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映画『エイス・グレード』:元ユーチューバーの監督が〈中2女子〉を通じて発する〈共感力〉とは

Cinema

元ユーチューバーの新鋭監督による米映画『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』が9月20日より日本で公開中。SNS世代の少女が思春期に入って日々成長していく姿を描いた新感覚の青春映画だ。日本公開に先駆けて来日したボー・バーナム監督がトークイベントで語った作品への思いを紹介しよう。

『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』は、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)空間と現実生活の間で揺れ動きながら「リアル自分探し」に目覚めていく「エイス・グレード(8年生)」の少女を描く。

米国では一般に、小学校6年と中学校2年、高校4年と区切るため、「8年生」は中学から高校に上がる節目の年で、年齢的には日本の中学2年生に当たる。日本にも「中二病」という言葉があるように、思春期真っただ中のお年頃だ。

主人公ケイラは、今どきの「イケてる女子」を気取ってYouTubeに「素敵な日々を送るためのアドバイス動画」を投稿しているが、「学年で最も無口な子」に選ばれてしまったニキビだらけで幼児体型の13歳。中学生生活最後の1週間で名実ともに「イケてる女子」の仲間入りを果たせるか——。必死でもがく少女の物語が、光あふれる映像とポップミュージックに乗せて綴られる。

...実は場になじめずプールで独りぼっちに © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC
クラスで人気の女子の家で開かれたプールパーティーに参加したものの、場になじめず独りぼっちになるケイラ © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

ケイラを演じたエルシー・フィッシャーは、アメリカで2018年の最多新人映画賞を獲得し、ゴールデングローブ賞の映画部門新人女優賞にノミネートされた。

監督は29歳の新鋭ボー・バーナム。10代の頃から自宅のベッドルームでネット中継を行い、自作の歌を披露していたユーチューバーの先駆けで、そこから本格的にミュージシャンに転身し、俳優やコメディアンとしても活躍するという異色の経歴を持つ。8月下旬、日本公開に先駆けて来日した監督が、先行上映に併せてコラムニストの山崎まどか氏とともにトークイベントに登場した。

来日してトークイベントに出演したボー・バーナム監督(撮影:渡邊玲子)
来日してトークイベントに出演したボー・バーナム監督(撮影:渡邊玲子)

「思春期の若者たちが実はシャイであることや、孤独を抱えていることは、アメリカではあまり語られません」と話すバーナム監督。インターネットを通じて世界に情報発信することの楽しさと怖さの両方を知るだけに、つながり続けようとする若者の心理には特別の理解がある。

「インターネットを断罪するのではなく、ネットとともに育ってきた自分がどのように感じているのかを、ありのままに描きたいと思いました。ネットは人と人をつなげるものであると同時に、時として人を孤独にするものでもある。刺激を与えてくれる面と、感覚をマヒさせる面を併せ持っています。しかも、ネットの世界は常に変わり続けている。その世界をある程度知っている僕でさえ、いまや語る権利はないと思っているくらいです。知れば知るほど分からないことが増えていく、いくら注意していても混乱してしまう世界なんです」

プールパーティーの集合写真で明るく振舞ってみせるケイラ(右端) © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC
プールパーティーの集合写真で明るく振舞ってみせるケイラ(左端)。おませな女子たちの輪に無理やり入れられ、端っこで浮いてるけどガンバレ! © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

SNSの普及によって、誰もが数分で「疑似セレブ」になり得る時代になった。

「今どきの若い女の子たちはインターネットを通じて常に他者から見られていて、観客の前でパフォーマンスをしなければいけないような気持ちになっているのが現状です。彼女たちはその状況にストレスを感じているんです。昔はセレブにしか当たっていなかったスポットライトが、今では多くの人に当たっている状況なんだと思います」

20代半ばには、「そこそこ顔の知られたスタンダップコメディアンとして舞台に立っていた」という監督。それほど有名でもないのに他者から見られる葛藤をネタにして笑いを取っていたという。

「数年前、舞台を終えた僕のところへ13歳くらいの女の子たちがやって来た。『あなたとまったく同じ気持ちです』と言われたんです。それが、この作品が生まれた最初のステップだったような気がします。これは自分だけの問題ではなかったんだと。若い女の子たちが僕の中に自分たちの姿を見出してくれたことによって、僕自身も彼女たちの中に自分自身を見出すきっかけになったんです」

中学校最終学年のエイス・グレードには、高校の1日体験プログラムがある。案内役に付いてくれたお姉さんが優しくてひと安心! © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC
中学校最終学年のエイス・グレードには、高校の1日体験プログラムがある。案内役に付いてくれたお姉さんが優しくてひと安心! © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

