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“群れない”が戦うときは手をつなぐ大人たち:映画『一度も撃ってません』の阪本順治監督が語る

Cinema

数々の名優たちと重厚な作品を手掛けてきた仕事人、阪本順治監督がハードボイルドコメディに挑んだ。『探偵物語』の丸山昇一脚本による『一度も撃ってません』が、7月3日(金)から公開。18年ぶりの映画主演となる石橋蓮司が、「伝説の殺し屋」と「売れない小説家」という2つの顔を持つ主人公を、ダンディかつコミカルに演じる。「ベテラン俳優陣による大人の遊び」が詰まった本作の舞台裏を阪本監督に語ってもらった。

阪本 順治 SAKAMOTO Junji

1958年生まれ、大阪府出身。大学在学中より、石井聰亙(現:岳龍)、井筒和幸、川島透といった“邦画ニューウェイブ”の一翼を担う監督たちの現場にスタッフとして参加。89年、赤井英和主演の『どついたるねん』で監督デビューし、芸術選奨文部大臣新人賞ほか数々の映画賞に輝く。藤山直美主演の『顔』(2000)では、日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞。16年には斬新なSFコメディ『団地』で、16年ぶりに再タッグを組んだ藤山直美が第19回上海国際映画祭・最優秀女優賞に。その他の主な作品に『KT』(02)、『亡国のイージス』(05)、『大鹿村騒動記』(11)、『北のカナリアたち』(12)、『人類資金』(13)、『エルネスト』(17)、『半世界』(19)など。

ハードボイルドを気取る、時代遅れの売れない小説家・市川進には、「伝説の殺し屋」という別の顔があった。だが実は市川自身は一度も人を撃ったことがなく、いつも旧友の石田(岸部一徳)から依頼を受けては、鉄工所で働く今西(妻夫木聡)に託し、標的の行動をつぶさにリサーチするのみ。ある日、石田が中国系のヒットマンから命を狙われたことから、市川にも身の危険が迫り、妻の弥生(大楠道代)にも、50年来の旧友である元ミュージカル女優のひかる(桃井かおり)との浮気を疑われる……。

映画『一度も撃ってません』には、主演の石橋蓮司のほか、大楠道代、岸部一徳、桃井かおりと、長年にわたって日本映画界を支えてきたベテラン俳優陣と、佐藤浩市、妻夫木聡ら実力派が顔をそろえる。共通項は「原田芳雄」。2011年に他界した名優(遺作は阪本監督の『大鹿村騒動記』)の人脈に連なるメンバーだ。

「強面俳優」石橋蓮司の魅力を喜劇で

——企画の発端について教えてください。

「今回の企画は石橋蓮司さんありき。いつも『いま俺は誰を撮りたいんだろう?』というところから入るんだよね。誰を演出してみたいか考えたときに、蓮司さんの世代の顔が浮かんだ。真剣に“遊ぶ”ことを心得ている役者さんって、いまや少ないんです。あの人を主役にして、まだまだ面白いことができるぞと。今回はその架空性の中で軽妙に遊ぶことを目指しました」

『一度も撃ってません』で競演する役者陣。左から岸部一徳、桃井かおり、石橋蓮司、大楠道代 ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ
『一度も撃ってません』で競演する役者陣。左から岸部一徳、桃井かおり、石橋蓮司、大楠道代 ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

——阪本監督だからこそ集まったキャストと言えますよね。

「みんな昔から原田芳雄さんの家に集まっていた面々なんだけど、あの人たちには僕のことがバレてるし、こっちはそれぞれの癖を知っている。ツーカーの仲だからできる映画ではあったと思います。蓮司さんと芝居を交わすことの喜びと、気の抜けなさと、その両方を学べることを、共演者も期待して集まってくれたんじゃないかと」

大都会のバー「Y」で、ヤメ検エリートの石田(岸部一徳)や元ミュージカル界の歌姫・ひかる(桃井かおり)と共に夜な夜な酒を交わす市川(石橋蓮司) ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ
大都会のバー「Y」で、ヤメ検エリートの石田(岸部一徳)や元ミュージカル界の歌姫・ひかる(桃井かおり)と共に夜な夜な酒を交わす市川(石橋蓮司) ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

