです」

だが結局、ロヒンギャについて触れることはなく、デビュー作『僕の帰る場所』では、難民認定を申請しながら日本に暮らすミャンマー人親子の物語を描いた。

1作目を撮り終えた頃、日本に住んでいたミャンマー人の女性と出会い結婚。ミャンマーとの縁をさらに深め、映像の仕事をしながら現地で暮らすまでになった。2015年に民主化指導者アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が政権を取り、長年の軍政から本格的に脱却しようとしていた時期と重なっている。

ソミーラとシャフィは実の姉弟 ©2025 E.x.N K.K.
ソミーラとシャフィは実の姉弟 ©2025 E.x.N K.K.

「少しずつ国がよくなって、外国企業の駐在員も増え、活気にあふれていました。でもその裏では、2017年にロヒンギャ大虐殺が起きていた。同じ国にいてあれだけの事件があったのに、誰もその話をしようとしないんです。言ってはいけない空気があった。それが本当に異様でした」

国軍と対立的な関係にあるスーチー氏(当時は国家顧問)でさえ、ロヒンギャ迫害に対しては半ば容認する立場をとり、国際社会から激しく批判されたのも記憶に新しい。

バングラデシュにあるロヒンギャ難民キャンプ(2026年1月) ©2025 E.x.N K.K.
バングラデシュにあるロヒンギャ難民キャンプ(2026年1月) ©2025 E.x.N K.K.

迷いから覚悟へ

その後、ミャンマーは2021年の軍事クーデタを経て新たな内戦状態に入った。スーチー氏も再び自宅軟禁下に置かれ、現在に至っている。

内戦の激化と軍政の弾圧に苦しむミャンマーの市民に対しては、日本でも支援活動の輪が広がった。藤元監督もチャリティー上映会を全国で開催して支援に加わったが、胸の奥には人に言えない葛藤を抱えていたという。その葛藤こそが『ロストランド』が生まれるきっかけだった。

「自分のダブルスタンダードがもどかしかった。ミャンマーの人々を支援すると言いながら、なぜ17年の大虐殺の時はロヒンギャのために声を上げなかったのかと。そういう負い目がずっとありました」

映画『LOST LAND/ロストランド』 ©2025 E.x.N K.K.
映画『LOST LAND/ロストランド』 ©2025 E.x.N K.K.

次の映画ではこのテーマを避けては通れないと思い、支援活動と並行して脚本を書き始めた。だがその段階でも、まだ自己欺瞞(ぎまん)があったと打ち明ける。

「『ロストランド』の企画が動き始めたのは2023年でした。実はその前年に1年かけて違う脚本を進めていたんです。ロヒンギャをイメージしつつも、架空の世界、架空の人物設定で物語を書きました。ロヒンギャの名前は一切出していなかった。ここでも自分がうそをついていることに気付いたんです。ロヒンギャの人たちに会いもせず、脳内だけで“実”のない脚本を書いてしまった。逃げてるなと思いました」

考えを改め、ロヒンギャの現実に正面から向き合って撮ると決めてからは、ミャンマーの友人たちとの交流を一切断ったという。取材はすべて海外で行った。

ミャンマー出身の妻から理解を得るのも一苦労だったのではと水を向けると、驚きの答えが返ってきた。

「ベネチアの記者会見前日まで妻には言いませんでした。最初は完成したら話そうと思っていたんですけど、完成してからベネチア出品が決まるまでの2カ月くらい、なかなかふんぎりがつかなくて。最悪これで離婚になったらどうしようとか(笑)。結果的には『もっと早く言ってくれてもよかったのに』という反応で、応援してもらえていますけど」

映画『LOST LAND/ロストランド』 ©2025 E.x.N K.K.
映画『LOST LAND/ロストランド』 ©2025 E.x.N K.K.

故郷を失った者たちの旅

少数民族の迫害というデリケートな問題に挑みながらも、自分にとってあくまで「身近」な題材として取り組んだ意識が強い。

「今回は特にプライベート性が高いと思っているんです。身近にありながら遠ざけたものを、もう一度自分に引き寄せたいという動機がありましたから。ただ初動はともかく、その先はそうも言っていられません。やはりこれはロヒンギャの、彼らの物語ですから、それをいかに世界に届けるかには社会的な責任があると考えています」

バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを訪問した藤元監督と河合優実 ©2025 E.x.N K.K.
バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを訪問した藤元監督と河合優実 ©2025 E.x.N K.K.

ロヒンギャが難民キャンプから第三国に向かう危険な渡航の様子は、実際に体験した人々のエピソードがリアルに盛り込まれている。脚本を書き上げるまでには1年以上にわたってリサーチを重ね、撮影に入ってからも現場で出演者たちの意見をディテールに取り入れた。

「取材する中で、僕自身がロヒンギャのコミュニティーにどんどん入り込んで、彼らとつながっていく感覚があった。これと同じことが映画でも起きてほしいと思ったんです。これまで触れられてこなかったロヒンギャの世界に、登場人物たちを通じて観客がつながってほしいと願っています」

目指したのは「子どもにも見られる映画」。ロヒンギャの背景について知識がなくても伝わるものを映し出し、観客が「何かを持ち帰れる」ように。それゆえ、リアリティーを重視しつつも、追求したのはあくまで物語がもつフィクションの力だ。

映画『LOST LAND/ロストランド』 ©2025 E.x.N K.K.
映画『LOST LAND/ロストランド』 ©2025 E.x.N K.K.

「まず思いついたのがロードムービーでした。ミャンマーでも難民キャンプでも撮れないという物理的な制約がありましたから、描けるのは消去法で“旅路”かなと。2人の子どもの冒険劇をハラハラ、ドキドキ見守りながら、いろいろな感情が湧き起こる映画になってくれたらと思いました」

『LOST LAND/ロストランド』の原題はロヒンギャ語で『Harà Watan』。後で知ったことだが、「故郷」を表す「Watan」には「身体」の意味もあったという。

「“失われた故郷”という言葉は、ロヒンギャを表す客観的な事実です。その痛みが映画を見る人にとっての主観になってほしい。他人が失ったものを、自分が失ったときの痛みのように感じる映画になってほしいなという願いを込めました」

インタビュー撮影:五十嵐 一晴
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)

©2025 E.x.N K.K.
©2025 E.x.N K.K.

作品情報

  • 脚本・監督・編集:藤元 明緒
  • 予告編ナレーション:河合 優実
  • 出演:ムハマド・ショフィック・リア・フッディン、ソミーラ・リア・フッディン 他
  • 撮影監督:北川 喜雄 / 音響:弥栄 裕樹 / カラリスト:ヨヴ・ムーア / 音楽:エルンスト・ライジハー
  • 企画・制作:E.x.N / 製作: E.x.N、鈍牛倶楽部、キネマトワーズ
  • 共同製作:PANORAMA Films、Elom Initiatives、Cinemata、Scarlet Visions
  • 配給: キノフィルムズ
  • 製作年:2025年
  • 製作国:日本=フランス=マレーシア=ドイツ
  • 上映時間:99分
  • 公式サイト:lostland-movie.com/

4月24日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、kino cinéma新宿、ポレポレ東中野ほか全国ロードショー

予告編

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