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映画『GUN FISH あなたの知らないフグの世界』:日本人のハートを撃ち抜く究極の美食を探る

Cinema

数ある日本の食材の中でも、多くの美食家が最高峰と称えるフグ。青酸カリの1000倍という猛毒をもち、「当たると死ぬ」危険性から「鉄砲」とも呼ばれる。ノンフィクション映画『GUN FISH あなたの知らないフグの世界』は、その独特で不思議な魅力をあらゆる角度から明かしていく。

宇野 航 UNO Wataru

1979年生まれ。岐阜県出身。映画美学校フィクションコース第5期修了。映像編集会社を経て、2004年から小椋事務所、11年からモード・フィルム社で劇場用映画の企画・制作に携わる。14年、カラーバードに入社し、映画の企画・制作に従事。監督デビューとなる本作を完成させるため22年に独立。

除毒所で発見した逸材

冒頭に登場する舞台は「ふぐ除毒所」。撮影当時(2017年)は築地市場にあった。文字通り、市場で扱うフグから毒を取り除く施設だが、シーズンが過ぎた春から夏にかけては、ここが東京都の「ふぐ調理師免許」(当時。23年4月以降は「ふぐ取扱責任者免許」)を取るための講習所になる。

フグの取り扱いについては、都道府県の条例で厳しく定められている。免許は国家資格ではないため、取得方法や呼称は全国で統一されていないが、要は、本来危険なフグを安全に提供するために、必要な知識と技術を調理師らに習得させるのが目的だ。

フグ調理師資格にはフグの種類についても細かい知識が求められる © GUN FISH FILM PARTNERS
フグ調理師資格にはフグの種類についても細かい知識が求められる © GUN FISH FILM PARTNERS

資格を得るには、フグの種類を鑑別し、食べられる部位と食べられない部位を見分け、処理できなくてはならない。フグ毒(テトロドトキシン)は主に肝臓と卵巣に含まれるが、フグの種類によって有毒の部位が異なる。日本近海に生息する70種のうち、筋肉が食べられるのは22種、精巣(白子)は18種、皮・ひれは11種に限られる。プロの板前でも知識と経験がなければさばけない。

除毒所の講習を取材して「発見」したのが、この映画のメインキャストとなる料理人、行木(なめき)由香里さん。当時23歳、講習に参加して間もない頃は、教えられたことをほとんど飲み込めていないように見えた。宇野航監督が振り返る。

「講習風景を撮りながら、『この素材は使わないだろう』と思っていました。それが2週間後には別人のようにフグをさばけるようになっていて、これは面白いと。一緒に撮影をしていた友人に電話をかけて、『主人公が見つかった、これで映画の筋が 1本通る』と興奮して話した記憶があります」

フグの種類を鑑別する料理人、行木由香里さん © GUN FISH FILM PARTNERS
フグの種類を鑑別する料理人、行木由香里さん © GUN FISH FILM PARTNERS

フグの聖地・下関のこれから

映画の前半は、行木さんらの猛特訓と並行して、フグが生物学的、文化的、歴史的に唯一無二の魚であることを分かりやすく解き明かしていく。

「トリビア」の1つは、フグの「聖地」がなぜ山口県・下関なのか。近くに漁場が多く、古くからフグ食文化が栄えた町ではあったが、決定的なのは、明治期にフグ食が解禁された最初の地であったことだ。初代首相・伊藤博文が郷里に近い下関の料亭で食べたフグ料理を気に入ったことで実現した。その料亭こそ、日清戦争(1894-1895)の講和条約が締結された「春帆楼」。やがて下関にはフグ料理店が次々と開業し、料理法や調理技術が発達していく。

下関にフグの卸売に特化した南風泊(はえどまり)市場が開設されたのは解禁から86年後の1974年。全国各地で水揚げされたフグはまずここに集まり、有毒部位を取り除いた「身欠き」の状態にしてから、また全国へと出荷されるようになった。つまり下関は、産地ではなく、流通の経由地として不動の地位を築き上げたのだ。だがその「下関ブランド」も絶対ではなくなりつつある。