主人公を13歳の少女にした理由はもう1つある。

「脚本を書くとき、若者がネットにアップした動画を大量に見てリサーチしました。ほとんどの場合、男子はゲームをしている自分について語り、女子は自分の魂について語っていた。もしも男子を主人公にしたら、2時間ひたすらゲームの話だけになってしまって、面白くないだろうと思ったんです!」

『エイス・グレード』は多方面で才能を発揮するボー・バーナムにとって、長編映画デビュー作。自ら手掛けた脚本には、元ユーチューバーだった自身の体験や記憶が反映されているのかと思いきや、そうではないという。

「記憶をモチーフにした映画は僕も大好きなんですが、『エイス・グレード』を自分の過去の記憶に基づいた作品には絶対したくありませんでした。というのも、若い頃の記憶を頼りに書くと、人はどうしても自分の都合のいいように記憶を取捨選択してしまって、本当の『若さとは何か』というリアリティーが損なわれてしまう気がしたからです。例えば教室で時計を見つめながら、『まだあと7時間もあるなんて死にたい』と思ったりする。それこそ僕らが若い時、リアルに感じていたことでしょう」

1日体験入学で知り合った高校生と交わり、ケイラに新しい世界が広がる © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC
1日体験入学で知り合った高校生と交わり、ケイラに新しい世界が広がる © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

「あえて主人公を13歳の女の子にすることで、僕自身の記憶を物語に投影することができないようにしました。2018年に13歳である女の子の気持ちは、僕には到底理解できないわけだから、あくまで感覚的な部分からアプローチするしかない。そういう意味でこれは、『今われわれがこの時代を生きるとは、果たしてどういうことなのか』について描いている映画でもある。その主人公がたまたま13歳の女の子だっただけで、決して僕の記憶ツアーに観客を誘い込む作品ではないんです」

物語の後半には、ケイラが2年前に埋めたタイムカプセルを開け、当時思い描いていた理想の自分と現実との乖離(かいり)に直面する場面が登場する。その事実に動揺して自分を見失ってしまう姿と、過去の呪縛から解放され、等身大の自分を受け入れる過程がリアルに描かれる。

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC
© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

「13歳にとっての2年間は、大人の20年ぐらいに相当する気がします。ケイラが開けたタイムカプセルから、ジャスティン・ビーバーのマグネットが出てくるんですが、当時フレッシュなイケメンだったジャスティンが、たった2年で全身にタトゥーを入れ、バケツにおしっこするような人物になってしまった。ティーネイジャーが感じる時間の流れの速さを、ジャスティン・ビーバーを通じて体感してほしいという狙いがありました」

トークイベントの終盤、16歳の観客から「僕らの日常がそのまま描かれているようで素晴らしかった」という感想とともに、「僕らと同じ年齢の頃はどうでしたか?」という質問がバーナム監督に投げかけられた。

ロケ現場の学校の廊下で主演のエルシー・フィッシャーと話し込むボー・バーナム監督 © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC
ロケ現場の学校の廊下で主演のエルシー・フィッシャーと話し込むボー・バーナム監督 © 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

「僕がいろんなことに対して不安を感じるようになったのは、実は20代に入ってから。エイス・グレードの頃の僕は、脇毛が生えるのが遅いのがコンプレックスで、プールパーティが大嫌いなルーザー(負け組)でした。でも今思えば、脇毛ボーボーのヤツも当時は恥ずかしかったんじゃないかな。エイス・グレーダーにとって、どんな体が理想かなんて言えないんですよね」

こんな自虐ネタで日本の観客を爆笑させたバーナム監督。その光景を目の当たりにしながら、『エイス・グレード』という今のアメリカの若者の姿を捉えた作品が、世代や国境を越えて響く理由が明らかになった瞬間に立ち会えたようで嬉しくなった。これぞ、元ユーチューバーのクリエイターが放つ「共感力」に違いない。

取材・文・撮影=渡邊 玲子

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC
© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

作品情報

  • 監督・脚本:ボー・バーナム
  • 出演:エルシー・フィッシャー、ジョシュ・ハミルトン、エミリー・ロビンソン、ジェイク・ライアン
  • 配給:トランスフォーマー
  • 製作年:2018年
  • 製作国:アメリカ
  • 上映時間:93分
  • 公式サイト:http://transformer.co.jp/m/eighthgrade/
  • ヒューマントラストシネマ有楽町、シネクイントほか公開中

予告編

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