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不登校の少女が自然に囲まれた自立支援施設で心を開くまで:映画『もみの家』 坂本欣弘監督インタビュー

Cinema

場になじめないが、変な人と思われたくない。親の期待を裏切りたくない。そんな悩みを抱えて気が重くなり、学校に通えなくなってしまった高校生が親元を離れて農村で暮らす。やがて、美しい自然と、同じ悩みを抱える仲間たちが教えてくれる。「なりたい自分になればいい」と。心の殻を破って成長する少女を描く『もみの家』の坂本欣弘監督に話を聞いた。

坂本 欣弘 SAKAMOTO Yoshihiro

映画監督。1986年生まれ、富山県出身。大学在学中に岩井俊二監督が主宰するplay worksに公募シナリオの陪審員として参加。卒業後、俳優・映画監督の養成スクール「ENBUゼミナール」に1年間通い、冨樫森や呉美保の現場などで助監督として活動。2011年に会社を立ち上げ、富山と東京を拠点に映像制作を手掛ける。17年に『真白の恋』で長編デビュー。なら国際映画祭で観客賞を受賞。2作目の『もみの家』が20年3月に全国公開。

16歳の不安と輝き

映画のタイトルになっている「もみの家」とは、非行、不登校、ひきこもり、ニートといった問題に苦しむ若者のために、自立を支援する施設の名前だ。ここに暮らすのは、最初は殻をかぶった稲の実のように、不安や孤独から心を閉ざしていた少年少女たち。それがやがて、早寝早起きの共同生活と農作業を通じて、日々の小さな喜びを見つけるようになる。

主人公は、東京で両親と3人で暮らし、学校生活になじめず不登校になった16歳の彩花。心配する母親に迫られ、富山の農村での合宿生活を受け入れた。場に溶け込めない自分を感じ、嫌われないように人の顔色をうかがうことに慣れ、いつしか明るさを失ってしまった彩花だったが、田舎の美しい自然やおいしい食事、人々の温かさに触れて心を開き、少しずつ輝きを取り戻していく。

米どころ富山が舞台。「もみの家」OBの淳平(中村蒼)が後輩たちに農作業を指導する ©「もみの家」製作委員会
米どころ富山が舞台。「もみの家」OBの淳平(中村蒼)が後輩たちに農作業を指導する ©「もみの家」製作委員会

監督は2017年に『真白の恋』でデビューした坂本欣弘。2作目を撮るにあたり、作家・乃南アサが1996年に発表した話題作『ドラマチック チルドレン』を手に取った。富山市の外れにある「Peaceful House はぐれ雲」という施設を舞台にした実話に基づく作品だ。作品の企画を立てる際、「撮らせてもらえることが大前提」と現実的に考える坂本が、これなら撮れると感じた。何より、舞台が地元の富山であること、思春期の少年少女の話であることに心を動かされた。

坂本欣弘監督
坂本欣弘監督 ©「もみの家」製作委員会

「山田洋次監督の『十五才 学校IV』(2000)という映画がありますよね。僕も当時、登場人物たちと同じくらいの年で、ヒッチハイクで屋久島まで行くのに憧れたんです。大人になってから実際に行ってみて感じたのは、思春期の子たちにとっては、どんな小さなことでも夢や希望につながるんだなということでした。だからそういう映画を作りたいという願望があったんです。13歳だとまだ自我が芽生えていないし、17、8だとちょっと大人びている。15、6の高校1年生の頃が一番いいんじゃないかなと思って」

主人公・彩花を演じる南沙良は2002年生まれ。デビュー作『幼な子われらに生まれ』(三島有紀子監督、17年)を観た坂本監督が、同年代のトップ5に入る女優と絶賛してオファー
主人公・彩花を演じる南沙良は2002年生まれ。デビュー作『幼な子われらに生まれ』(三島有紀子監督、17年)を観た坂本監督が、同年代のトップ5に入る女優と絶賛してオファー ©「もみの家」製作委員会

学校に行くのがすべてか

坂本監督自身も「はぐれ雲」に足を運び、寝起きや散歩を共にしながら、そこで暮らす人々を取材した。

「彼らにまず何より、学校に行きたくないという気持ちがあるのは確かなんですけど、それを言えない家庭環境だからこそ、だんだんとひきこもりになっていく面もある。親とのすれ違いがあって、どんどんボタンの掛け違いが起きてしまうんですね。学校で嫌なことがあっても、親に言えたり聞いてもらえたりしたら、どこかで解決できるかもしれないのに、それができない」

実際の施設では、2カ月もすると学校に行き始める子も少なくないという。しかしそれでは映画にしにくいと感じた。

「田植えから収穫までを描くと半年かかると思って。だったら冬も入れよう、春も入れようと。少女の成長を描くという面でも、時間をかけた方がリアリティを出せるんじゃないかなと思ったんです。1年の間、じっくり約30日使って撮らせてもらいました」

