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映画『おしえて!ドクター・ルース』:ホロコーストの孤児がセックスの悩み相談のエキスパートになるまで

Cinema 文化

ラジオやテレビのプレゼンテーターとして米国でもっとも有名なセックス・セラピスト、「ドクター・ルース」ことルース・ウエストハイマー。性の悩みをテーマに次々と著書を出し続ける彼女は、90歳を過ぎた今も、身長140センチの小柄な体でパワフルに各地を講演して回る。しかし彼女が「グッド・セックスの伝道師」に至る道のりは壮絶だった。その波瀾万丈の人生を、気鋭のドキュメンタリー監督が追った。

セックス・セラピストとは、性別や性的指向を問わず、セックスに関わる全般的な悩みの相談に答える仕事。公共の電波で性を話題にすることがはばかられた1980年代初頭、ドクター・ルースはニューヨークのFMラジオ局で日曜深夜に放送する15分番組「セクシュアリー・スピーキング」のパーソナリティーとして世に知られることとなった。

そのものズバリの単語をためらわず連呼し、強烈なドイツ語なまりであけすけに性を語るお悩み相談がたちまち人気となり、84年には全国ネットでテレビ番組がスタート。視聴者から寄せられる難問珍問を一刀両断で解決して喝采を浴び、一躍スター文化人になった。

この世の中、自分の性的な嗜好が異常なのではないかと、パートナーにすら打ち明けられず悩む人々は想像以上に多い。そんな相談を受けるドクター・ルースは、さまざまな少数派の欲望を肯定し、「ノーマルなんてないわ!」と励まし続けた。どれほど多くの悩める人たちが救われたことだろう。

そればかりか、番組の成功で手に入れた知名度と信頼を武器に、社会的な弱者にも積極的に手を差し伸べる。エイズの出現に伴って自由なセックスを敵視する世間の傾向には、コンドームを推奨して徹底的に立ち向かった。妊娠中絶を倫理的に悪とみなす保守的な考えに対しては、施術を選ぶ女性の権利を主張した。LGBTQの人々にも常に寄り添ってきた。

ユダヤ迫害を逃れて流浪の青春時代

その明るいキャラクターからは想像もつかないが、第2次世界大戦中のホロコーストで両親と祖母を亡くした悲しい過去を持つ。28年、ドイツ・バイエルン州のヴィーゼンフェルト(現在のカールシュタット)でユダヤ系家庭に生まれたルースは、10歳のとき、父がナチスに連行されたのを受け、家族と離れて1人でスイスの養護施設に送られる。施設の女子は高校への進学が認められていなかったため、ボーイフレンドから借りた教科書を消灯後にむさぼり読み、人知れず知識を蓄えたという。

終戦後、家族がナチスに殺されたことを知ったルースは、17歳でイギリス委任統治領パレスチナに渡り、ユダヤ人地下軍事組織に参加。低身長を理由に、女性ながら狙撃手に選ばれた。「人を殺したことはないけど、手りゅう弾の投げ方や銃の撃ち方は身に付けた」という。47-49年の第一次中東戦争では、砲弾で重傷を負い、長期の入院を余儀なくされた。

50年にはイスラエル軍人と結婚してフランスに移住し、パリのソルボンヌ大学で心理学を学ぶ。夫が帰国したがると、学業を続けるために離婚に踏み切った。その後、パリで再婚して娘をもうけるも、ナチスの迫害で教育を断念したユダヤ人が1500ドルの奨学金を受けられると知り、夫を説得して一家で米国に移住する。

知識の大切さを行動で示す

ここまで聞いただけでもルースの半生の波瀾万丈ぶりに驚かされるが、彼女の才能が開花するのは40代に入ってからだ。2度目の結婚が破綻し、ニューヨークで時給1ドルのメイドの仕事をしながらシングルマザーとして奮闘した時期を乗り越え、3番目の夫と出会う。

その頃、中絶手術や避妊薬の処方、性病治療などを行うNGOで働き、性に関する正しい知識を持たなかったばかりに苦しむ女性たちを目の当たりにする。彼女たちの役に立ちたいとの思いを募らせ、コロンビア大学大学院に進学。堕胎が違法だった時代の避妊と中絶、家族計画について博士論文を書き上げたのは、42歳のときだった。

また、人々から身近な性の悩みを打ち明けられるようになるが、満足に答えられずに力不足を感じ、コーネル大学に在籍していたセックス・セラピーの第一人者、ヘレン・シンガー・カプランの下、ヒューマン・セクシュアリティについて7年間学ぶ。ドクター・ルースとして登場するのはその数年後だ。

90歳を超えた現在も、講演などでエネルギッシュに世界を飛び回る。そんなドクター・ルースに2年間密着し、知られざる人生と家族の物語を温かいまなざしで描くのは、ビートルズの元秘書の独白を記録した『愛しのフリーダ』(2013年)で高い評価を得たライアン・ホワイト監督。密着映像に加え、かつてルースが出演した番組のアーカイブ映像や、少女時代を回想したアニメーションで構成しながら、強い意志で困難に立ち向かった一人の女性の生きざまを通じて、時代の変遷や人々の性に対する意識の変化を浮き彫りにしていく。

映画の中に「知識は誰にも奪えない」というルースの印象的な言葉が登場するが、激動の時代を生き抜いてきた彼女にとって、知識こそが逆境と戦う武器となり、自らを養う糧となり、人生を切り拓く原動力となったことがひしひしと伝わってくる。学び続けることの大切さ、知がもたらす無限の可能性を改めて実感させてくれるとともに、行動あるのみで人生を味わい尽くすことの素晴らしさを気付かせてくれる映画だ。

作品情報

  • 監督:ライアン・ホワイト『愛しのフリーダ』
  • 出演:ルース・K・ウエストハイマー
  • 配給:ロングライド
  • 製作年:2019年
  • 製作国:アメリカ
  • 上映時間:100分
  • 公式サイト:longride.jp/drruth
  • 絶賛公開中

予告編

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