南風泊市場で行われる伝統的なフグの「袋競り」。袋の中で仲買人が握る指の数で価格が決まる © GUN FISH FILM PARTNERS
南風泊市場で行われる伝統的なフグの「袋競り」。袋の中で仲買人が握る指の数で価格が決まる © GUN FISH FILM PARTNERS

「養殖が9割を占めるまでになったのに加え、近年、天然フグの漁場が北上していて、東京湾や外房、福島県の相馬沖でも獲れるようになっています。わざわざ遠い下関を経由せずに流通する流れが、9年前の撮影時よりも加速しているんです。下関は今まさに岐路に立っていると言えます」

独自のフグ観が根付く大阪

フグを語る上で下関とともに外せないのが大阪。消費量は日本一で、全国の約6割を占めると言われる。産地から直接、大量に買い付ける業者も多く、安く提供できるため、高級魚という意識は他に比べ薄い。フグをさばく職人の数も多い。前述の調理資格についても、大阪は長年にわたり独自の仕組みを運用してきた。宇野監督も2017年に自ら「大阪府ふぐ取扱登録者」の資格を取得し、東京などとの違いを体感している。

宇野航監督(撮影:ニッポンドットコム)
宇野航監督(撮影:ニッポンドットコム)

「例えば東京では、合格率を何パーセントにするか定め、合格ラインに達しなければ『はい、また来年』と。一方、大阪はフグの処理に必要なことが分かるまで補講してくれます。調理の技術よりも、毒のある部分を取り除く知識が重視される。そこから先の技術は板場で学んでよ、というスタンス。フグ料理店がたくさんある大阪ならではの考え方で成立していたんですね」

築地(当時。現在は豊洲)市場で「串田水産」を営むフグの目利き、串田晃一氏 © GUN FISH FILM PARTNERS
築地(当時。現在は豊洲)市場で「串田水産」を営むフグの目利き、串田晃一氏 © GUN FISH FILM PARTNERS

しかし、映画にも登場する「全国ふぐ連盟」などの業界団体は、かねて免許の全国統一を目指してきた。それなくして、EU(欧州連合)などに禁輸を解除させるのは困難だからだ。結局、その働きかけが功を奏し、2020年には厚生労働省が都道府県のばらつきを平準化するガイドラインを出す。東京でふぐ調理師試験の受験資格や内容が緩和される一方、大阪では22年度以降、講習制から試験制へと移行することになった。

毎年、全国のフグ関係者を集めて開催される「下関ふく供養祭」に初めて参加した行木さん。手前は全国ふぐ連盟の真貴田雄一代表理事会長 © GUN FISH FILM PARTNERS
毎年、全国のフグ関係者を集めて開催される「下関ふく供養祭」に初めて参加した行木さん。手前は全国ふぐ連盟の真貴田雄一代表理事会長 © GUN FISH FILM PARTNERS

フグ食文化のキモに迫る

映画の前半でフグにまつわる基礎知識をひと通り押さえた観客は、後半からフグ食文化の核心を突く白熱した議論に立ち会う。「もしフグを無毒にできたら?」

その切り口となるのが「肝食」というタブー。フグの肝臓は、昔から危険を知られた部位だが、非常に美味であるとも伝えられ、多くの人々が誘惑に抗えず命を落としてきた。歌舞伎俳優、八代目坂東三津五郎もその1人だ。1975年に起きた人間国宝の中毒死をきっかけに、フグの内臓の販売は食品衛生法で厳しく禁止されることになる。

