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映画『ルックバック』:是枝裕和が「実写+α」で描いた少女の夢

Cinema

是枝裕和監督の最新作となる実写映画『ルックバック』は、アニメ化もされた大ヒット漫画が原作。ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され、5つの公式独立賞に輝いた。漫画やアニメとは異なる、是枝版『ルックバック』の魅力を探る。

漫画からアニメ、実写映画へ

原作は2021年7月にオンラインで公開された藤本タツキの同名漫画。24年6月には押山清隆監督の手でアニメ映画化され、国内で興行収入20億円を突破し、同年11月には世界配信された。

アニメ版の反響が印象に残るだけに、今回の「実写版」はこのヒットを受けた企画のように思われがちだが、そうではないらしい。本作を企画・プロデュースした小出大樹によると、漫画の発表後すぐに、大学時代の恩師である是枝による実写化を思い描き、間をおかず藤本に引き合わせた。

是枝も、小出から声を掛けられる前にこの漫画と出会っていた。発売後まもなく、書店に平積みされた単行本を、表紙に描かれた主人公の〈背中〉にひかれて手に取ったという。

単行本の発売は21年9月。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令されていた時期だ。他の文化活動と同様、是枝が関わる制作もすべてストップしていた。そんなタイミングで作品に出会った是枝は、「〈背中〉を押された」ように感じたと述懐している。

2度にわたって〈背中〉と強調したのは、この漫画が人物の背中を繰り返し印象的に描き、特別な意味を持たせているからだ。タイトルの「バック」にも込められた作者のメッセージは、最後まで読めば自然に受け止められるような作りになっている。そこに素直に反応した読者の1人が是枝だった。

第83回ベネチア国際映画祭のフォトコールに現われた是枝裕和監督(中央)と、左から「藤野」役の七瀬ふうりと出口夏希、「京本」役の蒔田彩珠と岡田六花=2026年9月7日、イタリア・ベネチア © Kazuko WAKAYAMA
第83回ベネチア国際映画祭のフォトコールに現われた是枝裕和監督(中央)と、左から「藤野」役の七瀬ふうりと出口夏希、「京本」役の蒔田彩珠と岡田六花=2026年9月7日、イタリア・ベネチア © Kazuko WAKAYAMA

漫画を通じた2人の出会い

アニメ版と同じく、実写版も大筋では原作に忠実に物語が進む。

主人公は、地方に暮らす小学4年生の「藤野」。漫画を描くのが得意で、学年新聞に4コマ漫画を連載している。クラスメートに褒められて調子に乗りつつも、努めてクールに装うタイプだ。ある時、担任からの依頼を受けて、不登校の「京本」と連載枠を分け合うことになる。実際に並べて掲載された2人の漫画を見比べた藤野は、京本の小学生らしからぬ圧倒的な画力に自信を打ち砕かれる。

負けず嫌いの藤野は、それから絵の基礎を学び直し、一心不乱に描き続ける。6年生になり、同級生や家族から現実に戻るよう忠告されても聞く耳を持たなかったが、次第に京本との差を思い知らされ、漫画の勉強も連載もぱったりとやめてしまう。

その後しばらくして、藤野は漫画を描く喜びを取り戻す。きっかけは不意に訪れた京本との出会いだった。中学に入っても京本の不登校は続いたが、2人で描いた作品で出版社のコンテストに応募し、準入選を果たす。高校進学後も「藤野キョウ」のペンネームで共作を漫画誌に発表し続け、担当編集者から「卒業したら連載を」と持ち掛けられるまでになった。

共同で漫画を描く藤野(出口夏希=中央、背中)と京本(蒔田彩珠)©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社
共同で漫画を描く藤野(出口夏希=中央、背中)と京本(蒔田彩珠)©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

少女が漫画家になるまで

ここまで物語の前半では、藤野と京本の出会いから共同作業を通じて絆を深める様子を追いながら、漫画家の卵がプロになろうとするまでの過程をつぶさに見せていく。小学生の手作り新聞に発表した4コマ漫画が創作活動の原点だというのは、日本の文化背景を理解しなければ想像しにくいかもしれない。

漫画誌のコンテストからプロへの道が開ける「ジャパニーズ・ドリーム」が、漫画出版の世界には確かにある。子どものお絵かきの延長が巨大な産業へと地続きにつながる日本の漫画文化は、海外の観客には新鮮に映るだろう。

是枝も、今回初めて漫画制作の具体的なプロセスを学んだと語っており、映画ではそれを丁寧に描いていく。俳優たちも撮影前に長い時間をかけて、実際に漫画を描く練習をしたという。画面には藤野と京本がペンを走らせる姿が繰り返し映し出される。カリカリと響くペンの音も、技術の習熟とともに変化し、漫画家として成長する時間を刻んでいく。

中学生で少年ジャンプ漫画賞の準入選を果たした2人。賞金は100万円! ©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社
中学生で少年ジャンプ漫画賞の準入選を果たした2人。賞金は100万円! ©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

