ニッポンドットコムおすすめ映画

『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』:フィンランドのイメージを覆す爆笑ロードムービー

Cinema

幸福度ランキング上位の常連、北欧のフィンランド。おしゃれで意識の高い人々が暮らす国というイメージが定着しているが、「こんな俺たちがいることも忘れてもらっては困るぜ」とばかりに、むさくるしいヘビメタ男子がフルボリュームでフィヨルドの彼方から来襲。年末年始の日本に笑いと夢と勇気を与えてくれる快(怪)作だ。

2019年は日本とフィンランドの外交関係樹立100周年。フィンランドと聞いて日本人が真っ先に連想するのは、ムーミン、サウナ、サンタクロース、オーロラ…あたりだろうか。しかしもう一つくらい知っておいてほしい。世界屈指、いや世界一と言っていいかもしれない「メタル大国」であることも。

ここで言う「メタル」とは、ロック音楽の1ジャンル、「ヘヴィメタル」のこと。日本でも一時期は非常に人気があったが、90年代以降、ジャンルとしてはかなり下火になった感がある。ところが北欧諸国ではいまなお高い人気を誇り、その中でもフィンランドが最強国と言われる。

メタルバンド専門データベース「Encyclopaedia Metallum」のデータ(2016年5月)によると、フィンランドは100万人あたりのメタルバンドの数が630と断トツなのだ。実にドイツの約5倍、イギリスの約10倍。首都ヘルシンキでは98年以来、毎年夏に3日間の野外フェス「トゥスカ オープンエアーメタルフェスティバル」が開かれ、19年は4万3000人の観客を集めたという。

メタルバンド「インペイルド・レクタム」が主役の映画『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』 ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
メタルバンド「インペイルド・レクタム」が主役の映画『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』 ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018

そんなメタル超大国が満を持して世に送り出した映画が『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』。同国の映画史上最大級の巨費を投じて製作されたと聞く。ただし題材はメタルでも、ジャンルはいわゆる「おバカ」コメディーだ。そもそもメタルファンとは、世間の目を気にせず我が道を突き進む人たちであるから、笑いとの相性はいい。そこに、真面目な顔をしておかしなことをする、フィンランド人特有のとぼけたユーモアが絶妙にはまる。

物語は同国北部の片田舎、トナカイが道路を歩き回るのどかな村を舞台に繰り広げられる。25歳のトゥロは、介護施設でアルバイトをしながら、日ごろの退屈をバンドの練習で晴らす。メンバー4人は見た目そのままの重度なメタル・オタク。12年も続けているだけあってテクニックはなかなかのものだが、コピーばかりでオリジナルは1曲も作ったことがなく、人前で演奏したのも皆無という。何とバンド名すらなかった。

メンバー中もっとも地味なベースのパシ(右端)は図書館勤務のインテリだが、デビューを控えてビジュアルが激変 ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
メンバー中もっとも地味なベースのパシ(右端)は図書館勤務のインテリだが、デビューを控えてビジュアルが激変 ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018

そんな4人がある日、ついに意を決して初のオリジナル曲をテープに吹き込むと、そのデモがひょんなことからノルウェーの巨大メタルフェスを主催する有名プロモーターの手に渡る。有頂天になったトゥロは、意中の花屋の娘に出場が決まったかのように話してしまい、その噂が村を駆け巡る。村民の熱い期待を受け、地元のバーで初ライブを披露することになったバンド「インペイルド・レクタム」(意味は「直腸陥没」)。しかしボーカルのトゥロは緊張のあまりステージで大失態を犯してしまう…。

精神科病棟から患者を「拉致」、フィンランド警察に追われながら、ノルウェーのフェスに向かって疾走 ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
精神科病棟から患者を「拉致」し、フィンランド警察に追われながら、ノルウェーのフェスに向かって疾走 ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018

北欧の文化といえば、機能的でおしゃれなデザイン、シンプルでスマートなライフスタイルという印象が日本人の間にも定着しているが、この映画はほぼそこからはみ出る要素だけで成立していると言っていい。そして、多様性を重んじる成熟した社会と言われる北欧でも、むさくるしい長髪のメタルファンは、マッチョな男たちから「ホモ」呼ばわりされる。少数者が肩身の狭い思いをして生きなければならないのは、どんな社会でも変わりはないということだ。

フィヨルドの絶景が広がる断崖に追い詰められ絶体絶命 ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
フィヨルドの絶景が広がる断崖に追い詰められ絶体絶命 ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018

「メタルいじり」に加え、トナカイにバイキングと定番の北欧ネタもバッチリ ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
「メタルいじり」に加え、トナカイにバイキングと定番の北欧ネタもバッチリ ©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018

ここ数年、ソーシャルネットワークの拡散力もあって、「多様性」がさまざまな場面で語られ、人々の意識が急速に高まりつつあるのはよいが、現実はどうだろうか。市場経済に支配された世の中では、趣味のような極めて個人的な領域ですら、多数の論理に脅かされている。売れない製品がいつしか市場から消え、大多数に支持されるモノだけが残っていくにつれ、少数派の淘汰はますます進み、多数派に抗うスタイルを貫けば嘲笑の的になる。

しかし、田舎の名もないバンドマンが、隣国の有名フェスに出るという噂だけで、昨日までの虐待者から握手を求められることもある。地元に分かり合える相手がいなくても、地球上に散らばる仲間とつながれる時代だ。その中には、より大きな支持層を持つ「インフルエンサー」がいないとも限らない。恥を恐れるな、自分の信じる道を行け。少数者にも、一発逆転の夢は残されている。『ヘヴィ・トリップ』が重低音で響かせる、そんな単純明快なメッセージをスクリーンから全身で受け止めてみよう。

©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
©Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018

作品情報

  • プロデューサー:カイ・ヌールドベリ、カールレ・アホ
  • 監督:ユーソ・ラーティオ、ユッカ・ヴィドゥグレン
  • 脚本:ユーソ・ラーティオ、ユッカ・ヴィドゥグレン、アレクシ・プラネン、ヤリ・ランタラ
  • 主演:ヨハンネス・ホロパイネン、ミンカ・クーストネン、ヴィッレ・ティーホネン、マックス・オヴァスカ、マッティ・シュルヤ、ルーン・タムティほか
  • 配給:SPACE SHOWER FILMS
  • 製作国:フィンランド+ノルウェー
  • 製作年:2018年
  • 上映時間:92分
  • 公式サイト:heavy-trip-movie.com
  • 12月27日(金)よりシネマート新宿&心斎橋ほかにてロードショー!

予告編

映画 音楽 Babymetal ロック 北欧 マイノリティー フィンランド コメディー