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映画『ゴールデン・リバー』:フランスの名匠が手掛けたいぶし銀のウエスタン

Cinema 文化

フランス映画の名匠ジャック・オディアールが撮った異色のウエスタンが日本で7月5日(金)に公開。原作にほれ込んで映画化権を買った怪優ジョン・C・ライリーが、いまもっとも勢いのある個性派の名優たちと見事な人間ドラマを演じる。ベネチア映画祭で銀獅子賞を獲得したのに続き、仏アカデミー賞で4部門を制した。

映画『ゴールデン・リバー』のワールドプレミア上映は2018年9月4日、フランス北部の高級リゾート地ドーヴィルで毎年夏の終わりに行われるドーヴィル・アメリカ映画祭においてだった。そのときの記者会見で監督のジャック・ディアールは「映画の国籍なんてどうだっていいじゃないか」と言った。何しろアメリカ映画祭なのに、フランスの超有名監督が自作を引っ提げて登場したのだから、「出る場所が違うのでは?」と記者席から冗談交じりに質問が飛んだのだ。

『ゴールデン・リバー』撮影中のジャック・オーディアール監督 ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.
『ゴールデン・リバー』のジャック・オディアール監督 ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.

確かにこれは、2015年に『ディーパンの闘い』でカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞したフランスの名匠が、フランス人中心のスタッフを率いて作り上げた作品だ。脚本は監督自身と、過去3作でもタッグを組んだトマ・ビデガンがフランス語で書いた。とはいうものの、物語の舞台はアメリカで、プロデューサーと、俳優陣のほとんどはアメリカ人。当然、フランス語の脚本は英語に翻訳された。つまり、フランス人監督が撮った西部劇という、過去にまったく例がないわけではないが、かなり異色の作品なのである。異色とは言ったが、現代の西部劇にしばしば見られるような、奇をてらった仕掛けもなければ、パロディや模倣、引用の要素もない。カリフォルニアのゴールドラッシュを背景に、開拓時代のアメリカ西部で繰り広げられる本格ドラマだ。

『ゴールデン・リバー』より。弟チャーリー(ホアキン・フェニックス)の髪を切る兄イーライ(ジョン・C・ライリー) ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.
『ゴールデン・リバー』より。弟チャーリー(ホアキン・フェニックス)の髪を切る兄イーライ(ジョン・C・ライリー) ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.

カリフォルニアで金が発見されてから3年後の1851年、オレゴン。一帯を取り仕切る通称「提督」に雇われた殺し屋、イーライ(ジョン・C・ライリー)とチャーリー(ホアキン・フェニックス)のシスターズ兄弟が、標的を追ってサンフランシスコへと南下する。狙う相手は化学者のウォーム(リズ・アーメッド)。川底に埋もれた砂金が一目で分かる溶液の化学式を発見したという。彼からそれを聞き出した後、始末するのが兄弟のミッションだ。一方、標的の居場所を殺し屋に報告する連絡係のモリス(ジェイク・ギレンホール)は、正体を隠してウォームに接近し、金が眠る川を探す旅に同行するが、やがて化学者の抱く壮大な計画に魅了されていく。果たしてモリスは迫りくる追手からウォームを守り抜くことができるのか…。

モリス役のジェイク・ギレンホール ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.
モリス役のジェイク・ギレンホール ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.

ウォーム役のリズ・アーメッドは英国出身 ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.
ウォーム役のリズ・アーメッドは英国出身 ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.

馬にまたがって山河を越え、撃ち合いもあり、裏切りや男の友情が描かれはするのだが、正統派の西部劇とは一味も二味も違う。従来のウエスタン的価値を反転した要素が随所にちりばめられている。そもそも男らしさを体現するはずの殺し屋兄弟の名前が「シスターズ」なのだ。二日酔いで馬の背から転げ落ちる弟に、女物のスカーフの匂いをかいで夢想する兄。そうした人物描写に始まって、父との関係や母の存在、追い求める人生の意味など、さまざまにウエスタン的な文脈を微妙にずらしていくディテールが実に豊かだ。

チャーリー・シスターズ役のホアキン・フェニックス ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.
チャーリー・シスターズ役のホアキン・フェニックス ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.