映画に特有の時間

漫画はたった1コマで時間を飛び越えることができる。原作は143ページと短く、時間経過を大胆に省略して物語を一気に展開させることで、読者に強いインパクトを与えた。58分のアニメ版もそのテンポを生かしている。

一方、99分の実写映画版はそれとは異なる時間を観客に体験させる。是枝は、漫画に描かれた1コマ1コマの役割を考え抜き、それを映画ならではの論理で展開していった。そうして撮られたショットには、漫画家が1コマをじっくりと描き込むような入念さを感じる。こうして映画では、藤野と京本が一緒に過ごす時間が、より長く、豊かに、濃密に描かれていく。

映画もまた、時間を飛び越えることができる。是枝は、藤野と京本の十数年にわたる物語を4人の俳優で描くことを選んだ。小学生から中学生までを「子役」(七瀬ふうり・岡田六花)が演じた後、中学生の途中で唐突に「大人」の役者(出口夏希・蒔田彩珠)に入れ替わる。物語の時間軸に沿って配役を替えるのは、長い年月を描く映画ではよくあることだが、是枝にとっては新しい試みだった。その交代のタイミングが、大胆にして周到だ。俳優を代えたことによる時間の飛躍を利用して、物語を大きく転調させている。

中学生の途中まで藤野と京本を演じた七瀬ふうり(左)と岡田六花 ©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社
中学生の途中まで藤野と京本を演じた七瀬ふうり(左)と岡田六花 ©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

四季の風景と風物、光と音

歳月の経過を季節の移り変わりで表すのは、実写映画ならではの効果だ。これは漫画版やアニメ版があるからこそ際立って感じられる。本作のロケ地には、藤本タツキが生まれ育った秋田県にかほ市が選ばれた。是枝は企画段階から、この地で四季を撮ることに強い意欲を抱いていた。企画書には「4種類の光を撮りたい」との構想を盛り込んだ。

撮影は2025年2月から11月にかけ、それぞれの季節を待ちながら複数回に分けて行われた。降り積もった雪が解け、春が来る。桜が咲き、田植えが行われ、青々と稲が育った田んぼは、秋を迎えて黄金色に染まる。雄大な鳥海山を背にした四季折々の風景が、35ミリフィルムで美しく映し出される。

四季の移ろいを感じさせるのは、風景や光、登場人物の服装だけではない。春の桜餅、夏のそうめんやスイカ、冬の鍋料理や汁粉といった季節の味覚に加え、風鈴の音色やヒグラシの声からも伝わってくる。日本人の季節感を巧みに取り入れる是枝らしい繊細さを、こんなところにも感じ取ることができる。

ロケ地となった秋田県にかほ市の美しい自然(メイキングショットより)©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社
ロケ地となった秋田県にかほ市の美しい自然(メイキングショットより)©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

少女の夢に注がれるまなざし

季節が巡り、藤野と京本の高校卒業が近づくと、物語は終盤へと差しかかる。これは2人の成長を見つめる物語だ。大人になるとはある意味、「自分の力で生きていく」覚悟をすることでもある。一心同体で漫画を描き、ティーンエイジの濃密な歳月を共にした2人にも、そんな時がやってくる。自ら選び取った道を歩む2人に、個人の意思ではどうにもならない運命が待ち受ける。

原作の最後に描かれるのは、子ども時代に別れを告げ、プロの漫画家として覚悟を決めた藤野の〈背中〉だ。これはアニメ版も実写版も変わらない。だが、その決意に至るまでの描き方には、原作者の藤本、アニメ版を監督した押山、実写版の是枝、それぞれの違いが表れている。

是枝はそこに、実写映画だからこそできる表現を試みた。逆説的だが、その場面をアニメーションで描く選択だった。正確には、実写の映像をトレースしてアニメーションにするロトスコープという手法を用いている。それによって場面は、2人が一緒に過ごした時間の回想から想像の世界へと滑らかに移っていく。そこで描かれる「少女の夢」に注がれたまなざしに、是枝らしい細やかさ、温かさがあふれている。

撮影現場での是枝裕和監督(メイキングショットより)©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社
撮影現場での是枝裕和監督(メイキングショットより)©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社
©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

作品情報

  • 出演:出口 夏希 蒔田 彩珠
    七瀬 ふうり 岡田 六花
    野呂 佳代 池田 良 佐々木 みゆ 山田 真歩
    宮藤 官九郎/菅田 将暉
  • 原作:藤本 タツキ「ルックバック」(集英社ジャンプコミックス刊)
  • 監督・脚本・編集:是枝 裕和
  • 音楽:坂東 祐大
  • 後援:秋田県にかほ市
  • 企画・プロデューサー:小出 大樹
  • 配給:K2 Pictures
  • 製作年:2026年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:99分
  • 公式サイト: k2pic.com/film/lb/
  • 全国公開中

予告編

バナー画像:実写映画『ルックバック』(©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社)

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