——今回の脚本は『探偵物語』の丸山昇一さんが手掛けられていますね。企画を立てるにあたり、どこに一番ポイントを置いたのでしょうか。

「5年くらい前、別作品の打ち合わせで会って。僕が『蓮司さん主演でやりたいですよね』って言ったら、丸山さんから「伝説の殺し屋。でも実は一人も撃ったことがない」っていうプロットが出てきて、「それ、面白いじゃないですか!」と。シリアスなものを蓮司さん主演でという発想もあり得たかもしれないけど、彼が持つ“おかしみ”を発揮してもらうには、喜劇という形を取った方がより際立つ。喜劇といっても“フリがあってオチがある”ということじゃなくて、主人公がカッコつけてキメようとすればするほど、笑えるような話になればいいなと思って」

映画にとってアドリブとは?

——実際に撮られてみて、想像を超えた感覚はありましたか。

「いろんな場面をアドリブでやってるように見えるでしょ?でも、ト書きのパフォーマンスがちょっと違うくらいで、結構台本通りなんですよ。あの人たちって、本人たちそのものがアドリブなんだよね。実人生で型破りな生き方をしてきた人たちだから。一世代上の俳優さんたちと一緒にやる場合、たとえ何十年監督をやっていようが、いままで覚えた演出が通じるのかとか、言葉の選び方はこれでいいのかとか、新鮮な地点に戻される。僕自身、今回はこの作品の中でそういった遊び方をしようと思ったの。だから仲間内で撮ってるという風には見られたくない。でも一方で、それがいい形に出る映画にはしなきゃとも思っていて。桃井さんと大楠さんの丁々発止も、お互いを知ってるからあそこまでボルテージがアップするんですよ。この座組みじゃないと生まれなかった企画だと思うね」

ひかるは市川と50年来の旧友。「元ミュージカル女優」だけに小芝居もお手のものだ ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ
ひかるは市川と50年来の旧友。「元ミュージカル女優」だけに小芝居もお手のものだ ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

——俳優のアドリブについて、監督自身はどのように感じているのでしょうか。

「アドリブによって現場で笑いが起きても、いざ編集でつなぐと邪魔になることが多々あるんです。映画は撮影だけじゃなく、編集作業でものすごく様変わりするということを、ベテランの人たちは分かっていらっしゃる。どこまでの自由度が許されるか、これ以上やると、この場面だけ浮いてしまうっていう、ブレーキの感覚を持っているんだよね。大事なのは役の解釈で、台本通りやったって面白いものは面白い。あの人たちはそれをちゃんと意識した上でアドリブも演じてくださっていると思うんです」

——監督が許容できるアドリブと、許容できないアドリブがあるんですね?

「現場でセリフの後に何かを加えたいときに、リハーサルまでは台本通りにやって、いきなり本番だけかましてくる俳優がいるんだけど、それを俺は許さない。芝居には相手がいるわけだから、礼節というものはあるべきで。たとえば、佐藤浩市なんかにも『ホン(台本)にはないけど、ちょっとこういうことをやってみるんで、一回見てから決めてくれ』って言われることがある。こういうのを共同作業というのであって、ちゃんと段取りを踏んだ上で『あ、面白いじゃない!』っていうのはアリだけど、本番でいきなりはナシだよね」

定年間近の編集者・児玉(佐藤浩市)は、市川の担当を若手の五木(寛 一 郎)へと引き継ぐが、五木は容赦のない言葉を市川に浴びせてハッパを掛ける ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ
定年間近の編集者・児玉(佐藤浩市)は、市川の担当を若手の五木(寛 一 郎)へと引き継ぐが、五木は容赦のない言葉を市川に浴びせてハッパを掛ける ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

——「映画は監督のもの、舞台は役者のもの」という言葉もありますね。

「舞台の場合は脚本家が観ていない日もあるからね。以前、新橋演舞場の舞台の台本を書かせてもらったことがあるの。藤山直美さん、当時の中村勘九郎さん、柄本明さんの出演で。初日はほぼ脚本通りだったんだけど、2週間後の千秋楽に行ったら、すっかり内容がふくらんでいるんだよ。同じ演目を毎日やっていると、どうしても合理的なやり方になってしまうから、新鮮な気持ちで芝居をするためにも、打ち合わせをしながら少しずつ変えることがある。聞いてはいたけど、なるほどこういうことなんだなと」

——出演者の方たちは、阪本監督が客席にいたことは知らなかったんですか?