考えてみれば西部劇とは、フロンティア、つまり入植地の最前線を押し広げていく西部開拓時代の物語であった。フロンティアの語源はフランス語のフロンティエールで「境界」の意味だ。オディアール監督には、西部劇の境界を越えゆく意図があったのだろうか? フランスの映画批評には「ウエスタン・クレピュスキュレール」という用語がある。直訳すれば「黄昏の西部劇」。ジョン・フォードが監督し、ジョン・ウェインがヒーローを演じた黄金期の王道西部劇ではなく、ジャンルとして「衰退期(黄昏)」に入った1970年代以降に作られたウエスタンを指す。そこではもはや、保安官がならず者を倒すだけの素朴な正義の物語は成立しない。

©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.
©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.

『ゴールデン・リバー』は、そんなふうに境界を押し広げた「黄昏の西部劇」の系譜に連なる映画と考えればよいだろうか。作品の雰囲気はまさにそう言ってよさそうなのだが、当のオディアール監督が「ウエスタン」という言葉にはどうも素っ気ない。冒頭で触れたドーヴィル・アメリカ映画祭の記者会見に戻ってみよう。

「私はウエスタンを撮ってみたいと熱烈に思ったこともなければ、アメリカで撮りたいと思ったこともない。その一方で、アメリカ人の俳優たちを撮ることには興味があった。この企画を私に持ちかけてきたのは、イーライ役のジョン・C・ライリーだ。原作(パトリック・デウィット著『シスターズ・ブラザーズ』)を読んだ彼の妻(本作のプロデューサーの1人、アリソン・ディッキー)から、絶対に読むべきだと勧められたそうだ。仮に私が自分で本屋の棚から見つけたとしても、きっと読んだだろうし、気に入ったはずだ。でも、これを映画にしようとは決して思わなかったろう。ジョンが私を説得することがなければ」

イーライ・シスターズ役のジョン・C・ライリーは、この映画の共同プロデューサー ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.
イーライ・シスターズ役のジョン・C・ライリーは、この映画の共同プロデューサー ©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.

ジョン・C・ライリーが、自ら演じるという条件を付けて映画化の権利を買ったほど物語にほれ込んだのが、この映画の出発点だ。それを妻と、もう1人のプロデューサー、マイケル・デ・ルカとの3人で製作に向けて話を進め、オディアールに白羽の矢を立てた。映画のプロダクションノートには、デ・ルカの意図が明かされている。「アメリカを舞台とした作品を、外国の監督に託すという考えは理にかなっている。彼らは、文化的な重荷を背負っていないから、新鮮な視点を持ち込んでくることが多い」。プロデューサーたちにとって、この物語とスタッフとキャストの組み合わせこそ、金を探し当てる化学式のように映ったに違いない。だがその結果、仕上がった作品はというと…、きらめく黄金というよりは、いぶしをかけた銀のような感じだ。派手さはなくとも、深い味わいが静かに長く心に残るだろう。

文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)

©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.
©2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.

作品情報

  • 監督:ジャック・オディアール
  • 脚本:ジャック・オディアール、トマ・ビデガン
  • 原作:パトリック・デウィット『シスターズ・ブラザーズ』(創元推理文庫刊)
  • 出演:ジョン・C・ライリー、ホアキン・フェニックス、ジェイク・ギレンホール、リズ・アーメッド
  • 配給:ギャガ
  • 製作年:2018年
  • 製作国:フランス、スペイン、ルーマニア、ベルギー、アメリカ
  • 上映時間:122分
  • 公式サイト:https://gaga.ne.jp/goldenriver/
  • 2019年7月5日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

予告編

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