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映画『アマンダと僕』:来日したミカエル・アース監督と主演のヴァンサン・ラコストに聞く

Cinema

第31回東京国際映画祭(2018年)のコンペティション部門で「東京グランプリ」と「最優秀脚本賞」の2冠を獲得したフランス映画『アマンダと僕』。フランス映画祭2019横浜でも上映され、監督・脚本のミカエル・アースと主演のヴァンサン・ラコストが来日した。

これが長編3作目となるミカエル・アース監督(44)は、シナリオを書き始めたときにこの映画に取り入れたかった要素は大きく言って3つあると明かした。その1つはパリだという。とはいっても、日本人の多くが知る「花の都」とはちょっと違うパリだ。

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

登場人物たちが暮らすのは、パリの東部、地下鉄ヴォルテール駅近く。凱旋門やエッフェル塔がある西部とは反対側で、ルーブル美術館やノートルダム大聖堂など、中心部の観光スポットからも少し離れた「普段着のパリ」だ。簡素なアパートに住み、着飾ることも、ぜいたくな食事もしない、普通の人々が行き交う。季節は、街も人も1年でもっとも輝く夏。街の至るところから聞こえてきそうな、極めて人間的な、現実感あふれる会話とともに物語は進んで行く。

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
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主人公のダヴィッドは、旅行者向け短期貸しアパートの管理人や、パリ市の緑地整備のアルバイトをして気ままな生活を楽しむ24歳。新たに案内した入居者の女性と交際に発展しそうで浮き浮きしている。ダヴィッドの姉サンドリーヌは英語教師をしながら7歳の1人娘アマンダを育てるシングルマザー。サンドリーヌとダヴィッドは、両親の離婚で幼い時から父子家庭で育ったが、父を亡くした後は、姉弟で仲良く助け合いながら暮らしている。アマンダにとって、ダヴィッドは忙しい母に代わって学校に迎えに来てくれる、年の離れたお兄ちゃんのような存在だ。

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
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©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
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しかし、そんな3人の日常を不意打ちする事件が起き、ダヴィッドとアマンダは、どちらにとってもそばにいる唯一の肉親であったサンドリーヌを失ってしまう。

これが監督の言った3つの要素のもう1つ、テロだ。悲しいことに、これもまたパリのリアリティーの一部になってしまった。2015年11月のパリ同時多発テロからもう4年近くになるが、まだ人々の心にはその恐怖が消えずにある。事件が起きた一帯は、今回の主なロケ地、ヴォルテール界隈から目と鼻の先だ。

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

アース監督は、なぜテロを物語に組み入れたかについてこう語る。

「テロをテーマに選んだわけじゃないんだ。一度アイディアが浮かんで、頭から離れなくなってしまった。重いテーマを背負うつもりはなくて、何度も別の話を考えてはみたんだけど、数カ月たっても付きまとってくる。よし、これはやらなきゃいけないと自分に言い聞かせた。何とかこれを人々に受け入れられるものにしなくてはと…」

『アマンダと僕』のミカエル・アース監督
『アマンダと僕』のミカエル・アース監督

頭に浮かんだのは、3つの要素の残る1つ、叔父と姪の物語だ。若い叔父の役に起用したのがヴァンサン・ラコスト(26)。10年前、15歳のときに『いかしたガキども』で主演デビューして以来、主にコメディーで存在感を発揮し、出演した長編映画はすでに24本を数える。今回のオファーについてこう振り返った。

「シナリオを読んですぐに気に入った。ミカエルの前作『サマーフィーリング』(2016年)もすごく好きだった。僕が出演を考えるときは、シナリオもそうだけど、監督も重要だから。これは親密な家族のドラマでありながら、テロという時事的な背景が、今のパリが描かれている。それでいて、この物語には光があふれている。家族を失う悲しみをリアルに描いているけど、感動的で、とても美しいと思った」

『アマンダと僕』に主演のヴァンサン・ラコスト
『アマンダと僕』に主演のヴァンサン・ラコスト

一方、監督が彼を主役に選んだのには、単なる配役を超え、この作品のトーンを決定づける重要な意味合いがあった。

「最初に考えていたのはまさに、この重苦しい悲劇に何か光をもたらすことだった。ヴァンサンがいい俳優なのはもちろん知っていたけど、何よりパッと見ただけで、優しさや明るさが伝わってくる。彼はそんな光を自然に放っている。この映画が人々に受け入れられるためには、こういう軽やかさこそ必要だと思ったんだ」

主人公のダヴィッドについてヴァンサン・ラコストの感じ方はこうだ。

「最初は普通の青年で、気楽に受け身の生活を送っていたけど、悲劇が起きてしまった後は、勇気を出して行動し、成長していく。僕はコメディーが多かったから、今まで演じてきたのとは、かなり違う役だ。いつも撮影に入る前には、台本を読んで、物語が進むにつれてその人物がどう変わっていくか理解しようとするんだけど、今回は最初ちょっと不安だった。これはかなり特殊な状況で、実際にどういう気持ちになるのか、簡単には分からない。そんなとき、ミカエルが助けてくれた。僕を信頼してくれたから、迷いが吹っ切れ、役にのめり込むことができた。やりながら探していく感じもあった。アマンダ役のイゾール(・ミュルトリ)は素晴らしかった。彼女と過ごしながら見つけられたこともたくさんあったよ」

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

こうして、「パリ、テロ、叔父と姪」という3つの要素が、見事に作用し合い、喪失を乗り越えて生きる新しい家族の物語へと昇華していく。アース監督にとって、最初の構想はどのように展開し、やがて実を結んだのだろうか。

「シナリオを書き進めながら、まず自分がこの物語をどうやったら好きになれるかを見つけようと思った。だったら、好きな場所で、愛することのできる人物たちを作り上げて、好きになれる役者たちにそれを演じてもらおうと。叔父と姪の関係性こそがこの映画の柱だった。テロは背景に過ぎなくて、これは2人を軸にした人生の物語なんだ。これまでの作品では、人物の感情を抑えがちだったけど、今回はメロドラマでいい。感情に正面から、直接向き合いたいと思った。だから最初、ヴァンサンにも言ったんだ。気恥ずかしさを感じてはいけない。役にのめり込んであふれ出てくる感情は、正しく、美しいんだと」

インタビュー撮影=長坂 芳樹
インタビュー(フランス語)・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

作品情報

  • 監督:ミカエル・アース
  • 脚本:ミカエル・アース、モード・アムリーヌ
  • 出演:ヴァンサン・ラコスト、イゾール・ミュルトリエ、ステイシー・マーティン、オフェリア・コルブ、マリアンヌ・バスレー
  • 配給:ビターズ・エンド
  • 製作年:2018年
  • 製作国:フランス
  • 上映時間:107分
  • 公式サイト:http://www.bitters.co.jp/amanda/
  • 第31回東京国際映画祭コンペティション部門東京グランプリ/最優秀脚本賞W受賞
  • 第75回ベネチア国際映画祭マジックランタン賞受賞
  • シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか絶賛上映中

予告編

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