「そう。プロデューサーから『千秋楽だから阪本さんも壇上に上がってください』って言われて舞台に向かうと、役者のみんなが、『え、来てたの!?』って顔をするわけよ。一応、僕に悪いと思ったのかな(笑)。でもそれは結局、僕が映画のシナリオは書けても、舞台の脚本に関しては素人だったってこと。いわば「映画らしさとは何か」ということにもつながる。観客によって求めるものは違うから、あくまで自分が思う“映画的”なものを信じてやるわけですよ。そういう意味では、今回はずっと映画の中で暮らしてきた人たちが相手。『そこに映っている』ことがすでに映画的だったりもしたからね」

鉄工所勤務の傍らヒットマンとしても暗躍する今西(妻夫木聡)とタッグを組み、小説のネタを集める市川 ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ
鉄工所勤務の傍らヒットマンとしても暗躍する今西(妻夫木聡)とタッグを組み、小説のネタを集める市川 ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

若者よ、群れるな、世界を見ろ!

——若手や中堅の出演者たちも「映っているだけで映画的」なベテラン勢の背中を見て学ぶことがたくさんあったでしょうね。

「最近は安易に“群れる”若い役者が多いと思うんだよね。役作りのために仲間内で飲みに行くのも、時には必要なのかもしれないけど、それは撮影前にやっといてくれよという話 (笑)。僕からすると、群れて何かいいことがあるのかって。実生活で交流するより、役柄を背負ってカメラの前で合流したほうが、よっぽど映画のためになる。原田芳雄さんのところに集まっていた人たちには適度な距離が必ずあって、群れている感じは一切ない。でも一緒に戦うときには絶対に手をつなぐ。それぞれの意見や解釈があって、それをお互いに見聞きしつつ、また自分の肥やしにしていく感じで。いくつになっても非常に建設的な関係ですよ。もはや役者の生業そのものが生活になっているというかね」

敵のヒットマン周雄(豊川悦司)と追い詰められた市川による、緊迫感あふれる対決場面 ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ
敵のヒットマン周雄(豊川悦司)と追い詰められた市川による、緊迫感あふれる対決場面 ©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

——阪本監督はこれまで韓国、タイ、ロシア、米国、キューバでも撮影されていて、気心の知れた仲間と一緒に作った『一度も撃ってません』は対極のようにも映ります。海外製作との一番の違いは何ですか。

「通訳を挟んで演出すると倍の時間がかかるわけで、せっかく上がってきた体温が下がるのは嫌だね。役者とじかに接することができるかどうかが一番の違い。それでもなぜ海外製作をやるかというと、文化の通じないところでやってみたいという欲なんだろうね。お互いに何かを見極めながらやる戦いのようなものが、すごく刺激的なんですよ。難点は、役者の表情だけですべてを判断しなくちゃいけないところ。普段ならしなくていい苦労をすることになるんだけど、それがなかったらキューバのことだってこんなに知ることはなかった。映画作りを通じて世界を知るのが面白いんです」

撮影=花井 智子
聞き手・文=渡邊 玲子

©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ
©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

作品情報

  • 出演:石橋 蓮司 大楠 道代 岸部 一徳 桃井 かおり
    佐藤 浩市 豊川 悦司 江口 洋介 妻夫木 聡 新崎 人生 井上 真央
  • 監督:阪本 順治
  • 脚本:丸山 昇一
  • 製作:木下グループ
  • 配給:キノフィルムズ
  • 製作年:2019年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:100分
  • 公式サイト:http://eiga-ichidomo.com/
  • 7月3日(金)より全国ロードショー

予告編

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