ニッポンドットコムおすすめ映画

英国アニメ『エセルとアーネスト ふたりの物語』:戦前・戦中・戦後を生きた平凡な夫婦の記録

Cinema アニメ

世界的に有名な英国の絵本作家の原作をアニメ化した映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』が、東京・岩波ホールを皮切りに全国順次公開中。『スノーマン』や『風が吹くとき』で知られるレイモンド・ブリッグズが、大人向けのグラフィックノベルとして両親の人生を描き、1999年にブリティッシュ・ブック・アワーズの最優秀絵本賞を受賞した名作だ。1920年代末から70年代初めにかけてのロンドンの庶民の暮らしが、絵本の質感そのままに温かくスクリーンに浮かび上がる。

物語は階級社会が色濃い1928年のロンドンを舞台に幕を開ける。ある貴婦人のメイドとして働くエセルと、牛乳配達のアーネストが出会って結婚し、郊外のウィンブルドン・パークに25年ローンで小さな家を買う。やがて一人息子のレイモンドを授かり、幸せな毎日を過ごす一家に、ヒトラーの台頭とともに戦火が忍び寄る。ドイツ軍によるすさまじい空襲の日々、ようやく迎えた終戦。そして戦後の復興を経て、庶民がささやかな豊かさを手にする時代が、電話、冷蔵庫、テレビ、乗用車の普及とともに描かれる。成長したレイモンドがやがて家から独立し、アポロ11号が人類初の月面着陸を成功させる頃、エセルとアーネストの人生は静かに終幕を迎えようとしていた…。心優しき平凡な夫婦が手に手を取り合って送る「普通の人生」が、この上なく温かく胸に迫る秀作だ。

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016
© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016
© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016
© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

レイモンド・ブリッグズは、激動の時代を共に歩んだ両親の人生を3年かけて丁寧に綴り、1998年に絵本『エセルとアーネスト』を出版した。映画化の企画は2007年にようやくスタートし、そこから完成までにはさらに9年半を要した。その間には数々の困難があったという。

今年3月の「東京アニメアワードフェスティバル2019」でオープニング作品として上映された際、プロデューサーのカミーラ・ディーキンが来日し、本作が誕生したきっかけや製作の舞台裏について語ってくれた。

2019年3月に来日した『エセルとアーネスト ふたりの物語』のプロデューサー、カミーラ・ディーキン(撮影:渡邊玲子)
2019年3月に来日した『エセルとアーネスト ふたりの物語』のプロデューサー、カミーラ・ディーキン(撮影:渡邊玲子)

「最初に映画化を企画したのは、ビートルズのアニメーション映画『イエロー・サブマリン』(1968年)のプロデューサーの1人だったジョン・コーツでした。当初、レイモンド・ブリッグズは映画化にはとても慎重だったそうです。『エセルとアーネスト』は両親に捧げたパーソナルな作品だからという理由でした。最終的にはレイモンド本人がエグゼクティブ・プロデューサーとして関わるという条件で映画化を許諾し、2007年に企画がスタートしたのですが、史実に基づく大人向けのアニメーションは商業的に成功しにくいとの懸念があり、資金調達は難航しました」

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016
© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

レイモンド・ブリッグズの代表作といえば、1978年に出版した絵本『スノーマン』(初版の邦題は『ゆきだるま』)。これを1982年に短編アニメにしたプロデューサーがジョン・コーツで、作品は翌年のアカデミー賞にノミネートされるほど高く評価され、今なお世界中で愛されている。コーツは今回の映画化を見届けることなく2012年9月に他界した。

そのコーツが『エセルとアーネスト』の監督に指名したのは、『スノーマン』のアニメーターだった経験を持ち、何本もの人気テレビアニメを監督していたロジャー・メインウッドだ。

「ロジャーはレイモンドの本が大好きで、本人とも親交がありましたが、彼もまた昨年9月に惜しくも65歳という若さで亡くなりました。彼は制作にあたって、レイモンドとその両親にとても敬意を払い、原作をできるだけ忠実に再現しようと、徹底的に細部までこだわり抜きました。『エセルとアーネスト』は、ほとんどが手描きで作られたアニメーションです。乗り物や建物の一部にはCGを使っていますが、人物や動物たちの動きはすべて手描きなんです」

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016
© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

実在した人物の人生を正しく描くことに対するメインウッド監督の熱意は、ブリッグズも驚くほどだったというが、本人もそれに応えて製作のすべての段階に関わり、長時間の打ち合わせにも参加した。一つ一つセリフをチェックし、ありとあらゆる資料を提供して、キャラクターの外見や動き、家の作りを正確に再現することに協力したという。

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016
© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

ポール・マッカートニーがエンディング曲を書き下ろし

本作のエンディングテーマを、元ビートルズのポール・マッカートニーが書き下ろし、演奏しているのも特筆すべきだろう。そのきっかけを作ったのも、今は亡きジョン・コーツとロジャー・メインウッドだそうだ。カミーラが裏話を教えてくれた。

「ジョンは『イエロー・サブマリン』をデジタルリマスター化した際にも監修で関わっていたので、ポール・マッカートニーの秘書の連絡先を知っていたんです。ちょうど『エセルとアーネスト』の音楽をどうするか考えていたとき、ロジャーがある情報を仕入れてきました。実はポールがレイモンドの絵本の大ファンで、『いたずらボギーのファンガスくん』を子どもに読み聞かせ、その本に影響されて作った楽曲まであると! そこでレイモンドに『ファンガスくん』の封筒と便箋を使ってポール宛に直筆の手紙を書いてもらいました。その作戦が功を奏して、ポールからイエスの返事をもらったというわけなんです」

作者レイモンド・ブリッグズが登場する冒頭の実写シーンは、ロジャー・メインウッド監督のアイディア © Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016
作者レイモンド・ブリッグズが登場する冒頭の実写シーンは、ロジャー・メインウッド監督のアイディア © Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

微笑ましいエピソードだが、制作に関わった人それぞれが、予算の問題に直面しながら、少しでも映画に輝きをもたらしたいと奮闘したことが伝わってくる。そしてやはりその中心には、そんな情熱を引き寄せるレイモンド・ブリッグズという偉大なアーティストがいて、彼が愛情を込めて描いた感動の物語がある。『エセルとアーネスト』は、レイモンドが両親に捧げた賛美であるとともに、1920年代末から70年代初めにかけて英国に暮らした市井の人々の姿を投影した物語でもある。これからその100年後を生きようとしているわれわれに、「普通の毎日を懸命に生きること」の大切さを気付かせてくれる、過去からの贈り物のような作品だ。

取材・文・撮影=渡邊 玲子

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016
© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

作品情報

  • 監督:ロジャー・メインウッド 
  • 原作:レイモンド・ブリッグズ(バベルプレス刊)
  • 音楽:カール・デイヴィス 
  • エンディング曲:ポール・マッカートニー
  • 声の出演:ブレンダ・ブレッシン/ジム・ブロードベント/ルーク・トレッダウェイ
  • 配給:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ
  • 製作年:2016年
  • 製作国:イギリス・ルクセンブルク
  • 上映時間:94分
  • 公式サイト:https://child-film.com/ethelandernest/
  • 岩波ホールほか全国公開中

予告編

アニメ 映画 英国 夫婦 アニメーション ビートルズ