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山崎まさよしが犯罪ミステリーで泥棒を演じたら…? 映画『影踏み』の篠原哲雄監督と原作者・横山秀夫が語る

Cinema 文化

人気ミステリー作家・横山秀夫の原作を、篠原哲雄監督がユニークなキャストで映画化した『影踏み』が、11月15日(金)から全国公開。小説を映画化するにあたり、原作者と監督が作り手として互いに意識したことは何か、2人に語ってもらった。ミュージシャンが本業である主演・山崎まさよしの役者としての魅力にも迫った。

「不可能」と言われた映像化を可能にしたもの

警察小説の名手として知られる横山秀夫。これまで数々の小説が映画やテレビドラマになっており、映画化は『半落ち』(公開2004年)、『クライマーズ・ハイ』(同08年)、『64—ロクヨン—』(同16年)などに続いて、今回の『影踏み』が6作目となる。

シンガーソングライターの山崎まさよしにとって14年ぶりの主演映画となった『影踏み』 ©2019「影踏み」製作委員会
シンガーソングライターの山崎まさよしにとって14年ぶりの主演映画となった『影踏み』 ©2019「影踏み」製作委員会

『影踏み』は、横山作品の中で長らく映像化が手付かずだった「最後の一作」(2016年企画当時)。小説ならではの仕掛けゆえに、映像化不可能と言われていたという。その具体的な内容については、原作と映画を比較しながら存分に楽しんでほしいが、誰よりも原作者の横山本人が、篠原監督の狙いから大きな衝撃を受けたという。

横山秀夫 監督から「ファンタジーの部分を立体的に立ち上げる」というお話を聞いたときは、やっぱり「えー!?」って思いましたね。「そんなことができるのかなあ」と。その部分を抽象的な形ではなく、具体的に映像化したということに関してはものすごく驚いたし、それがこの映画の醍醐味の1つだと思います。具体化したことによって描けたものがあまりにも大きくて「なるほどなあ」って、完成した映画を観て思いましたね。

横山は以前、漫画の原作シナリオを書いていた時期が7年ほどある。そこで身に染みたのは「漫画は漫画家のもの」という業界の不文律。それゆえ、最初から「映画は映画人のもの」として監督に託していたという。

『影踏み』原作者の横山秀夫(左)と監督の篠原哲雄 (撮影:渡邊玲子)
『影踏み』原作者の横山秀夫(左)と監督の篠原哲雄 (撮影:渡邊玲子)

篠原哲雄 原作者から「映画は映画人のもの」と言われてしまうのは、逆に怖くもあります。どういうスタンスで、何を選んで、何を撮るか、それが一番大変なんです。原作を最初に読んで考えた描き方をするためには、小説のルールを逸脱しなければいけないこともある。小説の中で重要となるモチーフだとしても、映画では捨てざるを得ないとかね。

横山 絵で見せられると、もうそこですべてがわかってしまう、なんてこともありますよね。映像には「そこはあえてくわしく描かない」という選択ができない部分もあるじゃないですか、全部映ってしまうから。

精緻な文章で構築された世界をいかに映像で見せ、そして見せないか…。あらゆるショットが見逃せない ©2019「影踏み」製作委員会
精緻な文章で構築された世界をいかに映像で見せ、そして見せないか…。あらゆるショットが見逃せない ©2019「影踏み」製作委員会

篠原 サスペンスの要素を映像化するのも、難しいと感じた部分でしたね。小説の文体とは違う方法で、ある人物を最初から犯人には見せないような背景をさりげなく作っていったりもするんです。

横山 そもそも小説と映画は、文法も方法論も違うものですから、こちらとしても「原作通りに作ってくれなきゃ嫌だ」みたいなことは、決して言わないわけですよ。ただね、「ものを作り出す」ということに関しては、おそらく同じ「通過点」のようなものがあって、そこをそれぞれ違う経路で通過しているのが想像できるんです。だからこそ、出来上がったものに関して「なるほどなあ」と思えるんじゃないでしょうか。

いかにも怪しい人物が悪者とは限らず、逆もまた然り。さらにその裏をかくことも…。小説を原作とする映画ゆえの描写に注目だ ©2019「影踏み」製作委員会
いかにも怪しい人物が悪者とは限らず、逆もまた然り。さらにその裏をかくことも…。小説を原作とする映画ゆえの描写に注目だ ©2019「影踏み」製作委員会

役者・山崎まさよしの独特なたたずまい

『影踏み』が異色とされる所以(ゆえん)のもう一つは、犯罪者が謎を解き明かすというストーリーにある。深夜、住人が寝静まった家に侵入する泥棒のことを、警察用語では「忍び込む」からとって「ノビ師」というらしいが、この物語はそのノビ師を主人公に展開していく。

腕利きのノビ師、「ノビカベ」こと真壁修一が、ある夜、侵入先の県会議員宅で放火殺人の現場に居合わせる。ノビカベは放火を制止した代わりに、幼なじみの刑事に窃盗の現行犯で逮捕されてしまう。通報もされていないのになぜ刑事がいたのか? 県会議員の妻はなぜ夫を焼き殺そうとしたのか、そしてその後は? 2年後、刑期を終えて出所した修一は、出迎えに来た弟分の啓二とともに、あの夜の謎を追い始める——。

