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映画『ニューヨーク 最高の訳あり物件』:『ハンナ・アーレント』の監督が挑んだ軽やかなコメディー

Cinema

同じ男に捨てられた元妻2人が超高級アパートの所有権を主張し合った結果、世にも奇妙な同居生活が始まる…。数々の作品で女性たちの生き様を描いてきた当代きっての社会派女性監督、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督が初めて軽妙なコメディーに挑んだ。

「悪事身にとまる」とはよく言ったもので、「結婚している男性を略奪した経験のある女性が、数年後には自分より若い女に略奪される」というケースは、これまで幾度もワイドショーや週刊誌をにぎわせてきた。

映画『ニューヨーク 最高の訳あり物件』に登場するアラフォーの主人公ジェイドも、まさにそのパターンに陥った女性の一人。10年前に超金持ちの実業家ニックと恋に落ち、妻のマリアから略奪。ニューヨーク・マンハッタンの超高級アパートメントでセレブのような暮らしを満喫し、ニックの支援でファッションデザイナーとして華々しくデビューしようとした矢先、彼から一方的に離婚を切り出され、あろうことかアパートメントの所有権を主張する前妻マリアと、奇妙な同居生活を送る羽目になる。

© 2017 Heimatfilm GmbH + Co KG
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「同じ男と結婚して棄てられた」ということ以外、インテリアの趣味から理想とするライフスタイルまで何もかも正反対とも言うべき二人の女性が、自らの人生とプライドを懸け、どこか微笑ましくも壮絶な小競り合いを繰り広げる。そこに既に成人した前妻の娘まで加わって、なんとジェイドの右腕として彼女の仕事を手伝い始めるのだ。

荒唐無稽なストーリーのようだが、映画の舞台をほかでもないニューヨークに設定したことで、天敵であるはずの二人の女性が同居せざるを得ない理由に説得力をもたらしている。マンハッタンの不動産は想像を絶するほど高騰し続けていて、ニックと前妻マリアの間で取り交わされる離婚協議の内容にはリアリティーがあるからだ。

さっさと部屋を売り払い、暗礁に乗り上げたブランド経営を立て直す資金に充てたいと考えるジェイドと、無機質だった部屋をみるみるうちに生活感溢れる居心地の良い空間に仕立て上げ、部屋の売却も買取りも断固として拒否するマリア。

© 2017 Heimatfilm GmbH + Co KG
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マリアが部屋の所有権を主張して譲らない理由には、かつて自分から夫と居心地のよい住まいを奪っただけでなく、子どもたちからも父親を奪ったジェイドに対し、積年の恨みを晴らしたいという思いもきっとあったはずだ。だが、衝突しながらも一つ屋根の下で暮らすうち、略奪には成功しても、決して望んだものすべてをジェイドが手に入れたわけではないことを知り、マリアはジェイドが自分のように苦しむことをやめてほしいと願うようになる。そして物語の終盤、決して一筋縄ではいかない大人同士の緩やかな連帯が、ジェイドによって実に軽やかに提案されるのだ。

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驚くべきは、この毒気とユーモアを随所に散りばめた小気味のいいコメディーを手掛けたのが、日本でも大ヒットを記録した『ハンナ・アーレント』のマルガレーテ・フォン・トロッタ監督であることだ。実在する人物をモデルにした映画を撮るたびに、観客から人物にまつわる史実ばかりを質問されてうんざりした監督が、「今度はまったく違うコメディーを作りたい!」と言い出したことが、本作誕生のきっかけだという。

フォン・トロッタ監督いわく、「女性たちは本来『子育てを取るか、キャリアを取るか』といった二択に縛られる必要はなく、ステレオタイプの役割を押し付けられる義理もない」。だが、自分にとっての正義を振りかざすことが、時として他の誰かを苦しめ、回りまわって自分自身をも深く傷つけさえすることを、マリアとジェイドの二人は身をもって知ることになる。

知性と美貌を兼ね備えた女性を二人も捨て、性懲りもなく21歳のモデルと付き合い始めたニックの振る舞いからは「いくつになっても若い女を手に入れられる魅力が自分にあることを誇示したい」といった身勝手な男の本音が駄々漏れだ。しかし、それと同時に彼には人間的にどこか憎めない魅力があり、マリアもジェイドも「こんな男、こっちから願い下げだ!」と切り捨てられずにいる側面があることも、映画を通して丁寧に綴られていく。

たとえ「訳あり」であったとしても、居心地さえ良ければそこが「最高の物件」になる可能性はある。“誰かが定義づけた幸せ”に当てはめないところにも、社会派と言われるマルガレーテ・フォン・トロッタ監督ならではの視点が込められているに違いない。

© 2017 Heimatfilm GmbH + Co KG
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作品情報

  • 監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ
  • 出演:イングリッド・ボルゾ・ベルダル、カッチャ・リーマン、ハルク・ビルギナー
  • 配給:ギャガ
  • 製作年:2017年
  • 製作国:ドイツ
  • 上映時間:110分
  • 公式サイト:https://gaga.ne.jp/NYwakeari/
  • 第30回東京国際映画祭コンペティション部門出品
  • 6月29日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

予告編

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