苗から育てた稲が実り、いよいよ刈り取りの作業に ©「もみの家」製作委員会
苗から育てた稲が実り、いよいよ刈り取りの作業に ©「もみの家」製作委員会

「もみの家」に暮らしながら季節はめぐり、出会いや別れを経ながら、都会では決してできないさまざまなことを体験する。その中で、着実に成長していく彩花。彼女は、自分を施設に入れた親の思いをどう受け止めるのか。果たして学校に行くことができるのだろうか。

「そもそも、そこに重きを置いていないんですよ。学校に行くか行かないかってことに。どっちであっても、彩花が前向きに生きていくことには変わりないんです。彼女が寮のみんなと少しずつコミュニケーションをとりながら、心を開き、人間として明るくなっていく姿を表現したかったので。同時にこれは、家族関係の修復を見つめる物語でもあるんです」

彩花(南沙良)を受け入れ、その成長を静かに温かく見守る「もみの家」の代表、泰利を緒形直人が演じる ©「もみの家」製作委員会
彩花を受け入れ、その成長を静かに温かく見守る「もみの家」の代表、泰利を緒形直人が演じる ©「もみの家」製作委員会

ただ、映画として物語の結末をどう描くか。彩花にどんな選択をさせるかは、撮影しながら考え続けた。

「僕は別に、学校に行くのがすべてとは思っていないんです。でも取材をしながら、親御さんたちとも話したんですけど、親の願いとしては、やっぱり学校に行ってほしい、みんなと同じになってほしいという意見が多くて。でも逆に僕は、この映画を観たときに、それが正解と思ってほしくなかったんですよね。これは映画なので、それがすべてじゃないよと。ただ、そこを押し通して話として報われるかなあとか…。まあそんなことをね、キャストも含めてみんなでディスカッションをしながら見つけていったんです」

泰利の妻・恵(田中美里)など、寮に暮らす年上の女性たちが彩花の関心を広げていく ©「もみの家」製作委員会
泰利の妻・恵(田中美里)など、寮に暮らす年上の女性たちが彩花の関心を広げていく ©「もみの家」製作委員会

もみの家で生きた日々

前作『真白の恋』では、予算がなかったこともあって、キャストやスタッフと撮影現場に泊まり込んだという。このやり方が、寮生たちが共同生活を送る家を描く本作にもふさわしいのではないかと考えた坂本監督。富山県西部・砺波平野の農村に古い空き家を見つけ、物を入れて生活の雰囲気を作り上げていった。

「最初はここに住んでもらいますって、みんなに言ったんですよ。緒形さんも喜んで、住みたいって言ってくれて。でもいざ僕が試しに住んでみると、あまりにも環境が悪くて…(笑)。さすがにちょっと水回りがひどかったので、これは無理だろうと」

共同生活と農作業を通じて仲間と食べ物のありがたみを知る寮生たち ©「もみの家」製作委員会
共同生活と農作業を通じて仲間と食べ物のありがたみを知る寮生たち ©「もみの家」製作委員会

その代わり、クランクインの直後、寮生役の俳優たちが「もみの家」に到着する日を休みにして、その場で自由に過ごしてもらったという。

「最初にみんなが触れ合う時間を作りたいなという考えがあって。自分が普段の生活に使う、どんなものが周りにあるかを認識して、どういう日常を送っているか想像してもらったんです。寝てもいいし、勉強してもいい、普通に過ごしてくださいと」

撮影期間中には、彩花に慕われる近所の老婆役を演じた大ベテラン女優、佐々木すみ江さんが亡くなるという予期せぬ出来事もあった。

彩花と接しながら、家族への想いを伝えるハナエ(左)。演じた佐々木すみ江さんは映画の完成を待たずに19年2月に90歳で永眠した ©「もみの家」製作委員会
彩花と接しながら、家族への想いを伝えるハナエ(左)。演じた佐々木すみ江さんは映画の完成を待たずに19年2月に90歳で永眠した ©「もみの家」製作委員会

「いろんな話をさせてもらいました。女優の立ち居振る舞いとか、役者としての生き方みたいなことも教えてもらった。すごく優しくて、現場でピアスをもらったというスタッフもいました。もしかすると、今回をたくさんの人に何かを伝えていく機会と考えていたのかもしれないですね。すみ江さんが亡くなられたあたりから、この映画を10年も20年も残していきたいなという思いが強くなりました」

聞き手:渡邊 玲子
文・構成:松本 卓也(ニッポンドットコム)

©「もみの家」製作委員会
©「もみの家」製作委員会

作品情報

  • 出演:南 沙良 緒形 直人 田中 美里  
    中村 蒼 渡辺 真起子 二階堂 智 菅原大吉
    佐々木 すみ江
  • 監督:坂本 欣弘 
  • 脚本:北川 亜矢子 
  • 音楽:未知瑠 
  • 主題歌:羊毛とおはな 「明日は、」(LD&K) 
  • 製作:映画「もみの家」製作委員会 
  • 制作プロダクション:コトリ 
  • 配給:ビターズ・エンド 
  • 製作国:日本
  • 製作年:2020年
  • 上映時間:105分
  • 公式サイト:www.mominoie.jp
  • 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中

予告編

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