主人公・修一を演じるのは、シンガーソングライターとして絶大な人気を誇る山崎まさよし。映画デビューにして主演を務めたのが、篠原監督の『月とキャベツ』(1996年)だった。その主題歌「One more time, One more chance」の大ヒットは、山崎がブレイクするきっかけともなった。今回の『影踏み』でも、劇伴と主題歌を担当している。

山崎まさよし演じるノビ師・真壁修一(右)と弟分の啓二(北村匠海) ©2019「影踏み」製作委員会
山崎まさよし演じるノビ師・真壁修一(右)と弟分の啓二(北村匠海) ©2019「影踏み」製作委員会

篠原 本人は「音楽を作るときに自分の芝居を見なきゃいけないのが苦痛だった。気持ち悪かった」と言っていました (笑)。山崎くんの演技は、上手いか下手かで言えば、決して上手くはないですよ。でも、その人物に見えさえすればよいわけで、山崎くん本人が持っているものだけで十分成り立つんです。

横山 私が書き続けてきたのは「組織の中の個人」というテーマです。山崎さんは、ミュージシャンとしてずっと1人でやってきた人ですからね。「大きな組織に対する本当の意味での個人」という感覚が彼の中に宿っていたことが、役を演じる上で影響したと言えるかもしれません。

篠原 泥棒という「民」の底辺にいる人間が、どういう風に世の中を見ていくのか。いつも敵対している「官」である警察をどう欺いていくのか。山崎まさよしがそこに存在して、修一という人物が乗り移る。彼の中で「泥棒=個人」というのがしっくりきたのでしょうね。

横山 山崎さんにはたくさんのファンがいるので、彼を泥棒にすることに負い目を感じたんですが、出来上がった映画を見たら、そんな思いは吹っ飛んで、「山崎さんでよかったな、彼以外には考えられないな」と心から思いました。

修一と久子(尾野真千子)の関係に、久能(滝藤賢一、左)どう絡んでくるかも『影踏み』の見どころ  ©2019「影踏み」製作委員会
修一と久子(尾野真千子)の関係に、久能(滝藤賢一、左)どう絡んでくるかも『影踏み』の見どころ  ©2019「影踏み」製作委員会

弟分の啓二には、映画『君の膵臓をたべたい』など、ここ数年、数々の話題作に出演する北村匠海。幼なじみの刑事役に竹原ピストル、修一を支える久子役に尾野真千子、久子に思いを寄せる久能役に滝藤賢一など、脇を固める役者陣には実力派がそろう。あえて「俳優ではない」山崎まさよしを主演に迎えたことで、修一という人物の独特のたたずまいが際立った。

篠原 山崎くんが、北村くんと2人で本読みとリハーサルをする日が1日だけ、3時間ぐらいあった。そのときに、彼がすごく役を掴もうと、セリフを言いながら登場人物になろうとしている瞬間があって、「ああ、この2人だったら現場でうまくやっていけるだろうな」って思えた。「リハーサルはもういいや、あとは現場でやろう」と決めたんです。竹原くんが山崎くんの胸ぐらをつかむシーンは、現場で見ていても「なんて面白いんだろう」と思ったくらい。ポスターで使った、山崎くんがじっとこちらをにらみ付けている顔が撮れたのは、竹原くんとの対峙が非常に大きかったと思うんですよね。

横山 山崎さんに会った印象は「すごく手ごわい人」。人と話していて、相手が言ったことに完全に納得がいかなくても、普通だったらその場の雰囲気を壊さないように、流してしまうようなところがあるじゃないですか。でも山崎さんの場合、変な間ができるんです。自分が納得してないことに対して、決して納得したふりをしない。こういう人が今の時代、手ごわいんです。ミュージシャンとしても、芯を持っている人だなと感じましたね。

篠原 僕も普通の俳優とは違う感覚で付き合っているところがありますね。たとえ疑問に思っても、こちらの意図を理解しようとしてくれるから、一緒に考えていくことができるんです。彼はインタビューで僕が何も演出しないと言っていたけれど、いやいや、そういうことじゃないだろうって(笑)。彼はそのままでいいんだ、というところがあって。あえてほったらかしにすることによって出てきたものを、うまく使うのが僕なりのやり方なんですよ。

取材・文・撮影=渡邊 玲子

©2019「影踏み」製作委員会
©2019「影踏み」製作委員会

作品情報

  • 出演:山崎 まさよし、尾野 真千子、北村 匠海  中村 ゆり、竹原 ピストル、中尾 明慶、下條 アトム、根岸 季衣、滝藤 賢一、鶴見 辰吾 / 大竹 しのぶ
  • 監督:篠原 哲雄
  • 脚本:菅野 友恵
  • 原作:横山 秀夫『影踏み』(祥伝社文庫)
  • 音楽:山崎 将義
  • 配給:東京テアトル
  • 製作年:2019年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:112分
  • 公式サイト:https://kagefumi-movie.jp/
  • 11月15日(金) 全国ロードショー

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