肝と並んで危険なフグの卵巣をぬか漬にする石川県の郷土料理。塩とぬかで3年以上かけて発酵させる伝統の技法によってのみ、卵巣の食用が認められている © GUN FISH FILM PARTNERS
肝と並んで危険なフグの卵巣をぬか漬にする石川県の郷土料理。塩とぬかで3年以上かけて発酵させる伝統の技法によってのみ、卵巣の食用が認められている © GUN FISH FILM PARTNERS

ところが2004年、フグ毒の解明に取り組む長崎大学の研究チームが、養殖フグを無毒化する実験に成功し、英科学誌「ネイチャー」にも取り上げられた。フグの肝が安全に食べられるようになれば、日本の食文化にとって画期的な出来事となるのは間違いない。

これを地域おこしに活用しようとしたのが佐賀県だ。同年、無毒の養殖フグの肝を提供できる「フグ肝特区」を厚労省に申請する。当然、全国ふぐ連盟や下関からは、「ひとつ事故が起これば、フグ食全体の信頼が崩壊しかねない」と猛反発を受けた。構想は17年までに3度にわたって厚労省に却下され、実現することなく終わった。

映画はこの「肝食論争」をめぐって、推進派と反対派双方の論点を紹介しながら、フグ食が置かれた現在位置を明らかにしていく。

「やはりフグに毒がなかったら、映画の題材にはならなかったと思うんです。あの論争で浮き彫りになった価値観の対立に、日本らしさが表れていると思いました。僕は双方の価値観を尊重したいとの思いから、『冒険者』と『守護者』と呼んで描いた。どっちが良い悪いではなく、それぞれの主張や信念を貫く姿勢がかっこいいと思ったんですね」

京都「ふぐ料理ともえ」のオーナーシェフ、亀井一洋氏(右)が行木さんに「ふぐ刺し」の技を披露 © GUN FISH FILM PARTNERS
京都「ふぐ料理ともえ」のオーナーシェフ、亀井一洋氏(右)が行木さんに「ふぐ刺し」の技を披露 © GUN FISH FILM PARTNERS

フグに命をかける人々の生きざま

何人もの関係者が代わる代わる登場してはフグにかける思いを語る。立場は違えど、フグという唯一無二の食材を使った料理をもっと広めたい、その食文化を守り、さらに育てたいという思いは共通している。

「編集しながら、それを確信しました。彼らを映画で一本につなぐことができる、それができるのは僕しかいない、そこは手応えを感じたことの1つですね」

大阪の料理店「喜太八」の店主、北濱喜一氏は「ふぐ博物館」を設立した世界有数のフグ研究家。「フグは人と人をつなぐ」と力説 © GUN FISH FILM PARTNERS
大阪の料理店「喜太八」の店主、北濱喜一氏は「ふぐ博物館」を設立した世界有数のフグ研究家。「フグは人と人をつなぐ」と力説 © GUN FISH FILM PARTNERS

撮影開始から完成まで、コロナ期を挟んで10年近くを要した。

「フグについて調べる前は、多くの人と同じで、“毒のある高級魚”くらいな印象しかなかった。ここまで夢中になるとは思っていなかったですね。『これがほんまのフグ中毒』です(笑)」

取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)

作品情報

© GUN FISH FILM PARTNERS
© GUN FISH FILM PARTNERS

  • 出演:行木 由香里
    真貴田 雄一 亀井 一洋 北濱 喜一
    林莉 平尾 泰範 串田 晃一 荒川 修 小川 明秀 澤原 將人
  • ナレーション:斎藤 工
  • 監督:宇野 航
  • 音楽:安達 練
  • 配給:KeyHolder Pictures
  • 製作年:2026年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:110分
  • 公式サイト:https://gunfish.keyholderpictures.com/
  • 2026年9月4日(金)、テアトル新宿ほか全国公開

予告編

バナー写真:1928(昭和3)年創業の老舗ふぐ料理店「上野さんとも」のオーナーシェフ、真貴田雄一氏。全国ふぐ連盟の代表理事会長を務める © GUN FISH FILM PARTNERS

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